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第四章
思惑
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「メイヴ、指示があるまでは絶対にフードを外さないでくれ」
「承知いたしましたヒース様」
街路は襲撃から逃れようと、多くの住人で溢れていた。
部外者を気にする者など誰もおらず、そういう意味では獣人連れの俺達には都合が良い。
だが町の中心辺りを過ぎた頃にはその人影もまばらになった。
何人かの衛兵は忙しなく行き交っているようだが、侵入した魔物へ対処する為か、俺達に気を向ける者は誰もいない。
実際、あちらこちらに魔物のものと思われる骨が転がっていた。
シアが呟く。
「かなり侵入されているようですが、制圧まではされていないようですわね」
「ああ。出来れば衛兵達に状況を聞きたい所だが……」
暫く進んでいると、道の脇に倒れている兵士が目に留まった。
怪我をしているようだが、手が足りないのか放置されている。
「ベァナ」
「はい!」
俺の意図を理解したらしく、素早く衛兵に駆け寄るベァナ。
「今治療を掛けます!」
「忝い」
彼女が治療している間に、周りに目を配る。
どうやらこの辺りの魔物は、一通り掃討されているようだ。
治療の済んだ衛兵がベァナに礼を述べる。
「どこのどなたかはわかりませんが、助かりました」
「いえいえ……あのすみません。私達は旅の者なのですが、詳しい状況を教えていただけませんか?」
「見かけないお方とは思いましたが、旅の方でしたか……そちらの皆さんも?」
「ああそうだ。トーラシア盟主フェルディナンド公からの命で、メルドラン軍の動きを調査しに来ていたのだが……まさかこんな事態に陥っているとはな」
「フェルディナンド公からの使者ですと!?」
「ああ。もし我々で良ければ、助力させていただきます」
「そういう事でしたら是非隊長にお会いいただけないでしょうか!」
正直、完全なはったりである。
だが助太刀するという言葉に偽りは無いし、実際にフェルディナンド公直筆の親書も持っている。
「承知した。案内してくれないか」
「ありがとうございます。こちらです!」
歩ける程度に回復した衛兵に連れられ、俺達は衛兵隊長の元に向かった。
◆ ◇ ◇
衛兵隊長は町の西門前に張られた陣の中にいた。
陣の中央で、他の衛兵達と打ち合わせをしているようだ。
案内してくれた衛兵が、その中の一人に報告をする。
彼が隊長なのだろう。
「俺がウェグリア衛兵隊の隊長、ジェラルドだ。衛兵の治療を行ってくれたとの事、心より感謝する」
ジェラルドは俺とシアを交互に見て、少しだけ怪訝な表情を見せる。
(まぁそういう反応になるよな)
俺もシアもグリアン人の特徴を色濃く受け継いでいる。
俺の両親については未だ不明だが、シアは祖父母がグリアン人だ。
そしてグリアン人の多い国と言えば、今まさに攻め込んでいる国。
メルドラン王国なのである。
「礼には及びません。何しろ今回の件、私達にとっても因縁深い敵がバックにいるようでして」
「因縁深い敵ですか……お見受けした所、お二人はグリアン人の血を引いておられるようだが……それと何か関係があると?」
おそらくメルドラン王国との関係を危惧しているのだろう。
「いえ。そういうわけではございません。我々は以前トーラシア国内で、この町同様に魔物と獣人の両方を使役する者と交戦した経験があります」
背嚢からフェルディナンド公直筆の親書を取り出し、渡す。
