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29.知ってましたよ
しおりを挟む先程の話を本人に確認するべきなのかと悩んでいると、モニカ夫人がイゼルに「二人きりにさせてあげましょう」と言う。その言葉に仕方なさそうな顔をしたイゼルは黙認して目を伏せると、二人でサロンを出て行った。
ジェイクがティムの前に来ると、「ティム……」と本来の名前で呼ばれ、それで、全てを理解した。
「最初からずっと……、俺が男だって知ってたんですか?」
「ええ、知ってました。それよりも、そのつけ毛を取って欲しいのです」
少し距離を取ったジェイクが腕を擦る仕草を見て、ん? とティムは思う。
もしや、蕁麻疹が出たのかと思ったが、モニカ夫人には近付いてないのに、何故? と疑問を掲げながら言われるまま、つけ毛を取った。
何故か一安心したジェイクが「それは捨てて、こちらに」と呼ぶが、まだ理解が追い付いてない自分は、その場から動けなかった。
ぼーっとしているティムに向かって、ジェイクはティムが男だと知っていたのに知らないふりをしていたことを謝罪した。
「結果として、ティムを騙していたことになりましたね、謝罪致します」
「あ、いえ、元はと言えば俺の方が騙していたので……、それと、今ちょっと混乱してまして……」
そう、現在、自分は混乱の真っただ中で、色々なことを整理しなくてはいけない。苦笑いを見せるジェイクは、顔を少し斜めに向け「そうでしょうね」と言う。
「本当なら、ティムに私のことを思い出して欲しかったのですが……、なかなか思い出してもらえなくて困り果ててました」
しょぼんと落ち込むジェイクを見て、子供の頃に出会った時の青年のジェイクと、今の姿が似ても似つかないので、全然思い出せませんでした! と叫びたいのをぐっと我慢して、ティムは「ごめんなさい、子供の頃の記憶がおぼろげで……」と伝える。
「考えて見れば貴方は五歳でしたから、十歳も年上の男のことなど覚えているわけがありませんね」
そう言って悲しい顔を浮かべる彼に、いや、そう言う問題ではなく容姿が違い過ぎるのです。と相変わらず思っていることを言えないティムは、彼の話に頷くことしか出来なかった。
ジェイクはこちらへと歩み寄ると、ティムの手を取りながら、「子供の頃――」と出会った当時の話をしてくれる。
「母と一緒に、貴方のおばあ様の御見舞いに行った時、退屈だった私はグリーンガーデンを見て周っていました。その時、何処からか泣き声が聞こえて来たので、慌てて声のする方へ向かえば、小さな男の子が座り込んで泣いていたのです」
どうやら自分は転んで、膝を擦りむいて痛くて泣いていたらしく、当時の説明をされて、あー、そうだったかな? とティムの記憶が薄っすら戻って来る。
「小さな膝小僧から血を流す貴方が可哀想で、私は抱き起こしたのですが、その時『わぁ、王子様みたいだ』と、貴方に言われて……」
「そ、そうですか」
「でも、当時の私は王子様とは程遠く、ちょっと、ふくよかな体形でしたし、そばかすも多くて不格好な男でしたから、そんなふうに貴方に言われて嬉しかったのです」
まあ、子供なんて容姿とかよりも、その場の雰囲気と流れで発言をするから、流れで言ったのかもな、と幼い自分を思い出す。
「それから庭を一緒に周って『この花はね』と屋敷にある全ての花と雑草の説明をしてくれました。その後、はしゃぎ過ぎて転びそうになった貴方を、また抱き抱えると『わぁ、僕、花嫁さまみたいだ』と……」
「そ、んなこと、言いましたか?」
くすっと笑顔を見せたジェイクは、ゆっくりと頭を縦に動かした。
「ええ、なので私も言いました『私の花嫁になってくれますか?』と、少し考えたあと、貴方は頬を染めて、こくりと頷き……」
「わぁあああ!」
ティムは耳を塞いだ。正直なことを言えば、全く覚えてないし、しかも、そんな流れになったら、何となく絶対に頷いて『なる!』と言ってそうな自分も想像が付く。
ほぅ、と熱い吐息を吐いたジェイクは、ティムの手を自身の胸元へと導き、口を開くと。
「今でも、あの時以上に胸が熱くなったことはありません。だから、あの時から、貴方は私の最愛の人なのでしょう」
