Wild Frontier

beck

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第三章

罪と罰

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「なんとか到着はしたが……」
「とってもはやかったですー!」

 街道で馬を二頭借り、二人ずつ分乗して町に向かった。
 俺の馬にはプリムが、ベァナの馬にはニーヴがそれぞれ同乗した。

「でもヒースさん。あれだけの訓練で、よくそれだけ乗りこなせましたね!」
「最初は大変だったけどね。先生達の教え方が上手だったんだと思うよ!」

 以前セレナがカークトンへ向かう姿を見た際、乗馬を教わろうと思いついた。

 初めはそのままセレナに教えて貰っていたのだが、剣術や馭者ぎょしゃの訓練などセレナに掛かる負担が多いという事で、途中からベァナに交代した。
 セレナ自身は大丈夫だと言い張っていたのだが、どういうわけかニーヴやプリムからの強い推しもあり、結局ベァナから教わる事になったのだ。

 セレナによる指導も十分わかり易かったのだが、ベァナは魔法の時と同様、自分の考察を交えて丁寧に教えてくれたので、より理解が深まったのだと思う。

 あとはこういう実技というのは経験がものを言う。
 キャンプを張るたびに練習をしていたお陰もあって、町に着く頃にはかなり乗れるようになっていた。

「でも馬にヒールをかけるとか、よく思いつきますね」
「まぁ馬たちだって俺達と同じ哺乳類だからな。似たようなものだと思って」
「ほにゅうるい?」
「ああ。説明すると長くなるので、すまんがその話はまた今度な」

 ニーヴが色々と興味を示していたようだが、町の状況を確認するのが先決だ。
 好奇心の芽を摘むような形になって本当にすまん。

 魔法協会に近付いていくと、建物の前に見たことのある馬車が停まっていた。

「あの馬車は、確かケビンが乗っていた馬車では?」

 馬から降りた俺とベァナは、それぞれに乗っていた娘達を降ろす。
 するとプリムが突然、道端みちばたを指さした。

「あそこにタバサさんが」
「えっ?」

 ベァナがすぐに駆け寄る。
 老婦人はその場に座り込み、天に向かってずっと手を合わせていた。

「タバサさん! 大丈夫ですか」
「ああその声はいつぞやの娘さん……」

 老婦人はベァナに語りかける。

「町に乱暴な人達が来て、魔法協会の中に入っていったようで……」
「おばあさま、どんな連中が来たかわかりますか?」
「なんか領主代行様とかシアちゃんを寄越せとか言っていたような……」

 ベァナが俺を振り返る。

「間違いなくケビンだ。ベァナ、タバサさんを頼めるか」
「わかりました!」
「行こうニーヴ、プリム。俺の前には絶対に出るなよ」
「了解です!」
「はいですー」



 もはや一刻の猶予も無い。



 俺達は魔法協会内に突入した。





    ◆  ◇  ◇




 途中ケビンの配下とおぼしき集団と行き会う。
 すぐ戦闘態勢を整えるが、なぜか彼らに戦意は感じられなかった。

「あっしらケビン様の指示でこんな場所に入っただけなんでさぁ! 協会の中なんかじゃ絶対戦ったりしませんよ!」

 彼らは皆、口々にそう言って両手を上げた。
 彼らはケビンから、建物の外で待機しているように言われたようだ。
 そして実際、彼らはその指示に従っている。
 それはつまり、彼らがまだ指示を受けた直後であるという事を意味している。


 であれば好都合だ。
 まだ間に合う!


 俺は目的の部屋に直行した。

 ロルフは間違いなく、シアを『支部長室』にかくまっている。
 あの部屋に入るには、生体認証が必須だからだ。


 支部長室の入り口が見えた。


「扉が開いている!?」

 部屋の中に誰かいるのかは確認出来ない。
 しかし入り口にある生体認証台の元に、誰かが倒れているのが見えた。

 近付くと、それはロルフだった。
 息はあるようだが、体の自由が効かないようだ。

「ロルフさんっ大丈夫ですか!?」
「ケビンがっ、中にっ……」
「ニーヴっ! 回復を頼む!」
「了解ですっ!」



 扉から部屋を覗く。
 中央に立つ、右手をかざす男。

 彼の右手の先に誰かが──
 シアだ!

 ケビンまでは距離がある。
 剣では間に合わない。

 プリムはニーヴの護衛で後方にいる。
 指示は──間に合わない!



(風魔法で吹き飛ばすっ!)



── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ᚣᚨᛗᛟ




「ヒースさんっ!! !!」




 初めて耳にしたロルフの叫び声に、俺は思わず詠唱を中断してしまう。

 一方ケビンは周りの声など耳に入らないようだ。
 彼は自身の詠唱を完成させた。

 そしてその呪文の内容は、俺にもはっきりと聞こえるのだった。





── ᛈᛟᛏ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛈᛚᚨᛋ ᚠᚨᚱ ᚨᛚ ᛗᛚᛞᚲ ──





(精神魔法!?)



 詠唱呪文に大きな違和感を感じる。

 精神魔法で使われる古語は独特である。
 自身では使えなくとも、言葉の意味を知っていれば呪文だけでそれとわかる。

 結局、詠唱は完成してしまった。

 ただ、ケビンの目的はシア自体にあるはずだ。
 どんな魔法かはわからないが、命を奪うものでは無いだろう。


(であれば──シアの保護より先に、まずこいつの排除が先)


 その時の俺には、自分自身やトレバーの未来など一切頭に無い。


 耐えられなかった。
 救われるべき者が救われない、この世界に。

 失いたくなかった。
 他人を思いやる心を持つ者を、もうこれ以上。


 そしてそれらが俺の覚悟の無さによってもたらされるのだとしたら──



 覚悟を決め、全力で阻止すればよい。



 俺は眼前の狼藉者に刃を突き立てるべく、腰から剣を抜き放つ。



(お前も日本で生まれてたなら、ただのヤンチャなガキで居られたのかもな)



 その時だった。




「あぁっ? なんだよこれはっ!」

 ケビンの呪文が発動すると思われた直前。

 彼の周りを突如とつじょ、半透明な『膜』のようなものが取り囲んだ。
 良く見ると、ハニカム構造状の球体に取り込まれたように見える。


(これは……)


 俺はその膜と同じようなものを知っていた。

 というより、自らの詠唱で作り出した事がある。
 メアラから譲ってもらった魔法書に、同様の物体を作る魔法が書かれていたのだ。


(という事は、これも魔法の一種という事か)


 俺が不思議な『膜』に意識を奪われている間にも、ケビンはそこから抜け出そうと必死にもがいていた。


「くそっ! 身動き取れねぇじゃねぇか!!」


 彼は球体を内側から思いっきり叩いたが、膜はビクともしない。



 だがそんな彼の抵抗もすぐに終焉しゅうえんを迎える。


「アァァーッ! だっ、誰かっ、これを止めてくれぇっ!!!」

 つい先ほどまで元気に暴れていた彼が、その場に膝を付く。
 彼はすぐにおとなしくなったが、良く見てみると──


(体がしぼんで──いや、これは!?)


 あまりの出来事に、俺はその場から動くことが出来なかった。
 彼の体はしぼんでいたのではなく、のだ。


(見た目が似ているだけで、魔法書に書かれていたものとは違う)


 ほんの数秒の出来事だった。
 彼は死んだ魔族同様、骨や着ていた装備品以外全て消え去っていた。


(これではまるで……魔族が死んだ時と同じではないか!)


 間近で見ていたシアが、目を見開きながらその場に崩れ落ちる。
 急いで駆け寄ると、彼女は咄嗟とっさに俺の服を掴んだ。
 指が震えている。

「ヒ、ヒース様っ……これは……一体」
「俺にもわからない。それよりシア、ケビンの魔法は受けなかったのだな?」
「はい──詠唱は終わっていたようでしたが、発動と同時にあの球体が──」
「そうか。とにかく無事で何よりだ」

 シアが無事であれば問題無い。

「この状況については、きっと支部長が教えてくれるだろう」


 体の自由が戻ったロルフが、支部長室のドアの前に立っていた。


「ご覧になった以上、きちんと説明しておかないといけないでしょうね」
「そうしてくれると有難い。シアさん同様、俺も結構ショックを受けている」
「話はケビン殿の遺骨を片付けた後で宜しいでしょうか」
「そうだな。ケビンの配下達には俺が説明しておこう」
「ありがとうございます」


 シアには一旦部屋を移動してもらう。

 だが、目の前でこんな事が起きたのだ。
 一人では心細いに違いない。
 俺は二人の娘達に、シアのそばに居てあげるよう頼んだ。




    ◇  ◆  ◇




 ケビンの部下達に説明する為に建物の外に出てみると──

 そこにいた部下達は、俺が会った時に比べ半分以下に減っていた。
 どうやらケビンの無茶振りがたたって、大部分が逃げ出したらしい。

 それでも彼らのボスであるケビンの顛末を伝えなければならない。

 俺は残った部下達に「ケビンは協会への冒涜ぼうとく行為により命を落とした」と、なるべく事実と齟齬そごが無いように伝えたのだが、彼らはそれに対して怒りも驚きもせず、とにかく終始怯えるばかりだった。
 きっと協会に関する様々な噂を、事前に聞いていたからだろう。