「親書は……間違いなく本物のようだ。トレバーの次期後継者のシア殿に、その配偶者のヒース殿……なるほど。あなたがあの亜神を倒したヒース殿でしたか」
「巷では亜神と呼ばれているようですが、私が戦ったあの単眼の巨人は決して神などではありません。単に恐ろしく強いだけの魔物です」
「ははっ、記録によれば万単位の軍勢を蹴散らしたとされる、もはや災害レベルの魔物ですぞ? それを『恐ろしく強いだけ』呼ばわりするとは……流石に英雄ともなると言う事が違いますな!」
どことなく言葉に棘を感じる。
だがそんな些事を気にしている場合では無い。
「今回のウェグリア襲撃は、トレバーの時と酷似しています」
俺はトレバーでの状況を一通り説明した。
「なるほど……獣人達はあくまで召喚に必要なマナを集めていただけで、真の脅威はその後召喚される魔物にあると?」
「そうです。」
「確か当時トレバーには衛兵隊がおらず、ザウロー家の親衛隊しかいなかったという話だが……ヒース殿はその親衛隊と共闘されたのか?」
「いえ。親衛隊は……とある事情によって離散しました」
(その原因を作ったのは俺なのだが──)
「たまたま町に訪れていたティネ・ラセル導師と私の仲間、計四人で協力して倒したのです」
「四人!? あの魔導士ティネがいたとは言え、たった四人でだと!?」
(ティネは元々フェンブルの軍にいたんだったな)
名が知られていて当然かもしれない。
「もしかすると獣人達がこの町を襲撃したのも、強力な魔物を召喚する為なのではないかと思い、何かお手伝い出来る事は無いかと」
いつも厄介ごとに首を突っ込み過ぎだと怒られてはいたが、今回に関しては町一つの存亡がかかっている。
仲間達も納得してくれるだろう。
と思っていたのだが──
そんな俺の思いは、思わぬ相手から否定される事になった。
「折角申し出て戴いた助力についてだが……辞退させていただきたい」
(助力を辞退だと!? この状況で、なぜ?)
「済みません、理由をお聞かせ願いませんか?」
「此度のメルドランの侵攻に対してフェンブルとトーラシアが共闘するという協定を結んでいるのは私も存じております。しかし派兵についての詳細は、一切決められていません」
「今はそんな悠長な事を言っている場合では──」
俺の訴えは最後まで聞き届けられる事無く、途中で遮られた。
「とにかく──申し訳ないが、ここはお引き取りください。もちろんフェルディナンド公からの使者という事ですので、町内での行動を制限する事はいたしません。しかし領主への援軍要請も既に行っておりますし、ここは我々にお任せいただければと──」
彼の意思は固いようだ。
「そうですか。何か情報を得られましたら、共有だけさせてください」
「私は軍議がありますので、これで」
ジェラルドは俺達が助けた衛兵に一言だけ指示を与えると、そのまま陣の中央に戻っていった。
◇ ◆ ◇
俺達が助けた衛兵は名をセルジュと言い、新入りの衛兵だった。
彼は仲間と巡回中、複数のゴブリンと交戦し負傷したそうだ。
仲間たちはゴブリン追撃のため止む無く、負傷した彼を置いて行ったらしい。
今は持ち場に戻るついでに、俺達と行動を共にしている。
「まったく折角のヒース様の申し出を断るなんて……町を守るのに国とか関係無いじゃないですか」
シアが憤るのも無理はない。
彼女は治める領地が、キュクロプスに破壊される様を目の当たりにしたのだ。
「皆さん申し訳ございません。この町にも色々と事情がありまして……」
「事情? 魔物から町を守るよりも重要な事情などあるのか?」
「いえ、ジェラルド様はそれを一番よく分かっておられる方です。だからこそ日ごろから衛兵達の鍛錬を怠らなかったのですが……」
