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僕に出来ることを
#56
しおりを挟むはっと目を開けると、ベッドの上でオーディンの腕の中だった。確か馬車に乗っていたのに、ここは何処なのかな? と頭を動かせば、それに気が付いた彼が眠そうな声を出した。
「ん……、起きたのか」
「うん、ここ何処?」
「国境付近の町の宿屋だ、疲れてた見たいだったから、起こさなかった」
オーディンに会えた安堵で、そのまま馬車の中で寝てしまったことをシャールは思い出した。
そのまま恐る恐る彼へと手を伸ばし、触れることが出来るのが分かると、ほっとした。
目の前にいる彼が夢や幻じゃないことが分かり、もう二度と自分の前から消えないで欲しいと心の中で願う。あまりにもシャールがオーディンの顔を真剣に見ていたせいか、ぷいっと横を向き不機嫌そうな態度を見せた。
出会った当初は嫌だと感じていた仕草だけど、今では好きな態度になってしまったので、久々に見れてシャールは嬉しくなる。
これからは、ずっと一緒に居られるのかな? と疑いながらオーディンの顔を覗き見ていると。
「なんだよ?」
「これからは、ずっと、一緒にいてくれる?」
その言葉を聞いたオーディンが「あのさ……」と言いかけ、一度口を閉じた後、何かを決意したように言う。
「俺と一緒に暮らそうか……」
「うん! いいの? 僕はどのくらい聖教会に拘束されるか分からないよ?」
「まあ、たぶん数日か数十日だろうな」
「そんなに短いの?」
拘束と言っても形だけだと言う。
実際にシャールは何もしていないのだから、数日の間、客人としてプラウの屋敷に滞在するだけだと教えてくれる。
ただ、諸国の中立である聖教会が動いたことは、近隣国には既に知れ渡っており、罪人として捕まったシャールは、大きな街で暮らすのは難しいと言う。
「言霊の森は駄目……?」
「いいよ、けど、あの森では調合が出来ないだろ? それに万が一水晶を無くしてしまったら、俺は帰れなくなるし、少し対策を考えないとな」
「あ……、そっか」
「でも、必ず森へ帰ろう」
そう言ってくれる彼の言葉に頷いた。
オーディンが一緒に暮らそうと言ってくれて嬉しいけど、シャールはどうしても不安になる。
なぜなら、サイファはオーディンが生きていることを知っているし、それを国王陛下に言えば、国に連れ戻される気がして、一気に不安が込み上げて来る。押し黙ったまま一人で悩んでいると「なんだよ、本当は嫌なのか?」と言われ、シャールは慌てて返事をする。
「嫌じゃないよ、嬉しいけど、オーディンは王子様だし、国に連れ戻されて一緒にいられない日が来るかも知れないから、不安……」
「埋葬した王子が今更、あれは間違いで、やっぱり生きてましたって、のこのこ出て行っても国王陛下も困るだろ? それにサイファは俺が生きてることは誰にも言わないと思うぞ、あの人は自分の失態を一番嫌うからな」
くすりと微笑した彼は、シャールの腰に手を回し抱き上げると、自身の膝に座らせた。
「それに、もし見つかって、帰るように言われても帰らない」
「本当?」
オーディンはコクコクと頷き、下から覗き込む様に見つめてくる。口元を緩めた彼がポスっと、シャールの胸元に顔を埋めると。
「贅沢はさせてやれない、きっと凄く貧乏な生活だと思う、ごめんな、それでも一緒にいたい……」
「そんなの……、一緒にいられるなら、僕はどんな生活でも気にしないよ」
そう返事をすると、彼は安堵の息を吐いた。
徐々に顔が近付いてきて唇が重なったけど、触れるだけだったので、シャールはちょっとだけ寂しいと思ってしまう。
そのまましばらく見つめ合っていると、不意に部屋の扉がドンドンと鳴り、がっくり肩を落としたオーディンが「……出て来る」と言い、扉へと向かえば、訪ねて来た人物と入り口で何か話し込んでいた。
彼が客人を部屋に招き入れると「シャール、こっちに」と呼ばれたので行って見る。
「初めましてシャール様、私は聖騎士団のロスと申します。オーディン様と一緒に生き残った者です」
「はじめまして」
「シャール様に御礼を申し上げたく思います」
どういう事なのか分からないシャールは、初めて会うロスが、どうして御礼を言うのか分からなくて、目をパチパチさせていると、どうやらシャールにもらった薬をオーディンが彼に分けてあげたらしく、それについての御礼を言っていることが判明した。
彼はズボンの裾を持ち上げ、ざっくりと切れたと言う傷跡を見せてくれる。
「こんなに大きな傷……痛かった?」
