恋語り

南方まいこ

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オーディンの行方

#42

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 数日が経ち、ようやくシャールは前向きに考え始めることが出来た。
 オーディンが事故で死んでしまったのなら、彼の喪霊そうれいに触れ、話を聞かないといけないし、思い残しがあるなら叶えてあげたいと思う。
 心配そうな顔をし「大丈夫ですか?」と聞くレオニードへ顔を向け、もう自分は大丈夫だと伝え、オーディンのことを聞いた。

「オーディンは本当に事故で死んだの?」
「まだ詳しいことは分かりませんが、調査をしている聖騎士テンプルの話では、全ての馬車が谷底へ転落したそうです」
「じゃあ、オーディンだけじゃなく他の人も……?」
「はい、死亡が確認されてます」

 ただ、全員猛獣に襲われたのか酷い損傷で、オーディンは頭が無い状態で発見されたと言う。

――頭が無い……

 猛獣は大きければ大きいほど、栄養の高い脳みそを食べる習性があり、大型の熊科なら人間の頭くらい一口で食べてしまうらしい。
 その姿を想像して、シャールは思わず嘔吐しそうになるのをぐっと堪え、今後自分はどうすれば良いか考えた。
 まずはオーディンの死体に触れることが出来れば声を聞けるし、それが一番いい。けれど死んだ直後に持っていた物や、思い入れのある物でもいいはず……、とシャールは冷静に思う。ただ、本当に忘れ形見で呼び出せるかは不明だった。
 初めて呼び出せた忘れ形見の水晶は、意識を全部持っていかれそうになった。その次はロンベルトで、触れたのは本に付着した血痕だったので、忘れ形見と言うよりは本人の分身だから、呼び出せるのは当然のことで……、と血痕のことで嫌なことを思い出した。
 ノイスン家で経験した彷徨う喪霊そうれいのことがきっかけで、触れるのが怖いと思ってしまう。

――大丈夫、オーディンは怖くない……

 好きな人を怖がるなんて変だ、とシャールはかぶりを振る。
 とにかく、何でもいいから、オーディンの忘れ形見に触れる方法を考えて見た。今現在、自分が作れる薬を王様に報告したら、オーディンの遺品を貰えるかな? とレオニードに提案をして見た。

「それは、どうでしょうか……」
「もらえない?」
「王族は普段使っていた調度品も含め、全てを墓に埋葬するしきたりですので……」
「そう、じゃあ、その前にオーディンの部屋に入れたりはしない?」

 ふむ、とレオニードは顎の辺りに拳を作り、寸刻すんこく考えた後「忍び込んできましょうか?」と言うので「そんなこと出来るの?」と聞けば、彼は滅多に見せない悪戯な笑みを浮かべ。

「万が一の時は骨を拾ってください」
「え? どういう意味なの?」
「バレたら無事では済まないと言う意味です」
「そんなの嫌だ」
「ですか」

 流石にそんなことはさせられないと、レオニードに忍び込むのは駄目だと忠告する。けど、瞬時にシャールの頭をふと過る人物がいた。
 サイファに頼めば何とかなるけど、どうしよう? と思う。絶対に条件を出されるのは目に見えている。けれど、他に頼める人はいないし、出来るなら頼りたくないけれど、背に腹は代えられない。

「サイファ王子に頼めば、オーディンの部屋に入れてもらえる気がする……」
「頼んでみますか?」
「……でもね、僕、サイファ王子がちょっと苦手……」
「私がいます」

 レオニードがいるなら大丈夫かも知れないけど、ノイスン家の屋敷で味わったような威圧感や巧みな誘導を思い出し、サイファは油断は出来ない人だから、気を引き締めないといけない、とシャールは今から気合を入れた。
 取りあえず、この間ダニエルが時間を割いて来てくれたのに、シャールが倒れたせいで会えなかったことを謝りたいと思う。ペンを手に取り手紙を書く準備をしながら、レオニードに今思っていることを話した。

「ダニエルに、僕からサイファ王子にお願いがあると伝えてもらう」
「シャール様、その前に、公爵様へサイファ王子に会ってもいいかを聞いた方が良いと思います」
「……駄目って言われる」
「大丈夫ですよ。私もお願いしますから」