悔しそうな表情で語るセルジュ。
「領主が衛兵隊への出資を大幅に削減したのです。数ばかり多くて何の役にも立たない、無駄飯食らいだと決めつけまして……」
「なるほど。潜在リスクを正しく予測出来ない、ボンクラ領主だったわけか」
平時であればそのような考えも理解出来ない事は無い。
起こるかどうかわからない戦いの為に、軍隊が必要なのかという主張だ。
個人的には『人の行動を他人が制御するのは不可能』と考えている。
だから軍隊だろうが自衛隊だろうが、それは危機回避としては必要だと考えてはいるが、それが絶対に正しい答えだとは思っていない。
話し合いだけで解決するという選択肢も、あり得なくはない。
だがこの世界は元の地球とは根本的に違う。
各地に魔物が存在するような地なのだ。
一歩人里から離れれば、そこに魔物が跳梁跋扈する世界。
自らの身を守る力を持たなければ、そこに待つのは『死』のみだ。
「もし領軍が到着する前に、俺達が魔物の軍勢を撃退してしまったら……」
「はい。領主は今の兵力だけで十分だと判断し、下手をすれば予算をもっと減らそうとするでしょう」
「なるほどな。まぁ理屈はわからなくも無いが……」
だがそれは、この町が健在であればこその問題だ。
町が消えれば予算を投入する必要は無くなるが、同時に税収も消える。
「もし単眼の巨人クラスの強力な魔物を召喚されでもしたら、おそらくこの町の衛兵隊では防ぎ切れぬぞ? 何しろ物理攻撃が殆ど通用しない相手なのだからな」
俺はセルジュにこの度の襲撃について詳細を聞いた。
彼の話によると一度目の襲撃が最も大規模で、その全てが野生の魔物によって構成された集団だったらしい。
つまりゴブリンやトロールと言った、各地に棲息している魔物だ。
「多数のゴブリンの中にホブゴブリンが混ざっていたので最初は『巣分け』かと思ったのですが、山岳地帯にしか居ないはずのトロールまで混ざっていたのです」
「トロールか……」
ゴブリンの『巣分け』は同じ営巣地内で起きる社会行動だ。
同じゴブリンでも別の群れと鉢合わせれば縄張り争いが起きるし、ましてや全く別種の魔物であるトロールと連携する事など考えられない。
そもそもトロールは群れを作らず、単独で行動する。
「先輩たちの話によると、それは間違いなく何者かによって意図的に差し向けられたものだそうです。おそらくシンテザ教徒の仕業だろうと」
「精神魔法には魔物を使役する魔法もあると聞く。だがそれでもせいぜい一・二体が限界だ。一万の魔物を使役するのに、それなりに優秀な魔導士が五千人は必要になるだろう。いくら教団でも、そんな数の魔導士を集める事など出来ん」
セルジュは話を続けた。
「ジェラルド様はメルドラン軍侵攻の話を聞き、事前に防御態勢を整えていました。そのお陰もあって、被害を出しながらもなんとか持ちこたえていたのですが……」
「そこに獣人が襲って来たと?」
「はい。ところが獣人達の襲撃が非常に奇妙で……おそらく即効性の麻痺毒でやられたのだと思いますが、結局命までは取らずにそのまま撤退していきました」
(やはりここでも……)
「もしかすると獣人達は身動きの取れない衛兵達から、精気を吸い取るような行動をしていなかったか?」
「ええそうです! ヒース様は何かご存じなのですか!?」
「先程ジェラルド殿にも伝えたのだが、トレバーで召喚された亜神……単眼の巨人は、獣人達を操って得たマナで召喚されたものなのだ」
「そんな……このウェグリアにもそんなものが襲ってくると!?」
「まだ確定というわけではないが……因みに今日襲って来た魔物は?」
