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オーディンの行方
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しおりを挟むぼやけた意識の中へ歌声が流れ込んで来る。柔らかな肌の感触がシャールの手を包むのを感じて、ハッとした。
目を見開き、ここが何処なのかを確認するが、見たことの無い部屋とシャールの手を握っている女性を見て「あ……」と思う。
「エルーザ様……」
「良かったわ、薬の効き目が強すぎたのね」
薬と言われて、一体、何が起きたのかシャールには分からないけど、危険な物では無いと気が付いたのは、エルーザの背後に呆れた顔をしたガイルがいたからだった。
「こういう事は、前もって言っておいて下さい」
「あら、言っていたら、公爵はこの子に薬なんて飲ませなかったでしょう」
「それは、まあ、そうですが……」
「ごめんなさいね、三人で話をするには仕方なかったのよ。この宮殿の召使も含めて、誰が王妃や陛下に報告するか分からないから……」
そう言ってエルーザはシャールに謝罪した。
飲まされたのは即効性の睡眠薬だと言い、体に害はないから安心していいと説明を受け、取りあえずシャールは納得した。
ここは何処なのかと聞けば、エルーザの寝室だと言い、唯一誰の干渉も受けない場所なのだと教えてくれる。
「先ほどの召使が、陛下にこの状況を報告に言ってるはずだから、今のうちに話しておくわね。遺体はオーディンでは無かったわ、母親である私が保証します」
「本当ですか?」
「ええ、本当よ、それと遺体の胸元のポケットに、これが挟まっていたのよ、ほら貴方の名前が書かれている。きっと自分が無事でいることを伝えて欲しいと思ったの」
布切れに血文字でシャールの名が書かれている、それに手を伸ばそうとしたが、瞬時にガイルが「シャール!」と名前を呼んだので、手を引っ込めた。
この血が生きているオーディンの物で書かれている保障は無い、だとすれば、シャールは下手に触ることは出来ないことを悟り、思い留まった。
ガイルが難しい顔をし、考え込んでいるのを見て「どうかしたの?」とシャールが話しかけると……
「いや、聖教会に護衛を頼んだのは王妃で間違い無いんだが……、既に国を出ると決まった人間に殺害まで指示するかが疑問だ」
話を聞いていたエルーザもガイルの言葉にコクっと頷く。
「そうね、この国にいるなら、派閥争いもあるから、オーディンの命は危ないでしょうけど、他国へ婿入りすると決まったのに、殺すなんて意味が無いわね」
それとオーディンがトリエトラム王国へ婿入りすれば、商業国で賑わう王国の特恵を受けることが出来るらしく、この国にも利益が多少はあるのだと言う。
「王妃は知らなかったんだろうな、誰かに唆されただけで……」
「けど、そんなことが可能な人間は限られてくるわね……」
「ですね、宰相はまず除外していいでしょう。あの方は国を守ることにしか興味が無いお方ですから、となると……、サイファ殿下くらいか……」
ガイルとエルーザの会話を聞きながら、もし本当にサイファなら、シャールは許せないと思った。
「けど、生きていると分かってよかったわ……」
そう言って安堵するエルーザは、遺体がオーディンでは無いと知られないか、それだけが気がかりだと言う。
彼が生きていることが分かると、遺体がオーディンだと断言したエルーザは反逆罪に問われる可能性もあると言い、別の心配もあるようだった。
シャールはガイルへ言葉をかけようとしたが、彼は目を眇めると、「シッ……」と会話を止めさせ、扉へと視線を動かした。
その後すぐに扉を叩く音と「エルーザ様」と呼ぶ女性の声が聞え、彼女が対応のために扉へと向かえば、サイファが訪問しているとの報告だった。
シャールの正直な気持ちとしては顔も見たくないし、話しをするのも嫌だと思う。その思いは顔に出ていたようで、ガイルの「まだサイファ殿下の仕業だと決まったわけじゃない」と言うのを聞き、仕方なく頷いた。
皆で部屋を出てサロンへ向かえば、護衛騎士を連れたサイファがいるのが目に留まる、エルーザも、ガイルも忠誠を誓うように、礼儀正しく挨拶をするのを見て、シャールも同じように真似た。
