Wild Frontier

beck

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第三章

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 第四段階の水魔法・アイシクルは、その名の通り「つらら」が詠唱相手に襲い掛かるという、とんでもない魔法だ。

 ベァナの母、ブリジットがホブゴブリン相手に使った所を見た事がある。

 それを食らったホブゴブリンは即死だった。
 体に何本ものつららが突き刺さるのだから、死なないほうがおかしい。


(ここで死んだら、元の世界に戻るのだろうか。それとも──)


 そう考えていたその瞬間、目の前でその氷柱が弾け飛んだ。

「なにっ?」

 発動しなかったはずの魔法が、そこにある。


(プロテクション? 俺は詠唱を中断させられたはずだが……)


 防護壁は確かにそこに存在している。
 その証拠に、襲い掛かる鋭いつららが次々と壁に当たっては砕けていく。

 しかもその防護壁は俺が唱えたものとは違い、俺の周りを半球を描くように取り囲んでいた。


「まーったく。キミってば、とんでもない位のお人好しね?」


 後ろから聞こえる女性の声。
 声の主は音も立てずに、俺の横に並んだ。

「あの時その武器で攻撃していれば、ノーラに勝てたかも知れないのに」

(俺の戦いぶりを観察していた!?)

 今まで全く気付かなかった。

 しかも防護壁が展開中だというのに、彼女の両手は完全に自由だ。
 つまり魔法を維持するために、手をかざす事すらしていない。
 どういう原理だ!?

「この防護壁はあなたが張ってくれたのですね。助かりました」
「あのまま直撃食らってたら危なかったからねー」

 凄腕の魔法使いらしからぬノリの軽さ。
 今まで見たことが無いタイプの女性だ。

「そんな事より左肩の治療を」

 彼女は俺の左腕に手を当て、ヒールを唱える。

 詳しい年齢はわからないがおそらく二十台後半。
 俺と同じか、もしかすると少し上かも知れない。

 魔法使いと言うより、探検家のような出で立ちだ。
 俺が戦っていた魔法使いの女より、清潔感があって好感が持てる。

「ありがとうございます」
「いいのいいの。たまたま様子を見に来たら見覚えのある嫌な女が目に付いたので、ついうっかり貴方の味方をね。まぁ気にしないでー」

 彼女が言う嫌な女と言ったら──
 今俺が先程まで対峙していた相手──この女性はノーラと呼んでいたようだが──その他には女性などいない。

 一方そのノーラ本人を見てみると、先程までとは違って険悪な表情をしていた。
 そしてその視線はもはや俺にではなく、隣に立つ女性に注がれている。

「飛んだ邪魔が入ったと思ったら、ラセルじゃないか……最悪だね」
「それは私のセリフ。相変わらず連れている男の趣味は悪いし──まぁあんたみたいな売女じゃ、そんな奴等しかあしらえないのでしょうけれど」
「男に全く縁の無いあんたなんかより、百倍マシでしょうがっ!」
「そんな汚らわしい男共に体を赦すくらいなら、一生独り身のほうがマシよっ!」

(ノーラにラセル、知り合い同士なのか?)

 二人ともかなりの使い手には違いないはずなのだが──
 言い合っている内容自体は、およそレベルの高いものでは無かった。

「お兄さん。私はこのノーラを相手にするから、取り巻きの連中を退治してくれない?」
「了解です」

 左腕の傷は戦闘に支障が無いくらいに回復している。
 再び体制を整えつつある女の取り巻きに、剣を構えて備えた。

 横目で見る。
 二人の魔女は既に戦闘に入っていた。


(ああ──この人の言う通り、あの時に攻撃するべきだったんだな)


 そこで繰り広げられていたのは、おそらく魔法使い本来の戦いだった。

 ノーラが水魔法なのに対し、ラセルという魔法使いは土魔法で応戦している。
 二人は次々と魔法を繰り出しながら、人間のものとは思えない動きで相手の魔法を避けていった。

 良く見てみると、彼女達の足下にうっすらと魔法陣が浮かんでいる。
 それらはまるで靴底に貼り付いているかのように、足に連動して動いていた。
 きっと魔法によるアシストが行われているのだろう。


(こんな動きをされたら、剣もクロスボウも役に立たないだろう)


