Wild Frontier

beck

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第二章

主《あるじ》の願い

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俺はカルロの屋敷の応接室に通されていた。
向かいには屋敷の使用人らしき女性が座っている。

「ご挨拶が遅れました。エリザと申します」
「あなたがエリザさんでしたか。ブレットさんからお聞きしています」

 彼女は身なりも仕草も、とてもつつましい印象を受ける女性だ。
 年はブレットと同じ位か。

「先程は醜態しゅうたいさらしてしまい、申し訳ございませんでした」

 それは先程の狂宴を指しているのだろう。

「エリザさんとこうしてお話させて頂き確信しました。あれは完全に首輪の魔法によるものですよね?」
「はい。先程マラスが言っていた通り、この首輪に組み込まれた『縛呪』によるものです」
「私と魔術師の話を覚えているのですか!?」
「人によって、またその日の具合によって違うのですが、ほとんど覚えていない者もおりますし、私のようにほぼ全て覚えている者もおります」

 操られていた時の自分の行為や回りの話を全て覚えているなんて……
 人によっては生きていられぬ程の恥辱だろう。

 だとすると……この話を続けるのはちょっとこく過ぎる。
 本題に移る事にした。

「ブレットさんに聞いているかも知れませんが、本日はあなた方の隷属を解除する方法について相談に来ました。ブレットさんの話によると専属契約がネックになっているとお聞きしているのですが……」
「多分それは事実だと思います。私たちは魔術師からあるじの元から離れないように言われています。しかし以前、管理者の女性の一人が隷属の日々に耐え切れなくなり、屋敷から逃げ出そうとした事があったのです」
「警告を無視したと……」
「はい。そして彼女は門に辿たどり着く前に苦悶しながら倒れ、息絶えました」

 多分、首輪に刻まれた術式の影響だろう。
 工房の蔵書の中に設置型魔法について書かれていた書籍があったが、それによると設置型魔法や魔法陣には、複数の術式を記述する事が出来る。
 そしてその分、マナ消費量は大きい。

 俺の頭にマラスの言葉が浮かんだ。

『隷属者の行動範囲制限を外すことが出来た』

 移動制限があるのは、彼の本来の目的からすると都合の悪い事だったに違いない。
 つまり彼女達が付けている首輪は、まだ移動制限されているものだろう。

「ですのでこの首輪になんらかの仕掛けがあるのは間違いありません。しかし多分、専属契約を解除しただけでは首輪は外れないと思います」
「なぜそう思うのですか?」
「ある日マラスが魔神教徒に話していたのです。その時私たちはいつものように、首輪の呪いによって……自分の意志とは関係なく奉仕をさせられていました。そのせいで安心していたのでしょう。私も例外なく自分の意志による行動は出来ませんでしたが……どんな話をしていたのかだけはしっかり記憶に留めていたのです」

 マラスは自らが作った道具の効果を、正確には把握出来ていないのか。

「彼は、『カルロの枷を外さなければ、女達の首輪が外れる事は無い』と」
「カルロさん自体が何かに縛られていると?」
「マラスはそう言っていました。カルロ様に対して『隷属を解除するな』という命令が、なんらかの方法で伝わっているようです」

 女性たちに首輪を付けても、あるじであるカルロに隷属させる意志が無ければ隷属関係は成り立たない。
 つまり何らかの理由であるじが使用人達の隷属を解除を望んでいない?
 ただそれなら制限をしているあるじが亡くなれば、彼女達は自由になるはずだ。

「第三者が彼を殺してしまえば、君達のかせは外せそうだな」
「はい。しかしこのような状況にあろうとも、そんな事だけは絶対にさせません」

 今まで冷静だったエリザの目に、強い意志の光が見えた。

「大丈夫だ。俺もそういうつもりでここに来たわけではない」

 彼女の表情から緊張が解けていく。

「となると……彼には首輪が付けられているのか?」
「それが、首輪は無いのです」
「ちょっとカルロさんに会わせてもらっても良いだろうか?」
「今は多分お休みになっておられますので……起さないように願います」



    ◆  ◇  ◇



 カルロの寝室を再度訪れた。
 女性たちは既に部屋にはいない。

 彼はベッドの上で眠っていた。
 眉間にしわが寄っている。
 彼がまだ生きているという事実は、微かな寝息によってのみ確認する事が出来た。
 やせ細ったその姿に精気は感じられない。

 ただあれだけ乱れた狂宴の後だと言うのに、ベッドも彼の着衣も綺麗に整えられている。それは従業員達の、主へ返すことが出来るせめてもの恩義の証なのだろう。

「エリザさん。カルロさんにマナを分けてあげても良いですか?」
「マラスの話だと、あるじは魔法を使えないにも関わらず、保有するマナ量はとても多いのだそうです。ヒース様のお体が心配なのですが」
「それでしたら、多分平気です」

 カルロは現在、マナ欠乏の状態に陥っている。
 ディテクトスピリタスで確認してもマナの光は見えないだろう。

 ただ俺は、一流魔術師であるティネの倍近くのマナを持っているらしい。

 気の毒な農場主への同情もある。
 また単純に、自分の保有マナ量への興味もあった。

 俺は彼の手を握り、マナを送り込むイメージを浮かべる。
 以前ベァナにマナ供給をした時とは違い、体力が持っていかれる感覚がわかった。
 ただし倦怠感を感じる程ではない。

 彼の表情を確認する。
 眉間のしわは、多少減ってきたようだ。
 先程よりも明らかに穏やかな表情をしている。

「ああっ! こんなに穏やかな表情のカルロ様を拝見するのは久しぶりです!……ヒース様、本当にありがとうございます」

 エリザの瞳が少し潤んでいる。
 自分たちが招いてしまったこの状況を、一番悲しんでいたのは彼女達なのだろう。

「……ぅ……ぁ……」

 マナが回復したおかげか、いつの間にかカルロが目醒めていた。
 小さな声で何やら呟いている。

 俺はマナを送り続けながら彼に耳を近づけた。
 カルロはあるだけの力を振り絞り、ゆっくりと、確実に俺に思いを伝え続けた。


「うむ……それは……なるほど……」


 彼は一通り話し終えると、再び眠りについた。
 その表情は相変わらず哀しみに満ちていたが、少しだけ晴れやかでもあった。



 しかし……その内容は……



 確かにそうすれば彼女達の解放は出来るのだろう。

 だが……いくらなんでも俺にそれは出来ない。
 それにエリザも言っていた。


『そんな事だけは絶対にさせません』 と。


 カルロの話を反芻はんすうしていると、当のエリザが駆け寄って来た。

「ヒース様、あるじは何と?」
「いや、お伝え出来る事と出来ない事が……」
「なんでも良いので教えて頂けませんでしょうか!?」

 それは自分たちが彼に対して不可抗力ながら行っている行為。
 その罪悪感もあり、彼がどう思っているのかを確かめたいのだろう。

「それではこれだけはお伝えてしておきます。カルロさんはですね……」

 エリザの表情がこわばる。



「皆さんを自由にする事だけを望んでおいでです」


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仕事しながらなので大体土日に更新してます。
そしていつも眠いので誤字脱字大量にあるかも。ごめんなさぃぃ

現在プロットの大枠はほぼ終了し、各章ごとの詳細プロットを作成中です。
読んでいただいて本当にありがとうございます。

※ 11/20追記
年末に向けて本業が忙しく、ちょっと更新が滞るかも知れません。なるべく毎週一回は追加していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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