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ガーデンパーティー
#15
しおりを挟むパーティー当日の今朝は、いつもより慌ただしく、シャールの部屋を使用人が出たり入ったりしていた。
外を見れば雪がチラついており、暖炉の薪も多めに焚かれ、部屋の中は相変わらず暖かく過ごしやすい。けれどチラチラ降る雪を眺めながら、ガーデンパーティーは雪の中でするのかな? とシャールは疑問に思う。
「雪が降ってるのにガーデンパーティー……」
独り言を呟けば、背後に居たレオニードから「そうですね」と返事が返って来る。
「ガーデンパーティーって外でするパーティーじゃないの?」
「ノイスン家は、この国で一番美しいと呼ばれる温室を保有しておりますので、年中綺麗な花々をご覧になれるそうです。私のような騎士はお目にかかる機会は御座いませんが……」
レオニードが言葉を言い終わると同時に、丁度シャールの部屋に入って来たガイルが、笑い声と共にレオニードに「よく言うよ」と言葉を投げる。
その言葉を聞き、彼はガイルをキッと睨んだ後フイっと顔を背けた。
「シャール、そこの騎士さんは名家の令息だったんだよ」
「令息……?」
「序を言えば、宰相の令嬢とは婚約者だった仲だ。知らないなんてこと無いだろ?」
ガイルは揶揄うように、ニヤけた顔をレオニードへ向けるが、それよりも婚約者がいると聞いてシャールは驚いた。
だって彼は四六時中側に居るし、いつ婚約者と会ったりしているのだろうと不思議に思うけれど、ガイルが「だった」と言ったのを思い出し、今はいないということなのかな……? とレオニードを見つめた。
「こほっ……、シャール様、支度に専念して下さい」
「あ、うん」
軽い咳払いをし、彼は恥ずかしそうな顔を見せる。
レオニードに婚約者が居たと知らされて、貴族同士は幼い頃に婚約を結び、若いうちに婚姻を済ませることが多いと、シルヴィアが言っていたことをシャールは思い出した。
「レオニードの年齢って幾つなの……?」
「私は今年十九歳です」
「そう、じゃあ、もうすぐ結婚する?」
「……しません」
くくっと肩を揺らすガイルから笑い声が聞え、きっと二人にしか分からない話があるのだと感じる。
支度をしている最中も、ずっとレオニードのことが気になり、色々聞きたくなるけど、その度に話をはぐらかされるので、シャールは仕方なく聞くのを諦めた。
支度が終わったシャールの周りをくるりと一周し、最終チェックをしたレオニードが「完璧ですね」と頷く。
「何だか飾りが多いね」
「正装ですからね」
これが正装なんだ? と自身が着ている衣類を見下ろし、ごちゃごちゃと付属されている金具を見つめた。
やっと支度が済みエントランスへ向うと、既に正装に身を包んだオーディンが退屈そうに待っていた。
普段のラフな髪型とは違い、きっちり整えられた髪の毛に加えて、着ている物だってキラキラして見えて、いつもとは違う雰囲気の彼に見惚れていると「行こう」と声を掛けられ我に返る。
「うん……」
「……なんだよ」
「別に、何でもない」
本当は昨日ことを謝りたかったけど、朝からパーティーへ出かける支度で朝食も自室で取ったこともあり、会話をする機会が無かった。
しかも正装に身を包んだオーディンが、恰好良くて違う人に見てしまい、直ぐに謝ることが出来ず、気まずい気分で玄関先に向い、待機している馬車へとシャールは急いで乗り込んだ。
「僕、馬車に初めて乗る」
「そうか……、ずっと屋敷だからな」
「うん、あ……、あのね、昨日はごめんなさい」
「……別にいい」
馬車が走り出し、ようやく謝罪の言葉を口にしたが、口数が少ないオーディンの様子を見ていると、出会った当時の彼に戻ってしまった気がして、シャールは少し残念に思う。
昨日、あんな風に感情をぶつけたことで、オーディンと溝が出来たことを痛感した。
正面に座った彼は窓の外をじっと見つめていて、以前は見慣れた態度だったが、最近は仲良くしていたこともあり、今の彼の素っ気ない態度に、心が冷たくなるような感覚に落とされる。
「オーディンは……、ガーデンパーティーに行くの初めてじゃないの?」
「ああ、何度かある」
「……そう」
せっかく話しかけても言葉が続かず、あまり話しかけない方がいいのかも……、とオーディンに気を遣っていた頃を思い出して悲しくなる。
遠ざかってしまった彼との距離をシャールは残念に思いながら、仕方なく体を窓へ寄せて外を眺めた。
森の中に積もる雪景色とは違い、街中に降り積もる雪は何処か作り物のように思えて、少しだけ寂しい景色に感じる、馬車に揺られながら、外の風景を鑑賞し、しばらく気まずい雰囲気を味わっていると、オーディンの口元が緩んだ。
「……そろそろ着く、俺から離れないようにしろよ」
「うん、分かった」
オーディンにそう言われて視線を前方へ向けると、ガイルの屋敷と同じくらい大きく立派な門前が見えて来る。