 今、ガイルは事故が起きたことに関して、不自然な点があると言い査問さもんに忙しい。
 出来れば、あまり無理を言ったり、心配させたくないけど、報告しておかないと何か問題が起きた時、ガイルの責任になるとレオニードに言われ、仕方なくガイルが戻ってくるまで、ダニエルへ手紙を書くのを止めた――。

 その日、神妙な面持ちのガイルが戻って来ると。

「シャール、ちょっと話がある」
「僕もガイルにお願いがある」
「そうか、なら俺の部屋へ行こう」

 丁度良かったとシャールはガイルの後を付いて行く、今まで数えても数回しか入ったことしかない、彼の執務室へ入った。
 パタンと扉が閉まると同時に、ガイルはシャールの前で跪き「お願いがある」と言い出す。今まで父の様に慕って来た人間が、自分の前で片膝を付いている姿に、言いようのない恐怖を感じる。

「ガイル、そんなの変、普通にして欲しい」
「ああ……、だが、これから俺がお前に言うことは、祖父じいさんとの約束を破ることだからな……」

 その言葉で直ぐに、ガイルが自分に何を求めているのか分かった。

「明後日から、聖教会へ出向く、そこへ同行して欲しい」
「遺体に触れるの?」
「ああ、辛いことだとは分かってるが、俺だけでも真実を知っておきたい」
「オーディンの……死体も?」

 その名前を口にするだけで、シャールの喉が乾いてくる。
 けれど、ガイルが首を横に振り「オーディンの遺体は国王陛下直属の近衛兵が厳重に警護し搬送される予定だ」と言う。
 シャールはその言葉を聞いて、どうして生きている時じゃなく、死亡してから厳重な護衛なのか、と疑問と怒りが溢れて来る。

「シャール、確信は無いが俺はオーディンは生きていると思う」
「……」
「どんな逆境も耐え忍んで来た子だからね。遺体だって間違いの可能性がある」

 シャールも、その希望に賭けたいけど、真相は分からない、とにかく自分が出来ることをしたいと思う。

「……僕はどちらにしても、オーディンの思い出深い物に触れたい……、そうすれば、分かるはずだから……」

 言葉に詰まりながら、シャールは今の想いを伝えた。こちらの言葉を聞き、彼は少し眉を下げると。

「悪いが、既に髪の毛一本も落ちてないだろう」

 どうやら既にオーディンの墓が掘られ、埋葬の準備を開始しており、調度品も全て運び出されてしまったと言う。

「そんな……」
「あまりにも準備がいいと思わないか?」
「どういう意味?」
「王家の墓は地下数十フィートと深く掘る必要がある。だから国中の土工屋どこうやと呼ばれる職人たちが、墓を掘るんだよ。けどな……」

 普段、土工屋は国の周壁しゅうへきを一年かけて修復するため、城下では無く、かなり遠い場所にある宿屋に長期滞在しているらしい、それなのに、早馬が到着したと同時に、土工屋が墓の着手を開始したと言う。

「まるで最初から、オーディンの死を知っていた見たいだ」
「……! じゃあ、オーディンは最初から殺されることになってたの?」
「多分な」
「どうしてそんなこと……、オーディンが第二王子だから?」
「そうだな」
 
 どこの国でも派閥はあり、貴族派が支持するのはオーディンで、王族派はサイファを支持しているらしく、今回の婚姻についても内輪で随分と揉めたと教えてくれる。
 ガイルは今までのオーディンの待遇を話し始めた。
 言霊の森で本人も言っていたけれど、彼が教えてくれた内容は、王宮では身の置き場が無かったと言う程度の話だった。
 けれどガイルから聞く彼の生活ぶりは、酷い内容で、どうやらオーディンは王宮で安心して物を食べたり、眠れる場所など無かった、とガイルが切ない言葉を吐き出すのを聞き、シャールは意味もなく胸が痛んで涙が零れそうになる。

「じゃあ、ずっとオーディンは命を狙われていたの?」
「そうだよ」

 誰も信用できず、夜も眠れない日々を送っていたと知り、あの日、オーディンの部屋で初めて森の話をした時「いつか一緒に暮らそう」と言ってくれた言葉が偽りでは無かったことを知る。
 あの時、オーディンが本気で言ってるわけじゃないと決めつけて、癇癪かんしゃくを起し、嫌な態度を取ったことをシャールは改めて後悔した。
 聖教会へ出向く話を終え、ガイルから聞いたオーディンの話を胸に刻むと、シャールは自室へ戻りダニエルに手紙を書くことにした。



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