Wild Frontier

beck

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第二章

劣等感

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「……」


 随分と長い時間ときが経った気がする。
 しかし意識が完全に飛ぶ前に、魔術師の蹴りが収まった。


 俺にとどめを刺すつもりか?


 痛みに耐える為に閉じていた目を、ゆっくりと開く。




 魔術師がいない。




 目の端に黒い塊が見えた。

 その塊が魔術師らしい。
 少し離れた場所でうずくまっている。

 彼は両腕を振るわせながら、何かを取り出そうとしていた。

「クソッ! この使えない両手ガッ!! 切り捨てて生きのいい腕と交換しちまうゾッ!! あアッ! ハァァ」

 マラスは何かを取り出し、左ひじの内側に当てていた。


 彼の狂ったような言動。
 取り扱っていた道具。
 目の前の行為。

 そして見えない敵と戦っていたのは……


 きっと幻覚。


 そして更に、床に伏せるカルロからの忠告を思い出した。



── 彼は回収したものを、自分でも使っている ──



 それで確信した。
 間違いない。




 マラスこいつは重度の麻薬中毒者ジャンキーだ。




 小刻みに震える彼の動きはじきに収まっていった。

 しかしマラスが麻薬中毒者である事実がわかったとしても、俺に何か対抗手段があるわけではない。
 かろうじて腕は動かせそうだが、立ち上がる事は出来なかった。
 しかもヤクの力とは言え、彼は冷静さを取り戻している。

「はぁぁぁ……やっと……正常な私に戻れました。さてあなたの処遇ですが。どうしましょうかね?」


 このままではまずい。
 何か対抗策は!?


使徒しと様に献上するのも良いですが……よく考えたらあの淫売妃が喜ぶだけですから、それもしゃくですしねぇ」


 麻薬
 隷属の首輪
 使用人達
 狂宴


 だめだ。
 焦って余計な事しか浮かんでこない。


「マナも精も尽きそうな農園爺と交代させれば、あと数年は……」


 芥子けし
 栽培
 製薬


 エルフの里では薬として使用していた。
 だが……それも今は関係無いだろう?
 もっと役に立つ情報を!!



「やっぱり使徒様の献上品にしましょうッ! それがイイッ!!」



 この窮地に、 何も閃かないのか!?
 俺!



 魔術師が笑みを浮かべて近づいて来る。



 その時。

 メアラの何気ない一言を思い出す。



『強過ぎる薬は毒にもなります』



 毒にも薬にも……



 刹那。
 右腕を持ち上げる。
 動いた。
 てのひらを魔術師に向け、静かに詠唱する。




── ᛚᚨ ᛗᛏᚱᚨ ᛞᛖ ᛗᚨᛚᛒ ᚱᛖᛞᚴ ᛟᛗᚾᛋ ──




 油断をしていたのか、魔術師は俺の魔法をまともに食らった。
 俺の唱えた呪文も耳に入らないほど、考えに没頭していたらしい。

「なんですかその魔法は。どうやら攻撃魔法では無いようですネ……何も起きないじゃないですか。無駄なあがきは辞めておとなし……!?」

 マラスは宙を見上げ、目を見開く。

「アァッ!? なぜッ!? さきほど鎮静のみなもとを補給したばかりナノにッ!? なゼッ!? コノッ! コノーッ!!」

 魔術師は手にした短剣で、再び宙を切り裂き始めた。

 無論、そこには何もない。
 彼は再び、幻覚を見ているのだ。

 こちらもどうやら術の効果が弱まって来たようだ。
 なんとかして立ち上がる。

「このわたくしにナニをしたのですかッ!!」
「治療だ」
「治療!?」
「ああ。なぜかあんたが毒まみれだったようなのでね」
「毒? アンチドート!?」
「そうだ」

 もしやと思って唱えたアンチドートだったが、どうやら効果を発揮した。


 毒か薬かなんて、結局は用法や体質によって変わる。
 成分自体が変わるわけでは無い。
 猛毒のトリカブトですら、循環器系の薬として利用されるのだ。


「そ、そんなッ! そんな低レベルの魔法で、私の心の平穏へいおんがッ!?」


 マラスは大急ぎで懐から何かを取り出そうとした。
 焦っていたせいで、それを地面に落とす。

 俺が知っている注射器とは形状が異なっていた。
 平らなボタンのようなものの中心に、針が取り付けられている。
 それをてのひらに乗せ、手で押し込むようだ。
 注射パッチに近いものかも知れない。

