Wild Frontier

beck

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第三章

魔法協会トレバー支部

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 教えて貰った魔法協会は少し離れた場所にあるらしかった。
 幸いトレバーは交易で成り立っていた町なので、道幅は広い。

 俺達はそのまま馬車で向かう事にしたのだが……

 俺はいかにも自然な動きを装い、馭者ぎょしゃ席に近付く。

「見られているな」
「ああ。遠巻きにして我々を観察しているようだ。どうする?」
「相手が誰なのかも、その目的もわからない。少し様子を見よう」
「承知」

 観察者はそれほど多くはなく、恰好だけは町人風だ。
 武装などもしていないようだが……

 人相があまりよろしくない。
 老婦人が言っていた「乱暴な人たち」という言葉を思い出す。

(まあ面倒な仕事は、そういった奴等に任せるよな)

 そのまま何事も起きず、馬車は魔法協会に到着した。
 観察者らしき影をたまに見かけるが、特に数が増えているわけではない。

 セレナが荷台に顔を向け、小声で話をする。

「相変わらず観察者の目は多少あるが、特に襲っては来ないようだな」
「ああ。だが念のため皆は馬車で待機していてくれ。協会へは俺一人で行く」
「ヒース殿が降りた途端、襲って来るような事は?」
「無いだろうな。見た所非武装っぽいし、奴等は馬車にあと何人乗っているのかを知らない。そもそも魔法協会の真ん前でそんな大それた事をしたら、魔神信奉者と見做みなされて全員牢屋送りだ」

 魔法協会は特殊な組織だ。
 様々な国に拠点があるものの、国からは完全に独立している。
 魔法協会に喧嘩を売るような組織は、魔神シンテザの信奉者くらいなものだ。

「もし本当に魔神信奉者が襲ってきたら……馬車を置いて協会の建物内に入ると良い。後は協会員が勝手に退治してくれるからな!」

 馬車を降りた俺は、速足で協会の建物に入って行った。




    ◆  ◇  ◇




 トレバーの魔法協会も、その雰囲気はダンケルドと似たようなものだった。
 しかしそれは内装の感じが似ているというだけで、来客は誰もいない。

 受付とおぼしき小窓も閉じられたままだ。
 職員がいるかも分からない状況だった。

 こんな時の行動は──もうこれしかない。

「すみませーん。シアさんという方はいらっしゃいますかー」

 しかし暫く待っても反応が無い。
 仕方が無いのでもう少し大きな声で

! ──」

 そこまで声を上げた所で、受付の小窓が乱暴に開く。

「ちょっと大きな声を出さないでください! というかどちらさんですか!!」

 小窓から仏頂面の女性職員が見えるが、顔はそっぽを向いていた。
 なんというか、見たくもないという印象を受ける。
 どう考えても歓迎されていない様子だ。

「タバサさんというご老人から、シアさんのお手伝いをしてくれと頼まれまして」
「そんなもの、うちじゃ頼んで無いわよ! あんたらはいつもそうやってロクでも無い事ばかり企んで、いい加減に……」

 受付職員がそう言って小窓を閉めようとする。
 それと同時に、奥から落ち着いた男性の声が聞こえて来た。

「ハンナくんどうしたのかね? 来客でも?」
「いえ。例の馬鹿息子の嫌がらせで」
「私にはそうは聞こえなかったのだがね……お客人。少しだけお待ちを」

 その声はすぐに聞こえなくなる。
 どうしたものかと暫く待つと、受付横にあるドアがおもむろに開いた。

「失礼いたしましたお客人。私は魔法協会トレバー支部長のロルフと申します」

 彼は俺を見て少しだけ驚いたような表情を見せた。
 しかしそれはほんの一瞬だけで、会釈の後は再び落ち着いた表情に戻っていた。

「ヒースと申します。突然の来訪でご迷惑を掛けたようですね。申し訳ない」
「とんでもない。魔法協会の門戸は基本的にどなたにでも開かれています。ただ今は御覧の通り、町が大変な状況にございまして──」

 彼の言う大変な状況というのは、一体何を指していたのだろうか。


 渇水についてなのか。
 それとも怪しい人物が跋扈ばっこする現状についてなのか。


「とにかくタバサさんからの紹介との事。一度お話を伺わせていただけますか?」

 彼はそのまま別の部屋へと俺を案内する。
 部屋には魔法が掛けられていたようで、彼が右手をかざすと扉が開いた。


(相変わらずここの施設だけは異質だ。まるで生体認証ではないか)


 俺は一抹の不安を感じながらも、案内されるままに部屋の奥に入って行った。




    ◇  ◆  ◇




 案内された俺はロルフに気取られぬよう、それとなく部屋を観察する。
 特におかしなものは見つからない。

 見た目でわからないのならば、言葉で聞くしかないだろう。
 俺は部屋のセキュリティについて、それとなく話を振ってみた。

「しかし認証しないと入れないとは、防犯対策がしっかりされているのですね」
「ああこの部屋ですか? 詳しい事はお話出来ないのですが、対立する組織からの攻撃に備えてこうなっているそうです。どの支部にも同じような設備がありますね」
「そうなんですか」

