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忠犬は元王様

#36

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 シドがそっとアダムの手を取ると部屋を移動した。
 彼が側にいる事がまだ現実だと思えなくて、握る手に力が入ってしまう。それに、瞬きをすると消えてしまいそうで、繋がれた手と彼の姿を何度も確認した。

「どうした?」
「ううん、夢を見ているみたいだと思って……」

 彼が「そうか」と呟く。導かれるまま歩みを進めると、簡単に湯浴みが出来る湯場に着いた。
 一人用の湯浴み桶が、いくつか用意されている湯場で、現在利用者はひとりもいなかった。

「洗ってやる」
「い、いいです!」
「何故だ?」
「恥ずかしいです」

 もちろん、当然のように訴えは却下され、シドが衣類に手を掛けると、スルリと簡単に脱がされてしまう。

「っ――」

 そして、ただ、洗われているだけなのに、お腹が熱くなり始め、彼がそれを普通に見つめる。
 平然とした顔で彼はアダムの身体に触れ、湯をかけながら、肌を撫でまわし、半分勃ちあがったペニスを見つめ「はあ……」と溜息を付く、こんなに恥ずかしい湯浴みは初めてのことで、ぎゅっと目を瞑り、早く終わる事を祈るしかアダムには術がなかった。

「……洗うだけとは大変なことだな、拷問に近いものがある」
「あの、僕、自分でやれますよ?」
「いや、たぶん、お前の思っている大変とは解釈が違う…」
「……?」

 そしてシドに大きな溜息を吐かれながら、全身洗われた――――。



「あ、……あの!!」
「なんだ?」
「自分で食べれます……」
「骨折しているだろう?」
「ううん、利き手じゃないから、大丈夫なんです」
「ん、次は、これを食べるといい」

 羞恥の連続だった、先程の湯浴みといい、そして今といい。真横にいるシドが次から次へと、食事を口元へ運んでくる。人の言う事を聞いてくれない相変わらずな様子に、アダムはプイと横を向いた。
 それならば、とシドはクっとアダムの体を抱き上げ、当たり前のように膝に乗せ横抱きにした。
 周りにビビアン、レミオン、レナルド、そして侍従長はクリフと言う名前らしい。とにかく皆がいるのに、こんな格好を見られるのは恥ずかしいと言うと。

「気にするな、皆も気にしてない」
「ぼ、僕が気にします」
「そのうち気にならなくなる」

 そう言ってシドの唇がアダムの頬に唇が触れるが、皆が気を遣い見て見ぬフリをする。
 どうやら、今までの反動なのか、彼のたがが外れてしまったようで、これからは我慢しないと言い、誰が見ていようがどうでもいいと言う。
 されたい放題にされ、アダムが居た堪れない気分を味わっていると、レナルドが口を開いた。

「言いたいことは、山のようにあるんだけどさ……」

 コホっと咳ばらいをし、レナルドは皆を見回した。

「しかし、皆、獣人だったとはね」
「売りさばくか?」
「……鏡見た事無いのか? 売れるわけない。全員、可愛げ無さすぎるだろ」

 シドが鼻を鳴らし口を尖らせ「失礼なヤツだな」と反論した。

「ま、別に耳と尻尾があるってだけで、人とそんなに変わらないよな」
「お前は、順応が早くて助かる」

 レナルドとシドが顔を見合わせ、雑談を進めるが、そんなことより自分としては、この状況を何とかしたい。
 ビビアンに顔を向けると、頬を染め目を逸らされるし、レミオンに至っては、羨ましそうに微笑んでいる。クリフは残念な顔で、自分を抱えているシドを見ている。そして、もうひとり――。

「シアト様」
「何だ?」
「アダム様が可哀想です」
「あー、もう、様とかいらん。どうせ国には帰らない、お前も普通に話せ」

 ジョエルがこちらへ歩み寄って来ると、ひょいっとシドからアダムを剥ぎ取り、隣の席に降ろしてくれると目の前に食事を置いてくれた。

「食べて下さい」
「ありがとうございます」

 アダムは、ほっと一息付いた。
 たった今シドの膝から救出してくれた獣人が、最初にあの死刑台から、自分を助けてくれた獣男だと知り、アダムは改めて感謝の言葉を彼に伝えた。
 彼がいなかったら、間違いなく自分は死んでいたし、今もシドから助けてくれて、とても頼れる獣人だと思う。そのジョエルが溜息を吐きながら、テーブルの向かい側に座ると、シドに向かって。

