恋語り

南方まいこ

文字の大きさ
上 下
7 / 63
公爵家へ

#07

しおりを挟む
 
 背を向けて帰って行くオーディンの後姿を、ぼんやり眺めていると、シャールの視界を奪うように大きな手がフリフリと振られ、レオニードが顔を覗き込んで来る。

「シャール様?」
「あ、うん。どうしてだろう、オーディンは僕と喋る時は怒ってる」

 それを聞き、レオニードはくすくす笑い出した。

「別に、怒っているわけでは無いと思いますよ?」
「けど、レオニードと話す見たいに、喋ってくれない……」
「あー、多分、途惑っているのでしょうね」
「途惑う……」
「ええ、シャール様は男の子にしては可愛らしい身姿ですので、上手く接することが出来ないだけでしょう」

――僕のせいで……?

 それなら、やっぱり今後は話しかけない方がいいのかも知れない、と思う。

「シャール様、先ほども言いましたよ。直ぐには仲良くなれないです」
「ううん。もう、仲良くなくて……いい……」

 レオニードは「そうですか?」と言葉を溢し、くすくす笑う。
 本当は、ついさっきまで、オーディンと一緒に剣の練習をする所を想像して、シャールが上手に出来たら、褒めてもらえるかも? と思っていたのに……。小さな野望は直ぐに潰れてしまって、凄く残念な気分だった。

「さ、練習を始めましょうか」と言われ、シャールが頷くとレオニードは持って来た木の棒をこちらへ手渡し、基本の動作と、もし襲われそうになった時にどうすればいいかを教えてくれるが、獣と対峙するのとはわけが違うし、レオニードだと思うと何故か躊躇ちゅうちょして振り下ろせなかった。

「体に当たったら痛いよ……?」
「大丈夫ですよ。鍛えてますから、気にせず打ち込んでください」

 その言葉にシャールは頷き、一頻ひとしきり剣の稽古をした後、少し遅れて昼食を取ることにした。
 今朝、朝食を取った部屋へと行けば、オーディンはらず、既に食事を済ませた後だと知り、ほっとして席に着くと。

「ちゃんと食べれるか?」
「あ、ガイル!」

 仕事が早く終わったと言い、ガイルがシャールの元へ来る。わしゃっと頭を撫でられ。

「ん、オーディンは一緒じゃないのか?」
「……んー、と、あの人は僕と一緒だと嫌みたいだから」
「そうか、まあ、仕方ないな」
「そんなことより、あのね、図書室の本に彷徨う……」

 ガイルの眉がクっと持ち上がり、目をすがめると人差し指をシャールの口へあてた。

「……分かった。それ以上は言わなくてもいい、取りあえずは食事を済ませよう」

 彼は大きく溜息を吐いた後、上座へと腰かけた―――――。
  


 食事が終わり、図書室前へ到着するとガイルは、顎髭あごひげをさすりながら「それで、何があった?」と聞いて来る。

「シルヴィア先生がいる時に、彷徨う喪霊そうれいが宿る本に触れたら読んでは駄目と言った」
「んー、読んではいけない本など無いはずだがな?」

 そう言いながら、ガイルは図書室の鍵を外して中へと入り、先程は読めなかった皮布で覆われた書物を出してもらうと「ああ、この本か……」と彼は呟き、表情を硬くした。

「シャール、ほどほどにな、この世に未練の強い死者との会話は精神を削るらしいからな」
「うん、分かった」

 彼から手渡された本のページをめくり、黒ずんだ箇所を見つけて触れた。
 ガイルがその様子を見て「血が付着してたのか……」と言葉を溢すのを聞き、シャールはこくりと頷いた。
 肌が粟立ち、彷徨う喪霊そうれい思念しねんの声と、黒いもやがかかった玉のような塊が出て来る。
 喪霊に「そいつは?」と聞かれガイルはこの屋敷の主だと伝えた。

 さっきはどうして読んではいけなかったの? と聞けば、シャールが喪霊そうれいがいた国に連れて行かれるからだと言う。それに本には喪霊が書いた薬に関して書き込んであり、拡散されても困るらしく、だから読んではいけなかったらしい。
 その話をガイルにしてもいいのかと聞けば「見たところ興味無さそうだな、それに、そいつは騎士だろう?」と聞かれて……