 熟練した魔法使いの恐ろしさを身に染みて理解した俺は、今俺が戦うべき相手に集中する。
 風魔法で体勢を崩された取り巻き達の何人かは、既に武器を構えていた。

 彼らのあるじであろうノーラが、別の魔法使いと戦っているのだ。
 俺に手を出してもそしりを受ける事は無いだろう。

「この野郎! ちっと魔法使えるからって調子込んでんじゃねぇぞ!?」

 なまり混じりの男が襲ってきた。

「うらあぁぁぁ!」

 走る速度は普通だったが、振り下ろすスピードはホブゴブリンと大差無い。
 シミターが打ち下ろされる前に懐に入り、剣の柄で鳩尾を強打する。

「ア、ァァ、ウァ」

 彼は声にならない呻きを上げながら、その場でうずくまった。

 親衛隊の一員というからにはそこそこの手練れ揃いなのかと思っていたのだが、実情はそうでも無いらしい。
 盗賊団よりはマシ、という程度だった。
 しかし……


(流石にこの人数はきつい──)


 悪徳領主の配下とは言え、彼らは正規の軍人だ。
 盗賊団のように、無差別に人を襲ったりはしない。
 だからなるべく殺さず、無力化する方向で戦っていたのだが──

(ったく──こいつらにはちゃんと言わないとわからないか)

 俺の気遣いが分からない連中に、はっきりと宣言する事にした。

「おいお前等! 仕えた領主のせいで命を落とすのは不憫だと思って大目に見ていたが、俺もこんな所でくたばりたくはない。だから、今後襲ってくる奴には俺も本気でやらせてもらうからな? もう一切手加減しないので、まだ戦うつもりなら死ぬつもりでかかってこいっ!」

 そう声を掛けると、殆どの連中の動きが止まった。
 自分と相手との力量の差くらいは理解出来るのだろう。

 だが彼らも自分の女主人が戦っているのに、逃げるわけには行かない。
 手を出さないながらも、遠巻きにしてこちらの様子を窺う。


「んじゃあ、オレがお前の相手をしてやるよっ」


 周りを取り囲んでいた連中を押し分けて近付いてきた男が一人。


(俺に矢を放った相手……確かブルーノとか言ったな)


 ノーラとの会話中、割り込んで来た大男だ。
 他の連中と違って、俺からの警告を受けても全く怯む様子が無い。
 彼は幅広の三日月刀シミターを構え、ゆっくりと近づく。


(こいつには本気で当たる必要がありそうだ)


 先程襲い掛かって来た男と違って、とても落ち着いている。
 こちらの出方をしっかり観察している所からして、経験は豊富そうだ。

「めんどくせぇ話は好かん。いくぞ」

 その巨体からは想像出来ないような、素早い動き。
 彼は一気に距離を詰め、シミターを振るう。

「くっ」

 想定よりも剣の振りが速く、すんでの所で避ける。
 相手の巨体を見て、無意識にその動きを予測してしまっていたのだ。

(しかし、そういう事ならば──)

 気持ちをすぐに切り替える。
 相手をセレナと同等以上の剣士と想定し、改めて対峙した。

 動き自体は速いが、技術的にはセレナには遠く及ばない。
 しかし、それも相手の作戦かも知れない。
 決して油断はせず、少し距離を取りながら敵の攻撃をかわす。

「なんだぁ? 避けてばかりで仕掛けて来ないのかぁ?」

 実際は剣でシミターの剣筋を逸らせたりしているのだが、相手からすれば全く攻撃してこないように見えるのだろう。

 だが先程までとは違い、決して手加減しているわけではない。
 これは相手の技術を計ると共に、隙を見逃さないためだ。

 そうやって何合か打ち合っている間に、その機会が訪れた。
 激しい動きを続けていれば、必ず足りなくなるものがある。


 それは『酸素』だ。


 人間が動作する為のエネルギーは、有機物を燃焼させる事で得られる。
 そしてそのエネルギーは使う筋肉に比例して大きくなる。
 大排気量のスポーツカーのようなものだ。

 彼くらいの巨体であれば、肺活量も並では無いだろう。
 そしてその巨体故に、消費される酸素量も大量だ。

 つまり──

「……はっ」

(今だ)

 大男の息が一瞬切れる。
 そのタイミングを狙い、最も手薄な腹部に鋭い突きを入れる。

「ぐっ!」

 だが、こちらの剣先は大男の右わき腹をかすめただけだった。
 男はその時使える力を全て脚力に回し、後方に跳び退すさったのだ。

 そのまま左手で腹部を押さえる大男。
 致命傷こそ与えられなかったものの、出血を伴う傷を負わせたようだ。


「この野郎っ! 正々堂々と打ち合いやがれっ!」
「これは稽古でも試合でも無い。生きるか死ぬかの真剣勝負だ。使えるものは何だって使うに決まっているだろう」

 ヘイデンが親衛隊に攻撃指示を出した時点で、彼らは俺への敵対者なのだ。
 つまりこれは、単なる殺し合いでしかない。

 そう言った意味では、俺は未だに圧倒的な劣勢を強いられている。
 この戦いに於いてはまだ優位を保っているものの、敵は彼だけでは無い。
 ここで大男を倒したとしても、まだ周りを取り囲んでいる連中がいる。
 更に言ってしまえば、ヘイデンの指示に従う親衛隊員全てが俺の敵になる可能性だってあるのだ。

