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甘い罰と脱走

#27

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 アダムは揺れる馬車の中で、二度と会えない人を思い出していた。
 彼に会うには、またあの獣人達の国へ行かなければいけないし、自由に出入り出来るような国でもないことは十分に理解していた。

 ――どうして……。

 こんなにも胸が騒ぐのだろう? と苦しくなる胸元をぐっと掴んだ。

「アダムさまも乗り物酔いですか?」

 ビビアンがアダムの様子を見て心配そうに声を掛けてきた。

「ううん、違うよ」

 馬車の揺れはさほど強くはないが、時折ポコっと穴が開いた箇所に荷台が乗りかかると、肝がヒュっと冷えそうになる。
 レミオンはその馬車の揺れが苦手のようで、乗り物酔いをしてしまった見たいだった。「大丈夫?」と声をかけると「……はい」と、か細い声で返事するが、徐々に血の気が無くなって行く様子に心配になる。

「ビビアンは平気?」
「はい、初めて乗りましたが楽しいですね」

 あの国に居たら、荷台に乗るような経験など出来ない。だから、馬車の乗り心地を楽しんでいる様だった。ただ、残念なのが周り一面砂だらけと言うことだ。
 景色でも良ければもっと楽しめたのに、どれだけ目を凝らしても砂しか見えない。何の変哲もない景色を見ていると、目的の町にちゃんと辿り着けるのか心配になって来る。 
 ふと帰りは、どうやって帰るのだろうと疑問に思い、ビビアンに聞いて見た。

「帰りですか?」
「だって、砂だらけで、国が何処にあるか分かるの?」
「帰る時が来たら考えます」
「そんな……、ビビアンって意外と無鉄砲なの?」

 頭をコテンと傾けながらビビアンは、不思議そうな顔を見せた。

「いいえ? それに帰る時は、まだ当分来ません」
「……? そんなに長旅にはならないと思うよ?」
「アダム様、私は聖天様に、お仕えする家系だと申し上げたのを、お忘れですか? 生涯を全うする瞬間までお仕え致します」
「え! だ、だめだよ」

 目を輝かせる彼女に、アダムは早く国に帰るよう伝えた。

「いいえ、戻りません。それに見てください。こんなに宝石を頂きました。これだけあれば、アダム様は一生暮らせると侍従長は仰ってました。足りなければ、私が稼いで参ります」

 嬉しそうに言うビビアンを見て、アダムは溜息が出た。
 前から感じていたが、彼女は少し忠誠心が強過ぎる。ふふふ、と宝石を見て微笑む彼女を見ながら。

「稼ぐって、どうやって?」
「冒険者という職業があると聞きました」
「確かにあるにはあるけど、危険だよ? それに、そんな必要ないからね? それはビビアンが使ってよ」

 しゅんと落ち込む彼女に、慌ててアダムは教会の話をした。自分達で自炊して暮らしているから、お金は必要ないと伝える。

「畑で食料を確保して生活しているのですか?」
「うん、あとは寄付だね」

 なるほど、と彼女は頷き、ディガにも畑があり育てた経験があると言う。そういえばディガ国は砂漠地帯だと言うのに、国自体は水も豊富で緑豊かな国だった。砂漠特有の砂らしき物も無かったことを思い出し、改めて不思議な国だと感じた――。

 夕刻、やっと砂漠を抜けて町へと到着した。
 この町はリンガと言う町で、此処で作られる陶器は、とても有名だと商人に教えて貰った。

「次の町は東か南です。目的の町は何処でしょうか?」
「バイロンという町です」

 アダムは自分の住んでいた町の名を伝えたが、商人は小首を傾げた。

「バイロンですか……? すみません。私では、分からないですね」
「そうですか」

 知らない町だと言われ、地理に疎いアダムは、自分の住んでいたバイロンの町が、どの辺りに位置するのかサッパリ分からなかった。取りあえず今日は宿を取り、休むことを先決させた方がいいと感じた。

「レミオン具合はどう?」
「うん……」

 どう見ても顔色が悪い。
 見つけた宿屋へ向かい、早く寝かせてあげたかったが、宿屋は前金がいると言われ、取りあえず宿の女将に事情を話し、レミオンを預かってもらう事にした。
 宿屋の女将は、自分にも同じくらいの子供がいると言い、レミオンの頭を膝に乗せ膝枕をすると「私が見ていてあげるから行って来なさい」と換金場所を教えてくれた。

「すいません。宜しくお願いします」
「いいよ。いいよ。気にせず行っておいで」

 女将の親切に甘え、アダムは早速、換金所へ向かった。
 教えてもらった通りへ出ると、直ぐに換金所らしき建物が目に留まる。けれど、店前に、あまり良い雰囲気のしない人達がいるのが目に入った。
 世間を知らないアダムでも善悪の区別は付く、悪意のある人間だからと言って差別はしないが、それでも用心するに越したことは無かった。

「ビビアン……、気を付けた方がいいかも知れない」
「大丈夫です。人間にやられる事はありません」
「宿代分の宝石を僕が換金してくるよ。ビビアンはここに居て」
「ですが……」 
「何か問題が起きて、ビビアンが獣人だとバレる方が良くないと思う」
「分かりました、気を付けて下さいね」
「うん」

