Wild Frontier

beck

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第三章

道徳/倫理

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 何か打開策が無いか考えていた所、再び小男の声が響く。

「あのさらって来た女も早々にくたばっちまったからなぁ! お前で埋め合わせしてやるよ!」
「今度はぜってぇ手ぇ出すなよ? 死んだ女の体に価値なんかねぇからな!」

 こんな状況におちいっていても、セレナは冷静さを崩さない。

「お前等の今の言葉は──メラニー殿を手に掛けたという事か」
「もちろんそのままぶっ殺しちまっちゃぁもったいねぇからよ、十分楽しませて貰ったがな! あんた程じゃねぇが、まぁまぁいい女だったからなぁ」


 (くそっ! 一歩遅かったか──)


 不可抗力とは言え、激しい後悔が俺を襲う。
 もっと事前にやれる事があったのではないか、と。


「──」


 普段冷静なセレナも、今回ばかりは言葉を失っていた。


(こいつらはもはや、人と呼べるような生き物ではない)


 すぐそばに居るゲルトに、反抗の意志は無い。
 つまり当初の思惑通り、セレナへ加勢出来る状況にはなったのだが──

 彼女の元に向かうべく一歩踏み出した途端、再び小男からの一言が。

「おおっと! それ以上近付くと、この姉ちゃんの命はねぇぞ?」
「ぐっ──」

 俺はその歩みを止める。


 仲間の命を犠牲にする事だけは、絶対にゆるされない。


「ヒース殿。ハッタリだ! こいつらは人身売買目的で人さらいをしている」
「そりゃ出来れば売っちまいたいけどよぉ、自分たちが死にそうな状況だってのに女の命を体を張って守ったりはしねぇよなぁ。騎士様じゃあるまいし」

 そう答える盗賊団の首領。
 もし俺が戦いに加わろうとすれば、戦力をぐためにセレナの命を奪おうとしても不思議ではない。
 それくらい彼女の剣術は、盗賊団にとっては脅威なのだ。

 実際にこいつらは何の罪もない女性の命をもてあぶような連中だ。
 何をしでかすかわからない。

 小柄な盗賊は、俺が動けずにいるのを見て気が大きくなったのだろう。

「はっはっはー! 俺もゲルトを倒しちまうような剣士様とは戦いたくねぇからな。それじゃとりあえずこの女を抵抗出来ないように──」


 一瞬の出来事だった。
 不意に空気を切り裂くような音と共に、何かが近くを通り過ぎる。


「カァッ、カハァァァァ……」

 声にならない声上げる小男の首に、短い棒状のものが突き刺さっていた。
 血飛沫を上げながら、その場に崩れ落ちる盗賊。


「この鬼畜野郎共っ!! なんであのがあんたらなんかにっ!!」


 茂みの中でずっとひそんでいたハンナ。
 彼女の発射した矢尻ボルトが、盗賊の喉元に命中したのだ。
 彼女は涙と怒りを隠そうともせず、潜伏先から身を乗り出す。

 セレナはすぐに自分の剣を拾い、左足を拘束するロープを斬り離した。
 罠の発動時に足へかなりの力が加わったようで、左足を引きずっている。

 俺は速やかにセレナの横に並ぶ。

「ハンナさん危険です。ここでハンナさんの身にまで何か起きてしまったら、メラニーさんも悲しむと思います。ここは私に任せてください」

 その言葉を聞いても彼女の表情は全く変わらず、ただ

「お願いします」

 とだけ呟いた。

 一気に形勢が不利になったのを見て、じりじりと後退する盗賊団の首領。


「セレナ。前に約束した助言を求めても良いか」
「ああ」
「こいつは斬っても問題無いやからか?」
「ああ。むしろ斬らないほうが問題だ」


 これからこの首領と戦うにしても、ハンナは近接武器を持っていないし、セレナは足を負傷している。
 盗賊の汚いやり口を考えると、彼女達を人質ひとじちに取ろうとしてもおかしくない。

「ちょっと危険なので二人とも安全な所にいてくれませんか」

 彼女達にそう伝え、俺は首領に一歩一歩近づく。
 女性二人は自らの立場を理解し、大人しく従った。

「というわけだ。投降するなら武器をその場に投げ捨てろ」

 しかし首領は女性達がこの場から離れたのを見て、小声でとある提案をしてきた。

「な、なぁあんた! ゲルトを倒せるくらいの腕があるなら、きっとケビン様が良い待遇を与えてくれる。いっそ俺らの仲間にならねぇか?」


(きっとこの世界じゃ、そんな話に乗る奴も多いのだろうな)