「種類は一度目の襲撃とほぼ同じです。殆どがゴブリンですが、ホブゴブリンとトロールも数体紛れていましたね。私は町内に入り込んだゴブリンの掃討を任されていたのです」
「なるほど……」
トレバーでは獰猛な魔犬という召喚型の魔物も襲って来た。
だがあれはあくまで陽動で、獣人達のマナで召喚されたわけでは無い。
(つまりここで集められたマナは、今も手付かずのまま)
セルジュが立ち止まる。
どうやら担当地域周辺に到着したらしい。
「ヒース様、色々とありがとうございました。伝令によるとあと数日で領軍が到着するという事なので、それまでなんとか町を死守したいと思います!」
「セルジュさん。命あっての物種だ。無茶はしないようにな」
「はいっ! 皆様にもご武運を!」
セルジュはそう言い残し、持ち場へと戻っていった。
◇ ◇ ◆
セルジュと別れて暫く経った後、メイヴに声をかける。
「折角一緒に来てもらったのに、仲間達は既に撤退していたようだな」
「はい。ジェイドは獣人の身体能力を高く評価している割には、直接戦闘させる事はほとんどありません。彼は私達獣人の体自体が必要なようで……」
彼女が言い淀むのも無理はない。
自らの身が、子孫を残すための道具として扱われていたのだから。
「確か獣人族は魔法が使えないそうだが……となると、やはりマナを使って何かを召喚させる事で町を襲うと?」
「おそらくそうだと思います」
トレバーでは自警団が留守だった事もあり、大胆にも町中で召喚が行われた。
「シアはどう見る?」
「ウェグリアには組織された衛兵隊が存在しますし、いくらなんでも町中に魔法陣を描くなんて事は無いと思いますわ」
「俺も同意見だ。しかしこう暗くなってくると──郊外での活動は厄介になるな。一旦馬車に戻ってセレナ達と合流しよう。ベァナもそれでいいか?」
「そうですね。みんなも心配すると思いますし」
周囲は既に暗くなっており、夜目の効かない人間には不利だ。
可能な限り、仲間達と自らの安全は確保しておきたい。
「承知いたしましたヒース様」
街路は襲撃から逃れようと、多くの住人で溢れていた。
部外者を気にする者など誰もおらず、そういう意味では獣人連れの俺達には都合が良い。
だが町の中心辺りを過ぎた頃にはその人影もまばらになった。
何人かの衛兵は忙しなく行き交っているようだが、侵入した魔物へ対処する為か、俺達に気を向ける者は誰もいない。
実際、あちらこちらに魔物のものと思われる骨が転がっていた。
シアが呟く。
「かなり侵入されているようですが、制圧まではされていないようですわね」
「ああ。出来れば衛兵達に状況を聞きたい所だが……」
暫く進んでいると、道の脇に倒れている兵士が目に留まった。
怪我をしているようだが、手が足りないのか放置されている。
「ベァナ」
「はい!」
俺の意図を理解したらしく、素早く衛兵に駆け寄るベァナ。
「今治療を掛けます!」
「忝い」
彼女が治療している間に、周りに目を配る。
どうやらこの辺りの魔物は、一通り掃討されているようだ。
治療の済んだ衛兵がベァナに礼を述べる。
「どこのどなたかはわかりませんが、助かりました」
「いえいえ……あのすみません。私達は旅の者なのですが、詳しい状況を教えていただけませんか?」
「見かけないお方とは思いましたが、旅の方でしたか……そちらの皆さんも?」
「ああそうだ。トーラシア盟主フェルディナンド公からの命で、メルドラン軍の動きを調査しに来ていたのだが……まさかこんな事態に陥っているとはな」
「フェルディナンド公からの使者ですと!?」