「ガイルは騎士なの?」
「ん?……ああ、そうだよ」

 ガイルが騎士だと判明すると、話してもいいと言われる。 

「あのね、この本の内容が広まると困るって……言ってる」
「広まるって言ったって、これはただの薬の解読書で、しかもここにあるのは直筆の原本だから完璧に読める人間は……、ちょっと待て……、その霊の名前を聞いてくれ」

 彷徨う喪霊に名前を聞けば、何故か得意げに「ロンベルト・ペンディーズだ」と言われる。そのままガイルに名前を伝えれば、彼の表情が強張った。

「知ってる人……?」
「知ってるも何も、有名な医者で、学者で、その本を書いた本人だ。しかも人体実験や毒薬の実験やら、危険なことを率先してやるような奴だったと聞いてる。そいつのせいで、幾つもの国が流行り病にかかり滅んだこともあるらしい」
「え……、悪い人?」
「ああ、悪いヤツだ。どうせ殺されたんだろ」

 ガイルは腕を組み、ふん、と鼻から息を吐くと、喪霊は小生意気な小僧だと言い、彼の頭上でポンポン跳ねる。
 その様子を伝えると、パパっと頭の上を手で散らし、ガイルが凄く嫌な顔を見せたので、ちょっとだけ面白かった。

「ったく、そいつが死んでから百年以上は経ってるんだ。いつまでも本に憑りついてないで、さっさと成仏するように言ってやれ」

 その言葉聞き、喪霊は思い残したことがあると言うので、それをガイルに伝えると。

「思い残したこと? 殺されてから百年以上経つんだぞ、何の思い残しがあるんだ」
「えっとね、本を完成させたいって言ってる」
「は? くだらん、どうせ人をあやめる為の毒薬とかだろ」

 喪霊は「コイツは嫌いだ」と言い、またガイルの頭の上で跳ねて激怒した。
 シャールが「どうするの?」とガイルに尋ねれば、本を取り上げパラパラとページをめくり、直筆で書かれた箇所を見つけると、それを読む様に言われた。

「豚の睾丸こうがんとカラスの目玉と猛牛のヘソ……? それからサイクロエイのヒレを混ぜ一昼夜煮込む。一人の死刑囚に飲ませたところ、体が燃えることなく、焦げた様に全身が覆われ死亡した。この薬にルプルザルの脳みそを加えたら……、ここで終わってる」

 なんだか、ちょっと気持ち悪いし、これ以上読みたくないから嫌だと言うと、ガイルも同じように、とんでもなく不味い物を食べた様な顔をし「お前は一生、彷徨ってろ」とガイルに喪霊は見えないのにロンベルトに向かって叫んでいた。

「もう、放置しておけばいい、触らなければ問題ないだろ」
「分かった。もう触らない」

 ガイルは「それにしても……」と口を一旦閉ざし、懐かしむように本の表紙を撫でると「この本は母親が手に入れた本でね……」とシャールに向かって優しい顔をした。

「草花を育てるのが好きな人だった。そのおかげで子供の頃は変な草を食べさせられたよ」
「草?」
「薬草だよ。万病に効くと言って父と俺に無理やり……、な」

 ガイルはくすりと笑みを溢し、大きく溜息を付くと。

「どちらにしても、本の内容は他言はしないようにな」
「分かった」

 最後にシャールは本に触れると「薄情な奴だな! まあいい、お前、気が変わったら言えよ? いつでも待ってるぞ」とロンベルトに言われ、気持ち悪いから嫌だと伝えて本を閉じた。

「シャール、今後は他人の剣や鎧には触れないように、血が付着していると、今回のようにおかしな奴に出くわす可能性がある。あと髪の毛もな?」
「うん、わかった」
「よし、じゃあ午後からは俺と遊ぶか」
「遊び?」

 口角を上げるガイルから面白い遊びをしようと言われて「うん」と返事をすれば「オーディンも誘うか……」と呟く声が聞えたので、シャールはそれは嫌だと伝える。
 出来るならガイルと二人がいい、もう怒られたくないし、きっとガイルと一緒ならオーディンは怒らないと思うけど、それでも彼に睨まれるのは嫌だった。
「じゃあ今日は二人で遊ぶか」と言うガイルの言葉に、シャールは笑顔で頷いた――――。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...