恋語り

南方まいこ

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ガーデンパーティー

#20

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 気が付けば冬季が終わり、季節は温かい空気を運んでくれるようになっていた。
 ただ、季節が変わっても、オーディンと会える日は一向に来ないまま、今も手紙のやり取りを繰り返しているだけだった。

 いつものように朝食を終えると、シャールは授業を受ける為に図書屋へ向かう。
 けれど、最近は勉強が嫌で仕方がなかった。
 その理由は、オーディンがいなくなった頃から、シルヴィアの態度が変わり、シャールの体に触れて来るようになったからだった。
 嫌だな……、と思いながら勉強部屋へ入れば、シルヴィアは数式書を机の上に置き、シャールの手にそっと触れながら「今日はこの問題を解いて見ましょう」と腰に手を回し、彼の方へ引き寄せようとする。

――っ……。

 オーディンに触れられても平気なのに、シルヴィアが手に触れて来たりするだけで、ぶるっと肌が震えて鳥肌が立ってしまう。
 とげとげと粟立つ肌を我慢していると、隣に座るシルヴィアはハシバミ色の前髪を横へ撫で付けながら、シャールの顔を覗き込んでくる。

「どうされましたか?」
「あの、僕……」

 ニコニコと笑顔を見せられると、シャールも拒絶の言葉を言い難くて「何でもない」と返事をするしかなかった。
 早く授業が終わればいいのに、とシャールは目の前に置かれた数式本を読み、問題を解くことに集中していると、不意に自分の髪がハラリと頬に落ちて来る。

「髪が解けてしまいましたね」
「……あれ……?」
「結んであげましょう」

 何重にも結ばれた髪紐が、そんなに簡単に解けることは無いのに、どうして解けたのかな、と不思議に思いながらシルヴィアの言うことに頷いた。

「こんなにも美しい髪なのに、結ぶなんて勿体ないですね」
「あの……」

 こちらを見つめながら、シルヴィアは熱い溜息を「ほぅ……」と吐き出し、話を続けた。

「貴方のような優秀な子なら、いつでも私が面倒を見てあげますよ。公爵様とは親戚ではないことは知っています」
「え……」
「いつ捨てられるか分からないですし、私と親密になっておくことは決して悪くないと思いますよ」

 シルヴィアが言っていることに不安を感じる。

――僕、……捨てられるの?

 彼に「公爵に捨てられる」と言われて、無性に落ち着かない気分になる。
 ほどけた髪を結ぶ為に立ち上がったシルヴィアは、シャールの後へと回り、髪を持ち上げると、彼の指がシャールの肌を確かめるように、首筋を何度も撫でてくるので、その感触にぞわりと震えてしまう。

「か、髪、そのままでいい……」
「そうですか?」
「うん……」

 結ばなくてもいいと言ったのに、シルヴィアは髪から手を離してくれなくて、シャールが困惑していると、窓の外からカツンと音が鳴った。
 一体何の音だろう? と不信な音が鳴った窓を見れば、ダニエルが笑顔で手を振っていた。

「ダニエル!」

 急いで窓際へ駆け寄り、窓を開ければ、彼はシャールではなく背後にいるシルヴィアに向かって口を緩める。

「こんにちはシルヴィア先生、ああ、もう先生じゃなくなりますね……」

 可愛らしい笑顔には似合わないほど冷たい声色で、ダニエルがそう言うとシルヴィアは「今日はこれで失礼します」と言い、慌てて図書室から出て行った。
 突然、顔色を変えて出て行ったシルヴィアに「体調でも悪くなったのかな……」とシャールが呟くと。

「はぁ……、あのね、僕が来なかったら、君はシルヴィア先生にけがされていたかも知れないんだよ?」
「怪我?」
「違う! 汚される!」
「うん?」

 何が違うのか分からないけど、シルヴィアがシャールに危険な事をしようとしていたと知り、少しだけ怖くなった。

「でも、どうしてダニエルがいるの?」
「オーディンに頼まれたんだよ。様子を見て来て欲しいって、君さ……、手紙に何て書いたの?」

 そう言われて、昨日出した手紙のことを思い出した。
『最近シルヴィア先生が隣に座って、オーディンがする見たいに体に触ったりしてくるけど、いつも気分が悪くなってしまうから、どうすればいい?』と書いたことをダニエルに伝えると。

