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01.特殊な仕事が始まった日
しおりを挟む広々とした屋敷の客室ティールームに案内されたティムは、用意された小さな丸いテーブルを眺める。
それを挟むように置かれた椅子の脚には、見事なリーフの彫刻が彫られており、これは凄いな、と素直な感想を胸に抱く。
それは良いが、どうしてこんなに小さいのか? と異常に小さく作られた丸いテーブルを眺め、色々思う所はあるが、文句を言える立場では無いので、指示通りに椅子へと腰かけた。
出てきた美味しそうな焼き菓子には一切手を出さず、ティーカップに指をかけ、そのままピンと小指を立てて持ち上げながら、カップの縁に口をつけた。
――こ、小指が震える……。
ぷるぷる震える自分の指を見つめ、令嬢って大変だな……、と他人事のような感想を抱きながらティムは、ここに現れる伯爵を待った。
話では奇病を患っており、女性が半径3.5フット内にいると、蕁麻疹が出ると教えられている。
その話を聞いて、可哀想な人も世の中にはいるんだなと同情したが、それとこれとは、話が別だとティムは思う。確かに伯爵の病気は可哀想だと思うが、まさか、その病気のせいで令嬢にさせられると知っていたら、契約書にサインなんて絶対しなかったのに……、と今更のように後悔をした。
ことの始まりは数十日前――。
早朝、屋敷に押しかけて来た大勢の人間と役人が、美術品や調度品などを次々と運び出し始めた。
最初は何が起こったのか分からず、家財を持ちだす人間を呆然と眺めていたが、母の大切にしていた宝石箱が持ち出されるのを見て、ようやく我に返り、皆に指示を出している役人にティムは恐る恐る話を聞いた。
どうやら父親が多額の借金をして逃亡したらしく、領土や屋敷の物を全て回収することになったと教えられた。
もちろん、いきなりそんな話を聞かされて、はい、そうですか、と納得が出来るわけもなく抗議したものの、小難しい書状をピラピラと見せられ――、
『ここに書いてる通り、このお屋敷はヨルダン男爵様の物になりました。ほら、ここにラディーチェ伯爵のサインがあります。残念ながら貴方には何の権力もありません』
反論出来ないまま、母親と二人、屋敷の片隅で小さくなっている時、淀んだ空気を切り裂くかのように、颯爽と目の前に現れたのがイゼルだった。
――そう、あの時、もっと慎重になるべきだったんだよな……。
住む家を失った自分達に、『これからどうするのですか? 宜しければ私の主の元でお仕事をしませんか?』と彼から優しい言葉をかけられ、簡単な仕事を紹介すると言われた。
契約書を目の前に置き『さあ、ここへサインをして下さい』と人の良さそうな笑顔を見せ、イゼルはペンをツイと差し出した。
好し悪しの判断をする間も無く、親切な提案と笑顔に釣られて、仕事もらえるの? やったー! と喜んでサインをしたのも自分なので仕方がないと思うが……。
――考えてみれば準備が良すぎる。
雇用契約書を持って歩く執事なんて、滅多にいないだろうし、馬車に乗せられて、ほっと一息付いたものの、『では早速、契約内容を……』とイゼルに言われ、教えられた内容に、こめかみがヒク付き、開いた口が塞がらなかった。
何が『令嬢になってもらいます』だよ、しれっと簡単に言うな、と言いたかったが、これを断ると母を路頭に迷わせてしまうことになるので断れなかった。
せっかくの美貌が台無しになるくらい、目をぱんぱんに腫らした母が『ごめんなさい、私がもっとしっかりしていれば……』と涙を溢す姿を見て、これ以上、泣いて欲しくなくて仕方なく契約を飲んだ。
どちらにしても仮の婚約者を演じきったら、それで終わりだと聞いてるし、日によって令嬢を演じないといけないが、ヴェルシュタム伯爵家の従僕として雇ってくれると言っているので、ありがたいと言えば、ありがたいことだ。
それに関しては感謝しているが、主を騙すなんてちょっと罪悪感が湧くよな……、などと考えていると、キィ、とティールームの折れ戸が開いた。
「お待たせ致しました」
軽やかな声と共に姿を現したヴェルシュタム伯爵を見て、ティムは思わず息を飲んだ。
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