「それで今後の予定は?」
「アダムを家に届ける」
「その後は?」
「そうだな、アダムに飼ってもらう」
「馬鹿なこと言うのも大概にしろよ……」
「まあ、それは冗談だが、何とでもなる。お前は国に帰れよ?」

 ジョエルは、やれやれと額に人差し指を置き、首を振った。
 シドがアダムの方を向き、悪戯に髪を触り始めると、その様子を見て眉を寄せ、ジョエルが咳払いをしながら口を開いた。

「お前は、周りが見えてないのか、少しは羞恥というものを考えろ……、アダム様が可哀想だろう」
「普通だろう? それに、今は仕方ない、長い間離れていたからな」
「……長い間って、たった10日くらいだ」
「その皮肉を言う癖、そろそろ直した方がいいぞ」

 幼馴染と言っていたから、仲が良いのは当たり前だけど、ジョエルと接してるシドは、今までとは随分違って見えた。
 優美な王子様だと思っていた彼が、普通の青年に見えて来る。他愛の無いやり取りを見ながら、アダムは目の前の食事を食べる。
 シドには聞きたいことが沢山あるのに、何だか聞き難くて、アダムは喉まで出かかっている言葉を飲み込みながら、食事を終わらせた。 
 ようやく食べ終わり、ほっと一息ついていると、隣のシドがソワソワしているのが分かり、どうしたのかなと彼を見つめた。
 つっと、彼の指がアダムの唇に触れてくるので、何か付いていたのだろうか? と小首を傾げる。

「あ――、皆、悪いが……」

 シドが一言言うと皆が諦めたように、溜息を吐いた。

「あまり無茶をさせないようにして下さい」

 クリフが目を伏せながらシドに助言する。シドが分かっていると返事を返すと、アダムを抱き上げた。

「何処に……?」
「食事も済んだから、俺の部屋に行く」
「ま、まって、まだ皆と話したいことが」
「久々に会えたのだから、お喋りよりもすることがあるだろう」
「すること……?」

 何があるのかと彼を見ると、彼の瞳が潤みながらユラユラと揺れ動いていた。

「腕は痛むか?」
「へいきです」

 取りあえず降ろして欲しいと訴えて、身体を降ろしてもらうと、手を繋がれ引っ張られる。この手が恋しくて仕方なかったが、いざ手にすると胸がざわついて来る。
 ざわつく理由は分かっていた。
 シドに想い人がいると、ジークに教えられた話が、胸に引っかかっている。モヤモヤした気持ちのまま、シドの部屋に入ると、アダムをトンと持ち上げベッドに降ろし、彼はサイドチェストに視線を落とした。

「困ったな、これしかないか」
「なんですか、それは?」
「乳油だ」
「何に使うんですか?」

 聞いてはいけない気がした。
 ニヤっと悪戯に笑う顔を見て、何となく意地悪なことをされそうな気がして、カっと頬が熱を持つ、けれど、そんなことよりシドに聞きたい事がある。

「僕、ジークさんから…」
「気分が悪い」
「え?」
「お前の口から、ジークの名前が出ると虫唾が走る」
「ごめんなさい、えっと、王様を辞めたのは……あ、の……」

 聞きたいのに、聞きだせない。本人の口から聞くのはやはりショックだし、どうやって切り出そうか考えていると。

「辞めた理由か? 自由を手に入れる為と……」
「うん?」
「お前と一緒にいるためだ」
「あの、僕が聞いたのは、愛する人を追いかけて……って…」
「そうだな」

 彼が微笑むと額に唇が押し当てられた。

「あ、れ……?」

 ――少し頭の中を整理したい…。

「もういいか?」
「あ……っ」

 唇が重なると熱くて、とても情熱的な口づけに呼吸が出来ず、苦しくなった。
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