Wild Frontier

beck

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第三章

禁忌

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「話を聞くだぁ? 誰が話があるなんて言ったよ?」

 ケビンの対応に対し、脇に控えていた配下の男が忠言する。

「お頭、元領主の娘を連れて行くのでは無かったので?」
「あー、そういやそうだったなぁ! すっかり忘れてたぜ!」

 『扉が開かない』事ですっかり当初の目的を失念していたケビンだが、一つ解決した事で本来の目的を思い出した。

 だがロルフにとっては、扉を開けた目的がまだ達成されていない。

「要求通り扉は開けましたので、まずそのご老人を解放してあげてくれませんか」
「老人? ああこのババアか。おいそこのお前! このままくたばっちまうと俺らの責任になっちまうから、どこか邪魔にならない所に捨ててこいや」
「へっ、へぃ」

 後方に待機している部下の一人が、タバサを引っ張って道の脇に連れて行く。

(人を『捨てる』だなんて……なぜこんな人物が領主の後継者たり得るのでしょう)

 ほぼ同い年に見えるヒースとの落差に、戸惑いを隠せないロルフ。
 魔法協会のような場所で働く人間にとっては、全く理解できない存在だった。

 それでも魔法協会にとって魔神シンテザ信奉者以外の人間はみな、同じ世界の住民である。公平に対応しなければならない。
 それが代々受け継がれて来た神からの指示であり、彼らの仕事でもある。

「要求通り解放したぞ。んじゃシアをこっちによこせ」
「彼女には町民たちの飲み水を確保する仕事を手伝ってもらっています。それは出来ません」
「仮領主代行様がこう言ってんだよ! つべこべ言わずにさっさと従えやっ!」
「彼女は前領主マティウス様のご指示により、町の窮状を救うために協会へ出向していただいています。まずはマティウス様のご許可を頂いてください」
「あーっ!? どいつもこいつも前領主ってよぉ! ったく親父はなんでこんなクソ面白くも無い町にこだわってんだろうなぁ。さっさと潰しちまえばいいのに」

 もちろんそんな事をしてしまったらトレバーどころかカークトンを始めとした、ザウロー家の他の都市の管轄権すら失ってしまう。
 それくらいの分別はあるケビンだったが、それも結局父に言われての事だ。
 ケビン本人が苦労して得たものではないので、真に理解しているとは言い難い。

「んじゃどうあっても無理ってわけだな」
「はい。申し訳ございませんが」
「わかった。んじゃ勝手に探させてもらうわ」

 ケビンはロルフの横を通り過ぎ、建物の入り口に向かう。

「そっ、それは困ります!」
「あんだぁ? 魔法協会ってのは、人によって扱いに差を付けるような不平等な組織だったのかよっ?」
「いえ、決してそういうわけでは……」
「んじゃ中に入っても構わないだろう。おいっ! お前たちもシアを探せ! 開かない部屋は職員共を捕まえて開けさせればいい!」
「へっ、へい!」
「いいかぁ? シアを見つけてもぜってぇ指一本触れるんじゃねぇぞ? そんな事したら獣人共のエサにしちまうからな!」

 ケビンの号令により走り出す手下たち。
 ロルフは、ほとんどど時間を稼げなかった自分の不甲斐なさを嘆くと同時に、少なからぬ期待も持っていた。

(これで少しは時間が稼げるだろうか──)

 魔法協会の内側へ入れるのは基本的に職員だけであり、一般市民はエントランス部分の巨大な待合室までしか入る事が出来ない。
 各種手続きを行う専用ルームに入室する場合には、職員が自らの冒険者カードを使ってロックを外さなければならないのだ。

「おらおめぇっ! この部屋を開けろぃ!」
「はっ、はい……」

 もちろん職員達がケビンの手下に反抗する事は無い。
 そもそも職員でなければ開けられないとは言え、通常の業務では一般市民も入退室可能な部屋だからだ。
 普段から、命を落とす危険を冒してまで抵抗しないように言われている。
 それはトレバー支部だけでなく、全魔法協会共通の通達であった。

