Wild Frontier

beck

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第二章

The Way

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「ヒース殿、こちらの準備は整った。我々もそろそろ発とうか」
「了解だ」

 セレナにうながされ、俺達は馬車に乗り込んだ。

 トレバーはダンケルドの西方にあり、馬車で約一週間程度の距離にある。
 馬車が町の西門に差し掛かった頃。


「待ってくださ~い!」


 遠くから聞こえる、聞きなれた少女のような声。
 馬車の後方を確認したベァナが叫ぶ。


「メアちゃん!?」


 魔法使いの弟子、メアラだった。
 胸に何か本のようなものを抱えている。

「セレナさん、馬車を止めてくれませんか!?」
「承知」

 俺はすぐに馬車を降りて、メアラの元に駆け寄った。



    ◆  ◇  ◇



「間に合って良かったです!」
「メアラ、忙しかったんじゃなかったのか?」
「はい。これを渡そうと思って、ずっと頑張ってました!」

 メアラはそう言うと、一冊の本を俺に差し出した。

「これは?」
「ボクの知っている魔法の知識をまとめた、魔法の専門書です」
「もしかして、忙しいってこれを作ってたのか!?」
「はい。ヒースさんは工房にいらっしゃってからずっと、きちんとした魔法の勉強をしたいっておっしゃってたじゃないですか? でも色々な事に首を突っ込み過ぎてお忙しそうだったので」

 メアラはたまに悪気なく、容赦のない物言いをする。
 後ろでベァナの笑い声がした。

「まぁその通りだ」
「工房にある本って個人が書いた専門書が多いせいか、なんだか読みづらい本ばかりだって以前から思っていたのです」
「確かに専門用語が説明なしで書かれていて、ベァナやメアラの助けが無かったら読み解けない本ばかりだったな」

 特に魔法を生業なりわいとしているメアラの助言は非常に助かった。

「そうなんです。それで前にヒースさんが辞典みたいなものは無いのか?って言われて、それ面白そうだなと思いまして」
「それで作ったのか」
「はい。自分で言うのもなんですがなかなか良い出来だと思いまして、それで是非ヒースさん使って欲しいなって」
「これを書き上げるのはさぞかし大変だったろうに……いいのか?」
書写スクリプションの訓練でもう一冊作りましたので大丈夫です! それで……ちょっとお願いがあるのですが」

 メアラがお願い事をするなんて珍しい。

「俺に出来る事なら、なんでも」
「簡単な事です。もし師匠に出会えたら、その本を見てもらうようお願いしていただきたいのです」
「それくらいお安い御用だ。見せるだけでいいのか?」
「はい。以前から師匠に言われていたのです。魔法使いにも色々なタイプがあって、向き不向きがあるって。だから自分に合ったスタイルで魔法を極めなさいと」


 メアラは自身のマナ量の少なさにコンプレックスを持っていた。


 この世界の『魔法』は、使えば使うほど、より強力な魔法を使えるようになる。
 そして上位の魔法になるほど、必要なマナ量が多い。

 ベァナの使う『解呪』がいい例だ。
 メアラはベァナより長い年月修業をしているが、いまだ解呪を使えない。

 それはエリザ達に『縛呪』を施していた魔術師、マラスも同様である。
 彼は自分のマナ不足を補うため、他人のマナを不正利用して魔法を行使した。
 そんな彼もまた、メアラよりも更に大きな劣等感を抱いていたのだ。

「マナ保有限界の少ないボクには難度の高い魔法や召喚魔術はたとえ仕組みを理解出来たとしても、一生扱えないかも知れません。でもボクはヒースさんの物事の捉え方を身近みぢかで見ていて思ったのです。知識や技術に限界は無いのだな、と」
「そんな大した事はしてないと思うのだが」
「ヒースさんからは色々な物を得られていますよ。わかり易い所ですと魔法イメージと原理の話です。マーカスさんの工房で聞いた熱と風の話、ボクはあの話を一生忘れる事はないでしょう」

 今まで見聞きした情報から、俺は一つの魔法理論に関する仮説を立てていた。
 そして俺の仮説を最初に理解し、実際に使って見せたのがメアラだった。

「ボクは魔法実技を磨くのではなく、今後は魔法理論について研究する事にしました。一時は魔法の勉強を辞めて故郷に帰ろうかと悩んでいた事もあるのですが、ヒースさんとの話で進みたい道が見つかりました」
「そうか。役に立ったのなら嬉しいな」
「役に立ったなんてもんじゃありません! ボクにとってヒースさんは第二の師匠のようなものです。本当ならボクも同行したいのですが……それではティネ師匠にしかられに行く旅になってしまいますので」