 中くらいの宝石をひとつ受け取ると、換金所に入った。
 店内は物々交換用の品がたくさん並べられ、金品以外にも用途の分からない、変わった物も飾ってあった。
 アダムの挙動が不審だったのだろうか? ぶっきら棒な店主にジロリと睨まれ、勝手に喉がコクっと嚥下させながら、店主の元へ行き、宝石の換金に来たとアダムは告げた。

「何だ、お客さんだったか、貴族なんて滅多に店に来ないから、てっきり冷やかしかと思ったよ」
「貴族……? あ、あの換金したいのは、この宝石なんですけど……」
「ほう、これは凄いねぇ、旅の途中かい?」
「ええ。そうです」
「うーん、そうだね。これなら、この金額でどうかな?」
「はい、それで良いです」

 アダムはよく分からないまま、返事をしたが、店内にいる若い青年に「待った!」と声を掛けられた。

「おじさん……、もっと高いはずだよ、その大きさの宝石なんて簡単に手に入らないだろ?」
「チっ」
「世間知らずの坊ちゃんを騙すなんて良くないな」
「分かったよ、これでどうだよ?」
「お、いいじゃん、分かってるね」

 若い青年は換金したお金をアダムに渡すと、青い瞳をキラキラさせながら「気を付けなよ」と一言声を掛け出て行った。
 自分は騙されかけていたのだと知り、情けなくなるが、親切な人がいて良かったと笑みを浮かべ、アダムも店を出た。
 先程ビビアンと別れた場所を見れば、彼女の姿はなく、何処へ行ってしまったのだろう、と辺りをキョロキョロを見たが、彼女の姿は確認出来なかった。

「どうかしたの?」

 先程、騙されかけてた所を助けてくれた青年が、背後から声をかけて来た。ニカっと屈託の無い笑みに、アダムも緊張が解け「連れを探してるんです」と正直に答えた。

「連れの容姿は?」
「女性で黒い瞳で、フードを被ってて……、それから…」 
「あー、それなら、あっちに行ったよ?」

 アダムにも分かりやすいよう、ビビアンが向かった路地裏の方面を指し示すと、彼はそちらへ歩いて行った。
 青年の歳はアダムより、2つ、3つ上だろうか、青い瞳に、綺麗なシルバーグレーのふわりとした髪が印象的な彼はレナルドと名乗った。

「こっち……」

 レナルドの後を付いてくと、人気のない路地に入る。彼が爽やかな笑顔で振り返り。

「あー、あー、簡単に騙されちゃって……、気を付けろって言ったのに」

 彼はジリジリとにじり寄って来ると、先程換金したお金が入った袋を奪った。一瞬の出来事でわけが分からないアダムは、え? とレナルドを見た。

「やっぱり世間知らずの坊ちゃんだねぇ」
「あの、それ返して!」
「やだよ、授業料だと思って諦めな」

 さっき騙されかけたのを助けたのは、アダムを油断させるためだったのだろうか? レナルドはきびすを返すと、大通りを走り出した。
 咄嗟にアダムも彼を追いかけた
 その途中で、自分を見かけたビビアンが「アダム様」と言って追いかけて来る。

「ビビアン! 何処にいたの?」
「あ、すみません、手洗いに行きたくなってしまいまして……」
「そ、そう、そんなことより ハァ…、ハァ…、あのシルバーの髪の……ハァ……」
「捕まえればいいのですね?」

 アダムは声が出ず、コクコクと頭を縦に振った。
 体力のないアダムとは段違いの速さで、ビビアンがレナルドを追いかけて行くのを見て、流石、獣人だと感じた。
 自分の倍以上の速さで走り追いつくと、首根っ子を捕まえ引き摺って来る。

「な、なんだよ。この女っ! 離せって!」
「アダム様、お待たせ致しました」

 ジタバタするレナルドを片手で抑え込むのを見て、アダムは今後ビビアンに逆らうのは止めようと誓った。
 ふと、路地の隅にいるフードを被った大柄な男に、ビビアンが一瞬目配せをしたように見えたが、彼女が人間の町に知り合いなどいるわけもないと思い、気のせいだとアダムはレナルドへ視線を戻した――。

 ガヤガヤと騒がしく賑わう食堂で、ビビアンが不貞腐れていた。

「アダム様、どうしてこんな男を……」
「だって、地理に詳しいって言うし、それに根はいい人だと思う」
「何と心の広い……、私、涙が出そうです……」
「もー、ビビアンは大袈裟だよ」

 涙ぐむビビアンを見ながら、正面に座るレナルドに「好きな物頼んでください」と注文を促した。 
 ビビアンは文句を言っているが、アダムには彼が悪人だとは思えなかった。
 店を出る際「気を付けろ」と言っていたのに用心しなかったアダムも悪いと思ったし、そもそも、ちょっと親切にされたくらいで、信用してはいけないことを教えてもらった気がした。

「レナルドさん、どうしてお金を奪ったんですか?」
「ん? それが職業だからだよ」
「お金を盗るのがですか?」
「そうそう、けど、お金持ちからしか盗らないよ」

 レナルドはニッコリ微笑むが、お金を盗むなんて犯罪なのに、そんなに自信満々に職業だと言われて、何故か納得してしまった。
 彼がテーブルに並べられた食べ物を、次から次へと口に含む様子を見ながら、アダムも一先ひとまずは食事を摂る事を優先させた。
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