Wild Frontier

beck

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第二章

人生の選択

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「皆さんこの度は本当にありがとうございました」

 今回の件で改めてお礼をしたいという事で、カルロの屋敷に呼ばれていた。
 役所での手続きが終わった今は、エリザの屋敷と言うべきか。

 今日は実際に解呪を行ったベァナ、そして俺とメアラの三人で訪問している。
 応接室でお茶を飲みながら、エリザから今後の事について話を聞いていた。

「農場を続けるか迷っていると?」
「はい。管理者達は全員農場を続けたいという意見で一致していました。そこで次に奴隷の方々全員に集まっていただき、まず今までの待遇についてお詫びしたのです」

 エリザはテーブルに目を落としながら続けた。

「正直な所、恨み辛みの声ばかりだろうと覚悟していたのですが、皆さん文句のひとつも言わずに」
「それは意外ですね」
「それでアーネストさんからのご提案についてもお話ししたのです。もし希望するなら、うちではなくアーネストさんの農場に移っても良いです、と」

 アーネストは従業員、奴隷に限らず、カルロ農場で働いていた者については誰でも受け入れると伝えていた。

 誰から見てもアーネストの農場のほうが待遇が良い。
 そして今まさに、その企業からオファーが来ているのだ。
 普通だったら間違いなく転職する。

「ところが誰もそれを望みませんでした。元のような農場に戻るんだったら、自分たちはこのままでいい、と」

 ベァナとメアラは何も言わず、話に耳を傾けていた。
 そしてエリザが意外な一言を漏らす。

「私はそれがとても不安なのです」
「どうしてです? 皆さん元の農場目指して頑張ると言ってくれているのに?」
「彼らが残ると言ってくれたのは、きっとあの頃の農場の記憶と、カルロ様への恩から来たものです。私にはそういった実績がありませんし、カルロ様やアーネスト様のような力が私にあるとも思えないのです」

 農場主という責任ある立場に不安を感じているのだろう。

「うーん、それはどうでしょうね。多分ですがエリザさんが農場を受け継いだから、皆さんも続けるとおっしゃっているのだと思います」
「そうなんでしょうか」
「役所での話を聞いていて思ったんです。エリザさん程、カルロさんの思いを引き継いでいる人はいないだろうって。生まれた時から農場を見てきたわけですよね?」
「そうですね」
「そしてその後、カルロさんが健在だった時もエリザさんは一緒に働いていたのですから、皆さんその姿を覚えていないわけがありません」

 後継者が全くの新任だったらこうは行かないだろう。
 事業や物事の引継ぎというのはそれだけ難しい。

「カルロさんの業績に関しては、私は直接見ていないので良く分かりません。しかしアーネストさんの農場については、それこそ本当に隅から隅まで見て来ました。農場自体もそうですし、そこで働いている人々まで」

 アーネストの農場を見学した時に分かった事。
 それは……

「それで一つ分かった事があるんです」
「分かった事ですか?」
「はい。それはですね、農場はあるじだけでは回し切れないという事です。もちろん人手という意味ではありません。才能や発想という面で、です」
「才能や発想……」
「アーネストさんの農場で発明された脱穀だっこくの農具について話を聞いたのですが、それは一人の従業員が発案したものだったそうです。またお店のコンセプトや内装については娘さん達が考えたものでした」

 そして彼らは以前から、商品開発なども積極的に行っている。
 俺達とアーネストを結び付ける元となったのもその中から生まれたものだ。

 名も知らぬ商人から譲り受けた、たった一本のチーズの瓶詰。
 ちょっとした会話から繋がった、数奇な縁。

 そんな小さな瓶ではあっても、そこには生産者達の努力が詰まっている。
 そうして生み出された発明や商品が、人と人とを繋げていく。

「もちろんアーネストさん自体も頭の良い方で、自身でも色々な事にチャレンジしています。でも実際に彼の農場で行われているもののほとんどが、彼以外の人によって生み出されたものばかりなのです」
「でも今まで私たちは、作った作物を売るという事しかして来ませんでした。アイデアを出せるような人材も、形に出来る技術もありません……」

 確かにアーネストの農場はアイデア満載で特殊な存在かも知れない。
 しかし物事の本質は、そこではない。

「アイデアとか技術力って、いざ生み出そうと思ったって生まれるものではないのです。アイデアに必要なのは様々な視点ですし、技術力は正直、試行錯誤と実践の積み重ねです。決して一人だけで成し遂げられるものではありません」

 人の思考は十人十色である。
 一人の人間の正解が、他の人の正解と同じであるとは限らない。
 こんなバラバラな意見の人々が集まって出来ているのがこの世界なのだ。
 独りよがりの考えで成功を収められるほど、この世の中は甘くはない。