エルーザが一歩前へ出ると「わざわざ、このような所まで来て頂いて申し訳ありません」と再度、深く頭を下げた。
「いいえ、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません、オーディンのこと……、お悔やみ申し上げます」
「お気遣いありがとうござます」
シャールは、この対面を装うという行為に疑問を抱く、もしかしたらオーディンを殺すように命じた人間かも知れない相手に、どうして、そんなに冷静にエルーザは受け答えが出来るのか、不思議で仕方なかった。
サイファの視線が自分の方へと動くのを見て、シャールは咄嗟に逸らした。
「シャール、久しぶりだね、へぇ、少し見ない間に大人っぽくなったじゃないか」
「お久しぶりです……」
「倒れたって聞いたけど具合はいいのかい? もっと近くにおいで」
そう言われたが、足が動かなかった。微動だにしないシャールを見て、サイファが口端をあげる。
「ふっ……、困ったね、私が今回エルーザ様に会えるように手を回したことは知っているんだろう?」
それを言われて、そうだった、とシャールはダニエルにお願いしたことを思い出す。
「……王子様、ありがとうございました」
「どういたしまして、ガーデンパーティーの時は、君が具合が悪いのに出席していたとは知らずに連れまわして悪かったね」
そう言って微笑むサイファにシャールは「いいえ」と返事をした。
「公爵、シャールに神殿を見せてあげてもいいかな?」
「……シャールに見せても意味が無いと思いますが?」
「それを公爵が決めるのはおかしな話だ。どちらにしても、シャールは公爵の許可がないと神殿へは行かないと言ってるから、一応許可を取りたい」
じっとガイルを見つめ、そんなことを言うサイファを見て、どうして、執拗にシャールを神殿に連れて行来たがるのか不思議だった。
以前言ってたように、本当に彫刻を見せたいだけなのかも知れないし、シャールも一度見て見たいと思っていたので、ガイルに「神殿を見て見たい」と伝える。
「お前が見た所で、つまらない場所だぞ?」
「うん、けど僕に似た彫刻があるって聞いたよ」
シャールの言葉でガイルの顔面が凍り付いた。
こちらの様子を見ていたサイファは唇を僅かに和らげ、溜息を付くと。
「シャールは行きたいようだね、公爵、変な脅しは無しだ。神殿へ連れて行く許可を頂けるかな? それに貴殿も一緒なら問題はないはず……」
「分かりました」
仕方なく承諾したガイルに「ごめんなさい」と小さな声でシャールが謝ると彼はコクっと小さく頷き、シャールの肩に手を置いた。
これは自分の我儘になる、一度見ればそれで充分だし、あまり長居はしたくない、見た後は直ぐに帰るとガイルに伝えた。
「そうと決まれば、行こうかお姫様?」
神殿へ行くとシャールが返事を返したことで、サイファの機嫌はかなり良くなったようで、素早く立ち上がるとシャールの手を取る。
エルーザは「それではまたの機会に」と深く頭を下げるとサロンから出て行った。
「エルーザ様は一緒に行けないの?」
「彼女の外出は陛下に許可をもらいに行く必要があってね、それが大変なんだ。私の母親とかち合わないように日程を組まなくてはいけないからね」
自由に出歩くことも出来ないなんて、可哀想だと思うけど、二人も妻がいる国王陛下は贅沢な人だと感じた。
サイファは神殿へ行くまでの間、子供の頃の話をしてくれる、オーディンとも普通に仲が良かったことを口にした。
それなら「どうして仲が悪くなったの?」とシャールは疑問を口にした。
「さあ……、どうしてだったかな」
「……?」
「説明しても君には分からないだろうな、色々あるんだよ。まあ、けど……今回のオーディンのことは残念だよ」
静かに、一切の感情が表に出ることなく、そう言ったサイファの心の底は分からない。けれど、この人なりに悲しみを受けたのなら、今回の件はサイファが仕組んだことでは無いのかも? と思う。
どちらにしても、事故の件を正直に聞いた所で、彼から話を聞けるとは思えないし、取りあえず今はサイファの要望を聞くことにした。
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