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恋しくて…
#33
しおりを挟む温かい気候なのに、アダムは心が凍えて行くようだった。
マリエと言う侍女が、最初に挨拶に出迎えてくれてから、ずっと世話をしてくれている。
装飾品がキラキラ光る部屋の中で、窓の無い部屋に閉じ込められて、何日経ったのだろう。
「あの、マリエさん」
「はい」
「僕が此処にきてから何日経ったのでしょう…?」
マリエがその問いに間髪入れずに答えてくれる。
「3日ほど経ちました」
「3日…」
「はい、何か欲しいものは御座いませんか?」
「いいえ、欲しい物は無いのですが、外に出れませんか?」
マリエは赤く光る瞳を細めると、ニッコリ微笑み、外に出ても迷子になるだけです、と冷たく答えた。アダムを見つめながら、瞳と同じ髪色の毛束を片側に寄せると。
「外ではありませんが中庭が御座います。行かれますか?」
「中庭ですか?」
「ええ、天窓が御座いますので、多少は外の気分を味わえるかと思います」
「じゃあ、行きます」
「畏まりました。少々お待ちください」
薔薇の宮殿よりさらに退屈な日々を過ごしながら、溜息だけを繰り返した。骨折のせいで微熱が続いてるが、それだけでは無さそうだった。
マリエが準備を整え戻って来ると、アダムがいた部屋から上の階へ案内される。何処かに逃げ場所が無いかと辺りを見回したが、気が付いたのは窓が異常に少ないということ、それから、この場所から見える正面玄関には鉄格子が降りているということ、屋敷にいる人数は少なく、全員、召使というよりは戦いに長けた獣人に見える。
「アダムさま? どうかされましたか?」
「あ、いえ、ごめんなさい、考え事してました」
不審な目を向けるマリエに笑みを見せ、彼女の後を付いて行くと中庭を囲うようにクルっと通路があるのが見える。
どうやら、この階にあるのは中庭の円空間だけのようで、出入り口にはマリエが用意したティーセットが配置されていた。
案内されるまま円空間の中へ入れば、天窓から入って来る外の空気に触れることが出来て、少し気が休まった。天窓を見上げながら、マリエにアダムは「満月はそろそろですか?」と聞いて見た。
「後、6日ほどで満月です」
「そう…」
「お身体に異常でも起きましたか?」
「あ…、はい、ちょっと熱っぽいのは、骨折のせいだけじゃない気がしたので…」
「ここはディガ国より離れてますが、青い月の効力が多少ありそうです」
青い月と言われ思い出した。
ディガから見た満月を見た時、確かに青かった。あの時、不思議に思ったが、たまたま青く見えたのだと思っていた。
「どうしてディガから見える月は青いのでしょう?」
「天国に一番近い国だからです」
「天国……」
「ええ。神に愛されし国と言われてます」
聖獣王は神により平和維持を任されていると言う。それでも数百年に1度、お告げがあるかどうかだと言う。
「お告げですか?」
「ええ。大規模な災害など、人口の半分が消えてしまうような災害が起きそうな時、お告げが下るそうですよ」
それを聞きアダムは驚いた。それなら人間はディガ国と、聖獣王を崇めるべきなのでは? と単純に思ったが、きっと200年前に起きた事件のせいで、全てが変わってしまったのだとアダムは思った。
「聖獣王はどんな人ですか?」
「シアト王に、お会いになったことが無いのですか?」
「シアト…、うん…、無いと思います」
何処かで、その名を聞いたことがある気がした。
けれど何処で聞いたのだろう? ビビアンに聞いたのだろうか、どちらにしても、一度も会ったことが無いとマリエに伝えると「そうですか」と不可解な顔をした。
それにしてもジークも来ない、あのルイと言う召使いも来ない。ただ悪戯に時間だけが過ぎて行くだけで、毎日が退屈で仕方が無い、それにマリエが常に一緒にいるせいで、逃げ出そうな場所も見つけられない。
大きな溜息を吐き、あと6日で満月が来ると聞かされ、心も体もざわざわする。ロイドの説明だと、もう熱は出ないだろうと言っていたが、多少は出ている気がした。
