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貢ぎ物は愛玩動物
#08
しおりを挟む王宮にある大きな扉の前で、物騒な鎧を着た獣男に向かって、大きな溜息を付いた。
獣男は礼儀正しく屈めた身体を起こすと、精悍な顔の眉を少し下げた。
「シアト王、今日もですか?」
「本当に、うるさい連中だ。ジョエル、面倒な拾い物をしてくれたな」
「捨てて置いた方が宜しかったですか?」
「いや……」
200年ぶりに現れた人間の聖天。
本来なら丁重に扱われる存在だが、老政の者達が、人間の聖天は災いの種だと言い、処刑実行を毎日のように訴えに来る。今日も会議を行ったが、その重圧に息が詰まりそうだった。
はっ、と短い息を吐き腰に手を当て、憂鬱な気分のままシアトは歩みを進めた。長い通路を歩いている最中、待ち構えていた侍従長が近付いて来ると腰を折る。
「シアト王、ジーク殿下が執務室でお待ちです」
「分かった」
「それから、薔薇の宮殿で少しだけ騒動が御座いました」
「……何があった?」
「殿下より、お聞きください」
シアトがツと顎を横に振ると、侍従長は頭を下げ後ろに下がった。
毎日、毎日、同じことを言いに来る老政達もそうだが、弟に関しても頭痛の種だった。
ジークの自由奔放な性格のせいで、問題が起きる度にシアトに皺寄せが来る。今回は何をしでかしたのか、と考えただけで会うのが億劫になった。
執務室の前まで来ると、ジョエルは扉の横に立ち「ここでお待ちしております」と言ったが「いや、お前も来い」と一緒に中に入るよう促した。
「兄上、ご苦労様」
「何がご苦労様だ……、この問題児が」
「俺だけが問題児なわけじゃないよ」
ジークは意味あり気な顔を見せると、執務室の長椅子にピョンと飛ぶように座り、シアトにも座るよう手で合図をした。
「それで、薔薇の宮殿で何があった?」
「あー、あの子、子供じゃなかったよ」
「どういう事だ?」
「成人してた。立派に惑わしの芳香を放ってたよ」
シアトはジョエルから聖天は子供だと聞いてたが、どうやら見た目だけが子供だったようだ。ジークに人間の聖天をどうするのかと聞かれ、一番の悩みの種を、簡単に問う弟を見ながら、お前も考えろと言いたかった。
「兄上がいらないなら、俺が貰ってもいい?」
「お前は、気楽でいいな? 少しは何かしたらどうだ?」
「俺に出来る事って、何かあった? ねえ、ジョエル?」
話を振られたジョエルはコクリと頷き「何かさせても面倒な事が増えるだけです」とシアトに目を伏せ頭を下げた。
もっともな意見を聞き、確かにな……、とシアトも納得しかけたが、頭を横に振り、「何もしないことが仕事だ」と弟を睨んだ。
「そんな仕事……、一番難しいと思うけど?」
「つまり、お前に出来ることは何もないと言うことだな」
肩を竦めたジークが「とにかく聖天の身の振り決まってないなら、俺に頂戴」と言って来る。簡単に聖天を寄こせと言うが、処刑しろという声が大半だと言うのに、弟などに渡せば、それこそ大問題だ。
「まだ老政達の説得中だ」
「いつ説得できるの?」
「さあな」
「まあ、いいか」
横一杯に広がるジークの口元の笑みを見て、絶対に面倒なことが起きそうだと感じた。
シアトはジョエルに目配せをすると、こちらの意図を汲み取ったように頷いた姿を見て、取りあえずは安心する。何をどうしろ、と言わなくても、ジークの監視をしてくれるだろう。
まだ聖天に一度も会っては無いが、災害に巻き込まれた悲運な人間だとシアトは憐れんだ。
父親の事件さえなければ、丁重に扱い祀られるべき存在を冷遇し、命まで奪われようとしている。自分の命令ひとつで、聖天を庇護することも可能だが、それを執行したところで、聖天がまともな扱いを受けるとは思えなかった。下手をすれば暗殺を企てる者も出て来る。そう考えると現状どうすればいいのかシアトにも分からなかった。
嘆息を吐きながら、子供の頃の懐かしい光景を思い出した。
自分が100歳前後の時、人間に換算すると7~8歳頃に見た人間の聖天は、可憐で歌の上手な人間だった。
父はその聖天を大変気に入っており、常に側に置いていた。
純真無垢という言葉がピッタリと当てはまるような人物で、彼女は毎日、父の傍らで歌を歌い、楽しそうに過ごしていた。
傍から見ても幸せに見えたし、だから幸せなのだろうと思っていたが、その聖天が父親を陥れようとしたことに当時ショックを受けた。
けれど、止むを得ない事情があったのだろうと子供ながらに思った。それは彼女が悪意を持っていたような人間には見えなかったからだ。
「不思議な物だな……」
「何が?」
「エルフの聖天からは芳香は出ないだろ?」
「確かにね。初めて嗅いだけど、あれはいい匂いだ」
身を乗り出したジークの額に、シアトは指をトンと置き押し戻した。シアトも一度だけ嗅いだことがあるが、全身の毛が総立ちになるほど、刺激的だったことを思い出し、思わず舌が出そうになるのを堪えた。
――やはり逃がしてやるのが一番いいか……。
運ばれてきた茶菓子にジークが手をかけながら不敵な笑みを見せると。
「実験体として生かしておくと言えば?」
「皆、忘れているが、人間の聖天は神より選ばれし血脈だぞ、もう少し尊重すべきだろう」
「分かってるって、爺達にそう言えばいいだけだよ。そのあとは、俺が貰ってあげるからさ」
「もらってどうする?」
「それは、ねぇ? っ……痛ッてぇ!」
ろくな事をしないと感じたシアトは、ジークのピコピコ動く耳を抓った。
抓られた耳を整えながら、弟は面倒臭そうに話を続ける。
「もう老政達の権利を剥奪したら?」
「馬鹿なことを言うな」
まだ子供だったシアトが王に付く時、英知を与えてくれた老政の者達を簡単に首に出来るわけが無い。当たり前のように、権利の剥奪を言うジークを睨みながら、シアトは茶に口を付けた。
「面倒を起こすなよ?」
「起こす気は無いんだけどね、知らないうちに、ね?」
「何が『ね?』だ。聖天の事はしばらく保留だ。近寄るな」
「はいはい」
ふふふ、と笑いを溢すジークを見ながら、しばらく何処かに監禁しておくべきだと感じたが、取越苦労に終わる事を祈った――――。
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