 仲間になるくらいなら死んだほうがマシだと本気で思う。

 しかし今は確認したい事があった。
 不本意ではあるが、敢えて興味を持った体で話を聞くことにする。

「ほう。どんな良い待遇をしてくれるんだ?」

 俺の態度や反応に一縷いちるの望みを持ったのだろう。
 首領の口調が途端に饒舌じょうぜつになる。

「そりゃあカークトンで一番の旅籠はたごでうまい飯は食べ放題だし、女だって望みのままだ!」
「嘘じゃないだろうな?」

 敢えて脅しをかける。
 敵対していた冒険者が、上手い話にそうそうホイホイ乗るわけが無いからだ。

 そして立場の弱い相手は、必死に延命の道を探る。

「本当だって! そこの女剣士クラスの美女だっていくらでも抱き放題だぜ?」
「そう言って俺をカークトンにおびき寄せて、そこで始末するって寸法か」
「そりゃ違いやすぜ! 大体ケビン様は元領主の娘をさらいにトレバーに向かってる所なんですぜ?」
「ほう……近くにいるのだな」

 聞きたかった情報は正にこの『ケビンの所在情報』だった。


(想定していたのと同じ行動だったが……こいつの言葉だけでは信用出来んな)


 結束力の弱い盗賊団だ。
 下っ端共に聞き込みをすれば、何かしらの情報は入るだろう。

「わかった。そういう事なら本人に確かめれば良いだけだ。取り敢えず命だけは助けてやるので、トレバーまで付いて来い」

 そう言って俺は剣を鞘にしまい、首領に背を向ける。
 もちろん右手は、剣のつかにかけたままだ。

 直後、背後で何かを持ち上げる音が──

「この馬鹿がっ!!」

 首領が声を上げた時には、俺の剣は完全に抜き放たれていた。
 振り向きもせず、後ろ向きのまま盗賊の腹部を一突きする。

「うあ……ぁぁ……」
「すまんな。お前らが生きるのに必死なのと同様、俺も仲間を守るために必死なんだ。恨むならお前自身の選択と、人生の巡り合わせを恨んでくれ」

 首領はその場で倒れ、そこで息絶えた。




(正当防衛とは言え……気分のいいものでは無いな……)




 この世に生きる多くの生命は、他の生物の命を奪う事で自らの命を繋ぐ。
 生産者である植物以外の生命はほぼ間違いなく、何らかの方法で他の生命の犠牲の上で生きている。

 そして自分だけではなく、自らの種の保存の為に他の生命を奪うものもいる。
 奪う対象は別の種であったり、増えすぎた自らの種であったりと様々だ。


 そこに道徳や倫理など存在しない。
 そもそも道徳や倫理など、人類が後付けで作り出したものだからだ。

 命を持つものは生きるために。
 そして種の保存のために、他の生命を奪っているだけに過ぎない。




 だから俺はこの世界に於いて、その単純な原則にのみ従う。




 今までの俺は、元の世界の道徳や倫理観に縛られていた。
 それはより多くの人々が幸せに暮らせるよう、必然的に生まれて来たものだ。

 つまり俺を縛るそれらは、
 それらの道徳や倫理を適用させるには、この世界はまだ未成熟過ぎる。




 だから俺はこの世界に於いて、その単純な原則にのみ従う。




 自分と仲間の命を脅かすものに対し、一切の容赦をしないという原則に。





    ◆  ◇  ◇




 建物の裏手にたたずむむ、一回り小さな小屋。

「うっ……うっ……」

 その場で泣き崩れるハンナ。

 結局、メラニーを助ける事は出来なかった。
 彼女は薄汚れたベッドの上で、服も着させられずに寝かされていた。

「すみません。外の見回りをしてきた後、またお迎えに上がります」


 女性の着替えを見続けていられるほど、無粋な男ではない。
 ハンナとセレナがメラニーの世話をする間、俺は外の警戒に出ることにした。




    ◇  ◆  ◇




 一通り見回ってみたが、特に誰かが潜んでいるという事は無いようだ。
 俺はふと思い出して、ゲルトと戦った場所におもむく。

 彼はなんと俺と戦った場所から一歩も動かず、その場に座り込んでいた。
 こちらを向いていたので俺の姿には気付いているはずなのだが、特に逃げ出す様子もなく、身じろぎ一つしない。

 戦闘中から感じていたが、彼は他の盗賊とは表情も雰囲気も全く違う。
 もちろん耳が不自由だったとしても、盗賊団の一員であったのだから罪はあがなうべきではある。

 だが、この純朴そうな彼の事情がどうしても気になった。

 結局俺はポケットから筆記用具を出し、筆談を試みる事にした。
 現代文字の文章にはまだあまり慣れていないのだが、旅の途中で練習した成果もあり、意思疎通が可能な程度には上達している。


 結論から言うと、ゲルトは俺よりも文章を書くのが上手だった。


 それによると、彼はメラニーが運ばれて来た事自体、知らなかったようだ。
 正面の建物とどこからか引き渡された獣人の世話を任されていて、裏手の小屋に行く事は禁止されていたらしい。
 耳が不自由なせいで、裏の建物で何があったのか気付かなかったのだろう。