 俺がその風変りな注射器具に興味をそそられている隙に、彼は新たな鎮静ヤクを自らに注入していた。
 マラスの顔に余裕が戻る。

「この種なし剣士ガッ!! 何をしやが……」




── ᛚᚨ ᛗᛏᚱᚨ ᛞᛖ ᛗᚨᛚᛒ ᚱᛖᛞᚴ ᛟᛗᚾᛋ ──




 彼がしゃべり終わる前に呪文をぶつけた。
 魔術師は再び禁断症状におちいる。

「アヒィーーッ!! 何てヒドイッ!! アッチイケッ外道!! ア゛ーーッ!!」

 辺りに奇妙な形の注射器が散らばった。
 十数個はあるだろうか。

 彼はもはや、更生出来ない程の重症患者なのかも知れない。



 このまま彼の狂気を観察し続けるような趣味は、俺には無い。
 俺は剣の柄で、彼の鳩尾みぞおちを強打する。


 魔術師は意識を失い、その場に倒れ込んだ。




    ◆  ◇  ◇




 マラスをかついで、再びカルロの屋敷に戻った。
 カルロの隷属を解かせるためだ。

 魔術師を担いだ俺をみたエリザは、目を丸くして驚いていた。
 まさか捕まえて来るとは思わなかったらしい。

 それほど大きい男では無いが、かなり軽く感じた。
 この星の引力が弱いという要因もあるだろう。


 しかしどちらかと言えば、薬物を長年使用し続けた報いである気がする。




 こんな人間の屑のような奴にだって……

 人であるからには、親もいただろうに。




    ◇  ◆  ◇




 魔術師をカルロの寝室に連れて行く。
 両足を縛ったまま、両手だけは自由にしている。
 もちろん短剣や注射器具は没収済みだ。

「分かってると思うが、妙な真似をしたら、デトッ……」
「分かってます、分かってますッ! ヒース様に逆らうような事は一切ございませんので、それだけはっ!」

 屋敷に付いた直後、目を覚ましたマラスはいつも通り、不謹慎極まりない言葉を延々と放ちながら暴れていた。
 既に夜になっており近所迷惑にならないか気がかりだったため、最初は猿轡さるぐつわを噛ませようと考えていた。

 だが彼にはカルロの隷属を解除をして貰う必要がある。
 そこで別の手段を講じる事にした。

 物質ものじちを取り、反抗しなくなるまで毒を抜いた状態にしたのだ。

 正直、今の彼にとっては拷問に近い方法だとは思うのだが、いくらなんでも殺すのは気が引けたので、仕方なくこういった方法を採った。

 効果はてきめんだった。
 俺の独断と偏見によれば、少なくとも俺がいる間は余計な事はしないはずだ。



    ◇  ◇  ◆



 部屋には女性使用人が勢揃いしていた。
 エリザだけが彼女達とは別の行動を取っている。
 それは多分、彼女が特別な立場……
 彼女達を仕切る立場にあるという事だろう。

 ベッド上のカルロの様子をうかがう。
 彼は最初見た時よりも、随分安らかな表情で眠っていた。

「マラスにいくつか確認しておきたいことがある」
わたくしにお答え出来る事に関してなら、なんでもっ!」
「もし嘘を言ったら今すぐ毒素を抜いた綺麗な状態にした上、一週間くらい見守ってやるつもりだから覚悟しておけよ! もちろん食事は野菜中心の超健康食な!」
「絶対嘘なんか申しませんっ!」
「それでは率直に聞くが、お前はカルロさんをなにで縛っているのだ?」

 自分の置かれている状況にも拘わらず、魔術師は不敵な笑みを浮かべる。

「あらこの爺さん、本当に何も言わなかったのですか。なんという従業員愛っ!」
「どういう事だ?」
「私は何も特別な事はしてません? 彼が自分の意志で彼女達を縛っているのです」
「そんなわけは無いだろう? 彼はこの状況を望んでいない」

 それは実際に本人から聞いている。

「デトック……」
「あー分かりました分かりましたっ! お話しますっ!」

 魔術師は慌てたように取り繕った。

「昔の話なのでお怒りにならないと約束していただけますかっ!? そうで無いとちょっと言いづらいのですが……」
嘘偽うそいつわりが無いならば……怒ったとしても手出しはしないようにしよう」
「絶対に絶対ですよっ!?」
「くどい」

 彼は少し息を吸うと、様子をうかがいながらも話始めた。

「ちょっとだけおどしたのですよ。 もし首輪を外そうとしたり、この事を誰かに話したりしたら、従業員を儀式の生贄いけにえにする、と」

 怒りが沸きあがり、無意識に魔術師を睨む。

「ひいぃっ! 脅しただけで、彼の家族を儀式に使ったのは私じゃ無いですっ! これは本当ですっ! そんな事したら芥子けしの収穫が滞りますしっ!」
「怒りは収まらないし信用も出来ないが……要は物理的ではなく、精神的なかせを彼にはめていたという事だな?」
「はいそうでございますっ! それは私の美学なのでございますっ!」