「ああ。もし我々で良ければ、助力させていただきます」
「そういう事でしたら是非隊長にお会いいただけないでしょうか!」
正直、完全なはったりである。
だが助太刀するという言葉に偽りは無いし、実際にフェルディナンド公直筆の親書も持っている。
「承知した。案内してくれないか」
「ありがとうございます。こちらです!」
歩ける程度に回復した衛兵に連れられ、俺達は衛兵隊長の元に向かった。
◆ ◇ ◇
衛兵隊長は町の西門前に張られた陣の中にいた。
陣の中央で、他の衛兵達と打ち合わせをしているようだ。
案内してくれた衛兵が、その中の一人に報告をする。
彼が隊長なのだろう。
「俺がウェグリア衛兵隊の隊長、ジェラルドだ。衛兵の治療を行ってくれたとの事、心より感謝する」
ジェラルドは俺とシアを交互に見て、少しだけ怪訝な表情を見せる。
(まぁそういう反応になるよな)
俺もシアもグリアン人の特徴を色濃く受け継いでいる。
俺の両親については未だ不明だが、シアは祖父母がグリアン人だ。
そしてグリアン人の多い国と言えば、今まさに攻め込んでいる国。
メルドラン王国なのである。
「礼には及びません。何しろ今回の件、私達にとっても因縁深い敵がバックにいるようでして」
「因縁深い敵ですか……お見受けした所、お二人はグリアン人の血を引いておられるようだが……それと何か関係があると?」
おそらくメルドラン王国との関係を危惧しているのだろう。
「いえ。そういうわけではございません。我々は以前トーラシア国内で、この町同様に魔物と獣人の両方を使役する者と交戦した経験があります」
背嚢からフェルディナンド公直筆の親書を取り出し、渡す。
「親書は……間違いなく本物のようだ。トレバーの次期後継者のシア殿に、その配偶者のヒース殿……なるほど。あなたがあの亜神を倒したヒース殿でしたか」
「巷では亜神と呼ばれているようですが、私が戦ったあの単眼の巨人は決して神などではありません。単に恐ろしく強いだけの魔物です」
「ははっ、記録によれば万単位の軍勢を蹴散らしたとされる、もはや災害レベルの魔物ですぞ? それを『恐ろしく強いだけ』呼ばわりするとは……流石に英雄ともなると言う事が違いますな!」
どことなく言葉に棘を感じる。
だがそんな些事を気にしている場合では無い。
「今回のウェグリア襲撃は、トレバーの時と酷似しています」
俺はトレバーでの状況を一通り説明した。
「なるほど……獣人達はあくまで召喚に必要なマナを集めていただけで、真の脅威はその後召喚される魔物にあると?」
「そうです。」
「確か当時トレバーには衛兵隊がおらず、ザウロー家の親衛隊しかいなかったという話だが……ヒース殿はその親衛隊と共闘されたのか?」
「いえ。親衛隊は……とある事情によって離散しました」
(その原因を作ったのは俺なのだが──)
「たまたま町に訪れていたティネ・ラセル導師と私の仲間、計四人で協力して倒したのです」
「四人!? あの魔導士ティネがいたとは言え、たった四人でだと!?」
(ティネは元々フェンブルの軍にいたんだったな)
名が知られていて当然かもしれない。
「もしかすると獣人達がこの町を襲撃したのも、強力な魔物を召喚する為なのではないかと思い、何かお手伝い出来る事は無いかと」
いつも厄介ごとに首を突っ込み過ぎだと怒られてはいたが、今回に関しては町一つの存亡がかかっている。
仲間達も納得してくれるだろう。
と思っていたのだが──
そんな俺の思いは、思わぬ相手から否定される事になった。
「折角申し出て戴いた助力についてだが……辞退させていただきたい」
(助力を辞退だと!? この状況で、なぜ?)