ガイルの屋敷に住み始めて、シャールは今回が初めての外出だと言うこともあり、今日のパーティーが楽しみだった。
前門を潜り抜け、大きな玄関が見えて来ると、こちらの馬車を出迎える為に、ノイスン家の使用人が一斉に集まって来のが見える、どこの屋敷でも客人を出迎える使用人の作法は一緒のようで、深くお辞儀をする人達にシャールは微笑んだ。
ノイスン家の執事が「ようこそ、いらっしゃいませ」と屋敷内へ案内してくれると同時に、大きな声で自分達の名を呼ぶダニエルが駆けつけて来る。
「オーディン! そしてシャール! ようこそ」
「本日は、お招き頂きありがとうございます」
オーディンがそう言いながら、礼儀正しく挨拶するのを見て、シャールも同じように腰を曲げ挨拶をした。
「わぁ……、シャール、今日は一段と美しいね」
「……? えっと、ありがとうございます?」
それは女性を褒める時に使う言葉なのに……、とシャール思ったが、ダニエルが言い間違えたのかも知れないし、あまり気にしても変だと思い、御礼だけは伝えた。
温室へ向かう途中で、ダニエルとオーディンが仲良く会話をしている様子を見て、自分と一緒にいる時とは全然違うオーディンの対応に何故かショックを受けた。
――僕と全然違う……。
ダニエルと話す時のオーディンは笑顔を見せて楽しそうにしている。
シャールと一緒に居る時は大抵がしかめっ面なのに……、とオーディンでは無く、ダニエルに対して説明のつかない、もやもやとした感情が湧いてくる。
二人のやり取りを背後から見つめていると、こちらの視線に気が付いたオーディンが、すぐさま笑顔を止め、ムっといつもの不機嫌な顔を見せシャールに「ほら離れるなよ」と言うのを聞き、返事をする代わりにコクリと頭を縦に振った。
――どうして僕にはそんな態度なの?
そう言いたくなるけど、昨日、自分がオーディンへ向けた態度を思い出し、謝ったけど、やっぱり怒っているのかも……、と思う。
シャールとオーディンのやりとりを見ていたダニエルが、こちらへ歩調をあわせると、耳元で「ごめんね」と言う。
彼が謝る理由が分からなくて、シャールは首を傾げた。
「僕が余計なことをしたせいで公の場に出ることになってしまって」
ダニエルが謝罪するのを聞き、シャールがパーティーに行きたいと返事をしたから、招待状をくれたのに、逆に申し訳なく思ってしまう。
なので、素直に思ったことを伝えた。
「僕は他のお屋敷に来ることが出来て嬉しいよ?」
「……君って純真だな……」
ぽーと間の抜けた顔をダニエルはして見せると「なるほどね」とコクコクと頷いた後、眉を下げながら。
「公爵じゃなくても心配になるよ。悪い虫が付かないようにしないとね? オーディン?」
前を歩いていたオーディンがピタリと歩みを止め「余計なお世話だ」と刺々しく言葉を放ち、チラっとシャールを見て、ぷいっと横を向いた。
その態度を見て、やっぱりオーディンは怒っていて、もうシャールとは仲良くしてくれないのかも、と寂しくなる。
切ない気分になりながら、歩みを進めていると、次第に漂ってくる甘い匂いが鼻をくすぐり始めた。
前方を見れば、パーティー会場である温室の入口には既に集まっている人々が見えて、シャールは少しだけ怖く感じてしまう。
入り口前で一旦立ち止まったオーディンが「俺の真似をして入って来い」と言うので、彼の仕草を真似ることにした。
右手は鳩尾に添えて、左足を一歩後ろに下げ腰を軽く曲げ、シャールが顔を上げれば、周りから「ほぅ」と溜息が聞え、後ろにいるダニエルがくすくす笑い出す。
「本当に君って可愛いね」
何となく揶揄が含まれている気がしてシャールは「何か駄目だった?」と聞けば。
「違う、違う、オーディンの真似をしてたでしょ? あれって王族だけがする挨拶の一種なんだ。だから君が真似すると、ちょっと意味が違ってくると言うか」
「え……、そうなんだ。どういう意味になるの?」
「主の所有物だと言う意味、つまり君はオーディンの物だと知らしめたことになる」
そんな意味になるの? と驚いて仰け反りそうになる。
ダニエルの説明を聞けば、一緒に入って来てオーディンの後で直ぐに挨拶をしたから、それを見ていた周りの人達は、シャールのことを只ならぬ関係だと思っていると言う。
「どういう関係……?」
「さあ? 人によって解釈は違うけど、親友とか……、あるいは恋人とか?」
ええ? とまた仰け反りそうになる。親友もびっくりだけど恋人なんて、とんでもないと思う。
つい先日、男女の結婚について勉強したばかりで、恋人と呼ばれる関係は、いつ結婚してもおかしくない関係だと書いてあったことを思い出し、頭の中が混乱してくる。
もちろん恋人なんて、ありえないことだけど「親友」という関係性については疑問しか浮かばなかった。
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