 対立する組織と聞いて、真っ先に魔神信奉者達を思い浮かべた。
 その一味であるマラスも、魔法協会を目の敵にしていたからだ。
 そして彼の態度からすると、何かしらの機密事項があるのは確かだ。

 俺に対して警戒している印象はない。
 とは言っても、あまり根掘り葉掘り聞くのは不審がられるだろう。
 俺はここに来る元となった老婦人の話に切り替えた。

「そうでしたか! タバサさんをお助け頂き、本当に有り難うございました」

 俺は支部長であるロルフに、タバサさんの現況や事の経緯を一通り伝えていた。
 彼は話の最中ずっと嬉しそうに聞いていたのだが、話が終わると感謝言葉と共に深々とお辞儀をしたのだ。

(魔法協会の支部長という事はこの施設のトップ、という事だよな?)

 そんな人物が一介の旅人に頭を下げる事実に、正直俺は戸惑っていた。

(国も介入出来ない程の組織だと言うのに、この丁寧過ぎる対応は何だ?)

 魔法協会に関しては奴隷や冒険者カードの件もあり、個人的にはかなり警戒している組織の一つだ。
 これだけの権限を持つ組織なら、やり方によっては世界制服だって可能だろう。

 だからこそ彼の態度には拍子抜けもしたし、その対応にも困っていた。
 とりあえず、ひとまずは場の雰囲気に合わせてみる。

「頭をお上げくださいロルフさん。困った時はお互い様だって言うじゃないですか」
「困った時はお互い様……我々もそのような気持ちでおれば、もしかしたらこんな事には……」

 俺に言われた通りに頭を上げ、そのまま天井を仰ぐロルフ。
 そしてそう語る彼の瞳が、みるみるうちに涙で溢れる。

 その態度はどう考えても演技には見えない。

(もしこれが全部演技だったとしたら……アカデミー賞全部門総めだぞ)

 そんな俺の気持ちなどお構いなしに、ロルフは自分の事を語る。

「情けない姿をお見せして申し訳ない。タバサさんは私が幼少の頃、大変世話になった方なんです。良く彼女の果樹園に行っては友人のマティウスと一緒に果物をいただいたりしましてね。本当に懐かしい思い出です」

(マティウス? どこかで聞いたような……)

「マティウスさんって……もしかすると……」
「はい。前領主のマティウス・ウェ-バーです。私と彼は物心付いた時からの、長年の友人同士でした。少なくとも私にとっては、今でも」

 俺は目の前の支部長に対する認識を改める必要がありそうだ。


 おそらく彼が今迄見せてきた態度は、全て本物。


 根拠があるわけでは無い。
 ただ俺の勘がそう告げているだけだ。


「タバサさんにお聞きしました。ザウロー家によって扇動されたと」
おっしゃる通りです。元々トレバーは水が不足しがちな町だったのですが、ヘイデンはそれを利用してマティウスを領主から引きずり下ろしました」
「新規入居者を中心に前領主への不満が多く出ていたようですが」
「そうですね。この町はマティウスが領主になってから大幅に収益が伸びました。それでトーラシア各地からの移民が増えたのですが、その中には既にヘイデンの手の者も混じっていたようで──」

 間違いない。
 ヘイデン・ザウローは初めから領地を奪うつもりだったのだ。

「なるほど。それとごろつき連中も妄言もうげんを広めていたとお聞きましたが」
「それもヘイデンの手の者ですね。妄言を広めたというよりは、トレバーの治安をわざと悪化させていたようです。収監されても、ヘイデンが領主になれば晴れて自由ですからね」
「もしかして……町中で見かける連中も?」
「やはりお気づきになられましたか……そうなのです。しかもマティウスの統治時に、一度捕まっていた連中も多くいます」
「それって犯罪者を野放しにしているという事ですよね!?」
「はい。ヘイデンは町を『生かさず殺さず』の状態にしているのです」

 仮とは言え、領主にあるまじき行為だ。
 守るべき領民を率先して苦しめているのだから。

 しかしこの悪徳領主は、とにかく金に異常な執着を持っていると聞く。
 今は仮統治かも知れないが、ゆくゆくは完全に自分の領地になるのだ。

「ロルフさん、なぜヘイデンは自分の税収となる領地を痛めつけるような事をしているのでしょう? これでは税収が下がってしまうと思うのですが」
「それはですね、多くの土地がまだザウロー家のものではないからです」

 これだけの人が脱出しているのに、誰も土地を手放していないという事か?

「皆さんまだ土地の処分はしていないという事ですか?」
「いえ。町を出て行った人々は皆、土地を手放しています」

 という事は、ヘイデン以外の者の手に渡ったという事だろうか?

