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恋しくて…

#32

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 目の前で大きな図体の男が跪き許しを請う。何を言ってるのか理解出来るまでシアトには時間が必要だった。
 アダムを追いかけ人の町へと到着し、ジョエルに会った早々、アダムがいなくなったと聞いた。頭がクラクラと揺れ、シアトは眩暈を起こし倒れそうになった。

「申し訳御座いません…」

 2日前から行方知れずだと言われ、心の底から湧き出るのは怒りだが、今はジョエルを責めている場合ではなかった。
 それに、ジョエルを責める資格など無いと分かっている。自分達の様子を見ていた青年が口を開くと。

「アダムは教会に行くと言ってから、行方が分からなくなったんだ……。まったく、きっと、誰かに騙されて付いて行ったんだ。素直と言うか、単純と言うか……」

 呆れた口調で青年が言葉を発すると、視線を落とした。その言葉を聞き、シアトはざわつく胸の内を、どう処理すればいいのか分からなくなる。
 一先ひとまずは、目撃した人間がいるかどうかを探す必要があると考えたが、既に教会周辺など探せる範囲は探したと言われ、シアトは呆然とした。

「王よ、シアト様とお呼びしても?」
「ああ、侍従長は……」
「クリフです。多分ですが、何処かに売られた可能性もあるのでは無いでしょうか?」
「な、っ……」
「アダム様は、見た目が見た目ですので、売られる可能性もあるかと」

 ――売られる? あの子が……。

 誰とも知らぬ男の手に渡ったと考えるだけで吐き気がして、気分が一気に悪くなる。だが、会話を聞いていた青年が、再度口を開いた。

「ん~、一応さ、俺は裏社会にも顔が効くんだけど、それらしき動きはなかった。それにアダムは目立つから、人身売買目当てで攫われたなら、すぐに分かるよ。その辺は俺に任せてくれていい」

 青年が売られていない、と発した言葉に安堵するが、それでも攫われた事には違いなかった。
 シアトは飛んで、探し回りたい衝動に駆られたが、取りあえず、行方が途絶えた教会へ出向いた――。
 教会内は数人の姿が見えるが、皆、席に着き祭壇に向かって目を瞑っている。神父らしき人物に声を掛け聞いて見たが、ジョエル達が言っていた通り、やはりアダムに見覚えが無いと言う。

「騒がなかったのか…」
「騒げなかったのでは? どちらにしても手練れてますね」

 ふと何処から会話が聞える。人間には聞こえないだろうが、自分達獣人には聞こえる距離の声に耳を傾けた。

『馬車から落ちたと言っててね』
『まあ、可哀想に…』
『どこかの貴族の子かと思ったけど、右手に語印らしき物があったから、聖職者なんだろうね…』
 
 ――…語印…?

 クリフに目を向ける。

「アダムのあれは、人間の間では語印と呼ばれるのか?」
「分かりませんが、聖職者が馬車から落ちるなど、普通では無いと思います」
「詳しく聞いて見るか」

 話し声の聞えた方へ向かうと、白いフードを被った人間の姿が見えた。クリフが話を聞いて来ると言い、その人間へと歩みを進めた。
 物腰の柔らかなクリフ相手なら、警戒される事もないだろう、とシアトは会話が聞える距離に留まり、様子を見守った。

「あの、すみません、お話を伺いたいのですが」
「何でしょう?」
「子供を探しております。手の甲に翼の刻印のある子なのですが、琥珀色の瞳が印象的な子で、2日ほど行方知れずなのです」

 如何にも孫が、行方知れずだと言わんばかりの雰囲気を漂わせ、クリフが白いフードの男に話かけると。

「迷子ですか…? それなら2日前、隣町のリンガに臨時で診察に行ったとき、その特徴に似た子を診察しましたよ。馬車から誤って転落したと言ってました」
「その子の容体は?」
「左腕の骨折、それと全身打撲でしたね。ですが、その子は迷子ではないと思います。侍従を連れていたようでした」

 ――あの小さな体が馬車から落ちた……?

