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貢ぎ物は愛玩動物

#05

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 フワフワと雲の上にいる感覚に、天国に辿り着いたと一瞬思ったが、生々しい感覚が体を襲った。それは吐き気だった。
 極度の緊張のせいで牢屋を出てから、ずっと気分が悪くて何度も吐き気を感じていたが、その不快感が蘇り、自分が生きていることを実感した。
 そして目に映る景色に違和感を覚える、天井には豪華な天蓋が掛けられており、自分が寝ている場所を手で探ると、上質な寝台に寝かされていると気が付いた。
 死を覚悟したと言うのに、どうしてこんな所に居るのか理解出来なかった。
 あの兵士が助けてくれたの……? アダムの最後の記憶は、兵士に抱えられた記憶だけだった。

「お目覚めですか?」
「だれ?」

 女性の声で話しかけられ、アダムは慌てて体を起こした。
 
「痛っ……」
「まあ、大変です! どこが痛むのでしょうか?」
「あ、いえ、大丈夫です。ここは?」
「薔薇の宮殿です」
「宮殿、どうして……?」

 獣耳の生えた人顔の女性は、アダムの体をそっと抱き起し、優しい笑みを浮かべた。
 聞きたい事が沢山あるのに、上手く頭が回らなくて、何か大切な事を忘れている気がする……、と、ぼやける思考で必死に記憶を辿り、はっとなる。

「レ、レミオンは!?」
「もしかして、捉えられた人の子ですか?」

 こくこくとアダムは頭を縦に振る。

「ご無事です。少し特殊な塔で保護しております。命に別状はございません」
「良かった……、会えますか?」
「いいえ、残念ですが聖天様は薔薇の宮殿から出れません」

 女性は申し訳なさそうな顔をすると、ビビアンと名乗りアダムの世話係だと言いながら頭を深く下げた。

「聖天様、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「アダムです、その聖天とは何でしょうか?」
「右手に刻まれた刻印は、我がディガ王国の象徴、聖獣王の真の姿を表しております。故に聖なる天物として扱われ、我が王の所有物となります」
「所有って、……どういう事ですか?」
 
 その問いにビビアンはゆっくりと目を伏せると「とても大切に扱われる存在です」と答えてくれた。

「あの、この印は神父になる為の儀式で頂いたのです。特別な意味は無いと聞きました。信仰心が強いから、この印が現れたと……」

 アダムの印を見ながらビビアンが微笑むと、人間の近隣王国とディガ王国は、200年前に起きた事件で確執が生まれ、その事件から交流が途絶えており、人間側のディガ王国に関する文献が薄れたのでしょう、とビビアンは溜息交じりに説明してくれた。

「以前は、人間も貢ぎ物として、多くの子が献上されていたと聞きました。詳しい話はまた後日、詳しい者から説明させましょう」
「貢ぎ物……、王様に食べられたりするのですか?」
「ぷっ、……ゴホッ、失礼しました」

 ビビアンは笑いを堪えると、人間を食べるようなことはないですよ、と微笑んだ。
 貢ぎ物は愛玩動物と同じ扱いだと言い、昔はこの薔薇の宮殿で飼われていたと言う。

「愛玩動物?」
「はい」 
「いつ出られるのですか?」
「出られません」

 柔らかい表情だが、強い口調でハッキリと、ここからは出ることは出来ないとビビアンは言う。彼女の強い眼差しと言葉を聞き、自分は死ぬまで出してもらえないのだと察したが、だからと言って、素直に受け止めるわけにはいかなかった。

「ビビアンさん! 家に帰りたい、偶然ここに飛ばされただけで、本当に、ただの偶然なんです!」
「いえ、きっと神の導きで御座いましょう」
「違うの! そうじゃなくて……っ?」

 突然、扉がドンドンと叩かれ、アダムは身が強張る。ビビアンが立ち上がり、扉へと向かったが、すぐにアダムの元へ戻って来た。

「アダム様、湯場の準備が整ったそうです。参りましょう」
「やだ、家に帰りたい……、帰して……」
「まずは、お身を綺麗に整えましょう。お食事も摂らなくてはいけません」

 優しく微笑むビビアンが手を差し出したが、どうしていいのか分からず、出された手をじっと見つめた。

「大丈夫です。引掻いたりは致しません」
「あ……、どうすれば?」
「ああ、私の手に手を乗せて下さい」

 手を乗せると、ビビアンは付いて来て下さいと言い、歩き出した。
 扉の外に出ると広々とした通路に、豪華な装飾品が飾られている。通路にも絨毯が敷かれており、傷だらけの裸足でも痛みを感じなかった。
 目的の場所へ向かう途中で、ビビアンがピタリと立ち止まる。

「おやおや、せっかく見に来たのに、ただの子供か」
「我が国の弟殿下に、ご挨拶致します」

 ビビアンはグっと腰を曲げると頭を垂れた。
 彼女が頭を垂れた相手は、煌びやかな衣装を着て壁に凭れ掛かり、アダム達の様子をじっと見ていた。
 如何にも位の高そうな雰囲気を醸し出し、獣耳と整った人顔、黄金の髪を輝かせながら佇む姿は、人間の基準でも男前と呼ばれる部類だと思った。

「ジーク殿下、ご用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「貢ぎ物を見に来ただけだよ、まあ、可愛い以外は取り立てて面白く無さそうだな」

 ビビアンが、その発言を聞き表情と声色を変えた。

「ジーク殿下、お言葉が過ぎます。聖天様にあざけりの発言など、王の耳にでも入れば、殿下と言えど処罰の対象です」

 ジークと呼ばれた男は、目を細めながら溜息を吐くと、「これは大変失礼しました」と冗談めいた口調で手を振り、何処かへ消えていった。
 ビビアンは消えた男の残像を見ながら、「困ったものだわ」と呟くと、またアダムの手を引き、歩みを進めた。
 大きな扉前から水音が聞え、その扉を潜ると湿気の多い場所へ到着した。
 湖のような広々とした湯場に驚き、「凄い」と思わず言葉が零れる。ぼーっと湯場の広さに驚いていると、抵抗する間も無く、アダムはビビアンにローブを脱がされた。

「やだ、自分でやります!」
「アダム様は……雄の人間でしたか」
「あの、見ないで下さい」
「あらあら、気になさらなくても大丈夫ですよ。とても、お綺麗です」

 ふわりと笑みを浮かべると、ビビアンはアダムの裸など気にすることも無く、水場へと誘導した。
 ビビアン以外にも、数人の獣女が現れてアダムの体を洗い始める。恥ずかしくて逃げ出したいのに、それすらも出来ず、他人に裸を見せた事が無いアダムは、目を瞑り羞恥を必死で堪えた――。
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