 だが彼らには遺品と遺骨をカークトンまで運んでもらわねばならない。

 そこで遺品を持ってきてもらおうと職員を呼びに行ったのだが、元の場所に戻るとそこにはもう誰も残っていなかった。


 ボスである領主の息子を守れなかったのだ。
 よくよく考えてみれば、逃げるのも当然か。


 結局ケビンの遺骨や遺品は、魔法協会で保管する事になった。




    ◇  ◇  ◆




 騒ぎも一段落し、説明を受けるために再び支部長室にいた。
 部屋にいるのは当時その場にいた俺とシア、二人の娘達。
 そして後から合流したベァナの同席許可も貰っている。

「勘の良いヒースさんにはおそらく隠し事をしても無駄だと思いますので、可能な限りお話させていただきます。ただ、これは他の職員ですら知らない事ですので、どうかご内密に……」

 ロルフは軽く息を吸った後、ゆっくりと語り出した。

「皆さまもご存じだとは思いますが、魔法協会は魔神シンテザと敵対する組織とされています。そしてこれは協会にいにしえより伝わる話とも一致しているので、ほぼ真実であると言えましょう」
いにしえというのは、つまり神々同士の戦いの時代からという事ですね」
「さすがですね、おっしゃる通りです。詳細を記した文献は協会の本部に所蔵されているのですが、魔法協会はシンテザとの戦いをする為に生まれた組織とされています」
「補佐という事は、直接戦う組織ではないと?」
「はい。一説によると戦う役目は冒険者ギルドが担当していたそうですが、それは我々支部長クラスにも伝わっていない話でして、真偽はわかりません」

 俺はその仕組みから考えて『冒険者は魔物と戦う為の尖兵』だと考えていた。
 協会内にそういった説があるという事は、おそらくそれで正しいのだろう。

「ただ協会がシンテザと対立しているのは確かです。そのため魔法協会は支部を建築する際、様々な設備を設置する事が義務付けられています」
「部屋の前に置いてある、生体認証装置の事でしょうか」
「生体認証装置……言葉の意味としては、そうかも知れませんね。協会内では『識別祭壇』や『照合台』などという呼び方をしておりますが」

(やはりカード情報の問い合わせや照合を行っていたのか)

「ですがそれだけでは無いのです。例えば──この部屋にも機器が設置されています」
「もしかして、それが……」
「はい。その装置こそが魔神シンテザ信奉者に対する防衛装置なのです」

 つまり彼らの攻撃に対応するために、そう言ったギミックが仕掛けられていたという事か。

「実は私も今回、その防衛装置から攻撃を受けています」
「支部長であるロルフさんがですか!?」
「はい。ヒースさんが部屋に駆けつけてくれた時、私は照合台の元に倒れていましたよね?」
「ええ」
「私はおそらくケビンから精神魔法を受けていたようなのです。記憶が曖昧なのですが、自分の意に反して支部長室のロックを外した際、どうやら雷撃ライトニングのようなものを受けたようでして」
「精神魔法の効果が確認されたから、という事でしょうか」
「はい。以前受けた研修でも『精神魔法を打ち破る仕組み』が様々な機器に備わっていると聞きました。おそらく魔神シンテザの手の者に悪用されないようにするためでしょう」

 たしかに自由に使えてしまったら大問題だ。
 職員しか機器を使えなくても、その職員を操れたなら意味が無い。

 だが操られた状態でも支部長室の扉を開けたという事は、それらのシステムはそれぞれ別々の仕組みで動いているのかも知れない。

「数々の防衛装置があるのは知らされているのですが、その種類や発動条件までは本部の人間にも把握出来ていないようなのです」

 発動条件が分からないという事は──

「もしかして、ロルフさんが俺を止めたのも?」
「そうですね。でも確信があったわけではないです……精神魔法への対抗策が存在するという話と、攻撃魔法が禁止されている決まりは、それぞれが別々に伝わっているのです。もしそれらが元々同義だとすると──」
「俺が魔法を放っていたら、ケビンと同じ運命を辿っていたのかも知れない、と」
「そう思って思わず大声を出してしまいました。申し訳ありません」

(俺はあの時、死の一歩手前にいたかも知れないという事か──)

「とんでもない。そういう事でしたらロルフさんは命の恩人ですね」
「私も本当に肝が冷えました。まさかこんな事になるとは思わず、敢えてお話はしていなかったのですが──とにかく大事に至らず、本当に良かったです」

