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愛執の中

#45

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 翌日、潮の香りに煽られながら、船着き場で見慣れた男と挨拶を交わした。

「じゃあ、俺はここまでだ」
「今まで、ありがとうございました」

 アダムはレナルドに礼を言い、ビビアンから大き目の宝石を受け取ると、それを渡した。

「お? いいのか?」
「はい、これからは旅の案内係のような、お仕事するといいですね?」
「んー、それも良さそうだな」

 レナルドが宝石を懐に収めると、少し照れ臭そうに辛気臭いのは嫌いだと言い、足早に離れて行った。
 アダムが船に乗る準備を終え、シドを見ると訝し気に船の甲板を見つめ、また、あの気持ち悪い思いをするのかと言うが、これに乗らないと山を越えることになると説明した。

「ほぅ、飛べばあっと言う間に到着出来そうだな」

 教えた山岳地帯を見ながら目を輝かせた。

「だ、ダメですよ?!」
「分かっている」
「半日程度で着きますから、安心して下さい」

 少し憂鬱そうな顔を見せると、シドは仕方なく船へと乗り込んだ――。
 何時ぶりだろうか、船から見える自分の住む町にアダムの胸が高鳴る。少しだけ大きく揺れた船が、無事に町の船着き場へと到着し、アダムは足元を確認した。
 この土地へ帰って来れた事を噛みしめるように、一歩一歩と歩みを進めた。
 アダムが出って行った時から、町の様子も変わっていないことに安堵し、歩みを進める。やっと自分の家へと戻る事が出来ると、アダムは教会までの道のりを早歩きで進んだ。

 ――もう少しで見えて来る……。

 教会の建物が見えた瞬間、ポロポロと涙が溢れて来た。隣に来たビビアンがそっと手布を渡してくれた。

「アダム様」
「ごめん……」
「いいえ、謝る事など御座いません」
「っ……ぅ」

 ポンとシドの手がアダムの肩に降りると、ゆっくりと歩行を促した。教会の前までくると、アダムに気が付いた子供達が、大騒ぎしながら駆け寄って来た。その騒ぎにレナード神父も教会から出て来ると、涙を流してアダムの帰還を喜んだ。

「今まで……どうしていたんだい?」

 レナード神父はアダムを抱きしめると、当然の質問をした。何処まで話して良いのか分からずにいると、クリフがディガ国のことは伏せながら、大波と砂漠での災害に出会い、トラブルに巻き込まれて骨折をしたことなどを説明した。

「そんなに大変な目に遭っていたなんて……可哀想に、おいで……」

 レナード神父が、もう一度アダムを抱きしめてくれた。

「長く留守にして、ごめんなさい」
「無事でよかったよ」

 アダムの頭の上から温かい雫がポタリと落ちて来ると、本当に心配をさせていたのだと感じ、アダムの目頭が更に熱くなった――。 
 レナード神父が、取りあえず教会の奥隣りにある住居へと皆を招待した。アダムが皆の為に飲み物を用意している最中。ふと、クリフがこの町を統治している、ブラウエルス公爵に会うには、どうしたらいいのかと尋ねる。神父が不思議な顔を見せながら、その問いに答えた。

「それならば、私から話をすれば、お会い出来ると思いますが……、どうしてですか?」
「お仕事を頂こうかと思いまして」
「仕事?」
「町周辺の治安維持はどうされているのでしょう? 見た所、深い森林が多そうですし、大型の獣に困っているのでは?」
「ええ、確かに月に一度、帝都から騎士団が派遣されてきます」

 その話を聞き、クリフはニッコリ微笑みながら、その仕事をまるっと自分達が引き受けると言い出した。
 レナード神父とクリフは、話し合いの結果、明日もう一度マズラの街へと行く事になったようだった――。
 アダムの勤める教会は古い建物だが、掃除が行き届いており、夕刻は訪ねて来る人も居らず、静粛に包まれていた。
 ゆっくりと祭壇に近付くと、アダムは久しぶりに祭壇で祈りを唱えた。

