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27.避けられてますけど?
しおりを挟む翌日、湿疹は治まったジェイクだったが、妙に他所余所しい態度を取る彼をティムは不審に思う。
彼の方から朝食に呼んでくれたと言うのに、自分が近寄ると怪訝な顔を見せる。朝食を口に運んでいる最中も何だか落ち着きがない、気になったティムは「大丈夫でしょうか?」と声を掛けた。
「え、ええ……、すみません、大丈夫です。私は仕事を思い出して……」
「え? ジェイク様?」
ティムの声掛など気にも留めず、彼は早々に立ち去ってしまった。
ろくに話も出来ず、一変してしまった彼の態度に、少なからずショックを受けた。
もしかして、何か気に障ることでもしてしまった? と自分では気が付かないうちに、ジェイクに何かしてしまったのかと思い、イゼルにそれとなく聞いて見た。
「もしかして、ジェイク様は怒っているのでしょうか?」
「何故そう思うのですか?」
「何だか避けられているような気がして……」
イゼルは顎下で拳を作り「ふむ」と考え事をする仕草を見せたあと、それの何か問題ですか? と言いたげに溜息を吐く。
「大奥様が帰るまでは仲の良い婚約者を演じればいいのですから、見られてない場面で仲睦まじい演技をする必要はないと旦那様も気が付いたのでしょう」
「……そうですか」
「貴方だってそうでしょう?」
自分は――、と言いかけて、ティムは口を噤んだ。こちらを見たイゼルが、スーっと目を細めると、どちらにしても、偽りの婚約者なのだから、避けられても気にする必要はないと言う。
その通りだと思うのに、それを上手く自分の中で処理出来なかった。
「ティナ様、どうかしましたか」
「あー、いえ、イゼル執事の言う通りです。仲良くする必要はありませんでした……」
「分かればいいのです」
好きな人に嫌われるって凄く辛いことなんだな、と告白もしてないのに、早くも失恋気分を味わうことになり、なんだか気が晴れない。
このまま屋敷にいても、することはないし、イゼルに出掛けてもいいかと尋ねると、彼は短い沈黙のあと口を開いた。
「出かけるのは構いませんが、どちらに行かれるのですか?」
「母上の所に」
「……前から思っていたのですが、いくら親子だとはいえ、カミラ様と仲が良すぎるのではありませんか?」
「普通だと思いますけど……? それを言うなら、イゼル執事だって!」
ギンとイゼルの鋭い眼光が更に鋭くなる。「私がなんです?」と聞かれて、この際だハッキリさせようじゃないか、とティムは母とイゼルが必要以上に仲良くしていることを指摘した。
「まったく、お子様ですね、私がカミラ様と仲良くしているのは旦那様のためです」
「母と仲良くするのが?」
すーっと息を大きく吸った彼が「そうです!」と強めの口調で話を続けた。
「考えれば分かるでしょう。旦那様は女性に近付けないのですから、私が補佐をしているだけです。確かに、カミラ様は可愛らしい方ですし、少々うっかりした所がございますので、危なっかしくて放ってはおけませんが、だからと言って私が想いを寄せるわけがないのです。だいたい――」
妙に長ったらしい説明をしてくるイゼルを見て、簡潔に『興味がない』と言えばいいのでは? と思う。ティムはイゼルに向けて掌をかざし、「分かりました」と彼の演説を止めた。
「自分の勘違いでした。考えて見れば母上は人妻ですし、イゼル執事が興味持つわけないですね」
ピクと彼の眉根が動くとコホンっと咳払いをし、また口を開く。
「いいえ、人妻は、人妻のいい所がありますので、興味と言うならあります。経験を積んだ豊富な知識もございますし、人妻との秘め事も興味がないわけではございません。もちろん、お互いの欲求のためだけの関係ですから、未来がないのも承知です。ですが――」
何を暴露してるんだ、この人は! と呆れながらティムは再度、「分かりました」とイゼルの話に終止符を打った。