 いつもにこやかなメアラの顔に、少しだけ寂しげな色が見えた。

「ダンケルドには友人が沢山いるんだ。きっとまた立ち寄る事もあると思う」
「はい、いつでも来てくださいね。多分ボクは数十年経ってもあまり変わっていないハズなので、すぐにわかると思いますよ!」
「それだけ時間が経つと、メアラが俺を認識出来ないかも知れないな!」

 すると横で話を聞いていたベァナがメアラの手を両手で掴む。

「メアちゃん、また一人にしてしまってごめんね」
「あはは、大丈夫だよベァナちゃん。元々ボクは一人で暮らしてたんだから」

 そう言いながらも、メアラの目には涙が浮かんでいた。
 ベァナはそんな彼を両手で抱きしめる。

「きっとヒースさんと一緒に戻って来るから」
「そうですね……その時はまたみんなでお茶、しましょうねっ」





    ◇  ◆  ◇





 この町ダンケルドで出会った数多くの友人達。

 ある者は町に残り、ある者は別の道を行った。


 そしてそのどちらでもなく、同じ道を行く新たな仲間。
 仲間たちは黄金こがね色に光る農地の中、馬車に揺られている。


 馭者ぎょしゃを務める剣士のセレナ。
 そして周囲の風景を飽きずに見回している、二人の少女。
 すこしおっとりした感じのプリムと、賢く品のあるニーヴ。
 みんなそれぞれが違った道を歩んでいたはずなのに、何の因果いんがか今は共にいる。


 人の縁とは本当に不思議なものだ。


 今回ダンケルドにおもむいたのは、魔導士ティネに会うためだった。
 それはこの世界について、現状最も良く知ると思われる人物が彼女だからだ。
 魔法や魔物、そして魔法協会にまつわるあらゆる謎。
 メアラに聞いた話から、彼女が何かしらの知識を持っているのは間違いない。

 ただ今回ダンケルドで起きた数々の出来事を通じて、俺は俺なりにこの世界の仕組みについて、幾つかの仮説を立てていた。

 一つは魔法。
 結論から言うと……



 魔法は決して物理法則を無視したあやかしのたぐい



 これについては俺が立てた仮説をメアラが実証してくれた。
 何らかの法則を元に稼働する、一種のシステムのようなものだと考えている。
 どういった仕組みで働くのかまではまだわからないが、その仮説を元に今後も検証を進めていくつもりだ。


 もう一つは今回の事件に深く関係した組織。
 魔法協会。


 俺の見立てによると、この組織は少なくとも現代に作られたものではない。
 ベァナに聞いた神話が真実ならば、多分その時代に作られたものだ。

 そしてそれは俺の予測では……




『戦争を効率的に行うための組織』




 魔神信奉者と魔法協会が対立しているのは事実である。
 マラスが話していた内容とも合致する。

 魔神シンテザとそれ以外の神々との闘い。
 それはそのまま魔神信奉者と魔法協会の対立と同じ構図だ。
 魔法協会は神々が闘っていた時代からずっと、組織を維持し続けている。

 そして維持してきたのが奴隷制度、専属契約、冒険者カードといった仕組み。
 これらはそれぞれ、一見全く関連の無いものに見える。
 しかし今回の騒動を通じてそれぞれの仕組みについて調べたところ、それらの持つ名称と実際の役割に大きな乖離かいりがあるという印象を持った。

 例えば奴隷制度。

 奴隷は通常、隷属する時に金銭が発生する。
 いわゆる人を商品として扱う、人身売買という人道にもとる行為だ。

 しかし魔法協会のそれは隷属時には金銭のやりとりは一切行われず、解放時に多額の費用を要求される。
 人身を売買するというよりも、身代金の要求に近い。

 奴隷が場所移動を制限されるという点も不可解な点だ。
 本来奴隷達は鉱山や工事現場、船の漕ぎ手といった、都市部から離れた場所で従事させられる事も多い。

 しかしこの世界の奴隷は移動制限がある為に、出来る仕事まで制限されている。
 これでは労働者としての価値は大きく下がってしまう。


 俺はこの仕組みと同じものが、元の世界に無いか考えてみた。
 そして思い当たったものがある。


 戦争捕虜。


 捕虜になると所持品が没収され、自由な行動が制限される。
 人道的な扱いを要求されるが、解放には保釈金が必要となる。


 多くの点で非常に合致する。
 そしてこの事実こそ、奴隷制度が元々は捕虜を扱う仕組みだと考えた所以ゆえんである。


 荒唐無稽こうとうむけいな話かもしれない。

 ただ、更に詳しく調べる為の手がかりはまだまだある。

 一つは協会が発行した『魔法カード』。
 実はメアラが作ってくれた専門書に、それに関する魔法が記載されていた。
 まだ目を通してはいないが、調査に役立ってくれるに違いない。