 人間の身体はひ弱だ。特にアダムなど命を落としかねない。骨折をしたと聞き、ザーっと自分の手足が冷えていくのを感じた。
 クリフは男に礼を述べると、シアトの元へと向きを変えた。

「隣町か」
「ですが…、診察をしたのは2日前だと申してました。既にリンガにはいない可能性も…」
「それでも行くぞ」
「畏まりました」

 一旦シアトはジョエル達の元へ戻った――。
 アダムに付いていた侍女が、一緒に行くと言ったが、万が一戻って来た時に出迎えがいないと困ると思い、取りあえずは、その場で待つよう伝えた。
 早速、出かけることをクリフに伝えるが、シアトの声に応えるように口を開くと。

「シアト様、多分ですが連れ去ったのは、我が国の者でしょう。侍従を連れていたと、あの男は言っておりました」

 それなら、思いつくのはジーク以外にいないが……、昨日の時点ではジークも知らない様だった。
 それに今更、聖天は国に戻せないと言うのに、攫って何処へ連れて行った? 子供の頃からシアトの物は何でも欲しがったが、駄目だと強く言えば引き下がることが多かった。

 ――俺の言う事は、もう聞けないか…。

 ジークの仕業なら国に戻った方が早そうだが、違う可能性も考えて、一度、リンガへ確認に向かう事にした。
 シアトは診療したという宿屋へ向かうが、その日の明け方、陽も上がらぬうちに引き払ったと言われる。何処へと言ったのかと聞くが、そんな事は知らないと冷たくあしらわれた。
 やはり国へ戻り、ジークに聞いた方が早い、とクリフに伝えると。

「シアト様、一度、国に戻れば、次出るのは難しいです」
「なら、どうすればいい? このままだと……」

 こんな所で、足止めしている場合では無いとシアトは気持ちが逸るが、冷静なクリフが口を開く。

「考えたくはありませんが、シアト様が王としての責務を放棄し、逃げ出したとジーク殿下が、皆に触れ回っていた場合、戻れば二度と国を出る事は不可能でしょう」

 溜息を吐きながらクリフはシアトに助言した。

「ジークが? そんな事するわけがない」
「言い切れますか?」

 いくらジークとは言え、そこまでの事をするとは思えなかった。

「きっとシアト様なら、難なく国から脱走出来るでしょう。ですが、常に国の者から追われます」
「それでもいい……」

 それならそれで良い、アダムの居場所と無事を確認出来れば、別に追われる身になっても構わない、とシアトは自分の意思をクリフに伝えた。

「いいえ、他の方法を考えましょう。どちらにしても、アダム様が何処に連れ去られたのか、ジーク殿下に聞いたところで、素直に口を割るとは思えません」
「だが……」
「侍従を連れていたと、治療した白いフードの男は申しておりました。多分ですが、ルイの可能性があるのでは?」

 ジーク絡みで侍従と言うならルイだろうが、まだ違う可能性もある。考えたくは無いが、もしジークでは無い場合、アダムはどんな目に遭うか想像も付かない。それを考えるだけでシアトは喉が渇き、手足が冷えて心が震える。
 クリフに他の手がかりを探しに行くことを告げようとした時、とある男に視線を向けた。

「あれは、うちの国と取引のある商人ですね……、シアト様、ここで少しお待ちください」

 クリフが商人の元へ歩みを進めた。うちの国と取引があるなら、その品を何処かへ売りに行くのだろうか? シアトは国外の事は分からないことが多いため、憶測でしか物を計れない。
 こんな事になるなら、人間の国との交流を持っておくべきだったと後悔の気持ちに駆られていると、ようやく話終えたクリフが戻って来る。

「シアト様、あの商人、明日ペラの密林へ行くそうです」
「それは何処だ?」
「我が国から南方にある迷いの密林です」
「そんな所に何がある?」

 不敵な笑みを見せると、クリフは口を開き。

「それです」
「ん?」
「何もない場所なのです。なのに、我が国から使いの者が、破格の金額で交渉に来たそうです。それに品物が本や遊戯品です」

 クリフが頷きながら話を続けた。

「もしかすると、密林に居るのかも知れませんね」

 自分達も一緒に連れて貰えるか、商人に聞いて欲しいとクリフに伝えると、既に話してあると言い、当然です。と言う顔をされた。

「何百年、シアト様の面倒を見てると思ってるんですか」
「俺はそんなに単純では」
「いいえ、ジーク殿下より、遥かに分かりやすいです」

 溜息交じりにジークより分かりやすいと言われ、シアトは何故かショックを受けた。

 ――明日か。

 緩んだターバンを結び直し、無事でいて欲しいとシアトは願った――――。
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