彼が、「え?」と残念そうな顔をしているのが見えたが、他人の趣向に付き合ってられないし、それに母とイゼルの共通点も見えてきた。
何かを懸命に熱弁する様子を見て、ああ、似た者同士だから気が合うだけなんだな、とティムは妙に納得する。
そんなことより、屋敷にいるとジェイクのことが気になって胸が苦しくなるので、さっさと出かけたかった。
「とにかく、少しだけ母上の所に行って来ます」
「では、馬車の準備をしますので、ここでお待ち下さい」
彼は直ぐに馬車の手配をしてくれたが、門前に待機する馬車を見て、ん? とティムは思った。
「この馬車は……」
「外来用の馬車です」
ヴェルシュタム家の家門が入った馬車が、流街を出入りしていると目立つという理由から、何処の家の馬車か分からない馬車が用意されていた。
何せ、ティム一人で出かけるのだから、余計なことに巻き込まれるのだけは避けた方がいいと言われる。
イゼルに何度も「寄り道はしないように」と忠告を受け、ティムは屋敷を出た――。
流街へと向かう途中、何度もジェイクのことが頭を過ったが、悪いことしか思い浮かばず、気分が沈んでいく。
前向きな性格のティムですら、こんなに落ち込むのだから、モニカ夫人はもっと悲しい思いをしているのだろうな、と思うと自分などが落ち込むなんて烏滸がましいことだと気を取り直した。
流街付近で馬車から降りて、保安部隊の詰め所の横を通り過ぎる際、見覚えのある男性の姿をみかけて、見つからないように、こっそりと素通りする。
――何て運が悪いんだ……。
そんなことを思いながら、コソコソしていると「あれー?」という軽薄そうな声が聞こえてくる。
違う、違うぞ、と他人の空似を決めて歩みを早めるが、無駄な体力を使っただけだった。
「ティナちゃん」
背中をつんつんと刺され、「ふぁぃ……」と気のない返事を返せば、ニコニコと悩みの無さそうな顔をしたアッシュが、こんな所で何をしているのかと聞いて来る。
ちょっと、散歩に? という顔をして見せたが「あ、俺に会いに?」と、まったく違う解釈をされてしまう。
「駄目だよ、君はジェイクの婚約者だ。いくら俺を好きになったからと言って、君を受け入れるわけにはいかない」
「はあ……、そうですね」
ちゃんと言葉にしないと思いは伝わらないことを、何度も学んだはずなのに、どうして学習しないんだ、と心の中で自分を叱りつけていると……。
「そんな、残念そうな顔をされると……、よし分かった」
何が分かったのだろう? とティムは勝手に解釈して、納得している彼を見つめた。
「俺と火遊びしちゃう?」
「……しません、と言うかアッシュ様、国王陛下の弟の愛娘と、ご結婚されるのではなかったのですか?」
ティムがそう指摘した瞬間、あからさまに嫌そうな顔をしたアッシュは、両手で耳を塞ぎ、「聞きたくない!」と、まるで十歳前後の子供のような仕草を見せる。
その様子から、婚姻はほぼ決定したのだろうとティムは察した。
ずーんと落ち込むアッシュに、詰め所の近くにある休憩所へと案内され、「ティナちゃん聞いてくれ」と嘆く男を見つめ、いや、聞いて欲しいのはこっちの方ですよ、とティムは思う。
母に話を聞いてもらいに来ただけで、他人の悩みを聞いている場合じゃないのに……、と、このあとアッシュのどうでもいい人生観を聞かされた。
どちらにしても、アッシュがこの詰め所にいる限り、母に会いに行く事は出来ないと悟ったティムは、そろそろ帰りますと席を立った。
「えー、もう少し聞いて欲しいのになぁ」
「十分に聞きました。あ、それとアッシュ様に聞きたいことがあります。一人娘が出来たら、どのような方に嫁がせたいですか?」
「そうだなー、まあ、ジェイクの……ような……?」
アッシュの言葉を聞き、ティムはにんまりと笑みを浮かべ「ですよね、アッシュ様も見習って下さい」と助言の言葉を口にした。
少しはジェイクを見習って欲しいものだ、とティムは大きな溜息を吐き、馬車へ乗り込むと馭者に行先を伝えた――。
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