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忠犬は元王様
#38
しおりを挟む目覚めると身体が気怠い。そして昨夜の出来事が蘇ると、ボっと体に火が着いたように熱くなる。そのせいで芳香が出てしまい、それを気付かれたくなくて、アダムはすぐに起き上がろうとした。
――うぅ、動けない……
シドの腕が自分に絡まっている。彼の腕を退けようとするが、ガッツリ掴まれているせいで、自分の力では無理そうだった。
とりあえず体を少し捩ってみるが、空いてる手が左腕なので、上手く力が入らず困っていると、目覚めた彼が更に力強く絡まってくる。
「いい匂いをさせてるな」
「そんなこと無いです」
「そうか? まだ寝てていい」
「ううん。もう起きないと……」
彼に向き合うと、目を細めながら額の髪をかきあげた。
「出かけるのが面倒だ」
「え?」
「起きなくてもいい、今日は一日中寝ていることにする」
彼は子供の様に駄々を捏ねると、頭をアダムの胸にすり寄せ、グっと抱き込んで来る。けれど、不意に扉を叩く音が部屋に響き、眉に皺を寄せシドは仕方なく起き上がった。
美しく整った肉体を晒しながら、身近にある衣類に手を伸ばすと扉に向かった。
「なんだ?」
「もう、朝です」
「言われなくても分かってる」
「出かける準備をしませんと」
「面倒臭い……」
「何という、だらしない発言ですか。そんな甲斐性なしでは、アダム様も愛想をつかします」
仕方がないな、と言いながらこちらへ歩み寄ってくると、シドがアダムに衣服を着せようとする。「自分で着れます」と言ったが、それを無視するシドに、されるがまま衣類を着せられていると、彼の手が止まり、難しい顔をした。どうしたの? とアダムが不思議に思っていると。
「そう言えばジークに酷い事をされたか?」
「いいえ」
「つまり、酷くは無かった?」
「……? はい」
そうか、と呟いたあと、彼は厳しい顔をした。ジークに何もされてないわけでは無いが、あの日、シドが来るのが一歩でも遅れていたら、そう考えるとアダムはゾっとした。
出かける準備が整い立ち上がるが、カクっと膝から落ちそうになり、シドが瞬時に支えてくれた。
「今日は一日抱いて行こう」
「え?」
「歩けないだろう?」
「あ、歩けます」
「……どれ」
パッと手を離すと途端にグラリと身体が傾く。強がってみたが、ひとりで移動は無理かも知れない。アダムは仕方なくシドの腕に掴まった。
「やはり抱いて行こう」
「いえ、歩きます」
「歩けるほど平気なら、寝ずに交わっていても良かったな」
チラリとアダムを見て、色香が漂う意地悪な顔を見せた。シドから見た自分の顔は引き攣っていたに違いない。
彼はクッと肩を揺らしながら、腕に掴まりやすいようにスっと空けてくれる。取りあえず、シドに掴まりながら歩いて行く事にした。
優しく微笑む彼を見上げ、これから本当に、ずっと一緒に過ごすつもりなのかと聞こうとしたが、アダムは聞くのをやめた。帰ると言われたら寂しいが、それも彼が決める事だと思ったからだ。
宿屋の待合へと向かうと、既に皆揃っており、まずは最初の目的通り、レミオンを家に連れて帰る話を進めた――――。
「と、言う訳で俺が旅路の指揮を取る」
シドがレナルドに冷めた目線を送ると、短く息を吐き口を開いた。
「ま、仕方がないな」
「君達はアダムの世話係、そして俺の護衛だ」
「アダムは分かるが、お前の護衛というのが、な」
「それは冗談だから安心しろ。こう見えても元は剣士だから」
レナルドが胸を張りながら拳をあてた。現在の風貌からは想像が付かないので、すっかり忘れていたが、最初に出会った時そんな話を聞いた気がした。
朝稽古をしたジョエルが、コクっと頷いているのを見ると、それなりに腕は立つようだった。レナルドが得意げな顔を見せながら。
「モルタの街は、ここから直行の船に乗って1日で到着する。問題はアダムの町だな、バイロンを知っているヤツに聞いたが…、とんでもなく田舎らしい」
ん、と喉を鳴らしレナルドは話を続けた。
