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遭難事故

#02

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 馬車が船着き場に到着すると、辺りに人が溢れていた。大波により多数の船が難破し、数日は運航できないとアダムは説明を受ける。

  ――どうしよう。早く帰らないと神父様が心配する。

 運航が開始されるまで何日も街に足止めにるよりは、少し時間はかかるが馬車で帰る事にした。
 乗れそうな馬車を探しに待合所へ足を進めると、先程、乗り合わせた親子も船に乗れず、立ち往生しているのが見えて、話しかけてみる。どうやらアダムの町より、更に奥地にある農園が盛んな町で仕事があると言う。

「助祭様は、どうされるのですか?」
「僕は馬車で乗り継いで帰ろうと思うのですが…」
「お父さん、僕たちも助祭様と一緒に馬車で行こうよ」

 親子も旅路を急ぐ必要があるらしく、同じ馬車で乗り継いで行くことになった。せっかく移動を共にするのだからアダムは改めて自己紹介をした。

「僕はアダムと言います」
「私はジョージで、息子はレミオンです」

 アダムはジョージを見た後、レミオンへ改めて「宜しくね」と声を掛け、手を差し出した。
 元気よくアダムの手を握り返してくるレミオンの姿を見ていたジョージが、神様にお仕えしている人に気安く触ってはいけない、と叱っているのを見て、「叱らないであげて下さい」と声をかけた。
 実際、まだ見習いの身分で、一人前の神父と同じように扱われるのは、アダム自身も居心地が悪い、出来れば普通に接して欲しいと伝えると。

「分かりました、では旅の間だけ大目に見ると言う事で……」

 こくりとアダムは顎を縦に揺らし、取りあえず自分達の目的地へ連れて行ってくれる馬車を探す事にした。
 キョロキョロと辺りを見回していると、乗り合いの待合所に小さな教会が建っているのが目に留まった。
 入り口で年配のシスターが、辺りの様子を心配そうに伺っているのが見え、普段より騒がしい港町の様子を気にしてるのだと思い、アダムは近付き話しかけて見た。

「シスター、こんにちは」
「まあ、随分と可愛らしい神父様ね」
「あ、僕はまだ助祭になったばかりで、見習いなんです」
「ええ、お帽子で分かりますよ」

 ふふふ、と笑うシスターが、アダムの帽子をチラっと見た。
 見習いのカロッタは、白い帽子に青色の縁取りがほどこされており、教会に勤める人間なら誰でも知っている。シスターなりの冗談を言われたのだと気が付き、アダムは頬がぽっと熱くなる。
 ふと、シスターの視線がアダムの手元に移り、おや? と言う顔を見せた。

「貴方の印は…」
「天印と呼ばれるそうです」
「そう、天印と言うのね、けど、色が赤いのはどうしてかしら?」
「え……」

 シスターが首を傾げながら、手包布てほうふを取り去ると、自身の手の甲を見せてくれる。
 そこには白金の脱色したような風合いの語印が刻まれており、普通はこんな色をしているのに、とアダムの手の甲を不思議そうに見た。
 不思議に思ったのはアダムもだった。自分の印を見れば、先ほど授かったばかりの印が茜色で染まっていた。
 さっきまでシスターと同じ白金色だったのに、何故か色が変わっていて、自分でも変だなと思う。ただ、先程儀式が終わったばかりだから、きっと印が安定してないのだと、そのことをシスターに告げると。
 
「そう? 私が受けたのは随分前だったから、忘れてしまったわ。それにしても綺麗ね、今にも動き出しそうだわ」
 
 シスターが笑顔を見せアダムの甲を見つめた。
 改めて自分の甲を見つめながら、シスターの言う通り動いたら怖いかも……、と右手の甲を擦った。
「それにしても、船が出ないのは不便ね」とシスターが言うのを聞き、アダムも、本来なら船に乗って自身の町へ帰る途中だったことを話し、他愛の無い会話を続けていると、視界の端にジョージが映った。
 こちらに向かって、手招きするような仕草をしていることに気が付き、シスターに「僕は、これで失礼します」と別れを告げるとジョージの元へ急いだ。
 
「助祭様、あちらの馬車で迂回ルートの町まで行けそうですよ」
「わざわざ、ありがとうございます。あ、僕のことは名前で呼んで下さい」
「わかりました。今後はアダム様とお呼びします」
「いいえ、様は必要ないです」
「とんでもない! 神様にお仕えする方を呼び捨てには出来ません」
 
 自分より目上の人間に、様付けで呼ばれた事が無いアダムは罪悪感が湧いたが、きっと何度言っても、取り合ってもらえないだろう、と大きな溜息を吐いた。
 ジョージが見つけてくれた馬車に乗り込むことになったが、砂漠方面からの迂回になると言われて、アダムは不思議に思う。

「砂漠方面ですか…? 僕は、あまり土地に詳しくは無いのですが、あちらの山を越えては行けないのでしょうか?」

 アダムが指さす山をジョージが見ると、山岳方面は所々険しく、山賊の被害も多いこともあり、冒険者や騎士団の護衛がいないと危ないと教えてくれた。

「少し時間はかかりますが、砂漠の方が安全ですよ」
「そうなんですね」

 険しい山を見つめ、自分一人ならあの山を越える方を、選んでいたかも知れないと思い、ぶるっと震えた。
 馬車に乗ると自分達以外にも、迂回ルートを選んで帰る人が既に乗り込んでおり、8人乗りの馬車に9人が乗ることになった。
 しばらく馬車に揺られ、道が少しずつ砂に変わり始める。サラサラとした砂道へ完全に変わると、馬車の後輪に棘の付いた鎖のような物が取り付けられた。

「あれは何でしょうか?」
「ああ、あれは風が強い時に、砂で車輪が空回りするのを、防ぐために取り付けるんですよ」

 あまりにも風が強いと、まったく動かなくなる時もある、と同乗した女性が教えてくれた。
 アダムは砂漠を見るのは初めてだった事もあり、色々な工夫をしなくてはいけない地形に興味深く思った。

 ――…凄い、本当に砂しかない…。

 一面いちめんの砂、砂丘と呼ばれる小高い山々、こんなことでも無い限り、足を踏み入れることなど無い景色を見つめていると、ジョージが前方に砂塵さじんが見えると言う。
 風で砂が舞い上がる現象だと説明を受け、目に砂が入るといけないからと、薄手の布を手渡してくれた。
 馬車も一旦立ち止まり砂塵をやり過ごすと言い、手渡された布を広げアダムは頭から被った。 
 轟音が近付き地の底から、豪風が唸り声が上がる。馬車がガタガタと震え出し、体がふわりと浮く感覚に襲われ、アダムは荷台に頭をぶつけた。
 恐らく風で馬車が横転したのだと思い、頭に被っていた布を取り、確認をしようとした瞬間、メキメキと馬車の屋根が剝がれて行く様子が見えた。

「きゃぁああああー!!」

 ――え…! なに?

 同乗していた女性が、空高く舞い上がるのが見えたが、それは自分自身もだった。
 バランスも取れず、風に突き上げられ、バラバラになった馬車の破片が身体にぶつかり、激しい痛みで気を失いそうになる。必死に辺りを確認しようと、目を開けるが砂が入り、目に激痛が走った。

 ――ッ……!

 他の皆は? ジョージにレミオンは? アダムは突風で身体が引き裂かれそうな痛みを堪え、不安な気持ちを必死で堪えた。
 次の瞬間、ドンと重い何かが自分とぶつかり、アダムの意識はそこで途切れた――――。
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