それは先生に理解できない

南方まいこ

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~Main story~

03.飽きるまで耐える

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 翌朝、特に代わり映えの無い部屋を見つめ、普段と変わらない朝の行事を迎える。コーヒーを淹れ、パンを口に運びムシャムシャと口を動かし胃へ送り込む。
 洗面所でボサボサの髪を見て、やっぱりボサボサのままにし、伊達眼鏡を掛ける。かなり前髪が長くなって来たが、眼鏡を掛ければ然程気にならない。準備が整うと家を出た――――。


 
 
――眠い…。

 昨日の出来事が気になって、眠りが浅かった。やはり兎野に口止めしておくべきだったか…。と葵は少し後悔した。
 一限目が終わり、隣の金田が大きな溜息を吐いた。そう言えば彼女は兎野の担任だったなと思い出し、それとなく声をかけてみる。

「どうかされたんですか?」
「あー、それが、兎野がまた出席してきたんです」
「へぇ…、良いことじゃないですか」

 金田の話しぶりを聞く限り、兎野はかなりドライな性格のようだった。もし葵のことをバラすなら、現代子らしくSNSで 真綿で首をしめるように、じわじわと…。と考えていたが、そんなタイプでも無さそうだと感じた。
 馬鹿なことを考えている間に授業の時間になり、仕方なく教材を持ち職員室を出た。

――…憂鬱

 なぜなら次の授業は金田のクラス、つまり兎野がいるからだった。足取りが重いまま化学専門棟へ向かう、すでにチャイムは鳴っており、皆、化学教室へ入っているはずだが、通路で待ち構える影を見つけ、溜息が盛大に出る。

「先生」
「兎野。もうチャイム鳴ってるぞ」
「相談があるんだけど」
「それなら、授業終わってから聞く」
「了解」

 ニッコリと微笑む兎野の笑顔が眩しく感じて、思わず、この生徒との対面の時だけはサングラスが欲しいと切実に思った。
 授業の開始と同時に兎野の席を確認する。あの位置はなるべく見ないことにし、意図的に視線を外しながら授業を進めた。
 
 カラン

 何かが落ちる音に視線を向ける。自分が先程、見ない様にしようと決めた方向だった。反射的に見てしまうのは仕方ないだろ?と葵は自分に言い訳をした。

「すいません」

 そう言ってニタリと微笑む兎野を見て、わざと落としたと判断した。その悪びれない顔を見て葵も流石にイラっとするが、ふっ、と短めの息を吐きながら授業を続けた。
 拷問と呼べる授業がようやく終わると兎野が近付いて来るのが見え、自分の襟足部分が何故かそわそわする。
 この感覚が大学時代の何かを呼び覚ましそうで嫌な気分だった。皆が教室から出て行くと兎野は教科書を開き、ここを教えて欲しいと普通に質問をしてきた。

「お前の成績なら、こんな初歩的な問題で躓くことないだろ…」
「一応、先生と生徒の構図を作っておかないとね」
「何のために…」
「そりゃ、変に勘繰られたくないでしょ?」

 ――勘繰られる? 誰が、誰に? 何を?

「興味あるよ…先生に」
「俺は無いよ」

 クスクス笑い兎野が目の前に立ち、手を伸ばすと葵の前髪を上げた。なんだか分からないが、胸がそわっとして落ち着かない。目が合わないように咄嗟に逸らした。

「そんなに意識しなくてもいいのに」
「そんなんじゃない…」
「……やっぱり普段は、前髪下ろしてた方がいい…」

 そう呟くと兎野は葵の前髪からパサっと手を引っ込めた。

「お前が何に興味を持ったのか知らないが、別に言いたければ言えばいいぞ」
「え?」
「男にホテルに連れ込まれそうになった馬鹿な教師がいるって」
「あー、あれか、そんなこと言うわけない」
「そうか? お前らの年齢なら、人の弱みを晒すの好きだろ?」

 面白いことが大好きな高校生にとって、いいネタになるんじゃないか?と付けたした。実際それを覚悟している。冴えない教師に必要以上に関わるなんて他に理由が無い。

「落ち着いてよ。けどさ、先生って男の人好きになったことはあるんでしょ?」

 何故そう思うのかと聞いて見た。余程のことが無い限り、男が男をホテルに連れ込むなんてありえないと言い、あとは勘だと肩を竦めた。

「…そうだな、好きと言うより特別な人はいたよ」
 
 兎野を見つめる。この生徒はいったい何が目的なんだろうか。

「兎野、そろそろ次の授業が始まる」
「あ、そうだね、じゃあ放課後、相談に乗って」
「…いい加減にしてくれ」
「どうして? 俺は悩み事を相談に乗って欲しいだけだよ」
「…担任に言えばいいだろう?」
「先生がいい」

 どう考えても、相談があるようには思えないが、一応は生徒だ。無下にも出来ず、仕方なく相談スペースを使うことを許可した。

「相談スペース…って、職員室にあるあれ?」
「他にないだろ?」
「えー? ここじゃないの?」
「…なんでわざわざ化学室を使わなきゃいけないんだよ…」
「つまんないな…」
「ならやめておけ」

 仕方がないと言い、放課後に職員室に行くと兎野は承諾し、教室から出ようとする姿を見て、葵は昨日の女子生徒に可愛いとアピールしろと言われたこと思い出し。

「あー、この間一緒にいた女子生徒が…」
「ん? 雪城?」
「その子が俺の口からお前に雪城が可愛いとアピールしろと命令された」
「何ソレ」

 葵も同じ意見だったが、言えと言われたからアピールしておくと伝えると、兎野は、おえぇっと舌を出し、足早に去っていた――――。




 職員室が一気にざわついた。学年トップの兎野が相談スペースで教科書を開いているのだから、当たり前と言えば当たり前だった。

「相談って、勉強…?」
「あたりまえじゃん、早速教えてください」
「あ、ああ…」

 スラスラと目の前の科学式を解いていく様を見ながら、この時間が実に馬鹿げてると兎野を見下ろした。

 不意に兎野の手が顔に伸びてくる。

「お前…」

 取られてしまった眼鏡は、何故か兎野の顔面へと張り付いた。何故、絡んで来るのだろう?単純に葵を困らせて楽しんでいるなら、そのうち飽きてくれるのか…?どうにも理解出来ない生徒を目の前に、関わり合いになりたくないと葵の方が両手を上げたくなる。

――飽きるまで耐えるしかないか…。

 奪われた眼鏡を取り返し、茶番とも思える指導をこなした――――。



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