可憐な従僕と美しき伯爵

南方まいこ

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19.またもや令嬢に

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 鏡の前に立ち、正面、横、斜め、と自分の姿を確認しながら、イゼルに出来ないことは無いのかも知れないと思う。
 手早くコルセットをティムの腰に巻き付け、母と変わらぬ腕前で化粧を施し、完璧な令嬢に仕上げてくれた。
 もはや、普段から女装しているのでは? と疑ったが、ちょっと気持ち悪い姿を想像してしまったので、ぶるぶると頬を左右に揺らして想像を消し去った。
 いや、イゼルだって見目は良い方だとは思う。切れ長の目といい、艶のある栗色の髪といい、女性を振り向かせるには十分な要素を持っている。
 ただ、身長はジェイクと変わらないし、骨格だって男らしい骨ばった身体付きなので、ドレス姿を想像すると均衡きんこうが悪くて、大柄の変な令嬢姿がティムの脳内で出来上がってしまうのだった。
 そういえば、今回、母はどうするのだろう? とティムが母は一緒じゃなくてもいいのかと尋ねると、イゼルは目を伏せたあと口を開いた。

「今回の件はカミラ様にはお知らせしておりません」
「じゃあ、母上は故郷に帰った設定でいいのですか?」
「ええ、その設定で行きましょう。こう言ってはなんですが、カミラ様は少々うっかり、、、、している所がありますので」

 イゼルは、母が何度もティムの名前を呼び間違えしていたことを懸念しているようだった。
 別邸ならいざ知らず、本邸で過ごすことになるならジェイクと過ごす時間も多いし、うっかりが命取りになると言われて、それは頷ける話だと納得した。
 無事に令嬢になったティムは、イゼルが用意した馬車に乗り込み、本邸へと向かうが、本当に大丈夫なのかと急に不安になる。
 本邸に仕えている人間は、全員男で従僕しかしない。それなのに、毎回イゼルが自分にドレスを着せて化粧をしてくれるのであれば、それはそれで変だ。
 令嬢の支度には専属侍女と決まっているし、まさか……、と先程のイゼルが女装する姿の妄想が蘇り、ぶるるっと背筋が震える。

「……ティナ? 聞いてますか?」
「いえ、聞いてませんでした」

 ティムの言葉を聞き、向かい側に腰かけているイゼルの目が、くわっと大きく見開かれ、「いい度胸ですね」と言うと同時に溜息を吐いた。

「とにかく本邸で過ごす期間、今まで以上に気を張って下さい」
「分かってます。ところで、母がいないとなると付き添いの侍女はどうするのでしょうか?」
「そのことなら心配しなくても大丈夫です。私の妹が対応します」

 イゼルの妹と聞き、またもやイゼルの女装姿が頭を掠め、ティムは慌てて頭を振った。

「良いんですか? 着替えをするとき妹さんに男だとバレると思うのですが……」
「まあ、大丈夫でしょう。簡易コルセットも用意しましたし、現在、流行りのローブドレスを用意してますので、貴方でも一人で着替えが出来ますよ。恥ずかしがり屋で湯浴みも一人で出来ると伝えてあります」

 その辺りは抜かりが無いようだったが、イブニングドレスだけは一人では着れないので対策を考えておくと言う。

「妹の名前はカリーナです。普段は敬称は付けずにカリーナと呼びつけるように」 
「はい、分かりました」

 年齢はティムより四つ上で王都内に住んでいるため、朝の支度に間に合うように通うことになっているらしい。イゼルからある程度の説明を聞き終えたティムは、気になっていることについて訊ねてみた。
 それはルドルフから聞いた公爵家の令嬢との婚約話だ。元々、ジェイクの婚約者候補だったと言うし、もし、申し出が届いたら簡単には断れないような気がしてティムは落ち着かない気分になる。
 けれどイゼルは、その辺のことはジェイクが考えることであって、執事であるイゼルが口出しをすることでもないと言う。

「じゃあ、やっぱり……俺と婚約を破棄したあとは……」
「貴方が気にすることではありませんが、ジェイク様の身体のことを考えると、私も胸が痛みますね」

 イゼルがジェイクの身を案じているのが伝わって来る。ティムも彼の病気に関しては、本当に可哀想だと思うのに、女性が近寄ることが出来ないことに、ほっとしている自分もいて複雑だ。
 馬車の小窓越にヴェルシュタム伯爵家が見えてくると、「そろそろ気持ちを切り替えてください」とイゼルに言われて、ティムは背筋をピンと伸ばした――。

 久々に見るヴェルシュタム伯爵家の本邸に生唾をごくりと飲んだ。
 大きな屋敷の隅々まで手入れが行き届いており、本当なら従僕としてこの門を潜るはずだったのに、またもや令嬢として扉を跨ぐことになるなんて、とイゼルのエスコートを受けて屋敷内へ入った。
 玄関ホールの中央まで進んだ所で、閉じたはずの玄関の扉がバタンと開き「ティナ」と聞き慣れた美声がティムの耳に入って来る。
 二人して背後へ向き直ると、瞬時にイゼルが「旦那様、お帰りなさいませ」と一礼しているのが視界に入り、慌ててティムも挨拶をした。
 
「ジェイク様、お招きありがとうございます。早速、お役に立てる時が来たようで嬉しく思います」

 深々と頭を下げると、ジェイクは「役に立つですか……」と少々、不満げな声で呟いた。
 もしかして自分は何か言い方を間違えたのだろうか? と先程の言葉を思い返し、そうか、イゼルと同じように、お帰りなさいませ、と言うべきだったのだと思い立つ。

「旦那様、お帰りなさいませ?」
「……っ」

 絶句するジェイクを見て、しまった、これも間違いだったのか! と正解が見つからない。

「ティナは本当に困った人ですね」
「は……い、ごめんなさい」
「いいえ、謝らなくても良いのですが、私の心を弄ぶのであれば、それ相応の覚悟をして頂かなくてはいけません」

 微笑むジェイクの口から予想していない言葉が発せられて、いつ弄んだのだろうとティムは首を傾げた。
 彼は、やや残念な子を見る目で首を横に振ると、取りあえず滞在期間中に寝泊まりする客室へと案内してくれることになった。
 
「本当は私と同じ部屋を使って頂きたいのですが」
「えっ?」
「ですが、私も男です。あなたと同じ空間で紳士でいられる自信がありませんし、きっとあなたの寝顔を一夜中眺めて、あられもない姿を想像をしてしまうでしょう」
 
 顎を縦に揺らすジェイクを見つめ、思っていることを口に出さないと気が済まない人なのか、と今更のように彼の性格を把握した。 
 けれど、そんなことを言われて、なんだか嬉しい気もするし、嬉しく思うなんて自分はおかしいと思いつつ、もし、ジェイクと同じ部屋で寝ることになったら――? いや、駄目に決まってる。うっかり令嬢気分でドレスを脱いだら、その姿を見て卒倒するジェイクの姿が目に浮かんだ。
 それと同時に、イゼルの鬼のような形相も浮び、自分の首の辺りがすーっと冷たくなった。 
  
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