 だが一部の重要な施設は、支部長権限でないと開く事は出来ない。
 それを全て調べるには、多くの時間がかかるだろう。

「お頭ぁ。なん箇所か職員にも開けられない部屋がありやして」
「あぁ? おいジジイ! それはどうやったら開けられるんだ?」
「部屋によって開けられる部屋と開けられない部屋がありましてな……」
「だからどうやって開けられるのか聞いてんだよっ!」

 思わず手を上げそうになったケビンだが、そこで思い留まる。
 魔法協会員にだけは手を出すなと、ずっと父に言われ続けて来たからだ。

(ったく……こいつらが一体なんだって言うんだよっ)

 あらゆる我儘わがままを貫き通してきたケビンも、領主である父に逆らうのは難しい。
 ロルフの話を黙って聞くことにした。

「権限によって開かない部屋もございます」
「っつう事はよ、支部長のお前なら全部開けられるっつう事だろう?」
「全てではございませんが……開けられる部屋もあります」
「んじゃそこに案内しろ。従わなかったら、さっきのクソババアをぶち殺すからそのつもりでな!」

 ロルフは彼の言葉に黙って従い、共に建物の奥に入って行った。




    ◆  ◇  ◇




「……こちらは協会や冒険者ギルドなどで使用する、各種機材を召喚する部屋になっておりまして……」
「んなこたぁどうでもいいんだよっ! ここにシアはいるのかいないのか!?」
「ですから彼女がどこに隠れているのかは、扉を開けてみない事には……」

 ロルフは時間稼ぎをするために、館内の案内を敢えて買って出ていた。
 シアにも同じ権限のカードを渡しているため、彼女がどこに隠れているのかは扉を開けてみないとわからない、と説明をしていたためである。
 そこで部下から報告のあった部屋を片っ端から開けて回っているのだが、彼は会話をする事で少しでも行動を遅らせようとしていた。

「おいてめぇ、なんかわざと時間を稼ごうとしてねぇか?」
「いえいえ滅相もございません」
「俺はよぉ、待たされるのが大嫌いなんだよなぁ。あまり妙なマネをしてくれてると、ストレス発散しないと収まらなくなっちまうぞ?」

 ケビンはそう言うと珍しい事に、腕を組みながら何事か考え始めた。

「ああ、そうか。おいお前ら、そのジジイからカードを奪え」

 部下の一人がロルフが持っていた冒険者カードを奪い、ケビンに渡そうとする。
 だが当のケビンはその部下を叱りつけた。

「ったくちげーよっ! そいつを持ってお前らが開かなかった部屋を全部調べてくりゃいいだけだろうがっ!」

 本人も今まで全く気付かなかったわけだが、それを省みるような人物ではない。
 彼は今までそこそこ頭の回る部下を常に控えさせていたため、大抵ケビン自体が気付く前に助言があった。
 だが今彼の近くには、指示を受けなければ動けないような人間しかいない。

 そんな状況を招いてしまったのも、全て彼自身の言動にるものである。
 今まで何人もの優秀な人材が周りにいたにも関わらず、その恩恵を感じるどころか時に遠ざけ、時に愛想を尽かされるような対応をして来たのだ。

 だが彼はそんな事実に気付けるほど、自分を客観視出来る人物では無い。

 イラつきながら待つケビンに、更に彼を不機嫌にさせる報告が入る。

「このカードで開けられる部屋は全部調べやしたが、誰もおりやせんでした」
「本当に隅々まで調べたんだろうなぁ!?」
「へぃ。テーブルや椅子の下まで調べやしたが、見つかりやせん」
「おいっジジイっ! これはどういう……」