それは自分の意思とは関係なく、お腹に熱を持つ時があるからだ。
直ぐに収まるが、お腹の熱が収まると、身体が熱くなり胸が切なくなる。そうなると、必然的にシドを思い浮かべるのが嫌だった。
――…会いたくて…どうしようもない…。
会えることの無い彼を思い出しながら、一頻、中庭から見える空を見て、外の空気を味わった――。
部屋に戻り、寛いでいると、突然大きな呼び鈴が聞える。すかさずマリエが部屋の入り口に立った。
「何?」
「来客です。ジーク殿下かも知れません」
ジークが来たかも知れない、そう聞かされても、隠れる場所など無いこの部屋では、どうしようも無かった。
しばらくするとトントンと扉がノックされる音が響き、扉が開かれるとルイがピョコっと耳を折り曲げながら入って来た。
「聖天様、ご機嫌は如何でしょう?」
「良くありません」
「そうですか、今晩ジーク殿下が、いらっしゃます」
アダムは黙ったまま長椅子に腰掛けた。
ルイは「はーっ」と大きな溜息と残念そうな顔をしながら、同じように向かい側の長椅子に腰掛ける。
「ご機嫌悪いですね」
「だって、僕は、ここに来たくて来たんじゃありません!」
「我が主とシアト王とそんなに違いないと思いますよ。顔だってよく似てるじゃないですか?」
満面の笑みを見せながらルイは、耳を整え始める。
「何故、王様が関係あるのですか? そんな事より、僕はいつまでここに?」
「永遠にです」
「そんな! 帰りたい、お願いだからここから出して!」
「その事に関しては、我が主とお話して下さい」
ジークはアダムが言えば帰してくれるだろう。けど、それは条件付きだと思った。以前言っていたように、一旦は帰してくれるだろうが、連れ戻されるのは確実だと感じていた。
用件だけ言い終えるとルイは、「それでは」と礼儀正しく出て行った――。
その日の夜――。
湯場で体を洗われると、全身に何かを塗られた。初めての事に驚きマリエに何を塗っているのか聞いたが、微笑むだけで答えてはくれなかった。
いつもより長く湯場にいたせいか、喉が渇いたと言うと、果実酒と果物を持って来てくれた。寝る前に食べるとよく眠れると言われ、口に入れてみる。甘くて美味しい果汁が、トロリと口の中で広がった。
――美味しい……。
今は喉が渇いていた事もあり、つい幾つも食べてしまった。
「聖天様、そんなに、お食べになられては…っ、……!」
「え?」
忠告を受けて数分後、とても気分が良くなって来る。まるで雲の上にいるような感覚で、夢を見ている気がした。
知らないうちに誰かが目の前にいることに気が付き、アダムはその面影をぼんやり眺めた。
――シドさん…?
微笑む彼の顔が見える気がした。会いたいと思っていた人に会えたと、アダムは手を伸ばした。
「沢山、食べちゃったんだね……」
ぼやけて見えるシドが、何か言っているが、ハッキリとは分からない。彼が身体を起こして抱きしめてくれる。夢なのか、現実なのか、分からないまま聞いて見た。
「シドさんは、どうして此処にいるの?」
「シド? ああ、そっか、そうだね、それは内緒だよ」
「内緒、うん、内緒……」
ふっと唇が重なると触れるだけの口づけをされる。優しく体をなぞる指がくすぐったくて、クスクス笑うと。
「可愛いねぇ、けど、このままだと兄上の身代わりだな」
「シドさんのお兄さん」
「ん~、ホント困った子だね」
彼の手が腰を抱き、そっとベッドへ寝かせてくれた。撫でる手が優しくて、更に気分が良くなる。ふと、彼が立ち上がり、アダムの元から離れようとするのを感じて、「いや、行かないで!」と思わず叫んだ。
「もう一緒にいられないの?」
「ごめんね」
「やだ……」
我儘を言う自分の頭の上から、大きな溜息が聞えると、手を取られ刻印に口づけを受けた。彼の溜息を聞き、見上げると悲しそうに見えた。
自分は彼を困らせているのだと感じた瞬間、そのまま意識が途絶えた――――。
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