「別に何か新しい事をしなくちゃって思わなくてもいいと思います。単純に『買ってくれる人たちの利益』を考えながら『農場の利益』を見つけて行けば、多分道を見失わずに、何かしらのアイデアが生まれてくると思いますよ」
「道を見失わずに……」

 エリザなら、その言葉の意味するところをきっと分かってくれるだろう。

 カルロは農場で働く人々、つまり身内の幸せをひたすらに追求した。
 もちろんそのこと自体は素晴らしいと思う。
 特にこの世界の理不尽な仕組みにあらがうその姿勢は、尊敬に値する。

 しかし自分たちで生み出した商品がどういう結果を生み出すのか?
 彼はそれを疑いもしなかった。
 その結果、自分たちが作ったものを、自身の身で理解する事になってしまった。

「そうですね……わかりました。農場のみんなで頑張っていきたいと思います」

 長い間、耐えがたい苦しみに耐えて来た彼女と従業員達の事だ。
 きっとどんな苦難でも乗り越えられる。

「ああ、アーネストさんは積極的に頼ってくださいね。彼はエリザさんへの協力は惜しまないと言ってくれています」
「私もそう言われたのですが……そんなご厚意に甘えて良いのでしょうか?」
「いいんですよ。そもそも彼の農場で今後取り入れる予定のアイデアは、ほとんどど私が提供したものなのです」

 とは言ってもそれらは俺のアイデアではない。
 全人類の英知の結晶だ。

 そしてまずあり得ない事ではあるが、彼女を安心させる為に補足をしておいた。

「もしアーネストさんが協力を惜しむようなら遠慮なく私に言ってください。もっとすごいアイデアを提供しますので!」
「まぁ!」


 エリザの農場は今後、間違いなく良くなっていくはずだ。



    ◆  ◇  ◇



「そしてプリムとニーヴの件ですが、彼女達の管理者は私になっています」
「そうだったのですか」

 今回の騒動に首を突っ込む元になったのが彼女達の存在だ。
 当然の事ながら今日来た三人全員が、彼女達の事を常に心配していた。

「あの二人には本当に辛い思いをさせてしまいました。プリムは小さい頃から農場に居たのですが、ニーヴはここに来たのが最近なのです。だからニーヴにとって、この農場の日々は辛かった記憶しか無いと思います」

 彼女が見せた涙の理由は、そういう所にあったのか。
 それまでの生活とは違う、奴隷の身で過ごす日々。

「そのせいもあるのか二人は他の奴隷達とは違い、引き続き農場で働く事にあまり積極的では無いようなのです。口に出しては言わないのですが……」

 もしかすると……

「彼女達なのですが、実は今までこういう事がありまして」

 俺は彼女達との出会いや、街中での出来事を伝えた。

「やはりここでの生活を辛いと感じていたのですね。でしたら話は早いです」
「と言いますと?」
「私の母は奴隷の身でしたが、私はあるじのカルロ様のお陰で、生まれた時から自由民でした。この町以外に行商へ行く機会も得られましたし、何しろ農場だけでは知り得ない事柄について、色々と経験する事が出来ました」
「そう言えばプリムはずっとここで生まれ育ったと」
「はい。彼女は本当に素直な良い子です。だからここでずっと働く事になっても、多分文句を言わずに働き続けてくれるでしょう。お友達のニーヴもプリムと一緒なら、なんとかやっていけると思います」

 幼い頃の自分と娘達を重ねるエリザ。

「私は、彼女達にはもっと世の中の事を色々知って欲しいのです。そして様々な経験をした上で、自分の生きる道を自ら決めて欲しいのです」
「奴隷の身から解放してあげたい、と」
「はい。しかしうちの農場にはもっと長い間、奴隷の身にある従業員達が数多くいます。そして私たちの農場はこれから再スタートするため、お金が全くありません。彼女達を解放してあげられるのは十年以上先になってしまうのは間違いないでしょう」

 彼女は自分の思いを口にした。

「彼女達はアーネストさんにお預けしようと思っていました」
「なるほど。それが一番良いかも知れませんね」

 少なくともエリザの農場にいるよりは、早い時期に解放されるだろう。

「でも今日、ヒースさんから話をお伺いして考えを変えました」
「変えたと言うのは?」
「私が望むのは決められた人生ではなく、自分自身で選択する人生です」


 つい先日まで決められた人生を送っていた、彼女の言葉。
 そしてそれは、あるじであった、カルロの信念でもあった。



「だから今後どうしたいのか。彼女達自身に聞きたいと思います」


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