 そこで彼は、以前魔法協会で冒険者カードを発行した時の事を思い出した。
 カードを発行する直前、奇妙な装置に自分の右手を近づけ──

「そういや、なんか手をかざす装置が付いている部屋があったよなぁ」
「へいっ。一階右奥のほうにそんな部屋がありやした」
「よし。そこに行くぞっ!」

 ケビン一行は手下の案内で回廊を進んで行く。
 彼らの後を付いていくロルフは終始無言だった。

「こりゃぁビンゴじゃねぇかぁ? このジジイ、さっきから一言も話さなくなったからなぁ」
「!?」


 ロルフは気取られないよう、極力努めていた。
 だがそのせいで、自分が無口になっている事に気付かなかったのだ。

 普段から人同士の騙し合いなどには一切縁のないロルフである。
 だからそれも致し方ない事だったと言えよう。


 何しろ、これから向かおうとしている部屋は協会の支部長室。

 まさにシアが隠れている部屋だったのだ。





    ◇  ◆  ◇





「じゃあ早速そこに手をかざしてもらおうか」
「お断りいたします」
「こりゃあ、もうここで確定じゃねぇかっ! いいからさっさとかざせっ! 従わねぇと、町民の頭を一人ずつかち割って行くぞ?」
「魔法協会の職員に対してこのような脅迫をしたという事実が知れれば、ザウロー家の立場が無くなりますぞ」
「まぁ既に脅迫まがいな事は散々してるんで、もう手遅れかも知れねぇが──」

 邪悪な笑みを浮かべるケビン。
 彼は部下達に指示を出した。

「おいお前ら。どうやら職員どもは襲っては来ないようなので、お前らはもう建物の外に出ていいぞ。どうせ魔法協会ここが怖くて仕方ねぇんだろう?」

 それを聞いた部下達は安堵の声を漏らし、建物の外へと逃げ出して行った。

 部下達を見届けた後、ケビンは再びロルフに向き合う。

「んじゃあよぉ、脅迫でなければいいんだよな?」
「一体何を──」

 ケビンは右手をロルフに向け、詠唱を始める。





── ᛈᛟᛏ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛈᛚᚨᛋ ᚠᚨᚱ ᚨᛚ ᚠᚱᚾᛉ ──





 魔法協会はヒースの推測通り、魔神シンテザと対立する立場にある。
 とは言え、その主な活動はあくまで書類作成や各種手続きといった事務的なものであり、普段の一般職員達に魔神シンテザと敵対しているという意識は無い。

 だが、支部長クラスになれば話は違う。

 彼らはその立場に就任する前、いにしえよりの習わしとして協会本部にて特別な教えを受ける。
 それは支部長としての薫陶とうくんであったり、協会の機材設置に必要な召喚魔法の訓練であったりと、その内容は多岐たきにわたる。

 ただその中には魔法協会の本来目的である『魔神シンテザ』自体に関する知識の習得も含まれていた。


 だからこそ理解出来たのだ。
 その魔法が、忌むべきものだという事を。


「その魔法はっ!!」
「あれ。魔法協会の支部長様ともなると、こんな妖しい魔法も知っているんだな」


 ロルフがその正体を明かそうとする直前に、魔法の効果が発現した。
 彼の目は次第にうつろになる。
 その瞳からは、意志はほとんど感じられなくなった。

(ったくこんな便利な魔法、使わない手はねぇっての!)

 ケビンはこの魔法を父が連れて来た魔術師からこっそり教わっている。
 それは父から精神魔法の習得を固く禁じられていたからだ。

 精神魔法は世間的に忌避きひされる魔法である。
 もし領主に連なる者の使用が世に知れてしまったら、領主の地位どころかザウロー家自体の存続が危ぶまれてしまう。


 ヘイデンはケビンが適切に使い分ける事など出来ないと踏んでいた。
 そしてそれは実際正しかった。


 一方、自分の思い通りになったケビンは上機嫌だ。


(一応人払いはしたし、ジジイもどうせこの状況を覚えてねぇだろうよっ!)


