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貢ぎ物は愛玩動物

#10

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 人顔の獣男は精悍な顔をしかめながら、厳しい目で剣を携えたまま微動だにしない。それを感知したジークの耳が、ピクピクと激しく動いている。
 少しでも動けば首に剣が触れそうな位置にあるのが、アダムから見るとよく分かる。獣男が大きな溜息を吐くのを聞き、ジークが慌てて声を出した。

「ちょっ! わかった! 剣を収めろ」
「……」
「分かったって言ってるだろ!」

 ジークが両手を上げながら獣男に声を荒げるが、優位なのは、どう考えても剣を首筋に当てている獣男の方だった。

「聖天様から降りろ」
「俺も一応は王族よ? 分かってる?」
「王より許可を貰っている。いざと言う時は斬捨てても良いと……」
「げっ、分かったから、剣を収めろよ!」
「先に降りろ」

 ジークがゆっくりとアダムから降りたが、最後に名残惜しそうにアダムの刻印に口づけをした。その瞬間、ジークは鎧を着た獣男に首を掴まれ、殴られていた。獣男は厳しい表情を崩すことなく、こちらを見ると。

「怪我はございませんか?」
「はい、大丈夫です」
「それでは失礼致します」

 アダムの無事を確認した獣男は、穏やかな表情を見せると、ジークの首を掴み外へと出て行った。
 目覚めたビビアンが自分の視界に飛び込んで来る。「アダム様! ご無事ですか?」と両手を握られて、大丈夫だと伝えると、ヘタリと座り込んだ。

「本当に……良かったです」
「心配かけてごめんね?」
「いいえ! アダム様は何も悪くありません!」

 キっと目を吊り上げるビビアンは、全てジークが悪いのだと怒りを露にする。獣男の出現で気を取られて忘れていたけど、彼は大量に芳香を吸っていったのを思い出し、アダムがそれを口にした。

「ジークさん大丈夫かな…、たくさん芳香を吸っていったけど」
「まあ! 何てお優しいのですか、殿下など一年、いいえ! 百年くらい眠りに付けばよいのです」

 ビビアンはクルっと向きを変えると扉の方を見て、壊された扉の修繕が必要だと、また怒りの声を上げていた。
 ジークが眠ってしまったら、アダムは責任を問われるかも知れない、そう考えると嫌な記憶が蘇る。あの処刑台へ向かう感覚を思い出し頭がクラリと揺れた。
 それに、先程のジークの言葉で、アダムは何故、聖職者に刻印が刻まれるのか分かった気がした。
 悪意に満ちた人間に刻印が刻まれたら、危険なのだと思った。眠りに付いた王族を手中に収める事が簡単に出来てしまう。だから幼い頃から教会で育った者に刻まれるのだろう。改めて自分に刻まれた刻印が、どれほど危険な物なのか分かると、自然と体が震えた。

「アダム様、今日は隣の部屋でお休みください」

 ビビアンの言葉に頷くと、隣の部屋へ向かうことにした。
 通路に出るために壊れた扉に近付いたが、どう見ても普通の力では壊れるような扉では無く、とても分厚い、それなのに、扉のかんぬきの辺りが、粉々に破壊されていた。

「こんな分厚い扉を壊しちゃうなんて凄いんだね」
「ジョエル隊長は王国で一番武道に優れた方です。王様の幼馴染だと聞いてます」
「そうなんだ……」
「王族に次ぐ寿命を持つ一族で、代々王家の近衛兵を務めております」

 寿命はバラバラなのだろうか? 勿論一定では無いのは何となく分かるし、アダム達人間より皆寿命が長いことだけは間違いなさそうだった。
 ビビアンに案内され隣の部屋へと向かう途中で、それとなく聞いたが、寿命については一族ごとに違うこと以外は、彼女も詳しくは知らないと言った。

「じゃあ、獣顔と人顔はどうして違うの?」

 人顔と獣顔の差は生まれ持っての物らしく、ここ最近は獣顔の獣人が多くなっていると言う。ただ、生まれつき獣顔を持つ獣人は獣化が出来ないうえに、言葉も獣語しか話せないと教えてくれた。

「我が一族はハイロードキャットと言う種族です。病気や戦争が無ければ凡そ300年ほど寿命があります」
「300年? ビビアン何歳なの?」
「私は146歳です。人間に換算すると32歳くらいでしょうか?」

 え?とビビアンを二度見した。
 とても32歳には見えないし、アダムより3つ4つ上くらいかと思っていたが、もっと目上の女性だと教えられ、更にアダムの罪が加算された気がした。

「そんなに年上の人だったなんて…何だか…ごめんなさい」
「とんでも御座いません、我が一族の女は聖天に仕える一族なのです。アダム様が何歳でも同じなのです」

 ふわりとビビアンが微笑む。

「よく判らないけど、一族は皆、役割が決まっているの?」
「そうですね、大半は決まっています。降格も昇格もありますが、余程のことが無い限りは、一族の役割は変わる事はありません」

 生まれた時から役割が決まっているなんて、人間より規律が厳しい世界だと感じた。確かに人間も階級制度があるが、ビビアン達よりは自由がある気がした。
 隣の部屋に入ると、今まで使っていた部屋と対になっており、きっとここも聖天が使っていたのだろう。至る所にある翼の印が、自分が翼で囲われた籠の中にいるのだと示している気がした。
 はっと思い出したようにアダムは右手を見ると、刻印はまだ茜色だったが、お腹の熱は冷めていた。

――芳香がでる条件……

 その条件がジークが言った発情だとしたら、どうすれば止められるのだろう? ロイドが確かに満月前の数日は、そう言う期間だとは言っていたが、止める方法があればいいのに、とアダムは窓から見える月を見つめた――――。
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