 ゲルト個人の事が気になった俺は、盗賊団に入った経緯を聞いてみた。
 簡単に言うと以前護衛をしていた隊商が盗賊団に襲われ、そのまま捕まったのがきっかけだという事だった。

 商人と一緒に行動していた頃は文字を書ける者が多くいたので、報酬を安く叩かれる事以外は特に困った事は無かったそうだ。
 だが盗賊団に入った後は文字が書けるのが首領だけだったのもあり、剣術の腕を見込まれて首領の護衛をしていたらしい。


(この若者もある意味、この世界の犠牲者だったのかもな)


 俺は彼が所属していた盗賊団が何をしたのかを、包み隠さず正直に伝えた。

 彼は無辜むこの住民が自分の所属する盗賊団によって無残に殺された事実を知り、大声を上げて泣いた。
 盗賊団のボスからは金持ちの隊商だけを狙って自分たちが食べる分だけ稼ぐ、そんな集団だと聞かされていたようだ。

 ゲルトは自分がそんなひどい組織の手先でいた事に大きなショックを受け、自ら両手を突き出し、全面的に裁きを受ける事を誓うのだった。




    ◇  ◇  ◆




 盗賊の駐屯地に戻ると案の定、哀しみの色一色に染まってしまった。
 女性メンバーは全員、水の配給時にメラニーと交流があったからだ。

 最もショックを受けていたのはニーヴだ。

「なんで……なんでメラニーさんが……」

 彼女はメラニーに付けて貰ったイルカの髪飾りをずっと両手で押さえたまま、地面を向いてずっと嗚咽おえつこらえていた。


 気持ちはわかる。しかし──

 事は一刻を争う。


「みんな、つらい所申し訳ないが聞いてくれ。実はこの一件の首謀者、ザウロー家のケビンが今、トレバーに向かっているようなんだ」
「それは本当ですか!?」

 ベァナに焦りの色が見える。
 彼の異常性は、先日の話を聞いただけでも十分理解出来ているのだろう。

「ああ。元々は盗賊団の首領からの情報だったのだが、何人かの手下からも同じような話を聞けた。信憑しんぴょう性は高い」
「ザウロー家は収税時くらいにしか町に来ないって聞いていますが……」
「ああ。こんな短期間で何度も町を訪れるのは不自然だし、盗賊団も事前にそれを知っていた──どうやらケビンは、最初からシアをさらう目的で、盗賊団をけしかけたんだ」
「シアさんが!?」

 普段は何かといがみ合う事も多い二人だが、知人に迫る危機を黙って見過ごせるようなベァナではない。
 特にそれが自分と同い年の女の子なのだから、心中穏やかでは無いだろう。

 ニーヴの横でずっと大人しくしていたプリムも、知り合いに迫る危機に驚きを隠せなかったようだ。
 目を見開き、顔をこちらに向ける。

 もちろん今から急いで向かうつもりなのだが──
 足を負傷したセレナだけは同行させられない。

「すまんがセレナは盗賊護送の護衛を頼む」
「承知した。こちらこそ役立てず、すまぬ」

 彼女は自分が置かれた状況をしっかりと理解している。

「ハンナさん、セレナをよろしくお願いいたします」
「……はい」


 彼女は友人の近くに居たほうが良いだろう。


 それ以上喋る気力は無いだろうと思っていた。
 だがハンナはそんな思いに反し、絞り出すようにして言葉を繋げる。


「シアを……お願いです、シアを守ってあげてください。メラニーに加えてシアまでいなくなってしまったら、私はもう……」
「私もこんな思いをするのは二度とごめんです。必ず守ってみせます」
「お願いします……お願いします……」

 普段の彼女からは想像も付かないような、今にも消え入りそうな声。
 約束を守る為にも、とにかく急ぐ必要がある。

「俺達は急ぎ、トレバーに向かう。ベァナ、ニーヴ、プリム、一緒に来て欲しい」
「わかりました」
「りょうかいです!」

 ニーヴの返事だけが無い。
 見ると、彼女はまだうつむいたままだった。
 しかし──

 彼女もこのままでは何も解決しない事を理解したのだろう。



「……絶対に赦せないです。私も当然お供します!」



 俺達四人は荷物をまとめ、元の町トレバーへと急行した。


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仕事しながらなので大体土日に更新してます。
そしていつも眠いので誤字脱字大量にあるかも。ごめんなさぃぃ

現在プロットの大枠はほぼ終了し、各章ごとの詳細プロットを作成中です。
読んでいただいて本当にありがとうございます。

※ 11/20追記
年末に向けて本業が忙しく、ちょっと更新が滞るかも知れません。なるべく毎週一回は追加していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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