 ケビンの使った精神魔法は『混乱』である。
 一時的に意思決定力が大幅に下がってしまい、他人からの指示を無意識に受け入れてしまうという効果の魔法だ。
 またその影響か、効果中の記憶に欠損が生じる事も多い。


 ケビンはそんな状態のロルフにいくつか命令を出す。
 ロルフの動作はゆっくりとしたものだったが、ケビンの指示には全て従った。
 首を縦に振れと言われれば縦に、横に振れと言われれば横に。
 ロルフはケビンの魔法により、一時的に極度の意志薄弱状態に陥っていたのだ。

 そして問題がない事がわかると、ケビンはこう指示を出す。


「おいジジイっ! お前の右手をその台の上に置け」


 指示を受けたロルフはなかなか応じようとはしなかったが、結局三度目の命令によってケビンの命令に従い、生体認証用の台に右手を乗せた。
 手を乗せた途端、ロルフの体に電撃のようなものが走る。

「あがっ!」

 ロルフは電撃を食らった影響か、その場で倒れ込んでしまった。
 そんな彼に、怪訝けげんな目を向けるケビン。


「なんだぁこれは? でもこれでジジイ自らが扉を開けてくれたし、問題ねぇな!」


 ケビンは自らの手を汚さなかった事実に満足する。


 しかし彼は重大な考え違いをしていた。


 精神魔法の使用で最も危険なのは、その使用を他人に知られる事ではない。
 魔法協会は、魔神信奉者に対抗する為に作られた組織である。





 精神魔法の使用者を、そのまま見逃す事などのだ。





    ◇  ◇  ◆





 目の前の扉がゆっくりと開く。
 その部屋の奥には一人の少女が立っていた。

「やーっと会えたねぇ。シアちゃぁん」

 少女は、扉から現れた男の姿に恐怖する。
 ケビンは相変わらず上機嫌なのか、乱暴な言葉遣いはしない。

「親父の命令でさ、今まではわざわざずっと待ってたんだわ」
「なっ、何をですか」
「わかってんでしょう? シアちゃんが自分の意志でザウローに嫁ぐのをだよ」
「そんな事、天地がひっくり返っても絶対にしませんっ!」
「そうなんだよねぇ。俺は大人しく待っていたのにさー。なんかシアちゃんに、気になる男が出来たみたいで」

 シアの唇が引き締められる。
 もちろんそれは、本人にも自覚があったからだ。

「えーと誰だっけ? 愛しのヒースさまぁん、だっけ?」
「ヒース様は町を開発を手伝う技術者です。あなたには関係無いでしょう?」
「いやー、なんかこのままだとさー、俺のシアちゃんがヒースっつうどこぞの馬の骨にヤられちまうんじゃないかなって。居ても立っても居られなくてさぁ」

 しばらく黙っていたシアがケビンに言い放つ。

「あなたとヒース様を一緒にしないでください。あのお方はそういった事を無理強いするような殿方ではありませんっ」
ってか!」

 あれだけ気の強かった少女から初めて聞くその単語に、本気で驚くケビン。

「ああ……もういいよ。お前の姿見てたらもうヤりたくてうずうずして来たわ。要は無理強いしなければいいんだろ? それなら簡単だ」
わたくしが貴方に気を許す事など、絶対にありませんっ!」
「まーそうやって吠えてりゃいいよ。じきに汁垂らして自分から腰振りながら懇願するようになっからよぉ!」

 ケビンの右腕が上がり、てのひらがシアに向けられる。

「なっ、何をする気ですかっ」
「これ、めっちゃ便利な魔法でなぁ。どんな女でもムラムラきちまうんだよな。しかもどうやら感度が数倍になるらしくて、俺の女共に使ったらそりゃもう病みつきになっちまってな。引き離すのが大変なくらいさ……ぜってぇ満足すんぞ?」
「そんな魔法が……あなたそれって……」
「こまけぇこたぁどうでもいいんだよっ! 大人しく膜破らせろやっ!!」


 部屋の外が何やら騒がしい。
 だがこれ以上待てない彼は、禁忌きんきである精神魔法の詠唱を始める。





── ᛈᛟᛏ ᛞᛖ ᛚᚨ ᛈᛚᚨᛋ ᚠᚨᚱ




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