「済みません、理由をお聞かせ願いませんか?」
「此度のメルドランの侵攻に対してフェンブルとトーラシアが共闘するという協定を結んでいるのは私も存じております。しかし派兵についての詳細は、一切決められていません」
「今はそんな悠長な事を言っている場合では──」
俺の訴えは最後まで聞き届けられる事無く、途中で遮られた。
「とにかく──申し訳ないが、ここはお引き取りください。もちろんフェルディナンド公からの使者という事ですので、町内での行動を制限する事はいたしません。しかし領主への援軍要請も既に行っておりますし、ここは我々にお任せいただければと──」
彼の意思は固いようだ。
「そうですか。何か情報を得られましたら、共有だけさせてください」
「私は軍議がありますので、これで」
ジェラルドは俺達が助けた衛兵に一言だけ指示を与えると、そのまま陣の中央に戻っていった。
◇ ◆ ◇
俺達が助けた衛兵は名をセルジュと言い、新入りの衛兵だった。
彼は仲間と巡回中、複数のゴブリンと交戦し負傷したそうだ。
仲間たちはゴブリン追撃のため止む無く、負傷した彼を置いて行ったらしい。
今は持ち場に戻るついでに、俺達と行動を共にしている。
「まったく折角のヒース様の申し出を断るなんて……町を守るのに国とか関係無いじゃないですか」
シアが憤るのも無理はない。
彼女は治める領地が、キュクロプスに破壊される様を目の当たりにしたのだ。
「皆さん申し訳ございません。この町にも色々と事情がありまして……」
「事情? 魔物から町を守るよりも重要な事情などあるのか?」
「いえ、ジェラルド様はそれを一番よく分かっておられる方です。だからこそ日ごろから衛兵達の鍛錬を怠らなかったのですが……」
悔しそうな表情で語るセルジュ。
「領主が衛兵隊への出資を大幅に削減したのです。数ばかり多くて何の役にも立たない、無駄飯食らいだと決めつけまして……」
「なるほど。潜在リスクを正しく予測出来ない、ボンクラ領主だったわけか」
平時であればそのような考えも理解出来ない事は無い。
起こるかどうかわからない戦いの為に、軍隊が必要なのかという主張だ。
個人的には『人の行動を他人が制御するのは不可能』と考えている。
だから軍隊だろうが自衛隊だろうが、それは危機回避としては必要だと考えてはいるが、それが絶対に正しい答えだとは思っていない。
話し合いだけで解決するという選択肢も、あり得なくはない。
だがこの世界は元の地球とは根本的に違う。
各地に魔物が存在するような地なのだ。
一歩人里から離れれば、そこに魔物が跳梁跋扈する世界。
自らの身を守る力を持たなければ、そこに待つのは『死』のみだ。
「もし領軍が到着する前に、俺達が魔物の軍勢を撃退してしまったら……」
「はい。領主は今の兵力だけで十分だと判断し、下手をすれば予算をもっと減らそうとするでしょう」
「なるほどな。まぁ理屈はわからなくも無いが……」
だがそれは、この町が健在であればこその問題だ。
町が消えれば予算を投入する必要は無くなるが、同時に税収も消える。
「もし単眼の巨人クラスの強力な魔物を召喚されでもしたら、おそらくこの町の衛兵隊では防ぎ切れぬぞ? 何しろ物理攻撃が殆ど通用しない相手なのだからな」
俺はセルジュにこの度の襲撃について詳細を聞いた。
彼の話によると一度目の襲撃が最も大規模で、その全てが野生の魔物によって構成された集団だったらしい。
つまりゴブリンやトロールと言った、各地に棲息している魔物だ。
「多数のゴブリンの中にホブゴブリンが混ざっていたので最初は『巣分け』かと思ったのですが、山岳地帯にしか居ないはずのトロールまで混ざっていたのです」
「トロールか……」
ゴブリンの『巣分け』は同じ営巣地内で起きる社会行動だ。
同じゴブリンでも別の群れと鉢合わせれば縄張り争いが起きるし、ましてや全く別種の魔物であるトロールと連携する事など考えられない。
そもそもトロールは群れを作らず、単独で行動する。
「先輩たちの話によると、それは間違いなく何者かによって意図的に差し向けられたものだそうです。おそらくシンテザ教徒の仕業だろうと」