「なるほど、理解出来たよ。君の手紙のせいで今日の剣技の授業はとんでもないことになったんだ」
「えっ? とんでもないことに?」
「そうだよ。過去最高人数の負傷者が出たんだ。死人が出なかったのが幸いだよ……」
「うん? よく分からないけど、それは僕のせいなの?」

 コクっとダニエルが頷く、どうやらシャールの書いた手紙のせいで、オーディンは機嫌が悪く、学校では怪我人が溢れかえっていると言う。
 そこで、ダニエルは仕方なく急用届けを学園へ出し、わざわざ様子を見に来てくれたらしい。まさかシャールは自分が書いた手紙のせいで、そんなことになっているとは思って見なかったので「もう手紙出さない方が良いのかな?」とダニエルに言えば。

「駄目! そんなことしたら、本当に死人が出る! って言うか僕が一番最初の死体になるよ!」
「え! それは大変、じゃあ今まで通り?」
「そう、今まで通り、まあ、シルヴィア先生は明日から来ないだろうけど……。ね、レオニード卿」

 シャールからは死角になっていて見えなかった位置から、レオニードが顔を覗かせた。

「はい、シルヴィア講師の行為は、私から公爵様にご報告しておきます」
「うん……?」

 何を報告するつもりなのか分からないけど、レオニードの微笑みが怖いと思った。
 急に授業がなくなったことで、暇になってしまったシャールは、せっかく来てくれたダニエルを御茶へと誘った。
 ダニエルに会うのも久しぶりのことで、少し見ない間に背が伸びていることに気が付く、以前はシャールと変わらない背丈だったが、隣を歩いていると頭一個分、彼の顔が上にあることに気が付き、少しだけショックだった。
 それを察知したダニエルが「どうかした?」と気を遣って話しかけて来る。

「僕より大きくなってるから……」
「え、あ……、何だか急に背が伸びて来て、体が痛いんだよね」
「痛いの?」
「成長期は皆そうなる見たいだよ。シャールもそのうち経験することになると思うよ」

 ダニエルが笑みを溢し、成長期について説明してくれるのを聞き、シャールも自分の成長期が来るのを楽しみに待つことにした。
 ティールームへ移動すれば、早速とばかりに、ダニエルはオーディンのことを話し出す。ずっと会っていないことも含め、今回の手紙の件でオーディンの欲求不満が爆発寸前だと言う。

「爆発しちゃうの?」
「あ、いや、その爆発じゃなくて、……そっか、君って扱いが難しい子だったんだね……」

 若干、呆れた様な表情をダニエルは見せながら、掌を横にふりふりと振りながら「爆発の意味が違うからね」と否定された。
 とにかく、オーディンと会えるようにダニエルが考えてくれると言うが、ガイルに内緒にしながら会うのは気がとがめてしまうし、それに先程シルヴィアが言っていたことも気になった。

――捨てられるかも知れないって言われた。

 そんな状況でガイルが禁止していることをしてしまえば、屋敷を追い出されてしまう。

「ダニエル、僕、お屋敷を追い出されてしまうかも……」
「は?」
「さっき先生に『公爵様に捨てられる』って言われたから」
「……何を吹き込まれたか知らないけど、それは無いよ。捨てる子に、あんな立派な建物建てないでしょ?」

 ピッとダニエルが指を指す方向には、ガイルが建ててくれた調合部屋を兼ね備えた建物があった。

「王宮の調合室より立派だって評判だよ」
「そうなの?」
「うん、だから今日は見学も兼ねて来たんだよ」

 ガイルが建ててくれた調合室は、薬草や液体の保管庫もあり、集められた材料も含め、王宮が抱えている研究機関よりも、凄いと噂されているらしく、ダニエルも興味があるようだった。
 
 


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