可憐な従僕と美しき伯爵

南方まいこ

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10.謎の五角関係

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 相変わらず慣れないティーカップの持ち方に、ティムはぷるぷると小指を震わせながらアッシュとジェイクを眺める。
 二人で話があると出て行ったので、良かったと内心胸を撫で下ろしたのも束の間、すぐに戻って来たジェイクに「一緒にお茶でも飲みましょう」と言われた。
 こんなに居た堪れない空間は遠慮したかったのに、誘われて仕方なくティールームへ移動すれば、前方に座る男二人からバシバシと熱い視線を受ける。
 アッシュが焼き菓子を口に入れ、正していた姿勢を崩すと……、

「しかし、明日の夜会が楽しみだねぇ、ジェイクも年貢の納め時だと話題を掻っ攫うだろうし、皆の顔を見るのが楽しみだよ。ティナ嬢も令嬢の嫌がらせに気を付けてね」
「嫌がらせ……ですか?」
「俺には全然分からないんだけど、ジェイクは令嬢の間では人気が高いからね」

 蕁麻疹じんましんと言う奇病は知れ渡っているが、それを差し引いてもヴェルシュタム伯爵の伴侶という地位は魅力的なのだと言う。だから、その座を狙う令嬢は後を絶たないらしく、ジェイクが大きな催物に顔を出す時は令嬢達の意気込みが凄いのだと教えられた。

「あーあー、それにしても夜会なんて面倒以外の何物でもないな」

 アッシュが明日の夜会に行きたくないと言うのを聞き、当然のようにジェイクと自分も同じく大きく頷く。
 
「そういえばアッシュのパートナーは、国王陛下の弟の愛娘でしたね。貴方の方こそ年貢の納め時なのでは? 遊び歩かず、そろそろ身を固めた方が良いでしょう」
「ジェイクにだけは言われたくないね」

 二人で和気あいあいと会話を続けている所を見ていると、先程は違和感しか湧かなかったが、意外とちゃんとした友人に見えて来るから不思議だった。
 ふぅ、とティムが一息つきながら茶を口に運び、もう一口焼き菓子を摘まもうと手を伸ばした時。

「そう言えば宰相の遠縁の令息が来るって聞いてるけど」
「そのようですね、なかなか優秀な令息だとお聞きしております」
「ペルピニャン地方から、わざわざ出向いて来るなんて大変だよなぁ……」
  
 ティムはその言葉にギクリとする。
 宰相の遠縁……、そして優秀な令息と言うなら、ティムにも思い当たる人物がいた。
 リントネン伯爵家のルドルフだが、まさか、ね? とティムは思う。
 貴族学校に行ってた頃、何度か授業で一緒になったことがある。けれど、挨拶程度の話しかしたことがないので、顔を合わせただけでは分からないかも? と思っていると、アッシュの言った「ペルピニャン地方」の言葉に反応したジェイクが、こちらを見た。
 ティムがペルピニャン地方から来たことを彼は知っている、だから何か聞かれるかも知れないと身構えていたが、優しい笑みを浮かべたジェイクは、アッシュの方へ視線を戻し、何事もなかったかのように話を続けた。
 取りあえず、この事をイゼルにも伝えておこうと、ティムは彼が居る方へ視線を向けた。

 ――また、母上と……。

 あれだけイゼルと仲良くしてはダメだと母に釘を刺したと言うのに、コロコロと可愛らしく笑う姿が見える。ティムは下唇とぎゅっと噛みしめ、その流れでジェイクを見れば、やはり羨ましそうにイゼルと母を見ていた。
 こんな複雑な五角関係、どうするんだ……、とそこまで考えて、ん? と疑問に思う。何かが間違っている気がして、五角関係に疑問が浮かんだが、そこは流すことにした。
 それにしても、改めて母とイゼルを見ていると似合いの二人に見えて、失踪した父が可哀想に思えてくる。お世辞にも自分の父は恰好の良い男ではないし、お調子者で騙されやすいし、と我が父親ながら良い所を見つけるのが困難なほどだ。
 離縁することになっても、母なら再婚相手に困らないだろうけど父は……、とティムが父親を憐れんでいると。