こんなことを、この男に言われて嬉しくない人間はいない。自分は男だけど舞い上がるほど嬉しいし、すでに落ちている恋に、さらに深く落とされた気分になる。
「ですから、ティムが令嬢としてイゼルに連れて来られた時は、あまりの感動で動けなくなりました」
子供の頃に、ほんの僅かな時間を共にしただけのティムのことをずっと覚えていたなんて、と感動する反面、うそでしょう? とも思った。
ジェイクは一呼吸置いたあと、申し訳なさそうな顔をして、騙していたことがもう一つあると言う。
「じつは、湿疹が出る理由がありまして……」
「え、……蕁麻疹の原因が分かっているんですか⁉」
「ええ、女性が髪につける精油のせいだと分かっているので、香りが届く範囲に入らなければ大丈夫なのです」
それを聞いて、じゃあ、女性が精油を使わなければ普通に婚姻出来るってことじゃないか、とジェイクの告白にティムは口をあんぐりさせた。
ふと、ティムはカリーナに精油をつけられたことを思い出し、昨日、湿疹が出たのは自分のせいだったことに気が付く。
「そっか、具合が悪くなったのは、俺のせいだったんですね、カリーナに精油をつけてもらったから……」
「ああ、それは気にしなくてもいいのです。言わなかった私が悪いのですからね」
悪戯っ子のように笑みを作ったジェイクが、「実はティムのお母様には精油を使わないようにとお願いはしてました」と言う。
「あ! そういえば、母上とは元々面識が……?」
「ええ、私のことは覚えておりませんでしたが、伯爵名で直ぐに分かったのでしょうね。ティムが男だと知っていることは内緒にしてもらいました」
「母上……、ひどすぎる」
今思えば、母もジェイクに関して変なことを言ってた気がした。
最初から知られていたのなら、あんなに頑張って令嬢になりきる必要は無かったのでは? と今までやってきたことが、どれだけ無駄だったかを知り、なんだか面白くない感情が湧いて来る。
ジェイクは、これからも湿疹の秘密は誰にも言ってはいけないと言うので、それに関しては絶対に言わないとジェイクに誓った。
取りあえず、まだ気持ちが現状に追い付いてないが、偽りの自分でいる必要はなくなったことで気が緩み、ぺたんと床に座り込んだ。
「っ、痛」
「どうしました?」
「あ、実はさっき足を挫いてしまって、慣れない靴は履くもんじゃないですね」
苦笑いをしながらティムは靴を脱いだ。
ジェイクが同じように腰を落とし、「ねえ、ティム」と自分の方へ手を差し出すと。
「私は……、今でも貴方の王子様でしょうか?」
「え……」
「これでも貴方に気に入られようと凄く頑張ったのですが、私は男ですし、貴方も男ですから、好きになって頂くのは難しいとは思うのです。でも王子様くらいには思って頂けますか?」
ちょっぴり不安な顔を見せるジェイクを見て、ティムの心臓がこれ以上ないほど暴れる。誰もが認める美麗な男に、そんな言葉を言わせているのが自分だということが信じられなかったけど、ティムは正直に胸の内を打ち明けることにした。
「ルドルフから、ティナと婚約破棄したら公爵家の公女と婚約して結婚するかもって言われて、凄く嫌だなって思いました」
「しませんよ?」
「……あと、ジェイク様が令嬢のティナを好きなのが嫌でした」
「ティムだからですよ」
「……それから、ジェイク様のことが好きなのに、ずっと言えなくて……嫌でした」
言ってるそばから自然と涙がこぼれて来て、ぐしゅっと鼻をすすりながらティムは告白をした。
本当なら、こんなドレス姿に地毛という奇妙な恰好ではなく、本来の姿で伝えたかった残念な気持ちと、伝える事が出来てすっきりした気持ちが混在する。
それと、足も痛くて、今出ている涙は嬉し涙なのか、足が痛いからなのか分からなくなっていると、ジェイクの長い指がツっとティムの頬に流れる涙を撫でた。
「さ、その恰好は着替えましょうか」
「ふぁぃ……」
ジェイクがイゼルを呼びに行くと、全ての事情を把握したイゼルが、やれやれと言った顔で、他人の従僕の服と靴を持って来てくれた。
化粧を落とし、ぶかぶかの服に、がばがばの靴で、カポカポと踵が外れて脱げそうになりながら、ティムはジェイクと一緒に本邸へと戻った――――。
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