「精神魔法には魔物を使役する魔法もあると聞く。だがそれでもせいぜい一・二体が限界だ。一万の魔物を使役するのに、それなりに優秀な魔導士が五千人は必要になるだろう。いくら教団でも、そんな数の魔導士を集める事など出来ん」
セルジュは話を続けた。
「ジェラルド様はメルドラン軍侵攻の話を聞き、事前に防御態勢を整えていました。そのお陰もあって、被害を出しながらもなんとか持ちこたえていたのですが……」
「そこに獣人が襲って来たと?」
「はい。ところが獣人達の襲撃が非常に奇妙で……おそらく即効性の麻痺毒でやられたのだと思いますが、結局命までは取らずにそのまま撤退していきました」
(やはりここでも……)
「もしかすると獣人達は身動きの取れない衛兵達から、精気を吸い取るような行動をしていなかったか?」
「ええそうです! ヒース様は何かご存じなのですか!?」
「先程ジェラルド殿にも伝えたのだが、トレバーで召喚された亜神……単眼の巨人は、獣人達を操って得たマナで召喚されたものなのだ」
「そんな……このウェグリアにもそんなものが襲ってくると!?」
「まだ確定というわけではないが……因みに今日襲って来た魔物は?」
「種類は一度目の襲撃とほぼ同じです。殆どがゴブリンですが、ホブゴブリンとトロールも数体紛れていましたね。私は町内に入り込んだゴブリンの掃討を任されていたのです」
「なるほど……」
トレバーでは獰猛な魔犬という召喚型の魔物も襲って来た。
だがあれはあくまで陽動で、獣人達のマナで召喚されたわけでは無い。
(つまりここで集められたマナは、今も手付かずのまま)
セルジュが立ち止まる。
どうやら担当地域周辺に到着したらしい。
「ヒース様、色々とありがとうございました。伝令によるとあと数日で領軍が到着するという事なので、それまでなんとか町を死守したいと思います!」
「セルジュさん。命あっての物種だ。無茶はしないようにな」
「はいっ! 皆様にもご武運を!」
セルジュはそう言い残し、持ち場へと戻っていった。
◇ ◇ ◆
セルジュと別れて暫く経った後、メイヴに声をかける。
「折角一緒に来てもらったのに、仲間達は既に撤退していたようだな」
「はい。ジェイドは獣人の身体能力を高く評価している割には、直接戦闘させる事はほとんどありません。彼は私達獣人の体自体が必要なようで……」
彼女が言い淀むのも無理はない。
自らの身が、子孫を残すための道具として扱われていたのだから。
「確か獣人族は魔法が使えないそうだが……となると、やはりマナを使って何かを召喚させる事で町を襲うと?」
「おそらくそうだと思います」
トレバーでは自警団が留守だった事もあり、大胆にも町中で召喚が行われた。
「シアはどう見る?」
「ウェグリアには組織された衛兵隊が存在しますし、いくらなんでも町中に魔法陣を描くなんて事は無いと思いますわ」
「俺も同意見だ。しかしこう暗くなってくると──郊外での活動は厄介になるな。一旦馬車に戻ってセレナ達と合流しよう。ベァナもそれでいいか?」
「そうですね。みんなも心配すると思いますし」
周囲は既に暗くなっており、夜目の効かない人間には不利だ。
可能な限り、仲間達と自らの安全は確保しておきたい。
0
仕事しながらなので大体土日に更新してます。
そしていつも眠いので誤字脱字大量にあるかも。ごめんなさぃぃ
現在プロットの大枠はほぼ終了し、各章ごとの詳細プロットを作成中です。
読んでいただいて本当にありがとうございます。
※ 11/20追記
年末に向けて本業が忙しく、ちょっと更新が滞るかも知れません。なるべく毎週一回は追加していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
そしていつも眠いので誤字脱字大量にあるかも。ごめんなさぃぃ
現在プロットの大枠はほぼ終了し、各章ごとの詳細プロットを作成中です。
読んでいただいて本当にありがとうございます。
※ 11/20追記
年末に向けて本業が忙しく、ちょっと更新が滞るかも知れません。なるべく毎週一回は追加していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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