「領土的には、ナントカ公爵が治める町の中で、最も辺境の地と言われている」
「ブラウエルス公爵です…」
それだ、とレナルドがアダムを指さす。確かに田舎は田舎だけど、辿り着けないほどの場所でも無いのに、とんでもない辺境の地だと言われ、アダムが複雑な気分になっていると、目の前のクリフが口を開いた。
「アダム様、そちらの香草を取って頂けますか?」
アダムは言われた香草を渡した。先程からクリフが酔いやすいレミオンの為に、香味野菜を磨り潰し粉を作っている。
酔い止めというより、酔った時に飲む物らしく、飲めばスッキリするのだと言う。他にも様々な準備を整え、船に乗り込むことにした――――。
「大丈夫ですか?」
「……」
「まさか…シドさんも酔っちゃうなんて……」
彼はアダムの膝の上で大人しく目を瞑っている。なんだかいつもとは違う、シド様子に母性愛のような物を擽られた。
眉が垂れ下がり、うーんと唸る姿が何とも言えず、介護の為に体を擦った。
――かわいい……
クリフが出発前に作っていた香味野菜を磨り潰した粉を、水に溶かして持って来ると、アダムに手渡しシドに飲ませる様に言われた。
「シドさん、お薬です」
「いらん」
「飲んだ方が良いですよ」
「飲ませてくれるなら飲む」
「はい、じゃあ起きて下さい」
「口移しで頼む」
何と難易度の高い要求をしてくるのだろう? とシドの発言に目が点になった。口移しで飲ませろと言う発言に、周りの皆が注目をする。
船内は乗客ごとに一区切りになっているが、数十人が同じ部屋を使う。当然だが赤の他人も同室しており、冒険者が3人と年配の夫婦らしき一組が同室だった。
「まあ、まあ、仲の良いこと」
「我々も若い頃は…」
アダム達を見て年配の夫婦は微笑む、生暖かい視線を受けながら、どうすればいいのかと、手に持った薬を持て余していると、レナルドが。
「口移しか? 俺に任せろ」
慌ててシドが起き上がった。
「いや、自分で飲む」
「っ、んだよ。遠慮するなって」
「貸せ」
レナルドから薬を奪うとシドは一気に飲み干した。
不味すぎるとシドは口を歪めると、またアダムの膝の上にパタリと頭を落とした。
ふと、クリフが目の前に跪くと謝罪をしてくるので、どうしたのだろう? と思う。どうやら、アダムを国から追い出したことに関して彼なりの罪悪感を抱いていたようだった。
「そんなこと……、僕はとても感謝してます。クリフさんが追い出してくれなかったら、多分、シドさんは大変な目に遭っていたのでしょう?」
苦笑いするクリフが、小首を傾げて口を動かす。
「そうですね、ですが、結局は貴方を追いかけずにはいられなかったようですが……」
「芳香はそんなに魅力ですか?」
アダムは自分の右手を擦った。その様子を見て、クリフが不思議な表情を見せながら話を続けた。
「おや? ロイドから説明を受けませんでしたか? 聖なる血脈は神より選ばれし者と決まってます。つまりシド様が必然的に愛でる相手と決まっているのです」
「……初めて聞きました」
目を丸くし、やれやれと目を伏せると、芳香はただの付属品のような物だと説明された。
最初に愛玩動物として飼われると聞いていたこともあり、アダムは、てっきり動物として見られていると思っていた。
色々な説明を聞きながら、あの時シドの表情が曇った理由が分かると、嬉しさで頬が熱を発し上昇してくる。クリフがアダムの刻印を見ながら。
「あと、3日で満月ですね」
「どうするのでしょうか?」
「寝てもらいましょうか」
「え?」
「その方が何かと問題が少なくて済みます。ジョエルもいますし、運ぶのも問題なさそうですから」
淡々とクリフがそう言うと、聞いていたシドが、人を荷物見たいな言い方するなと一言発した。
「ならば、アダム様と離れて移動できますか?」
「無理だ」
「ならば大人しく寝てください」
青い月の下ではないので、そんなに効力は高くないと言うが、極力アダムを刺激するような言動は行わないように、とクリフに念を押されて、シドは不貞腐れていた――。
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