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~Main story~
02.Question
しおりを挟む生徒が放った言葉が頭の中で木霊する。先程、思い出に浸っていた時、うっかり独り言でも言ったのだろうか。葵は平静を装いながら。
「からかうのもいい加減にしなさい」
「大丈夫、ゲイなんて今時めずらしくないよ」
「…付き合いきれないな」
椅子から立ち上がり、外へ出ようと教室の扉へ手をかけたが、それを阻まれる。身長は葵より10cmほど高いだろうか。背後に立たれた気配で、この男子生徒は180cm近いか、超えていると感じた。
「逃げなくてもいいじゃん?」
耳元で囁かれるように言われ、耳朶がカっと熱くなる。大きな手が目を覆ったと思った瞬間、眼鏡を奪い取られた。
「度、入ってないね、どうして伊達眼鏡してるの?」
「返せ」
振り返り男子生徒の顔を見れば、奪った葵の眼鏡をかけ、ニヤ付く表情に好奇の光が宿っていた。
「お前ね、いい加減にしろよ」
「葵先生…、昨日、襲われてるところ助けてあげたの忘れた?」
その言葉にはっとする。
「偶然、セミナーへ行く途中の電車で先生を見かけてさ…」
男子生徒が同じ駅で葵が降りたと言い、駅のトイレで眼鏡を取り、髪型を変えたのを見て、面白そうだと跡をつけたと言う。
葵はその日、ゲイ専用の出会い系で募集をした。自分の立ち位置が分からなくて、単純に話を聞いてもらいたかった。それなのに現れた男は、見るからに遊んでそうな派手な男で、一瞬、どうしようかと考えたが、せっかく一大決心したのに、このチャンスを逃すのも勿体ないと、言われるまま付いて行った。
目の前に広がる怪しげな建物に、やっぱり引き返そうとした時、強引に連れ込まれそうになり、嫌がっている最中、それを見ていた親切な男が助けてくれた。
――コイツに助けられたのか…
そういえば私服だったから雰囲気が違うが、こんな顔だったかも知れないと生徒の顔をじっと見つめた。
「あー、あの時の…、そう言えば御礼言ってなかったな、ありがとな」
この壁ドン状態から早く脱出したい。葵はぐっと腕に手をかけるが、ビクともしなかった。勘弁してくれと見上げると、自分の前髪が男子生徒の大きな手でツルリと上げられる。
今まで前髪と言うフィルター越しに見ていたせいか、目の前の輝く美男ぶりに眩暈がする。先程、女生徒に告白されていたことも納得だと頷いた。
「何がしたいんだ?」
「男の人とホテル入る人なんでしょ? どっちなの?」
「な、何が?」
「だから、挿れる方か、挿れられる側なのか、見た感じは挿れられる方だよね」
「……経験ない」
「え?」
どうでもいいと思った。だいたい葵本人も自分のことが良く分からない。
「同性愛者じゃない」
「そうなの?」
葵の発言を聞き、生徒は心底から落胆したような顔を見せると。
「なあーんだ、つまんない」
「昨日は単純に話をしたかったんだよ。それを、あの勘違い男が連れ込もうとしただけ…、でも助けてくれてありがとな」
力が抜けた男子生徒からようやく解放され、葵は眼鏡を取り上げた。近頃の高校生は図体もデカければ態度もデカい、目の前の男子生徒を見ながら、その自信たっぷりな顔が、受験に失敗し歪むところが見てみたいものだと思った。
「お前、名前は?」
「兎野颯太」
「ああ…、お前が三年のトップか…、嫌味なヤツだな」
「何?」
「なんでもない」
顔も良くて、頭も良くて序にスポーツも出来るんだろ?と、続けて嫌味を言いたくなった。
教室を閉めるから出るように声をかけると、ヒラヒラと手を振り出て行った。
――あ、口止めしなくても良かったか…?
バラされたらバラされたで、辞めればいいと思った。教員なんてブラック企業に就職したような物だ。
家に帰っても翌日の授業に必要な資料に目を通したり、授業の進め方を考えたり、ベテランの先生達に比べて教員2年~3年目は、まだまだ新人の域だ。空虚にも似た息を吐き出すと、葵も教室から出た。
「先生~」
この子はさっきの女子生徒じゃないか?葵は警戒をした。女子生徒は上目使いで目を輝かせ、じりじりと寄って来る。
「あー、どうした?」
「兎野くんと何の話してたの?」
自分がゲイかどうか分からないと赤裸々に告白をしてました。なんてことを言ったら、それこそ確実に明日には辞表を提出することになる。葵は女子生徒を見つめると。
「授業について少しね」
「兎野くんから、先生に授業のことで声かけるなんて珍しい~…」
実際は葵が抱えているゲイと言う案件に興味が湧いただけで、君がもしビアンだったら、きっと興味を持たれるのでは?と助言したくなる。
どちらにしても、女子生徒と必要以上に話をすると要らぬ噂が立つ世の中。さっさと切り抜けた方が良さそうだ。
「もう、下校の時間だ部活が無いなら、帰りなさい」
「は~い」
急に興味が無くなったのか、女子生徒はクルっと背を向け歩き出した。が、思い出したかのようにピタっと止まった。
「先生。また兎野くんと話す機会あったら、私のことアピって?」
「……名前も知らないのに? 何をアピールすればいいんだ」
「アカリだよ。雪城アカリ、かわいいをアピールしてね?」
じゃあね。と走り去る雪城を見つめた。
――アピール、ね…。
どの辺りを可愛いとアピールすればいいのか、レポートを提出して欲しい所だと葵は目を細め、化学室の鍵を閉めた――――。
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