「税金が払えない場合、持っている土地を誰かに売ってその代金で支払うか、土地をそのまま領主に返納するかのどちらかになります。前者の場合、高く売れれば差額が手元に残りますが、税額より売値が低いと未払い分が発生してしまいます」
「税金未納状態になるわけですね。その場合、その方はどうなるのでしょうか?」
「税金未納者は生活力が無いとみなされ、『奴隷』となります」

 ここでもまた奴隷。
 というか奴隷と言ったら、そもそもこの魔法協会で管轄している分野ではないか!
 支部長なんていう肩書があるなら、どうにでも出来そうなものだが──

 しかしそこでメアラの言葉を思い出す。

(魔法協会の職員は、神の教えをそのまま守るだけの団体です)

 町や友人の為に悲しむ事の出来るロルフが、善人なのは間違いないだろう。

 しかしそのロルフが何も行動出来なかったという事は、組織の一員として口出し出来ない状況にあるのか、そもそもそんな権限など無いかのどちらかであろう。

 俺は複雑な思いを胸に秘め、そのまま彼の話に耳を傾けた。

「トレバーは渇水とヘイデンの悪評のせいで、土地が全く売れないのです。結局税が払えない多くの農園経営者は仕方なく『領主への土地返上』を選択しました」

 なるほど。
 トレバーから住民が相次いで脱出したのは、それが直接の原因だったのか。

「しかし領主に土地を返上したのなら、全てヘイデンのものになるのでは?」
「ヘイデンはあくまで『仮領主』の立場なので、返納された土地は現状だとウェーバー家名義になっています。正式な領主になるのは仮の統治開始から一年後ですね。ヘイデンはそれを待っているのですよ。返納された土地が一銭も金をかけずに、全て自分のものになる、その時を」

 買えばすぐに自分のものになるというのに、タダで手に入れたいがために町の評価をわざと落として買われないようにし、時間を稼いでいるという事だろう。

 『地上げ屋』ならぬ『地下げ屋』と言ったところか。
 なんとも姑息こそくだが、いかにも金の亡者が考えそうな悪知恵だ。

「色々と聞いてしまって申し訳ないのですが、ヘイデンが正式な領主になるのはいつ頃ですか?」
「マティアスは去年の年末に辞任したので、あと数か月くらいですね」

 時間的な余裕は少しある。
 それならば。

「一点お願いがあるのですが、宜しいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「土地を仮領主に渡さずに済むような規約があれば教えて頂きたい」

 渋い表情を見せるロルフ。

「この件については連邦政府が決めた規約なのですが、詳細までしっかりと明文化されているものではないのです」
「それは連邦政府の一存でなんでもあり、という事でしょうか?」
「大枠は決まっています。例えば領主が辞任した後の流れや、後継者を立てるときの規約など。ただ特例措置が認められる事があるのも事実です」
「その特例措置というのが明文化されていないと?」
「そうです。でも一度認められた特例はその後も認められるというのが普通です」

 いわゆる『判例』のようなものだろう。
 法律でカバー仕切れない部分の解釈がされた実例として非常に重要なものだ。
 しかし実務上は有用だが、一度なされた判例を覆すのが難しいというデメリットもある。

「過去の特例を元に連邦政府に働きかけるのは十分有効です。一応協会は契約関係の手続きをしている都合上、過去の記録は残っておりますが──」
「なんとかお調べ頂けないでしょうか」
「私は今までこの現状をどうにかしたいと思いながらも、立場上どうにも出来ない事だと思っておりました」

 やはり職員である事によって、何らかの制限があるのだろう。
 俺はふと、自分の魔法に課せられた認可情報パーミッションを思い出す。

 変えられないものにいくら文句を並べた所で、何も変わりはしない。
 あるものだけで何とか切り拓いていく。
 未開地フロンティアの開拓には絶対必要な精神だ。


「困った時はお互い様。互いが支え合えば好転するかもしれない。ヒースさんのお言葉で少し目が覚めました。是非調べさせてください!」
「とても有難いです。宜しくお願いいたします!」


 そしてロルフが思い出したように一言。


「あとタバサさんからのお願い、私からも是非お願い出来ませんか?」


 そこで自分は、本来の目的をすっかり忘れていた事に気付く。
 住民に飲み水を提供する、シアという女性を手伝う為に来たのだ。


「我々の仲間に優秀な水魔法使いがおります。彼女も協力を望んでいます」
「それは良かった。きっと彼女は大喜びでしょうね」


 ん?
 水魔法を使うのはだと言ったはずなのだが。


「ひとまずシアさんをご紹介いたしますね」
「よろしくお願いいたします」


 ロルフの言葉に一瞬、違和感を感じた。
 その時は協力者の代表だから喜ぶのかと思っていたのだが……



 その理由が別にある事を、俺はこの後知ることになる。



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