 だが俺の真の目的は、こいつらを叩きのめす事ではない。
 ヘイデンを捕らえ、彼を裁く事の出来る機関に引き渡すことにある。

 そんな気持ち的な焦りと、目の前の戦いに余裕が出来たお陰なのだろうか。
 俺はその時、取り囲んでいる連中の異変に気付いた。


(俺達の戦いを、一切見ていない?)


 魔法使い同士の戦いに気を取られているのかと思い、そちらを確認する。
 しかし彼女達もまた自分たちの戦いを中断し、とある方向を凝視していた。


 それはヘイデンが走り去っていったと思われる、その奥。
 目の前の大男も、様子がおかしい事に気付いたようだ。


 遠くから聞こえる、唸り声や咆哮。
 人のものでは無い。


「まっ、魔物だぁっ!」


 遠くから親衛隊員の叫び声が聞こえた。
 こんな場所に魔物!?

 木々が邪魔で確認は出来ないが、聞こえてくる鳴き声の様子から考えても尋常ならざる数の魔物が迫って来ているのは間違いない。
 しかも場所によっては既に戦いが始まっているようだ。

「ブルーノと言ったな。ヘイデンが逃げた方向からあんな大量の魔物がやって来たのだ。お前たちのあるじが無事とは思えぬし、この戦いは一旦中断だ」
「俺達の主はノーラの姉御だ。ヘイデンがどこでくたばろうが知った事じゃねぇ」

 彼は立ち上がり、更に一言付け加える。

「おめぇをこの場でぶっ殺してやるつもりだったが、姉御を守らなきゃなんねぇ。だからその提案、乗ってやるよ」

 そう言って彼はノーラの元への走って行く。
 ブルーノが移動するのを見て、他の取り巻き連中も行動を共にする。

 その様子を見届けながら、ノーラと戦っていたラセルも俺の元に戻って来た。

「魔物っていうのでちょっと様子を見てみたのだけど、結構な大群だったわ。中には召喚型の魔物も混じってるっぽいわね」
「魔物を召喚ですか!?」
「ええ。非生殖タイプの魔物だから召喚ね。ありゃ相当ヤバイわよ。キミは逃げなくていいの?」

(非生殖タイプの魔物!?)

 魔物が召喚出来るという事実ばかりか、魔物の分類まで知っているとは。
 この魔術師は一体何者なのだろう?

 だがどちらにしても、俺はここから逃げるわけにはいかない。

「魔物が襲ってきているからこそ、俺はここで戦わないといけません。魔物の行く先に、大切な仲間がいるのです」
「なーるほどねぇ……キミ、なんだか珍しいわね」
「見た目がですか」
「まぁグリアン人っぽい見た目もそうだけど、心構えっていうのかな? 仲間の為に命張ったり、自分の命を狙ってくる相手に手加減したりとか。それじゃ命がいくつあっても足りないと思うわよ」
「そうは思っているのですが──性分しょうぶんなんでしょうね」
「性分ねぇ」

 彼女には何か思う所があったようだ。
 しかしその事には触れず、目の前の魔物についての話をした。

「キミ、なんだか面白いから私も魔物を追い払うの手伝っちゃおうかな~……と思ったのだけれど」
「本当ですか!? 是非お願い出来ませんか!」

 こんな凄腕の魔術師なら、戦いは相当有利になるだろうが……

「ノーラとの闘いで結構マナ使っちゃってね。ちょっと厳しいの」
「マナなら、是非私のを使ってください」
「結構減っちゃってると思うので、多分無理よ。貰えないと思う」
「マナ量でしたら問題無いかと。ご心配でしたらどうぞ確認してみてください」
「そぉお?」

 半信半疑ながら、すぐに詠唱を行うラセル。

 彼女の詠唱はとてもなめらかだ。
 常人の倍くらいの速度で言葉を紡ぎ出す。





── ᛗᛋᛁᚾ ᛞᛖ ᛟᛈᛏ ᛚᚨ ᛈᛚᛁᚷ ᚨᛚ ᚳᛁ ──





「イヤァァ!! なにコレぇぇっ!! 超欲しいんですけどぉぉ!!」


 詠唱後、俺の姿を見たラセルの第一声がこれだった。




 欲しいと言うのは、きっとマナの事だと信じたい。




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