 このような事態を目の当たりにしたため、魔法協会という組織自体への不信感は相変わらずぬぐえない。

 しかし、ロルフのお陰で命拾い出来たのかも知れないのだ。
 彼が全てを知るわけではないだろうが、話す内容自体は信用出来るだろう。

「しかしケビンが精神魔法の使い手だったとは知りませんでした──彼は魔神シンテザの信奉者だったのでしょうか?」
「それはわかりません。ですが一般的な魔神シンテザの信徒とは違って魔法協会自体への強烈な憎しみは感じられませんでした」
「そう言われてみれば前回町を訪れた際も協会の話など一切なく、あくまで仮領主の意向を俺に伝えに来ていただけでしたね」
「ええ、そうなんです。彼からは単に都合の良い魔法だから使っている、という印象を受けました」

 彼のような性格であれば、あのようなおぞましい魔法を使う事にも一切躊躇ちゅうちょしないだろう。

 罪深い彼自身に大きな問題があった事は明白だ。
 だから罰を受けたのはある意味自業自得ではあるのだが──

 この場合、ザウロー家の立場はどうなるのだろうか?

「魔法協会ではこのような事態が起きた時、どう対処されるのですか?」
「単に市民が建物内に侵入した、という事であれば、何のおとがめもありません。一般市民を支部長室に招く事は良くある事ですし」

 俺が頻繁に招かれていた事からしても、他の支部でも行われている事なのだろう。

「しかし『精神魔法が使用された』となれば話は別です。この事は全魔法協会支部と国の最高機関に通達されます。というよりも……」

 どういうわけか、そこで言い淀んでしまうロルフ。
 だが意を決したように先を続ける。

「信じられないかも知れませんが、実は既に全ての連絡先に伝わっているはずです」
「既に伝わっている? 文書を発送したのでは無く?」
「はい。精神魔法が感知された時点で、全ての連絡先へ自動で伝えられるような仕組みがあるのです。私が支部長になってからは起きていませんが、実際にそういった記録がいくつか残されています」
「なるほど、そんな仕組みもあるのですね──」

 俺の反応を見て驚くロルフ。

「わたくしこの話を聞いた時、初めはなんてわかり易い冗談だと思ったものですが──ヒースさんは不思議に思われないのですか!?」
「あっ、ええ。とても不思議だと思います!」

 いつの間にか現代日本での常識で物事を考えていたらしい。
 元の世界ならスマホやPCなどで、世界中のあらゆる場所へ一瞬で連絡可能だ。
 今回の件はそれくらい、この世界の常識から逸脱いつだつしたものだった。

 しかしこの世界には既に『魔法』と『冒険者カード』という前例がある。
 これらの仕組みと基本的には同じはずだ。

「とても不思議ではありますが、実はその先の事を考えていまして」

 だが──
 魔法に対する俺の考察も、ロルフには伝えないほうがいいかも知れない。
 もしかすると協会のトップシークレットに抵触する可能性もあるのだ。

「その先、と申しますと?」
「伝わる情報の中身です。例えば精神魔法を使ったのがケビンだ、というような情報は伝わるのでしょうか?」
「私の知る限りですと、感知された支部の情報、使われた魔法、あと魔法使用者を識別する古代文字くらいだそうです」
「識別文字というと、オートグラフで表示される文字ですか」
「そうです。ですので個人の特定は可能ではあるのですが、冒険者カードが無いと無理ですね。ケビンは冒険者カードを持っていましたので、こちらで確認したところ、文字が一致しました。本人のカードで間違いないです」

 つまり今、ザウロー家は非常に危うい立場にいるという事だ。

「しかしこの状況をヘイデンが黙って受け入れるとは思えないのですが……」
「そうですね。多分彼の今までやり口から考えると、息子が何者かにけしかけられた、等と言い訳するでしょう。もしかすると既に別の後継者を立てているかも知れません」

 確かに今まで散々悪事を働いて来た連中だ。
 領主としては三流以下だが、悪知恵だけは一流かも知れない。

「とにかく追い詰められたヘイデンが何をしでかすかわかりません。ヒースさんもお気を付けくださいね」
「そうですね。私は大人しく、井戸の完成に力を入れていきます」
「なるほど、その方が宜しいかもしれません。今後ともお願いいたしますね」


 その後、後発のセレナやハンナも夕方頃には無事に町に到着。
 とりあえず協会で起きた出来事の概要を伝えている。

 セレナは少しだけ驚きはしたが、元々彼に対しては良い死に方など出来ないだろうと思っていたらしい。
 至って落ち着いたものだった。


 だがハンナは──友の死から全く立ち直れずにいた。
 これはもう、時間経過でしか解決出来ないだろう。

 他人からの無責任な慰めの言葉など、こんな時には何の意味も持たない。
 現実と向き合い、自分自身で折り合いを付けていくしかないのだ。



 とにかく怒涛どとうのような一日だった。



 守れた命もあったし、守れなかった命もあった。
 俺はこの世界を少し甘く見ていたと、今更ながら猛省するのだった。


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