「ティナ?」

 急にジェイクに声をかけられ、思わず「ひゃい」と返事をした。

「難しい顔してますね、何か心配事ですか?」
「いいえ、心配なんて……ありません」

 そう返事をしたものの、ティムは自分の思いを瞳に込めてジェイクを見つめた。
 あなたの執事が、うちの母に色目を使うので何とかして頂きたい、という思いを込めて見る。ティムの視線を受け止めたジェイクは、はっとしたような顔を見せると「ティナ……」と甘く声を出した。

「そんな目で私を見つめるなんて……、いけない子ですね」
「そうですか……?」
「ええ、貴女の気持ちは分かりました。早く二人きりになりたいのですね」

 ――……。

 どうやらティムの思いは違う形となって伝わってしまったようで、言葉にしないと思いは伝わらないというのは本当なんだな……、と身を持って思い知る。
 ジェイクが、コホンとわざとらしい咳払いをつくと、アッシュに「さ、もういいでしょう、帰って下さい」と促した。

「今、帰る流れあった?」
「ありましたよ。貴方が気が付かなかっただけでしょう」
「え、本当に?」
「ね、ティナ?」

 ――いや、そんなこと振られても困るし……。

 だが、ここは一人でも面倒な人間は排除した方がいいな、と心の中の自分が、すごく悪い顔をしてニタっと笑う。

「あったような……キガシマスネ」
「その適当な言い方、もしかして俺って邪魔?」
「……」

 察しがいいアッシュにジェイクは微笑むと「ほら、ティナもそう言ってます」と付け足すように言い、彼を屋敷から追い出そうとする。
 出来ればそのままジェイクも消えて欲しいのですが……、と願って見るが、もちろん、その願いは聞き届けられるわけはなく、先程のティムの熱い視線の言い訳と、噛み合わない会話のせいで拷問のような時間がしばし続いた――。

 皆が帰った後、母にイゼルのことが好きなのかと直球で聞いた。

「何を言い出すのかと思えば、この子ったら、イゼル執事にはお世話になってるのだから、好きに決まってるでしょう?」

 ドーンっと脳が揺れる。まるで天井から何かが落ちて来てティムの脳を直撃したかのような衝撃だ。

「お世話になってるから好きになっちゃったの?」
「ティム? 好きにも色々あるでしょう」
「色々って何!」
「だから人として尊敬出来たり、一緒に会話するのが楽しかったり、そう言う好きよ。お友達って言うのかしら?」

 母が友達だと思っていても、相手がそう思っていない場合どうするのだろうと思う。しかもジェイクも母を好きっぽいし、この五角関係に明るい未来はあるのだろうか? と、そこまで考えて、この『五』と言う数字が何処から来たのか考える。

 ――えっと、母と父と、イゼル執事と、ジェイク様と、それから俺……。

 一瞬、思考が止まり目をしばたたく。
 ティムはどうして自分が五角関係に入っているのかと、頭を悩ませる。
 確かに母のことは好きかも知れないけど、別に家族として母親が好きなのは普通のことだし……? と改めて『五』を四角関係に訂正したが、それはそれで仲間外れ感が漂い、ちょっとだけ寂しくなる。
 やっぱり、自分も入れてもいいかな? と仲間はずれが嫌で五角関係に戻そうとして、いやいや、と何度も頭を振ると四角関係で終結させた。
 明日は、いよいよ夜会だ。明日に備えて早く寝ようと気合を入れて眠りに付くが、何かを忘れている気がして、もやっとする。

 ――あれ、……イゼル執事に何か報告しなきゃいけない事があった気がするけど?

 しばらく考えたが思い出せないものは仕方がないと、さっさと諦めてティムは眠り付いた――。
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