可憐な従僕と美しき伯爵

南方まいこ

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26.湿疹が……?

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 玄関ホールでの挨拶を終えて、ティールームへと移動したが、ジェイクの様子が変だった。
 彼は自分の母親にも蕁麻疹が出てしまうので、距離を十分取っているのにも関わらず、具合が悪くなってしまったようで、「私は少し席を外します」と言って出て行ってしまった。

「もしかして、私のせいかしらね……」

 そう言いながらティーカップを手に取り、寂しそうな顔をするモニカ夫人にティムは、「きっと、お疲れなのだと思います」と補足した。
 王室にある仕事場へは出向いてないが、いくつかの仕事を家に持ち込んでいるとイゼルから聞いており、昨日はティムと遊びに出かけていたので、屋敷に戻ってから夜遅くまで仕事をしていたことを伝える。
 
「そうだったのね、あの子は仕事ばかりしてて、ずっと心配だったのよ。あんな病気があるでしょう? だから、孫の顔も見れないと諦めていたけど、良かったわ、貴女のようなお嬢さんに出会えて……」

 うっ、と喉が詰まるような話をされ、ティムは居た堪れない。
 それでなくても、ジェイクの母親であるモニカ夫人を目の前にして緊張していると言うのに、彼との未来の話をされては、どんな顔をしたらいいのかと、額に汗が滲んで来る。

「それで、貴女から見たうちの息子は、どうなのかしら? 未来の旦那様として合格?」
「もちろんです。ジェイク様以上に素敵な男性は他にいません」

 そもそも、山の様に縁談話が来ているような男なのだから、そんな心配は無用なのにと思う。
 彼だって奇病さえなければ、とっくの昔に結婚して、子宝にも恵まれていることを思うと、モニカ夫人の気持ちを察して切なくなった。

「そう、良かったわ。あの子、今でこそ貴公子のように思われているけど、子供の頃は少し悪戯っ子でね、外で遊ぶと必ずと言っていいほど傷を作って帰って来たのよ」 

 くすっと笑った顔が、ジェイクによく似ていて、少しドキリとした。ああ、そう言えば、初めてジェイクと会った日、この屋敷の庭園でブーケディの話を聞いた。あの時、彼は本当に嬉しそうに話していたので、彼女にそれを伝えたが、意に反して驚いた顔を見せた。
 
「あら、そんな話を? 子供の頃は好きだったのかも知れないわね。けど思春期を迎えた頃は好きじゃなくなっていたと思うわ、まったく寄り付かなくなっていたから……」
「そうだったんですか」

 けれど、彼が貴族学校に行ってる頃、遊学でブーケディに滞在していた時期があり、田舎で何もない所だから、早く王都に帰りたがっていたのに、急にしばらく居たいとか言い出したと言う。
 
「丁度、あの病気が発症した時期だったし、あの屋敷は侍女が多いから大変だったのよ、薬だってどれだけあっても足りないくらいだったわ」

 くすくすと笑いながら、湿疹が出ても苦にならないほど、惹かれる物を見つけたのだとジェイクの母は言う。

「きっと好きな子でも見つけたのだと思うわ」

 あー、とティムは納得した。
 考えて見ると、ジェイクはちょっと惚れっぽいのではないかと思う。ティナ、、、のことも、蕁麻疹が出ない令嬢と言うだけで好きになってしまうような人だし、意外と単純な人なのかも、とティムはジェクの分析をする。
 しばしの沈黙のあと、モニカ夫人がふわりと優しい笑みを見せながら、ティーカップをソーサに戻し、ティムをじっと見て「貴女のこと何処かで見た気がするのよね」と、小首を傾げて言う。

「わ、私のことですか?」
「ええ、変よね、こんなに可愛い子なら覚えているはずなのに、ね?」

 なんだか嫌な予感がして、胃の辺りがきゅっとなる。
 このやり取りはカリーナの時と同じなのでは? と無駄に顔の広い母を恨みたくなるが、んー、まさかね? とティムは紅茶のカップを持ち上げ口を付けた。
 しばらくモニカ夫人と雑談を交わしていると、ティールームの折れ戸が開き、イゼルが入って来る。
 彼は畏まった態度を見せ、「大奥様、少し宜しいでしょうか?」とお伺いを立てた。

「ええ、何かしら」
「旦那様の具合が悪く、今日の夕食は明日へ持ち越されることになりました」
「……そう、気を付けていたのに、湿疹が出てしまったのね」
「はい……」

 イゼルとモニカ夫人が悲しそうな表情を見せるが、ティムが知る限り、あのくらいの距離なら奇病が出る事はなかったのに……、とジェイクとモニカ夫人の距離感を思い出して見る。
 3.5フット1メートル以上は離れていたような気がして、少し妙だなと思った。
 モニカ夫人が席を立ち「このまま本邸にいても仕方がないわね、別邸で休むことにするわ」とイゼルへ伝えたあと、彼女がこちらを見る。

「ごめんなさいね、せっかく三人で楽しい時間を過ごすつもりだったのに、私のせいで台無しになってしまったわ」
「そんな、とんでもないです」
「また明日、お会いしましょう」

 優美に微笑んだ彼女だったが、心の中は悲しみが溢れている気がして、それを考えるとティムの胸が軋んだ――。

 その後、客室へ向かう途中で、通路の角にいる従僕達のヒソヒソ話が聞えて来た。

「婚約者のティナ様には奇病が出ないって聞いてたから、やはり大奥様のせいか?」
「どうだろうな、どちらにしても旦那様に湿疹が出来てしまったことには違いない」

 そんな会話を耳にして、モニカ夫人は悪くはないし、病気のジェイクだってそんな奇病にかかりたかったわけじゃない、きっと今頃は二人共傷ついているだろうなと思った。
 具合はどうなのか知りたくて、ティムはジェイクの部屋の前でウロウロした。
 どうしよう扉叩いて見る? と決心が付かないまま扉前で立ち尽くしていると、カチャとジェイクの部屋の扉が開いた。

「あ……、ジェイク様」
「人の気配がすると思ったらティナでしたか……っ、失礼、今は会える状態ではありません」
 
 そう言って、扉をバタンと閉めてしまった。
 今まで邪険にされたことがなかったため、ジェイクに拒絶に似た反応をされ、心が寒々と凍えていくのが自分でも分かる。
 このまま彼の側にいても、何も出来ることがないと知ったティムは、仕方なく客室へと戻った――。
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