 ――……。

 祈り終え、振り返るとシドが長椅子に座っていた。アダムを見つめ微笑むと、ポンポンと隣の席を叩く。
 懐かしい彼の仕草に笑顔が自然と零れ、シドの元へ向かった。ここでは必要以上に、引っ付いたり出来ないとシドに伝えると、首を傾けながら彼が口を開いた。

「おかしいな? 先程、あの男に抱き付いていただろう?」
「っ、神父様は、僕の父親代わりの御方です」
「だが、雄には違いない」
「そ、そうですけど」
「いいから、こちらに」

 シドの隣に座ると頬に唇が触れる。大きな手がアダムの手に乗せられ、彼を見つめた。自然と胸が熱くなり、また涙が込み上げて来る。

「アダム……」
「はい」
「長い間、辛かっただろう」
「いい、えっ……」 
「別に泣きたかったら、泣いても構わない」
「っぅ……」

 温かい手に優しく頭を撫でられ、アダムは彼の胸で子供の様に泣いた。顔を両手で持ち上げられると、涙を全てシドが舐め取り、見つめながらお前は泣き虫だと揶揄うが、アダムは何を言われても気にもならなかった――。

 その日は皆で教会に泊まる事になり、子供達は最初は恐々と接していたが、シドは意外にも懐かれてしまったようだった。
 彼の口調は決して、子供に好かれるような言葉使いでは無いのに、不思議思っていると、理由が判明した。
 一人の子供がシドの膝に乗ると、頭に乗せていたターバンを剥ぎ取った。

「シドさん! 耳……が」
「ん? ああ、まあ別に構わない」
「でも!」
「皆、飾りだと思っているから大丈夫だ」

 シドは特に気にもせず、耳を触らせていたが、アダムは気が気では無かった。耳飾りで通じるのは本当に子供だけだ。
 眉を下げ子供の相手をするシドの姿を見ながら、今まで見たことの無い一面に、思わずアダムも顔が綻んでしまうが、やはり子供達には厳しく礼儀を教えなくてはいけないと、今後はそんなことはしていけないと注意した。

「厳しいことを言うな」
「いいえ、礼儀は人として一番重要なことです」
「なるほどな? 思ったのだが、ここで全員寝るのか?」
「そうです」
「アダムもか?」
「はい、僕もここで寝ます」

 少し驚いた顔を見せると。

「成人を迎えた男が、こんな生活をしているとはな」
「今まで当たり前のことでした」
「まずは住む場所から改善しなくてはな」

 改善など必要はないと伝えたが、子供達を膝に乗せながら、個人の部屋も無いのは良くない。と父親にでもなったかのような台詞を彼が言いながら、何やら考え込んでいた。
 レナード神父が皆に就寝を言い渡す頃、シドも子供達も遊び疲れたのか、寄り添うように眠りに付いていた。

「アダム、少しこちらに」
「はい」
「彼達は、獣人なのかい?」
「はい、実は……」

 アダムはクリフが折角、伏せていた素性を話してしまった。それも仕方がない、シドは子供達に獣耳を晒してしまっている。きっと、誰かが神父に獣耳の話をしたのだろう。どちらにしても、レナード神父には時期を見て説明をしようとアダムは考えていた。

「登録をした日に、砂漠の獣人の国へと飛ばされたのです」
「そうか、随分世話になったようだし、悪い人達ではないのは分かったよ」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「いいや、迷惑と言うより、このまま人間と一緒にいて彼達は大丈夫なのかい?」

 それを聞かれ、アダムも同じことを考えていると神父に伝えた。答えが出ないままだと言うと、レナード神父は、彼達が好奇の目に晒されるのは可哀想だと言い、アダムもそれに頷いた。

「今日は、もう休みなさい」
「はい、神父様、おやすみなさい」

 レナード神父に就寝の挨拶を終え、部屋へと戻ると靡くケースメントが目入った。窓が開いている事に気が付き、窓辺へと近付くと、久しぶりの懐かしい景色を見つめた。

 ――変わってない……。

 大きな安堵の息を吐き窓を閉めると、そっとシドの横へ寄り添い眠りに付いた。 
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