 全く美しくない美学ではあるが、そうであるならこの場は問題は無い。

「そうか……それならば話は早い。彼女達の首輪を解除してくれ」
「それがいくつか問題が残っておりまして……」
「なんの問題だ?」
「まず専属契約を外さないと……彼女達が命を落とします」
「ああその事か。それなら問題無い。んじゃ外してくれ」
「まっ、待ってください!? 問題無いって……本当に死んでしまうのですよ? わたくし、嘘は言っておりませんからねっ!?」
「ああ。だからそれはもう解決しているんだ」
「この人数分の討伐素材を!? ゴブリン一万体分ですよ!? イチマンッ! ブレット君の集め方じゃ、百年かかっても無理な数のっ!?」
「そうらしいな。 とにかく全部納入済みなのだ。 心置きなく解除してくれ」

 魔物の討伐素材はベンとブレットに頼み、既に納入が終わっていた。
 『巣分け』で得た牙を、専属契約の解除に充てたのである。
 ゴブリン一万体は倒していないが、代わりにホブゴブリンを百体近く倒している。
 ギリギリではあったが、全員分の素材は既に確保出来ていたのだ。

 しかし、それをマラスに話すのは危険だろう。
 とにかく結論だけ伝える事にした。

「あぁそうでしたね……王妃の追手を返り討ちにするくらいですし、あなたなら……」

 俺を追っていたという王妃の話か。
 王妃というからには、魔族の王がいるという事か?

「でもヒース様申し訳ございませんっ! それでも解除は無理ですっ」
「もう面倒だから、毒消しハーブ風呂にでも漬けて……」
「わっわたくし、『破呪はじゅ』の呪文が使えないのです……」

 初めて聞く呪文名だった。

「それは『解呪』とは違う魔法なのか?」
「精神魔法版の『解呪』のようなものでございますっ。 難易度も同じ魔法なのですが、そもそも治癒魔法と精神魔法は全く正反対の概念であるため、両方使える術者はまずいません」

 治癒魔法は人を癒す魔法。
 そして精神魔法は人の心を支配する魔法だ。
 互いに相容れないのは当然か。

「それでなぜ使えない? 確か『解呪』は『縛呪』よりも難易度が低いはずだが」
「それは……わたくしのマナが少な過ぎるのです……」
「マナ供給をすれば良いではないか。場合によっては俺も手助けする」
「供給で補える量には限度があります。どの魔法も、必要なマナ量の半分程度は術者自身が持っていないと発動しません」
「発動に必要なだけのマナを保有していない、と」
「そうでございます……」

 彼は今まで見たことの無いくらいに落ち込んだ姿を見せていた。
 それでも今までの言動ゆえ、全面的に信用は出来ない。

「申し訳無いが確認させてもらうぞ」

 ディテクトスピリタスを詠唱する。




── ᛗᛋᛁᚾ ᛞᛖ ᛟᛈᛏ ᛚᚨ ᛈᛚᛁᚷ ᚨᛚ ᚳᛁ ──




 彼のマナ量は……

 本人の申告通り、決して多いものではなかった。
 自分のマナ量を気にしていたメアラより、多分少ない。
 ベァナはマナの補助を受けた上で、『解呪』はギリギリだったと言っていた。
 それを考えると、彼が『破呪』を使えなくても無理はない。

「確認した。疑って悪かった」

 魔術師は何も言わずにうなだれている。

 自分が戦いに負けた事よりも、身柄を拘束された事よりも。
 今の彼は大きく打ちのめされていた。
 メアラと同様、彼は彼なりにコンプレックスを抱えていたのかも知れない。

 隷属者にマナを分け与えるのをもったいないと考えたり、他人のマナで魔法を発動させようという思考も、現状を打破する為の彼なりの策だったのだろうか。

 人の信念は時に大きな事を成し遂げる。
 それが良いものであっても、悪いものであっても。


 とは言え……起こした罪は相当に重い。


「話は大体聞けた。分かっているとは思うが、この町で起こした騒動だ。この町の法に従ってもらうぞ」

 俺はマラスの両手を再び拘束し、寝室を出ていく。


「エリザさん、皆さん。必ずまたお伺いします。もう少し辛抱していてください」


 使用人達に会釈で見送られる中、その場を後にした。


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仕事しながらなので大体土日に更新してます。
そしていつも眠いので誤字脱字大量にあるかも。ごめんなさぃぃ

現在プロットの大枠はほぼ終了し、各章ごとの詳細プロットを作成中です。
読んでいただいて本当にありがとうございます。

※ 11/20追記
年末に向けて本業が忙しく、ちょっと更新が滞るかも知れません。なるべく毎週一回は追加していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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