 幸いな事に旅の道中、多くの時間が取れそうだ。
 追々調べていけば良いだろう。


「ヒースさん。また考え事ですか?」


 少し小首を傾げて覗き込むベァナ。
 最近間近で見る事もあまり無かったが、その綺麗な顔立ちにドキリとする。

「ああそうだな……あのなベァナ」
「はい?」
「ベァナはこの世界が好きか?」
「えーと……好きも嫌いも、私はこの世界しか知りませんので!」
「まぁそりゃそうだな」

 ベァナは何か考え込むような表情をする。


「ヒースさんは、元の世界のほうが好きなんですか?」


 当然の質問返し。
 比較出来る世界を知っている人間なんて、異世界人の俺しかいないのだ。


「うーん、そう言われると難しいな。元の世界にもこちらの世界にも、どちらにも大切な人がいる」
「元の世界の大切な人って……恋人さんとかですか?」
「残念ながら元の世界に恋人なんていなかったな! だから大切なのは家族、友人、そして相棒だ」
「恋人はいらっしゃらなかったのですね……それで、相棒とは?」
「小さい頃から一緒に冒険していたシロっていう犬なんだ。一番心配なのはそいつの事だな」
「そうですか」


 色々と大変な事や理不尽な事も多い。
 しかし俺は総じてこの未開の地Frontierを気に入っている。


 ただ唯一の心残りが……シロだ。
 目まぐるしく過ぎていく日常の中でも、彼女を片時も忘れた事は無い。




「それじゃあ、こちらの世界で大切な人っていうのは?」




 俺は生粋の日本人だ。
 ストレートな表現なんて出来やしない。

 日本人らしく、なるべく婉曲えんきょくな表現で気持ちを伝える。

「そんな……本人を目の前にして言えるわけないじゃないか」
「本人って……セレナさんですか!?」

 なぜにそうなる!?
 しかしふとベァナを見ると、彼女は満面の笑みをたたえていた。

「なぜ笑っているんだ?」
「うふふ、内緒です!」


 彼女に俺の真意が伝わったのかどうかはわからない。

 でも一つだけ確実な事がある。



 それはベァナがこの瞬間、そばにいてくれているという事実。



 こんな危険に満ちた世界で、どこの誰ともわからない俺を無償で支えてくれた。
 彼女がどう思っていようが、共に行動してくれた事実に変わりはない。


 ベァナはもう、俺にとって大切な相棒なのだ。


 もし今すぐに元の世界に無事戻れたとしても……
 俺の喪失感は半端の無いものとなるだろう。

 それに今はベァナだけではない。


 正義感が強く頼りになる剣士セレナ。
 何も持たざる状況から懸命に抜け出そうとするニーヴとプリム。


 何の因果か一緒に旅をする事になったが、それも必然だったのかも知れない。


 彼女達は理不尽なこの世界でも、たくましく生きてきた。
 まるで誰の助けも無い荒れ果てた土地で、必死に生き抜こうとする人々のように。


 俺はそんな彼女達の姿を自分の姿と重ねていたのかも知れない。
 俺もまた、何も無い世界に一人放り出された身だったから。


 ただ、別世界から来た俺と仲間達とでは置かれている状況が違う。


 俺が目指すものの先にあるのは、きっと世界の真実だ。
 この世界へ疑念を持ってしまった以上、俺は進む道を変えられないだろう。


 だが果たしてそれは、彼女達の望む未来にも繋がる道なのだろうか?
 もしかすると、進むべき方向が違っているのでは無かろうか?




 いや。
 今は難しい事を考えるのはよそう。

 とにかく今は、今だけは同じ目的地を目指している事に相違ない。

 それがとても嬉しく、そして心強かった。
 今はそれでいい。



 馬車の後方から、滞在していた町ダンケルドを眺める。
 そこには初めてこの地を訪れた時と同様、巨大な一枚岩のような防壁があった。



 しかし馬車が進むにつれ、岩は次第に道の彼方かなたへと消えていった。






 ……三章へ続くto be continued
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