「はい、けどオーディン様から頂いた塗り薬であっと言う間に止血出来て、痛みも一日で治りました」
彼は先頭の先導役だったらしく、単独で馬に乗っていた為、咄嗟にオーディンの乗った馬車に乗り込み、助けてくれたらしく、そのせいで傷を負ったと言う。
足の怪我だけでは無く、左腕も骨折していたので、シャールの薬が無かったら壊死していたかも知れない状況だったと言う。そうなれば切断しなくてはいけなかったらしく、ロスは何度もシャールに「ありがとうございます」と御礼を言った。
けれどオーディンが頭を横に振りながら。
「ロスがいなかったら、俺は確実に死んでたんだ。お礼を言うなら俺だよ、本当にありがとう」
「そんな、とんでもないです」
少し照れた様子を見せるロスにシャールも「オーディンを助けてくれてありがとう」と御礼を伝えた。
彼の傷痕を見る限り、塗り薬はギリギリ足りた程度だっただろうし、オーディンにあげた飲み薬も、シャールが削って粉にするのに飽きてしまったせいで四、五回分くらいの量だったはず。
こんなことになるなら、もっとたくさん作ってオーディンに渡せば良かったとシャールは後悔した。
「僕、綺麗に治る薬、頑張って作るからね」
「あ、いえ、全然、平気です。こんなの、あの……、だから、手を……」
「うん?」
ロスの傷口を指でつんつんと突いていると、オーディンが「ごほっ」と咳払いをし「彼の迷惑だから突くなよ」と手を払われた。
迷惑? とシャールがロスを見れば、彼は薄っすら赤く染まった頬を緩ませ「いいえ、大丈夫です」と会釈をしながら裾を下し「そろそろ夕飯の時間です。特に問題がなければ、下の食堂へお越しください」と既に皆が下の食堂に降りていると教えてくれる。
もちろん自分達も行く事にしたが、オーディンに忠告された。
「ロスもそうだけど、聖教会の人間は皆、清い体だから気安く体に触れるなよ」
「うん、分かった」
「……え、分かったのか?」
シャールが理解したと返事したのが、そんなに変だったのか、オーディンが首を傾げ「じゃあ、清いってなんだ?」と聞いて来るので、その説明をした。
誰も人を好きになったことが無い人だと言えば、ガッカリして「まあ、期待はしてなかった」と言われる。
けど、聖教会の人間が清い身体だと言うことを何処で学んだのかと聞かれて、シャールは少し前に教会へ遺体の確認に行った時、ガイルに教えて貰ったと言えば、オーディンは更に残念そうな顔を見せ「教えるなら、しっかり教えろよ……」とブツブツ文句を言った。
「まあ、公爵もお前に色々教えるのは躊躇うかもな」
「どうして?」
「どうしてもだよ。よし取りあえず食堂へ行くか」
「うん」
部屋を出てロスに教えられた食堂へ行けば、プラウから今後の話を受けることになった。
オーディンが言っていた通り、シャールはしばらくは聖教会にお世話になることになったが、その後の生活を聞かれ、まだ何も決めていないと答えると、抜け人の町で住むことを提案された。
「どういう町ですか?」
「聖教会にいる資格を失った者や、引退者達が住む町でな、人口は200~300人いるかどうかだ。それに外部から人が訪ねて来ることは商人以外は殆どいない、静かに暮らすには丁度良いだろう」
オーディンにも仕事があり、二人で食べて行くには困らないだろうと言う、しかもシャールの為に調合室も用意するとプラウは言ってくれたが、それを聞いたオーディンは「シャールの作る薬は公にしたくない」と渋る。
「効能の問題なら、薄めればいいだろう?」
「そうですが……」
「シャールも、お前の帰りを待つだけでは可哀想だからな、それに……」
ふっとプラウは微笑み「これに力仕事が出来ると思うのか?」とシャールを指さしてきた。
オーディンも「それについては、確かに……」と同意しているのを見て、どうして何も出来ないと思われているのかシャールは納得が出来ず。
「僕だって、力仕事くらい出来るのに」
「うそつけ、薪割るのも一苦労だったくせに」
腕を出して見ろと言われ、すっと腕を出すとオーディンはグっと握り込み、くすくすと笑い「は、これで力仕事ねぇ」とシャールの腕をプラプラさせる。
プラウもこちらを見ながら肩を揺らし、持っていた飲み物をぐっと飲み干すと。
「出来ないことを無理にする必要はないぞ、人間向き不向きがあるからの」
「はい……」
「とにかく、住まいも仕事も心配せんでいい」
何も心配することは無いとプラウは言い、シャール達の住まいと今後の生活の基盤を用意してくれることになった――――。
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