Wild Frontier

beck

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第一章

夏祭り

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 この村アラーニの夏祭りは三日間行われるという事だった。
 と言っても実際に村の全員が集まるような催しものは大体午後に始まって、夜遅くまで飲んで歌ってを繰り返すという感じらしい。

 初日は夕方から始まって、みんなで飲み食いを行う。
 二日目と三日目は午後に人が集まり始め、勝手に飲み食いする。
 ただし二日目の夜はメインイベントの『豊穣祈願のにえ』を見ながら村人全員で飲み食いを、三日目は夕方あたりから音楽に合わせて踊って飲み食いするという、ほぼ飲み食いばかりのノープランな祭りと聞いていた。

 しかし今年はボルタとジェイコブの提案で、俺に何かイベントを考えてくれと言う無茶振りをされてしまった。
 俺は丸一日悩んだ末、二日目の午後に誰でも参加出来る例の独楽こま回し大会を、三日目の午後に大人男性限定で相撲レスリング大会を提案した。

「スモウ? 聞いたこと無い言葉だな」

 新しもの好きのボルタが一番最初に食いついて来た。

 魔物迎撃時の中央本部だった場所に祭り実行委員の数名が集まっていたのだが、その本部だった場所は今では「中央広場」という名前で呼ぶようになっていた。
 作戦本部用に土地をならして整備したのと、村の中心にあるためイベントで使いやすいだろうという事で、今後は共同広場として利用する事になったのだ。

「えーっと説明が難しいので、やはりレスリングって呼びましょうか」
「んで、どういうもよおしなんだ?」
「スポーツの一種ですね。まず地面にこれくらいの円を描きます」

 俺は中心を決め、左足を軸にして長めの棒で円を描いた。
 その後、円がもっと見やすくなるように棒で更になぞっていく。

「とってもシンプルです。相手を倒すか円の外に出せば勝ちなんですが、危険行為をする喧嘩けんかの元になるので、いくつかルールを設けます」
「確かに、うちの村にゃ喧嘩っ早い奴が結構いるからな!」

 そう言うボルタが一番心配なのだが……

「ルールも少ないほうだと思います。まず素手で戦う事。相手をてのひらで押したり、足を引っ掛けて倒すのは問題無いけど、相手の顔面に触ったら失格で負け。爪で引っ掻いたり、パンチやキック等の打撃も当然禁止で失格です」
「要は倒せばいいんだよな、簡単じゃねぇか! ヒース殿、俺と勝負してくれ!」

 そうくるとは思っていたが……
 ボルタは結構筋骨たくましいから全く勝てる気がしない。

「まぁスタートまでの流れを説明しておきます。本来のルールから少し変えてわかり易くしましょうか。真ん中あたりにお互いの位置を示す線を引き、その位置にしゃがんでレディReadyの掛け声で両手をグーにして線に付けておきます」

 本当は互いの両拳が付いたのを見計らって開始だ。
 しかしあれだと付いた付いてないの見極めもしなければならず、最初から拳を付けていたほうがわかり易いと判断した。
 ここにはプロの行司ぎょうじはいないし、動画解析なども出来ない。

「そしてゴーGoの掛け声で開始です」
「わかった! やろう!」

 ボルタは本当に勝負事が好きなようだ……
 まぁ本番で勝つつもりも無いし、一例として今のうち手の内を見せてもいいか。

「では……村長、申し訳無いですが、掛け声をお願い出来ますか?」
「わかったのじゃ。それじゃ行くぞぃ。レディー……ゴー!」

 ボルタは思った通り合図を聞いた途端、俺めがけて飛び込んできた。
 俺はすぐに右に避け、ボルタの背中を軽く押した。
 彼は勢いを止められず、そのまま前のめりに倒れこんだ。

「ヒース殿の勝ちじゃ!」
「おおぉぉぉ!」

 回りで見ていた村人から歓声が上がる。

「な、なるほど……そんな手もあるのか。さすがヒース殿、次は負けないぞ! もう一勝負だ!」
「いやいやいや。折角のイベントなんだから本番までのお楽しみって事にしてくれませんかね」

 祭りの準備はまだ終わっておらず、設営の主力であるボルタに怪我でもされたら色々と困る事も多い。

「良かろう……ジェイコブ亡き今、わしの目標は打倒ヒース殿だな」
「勝手に殺すなよ!? というかボルタももう年なんだから、イアンとかショーンを警戒しといたほうがいいぞ!」

 この世界の成人は男子も女子も16歳という話だ。
 つまり男子が徴兵されるというのは、成人になった証でもあるわけだ。
 二人の名が上がったのは既に成人であり、今も軍で鍛えられているという事からなのだろう。

「イアンならまだしも、まだまだショーンなんぞに後れを取るわしじゃないわ!」

 提案した企画は子供向けも大人向けも、おおむね好評そうだった。





    ◆  ◇  ◇





 何も手伝う事が無いと思っていたのだが、企画を提案したせいで祭りの直前は結構忙しく、あっという間に当日になっていた。

 とは言っても初日は村長から魔物との闘いについてねぎらいの言葉があったくらいで、あとは皆、思い思いに飲み食いをし、語らっていた。

 俺は村人たちが楽器を演奏するのをこの祭りで初めて目にし、少し驚いていた。
 確かに村に来てからそんな機会は無かったな……

 村長の家に小さめのハープが置いてあったのを何度か見ていたが、村人達はブリキの縦笛ティンホイッスルやバイオリン……いや、この村の雰囲気からするとフィドルと呼ぶ方が適切か……など、思い思いの楽器で演奏をしていた。
 他にもふいご付きバグパイプイリアン・パイプス蛇腹型の楽器コンサーティナ、中にはスプーンやボーンズで伴奏をしている村人もいて、一種のジャムセッションの様相を呈していた。

 彼らによって奏でられる陽気なメロディは、俺の気分を高揚させてくれた。
 特に驚いたのはその演奏技術だ。
 俺は今まで仕事と襲撃への備えをしていた村人の姿しか知らなかったが、普段の平和な日々の中で村人たちは日常的に演奏していたのだろう。
 お金を取っても良いレベルの演奏だ。

 そんな楽し気な雰囲気の中。
 村で作られた大麦酒エール入りの木製ジョッキを貰って腰を降ろす場所を探していると、イアンの姿が目に留まった。
 彼がいる場所まで歩いて行き、そばに腰を降ろす。

「お疲れさまイアン」
「ヒースさん、お疲れ様です」

 イアンは一人で蜂蜜酒ミードを飲んでいた。

「その後ジェイコブさんの調子はどうだい?」
「そうですね……息子の俺から見ても笑っちゃうんですけど親父、怪我する前よりも今のほうが生き生きしてましてね」

 本当にそうなのだろう。イアンの表情も生き生きとしていた。

「この前ヒースさんに『もし体調に差し障りが無いようなら……』って頼まれた鍋のような食器があったじゃないですか。ヒースさんの頼みだからって絶対作るって聞かなくて」
「あぁ。本当に無理に作って貰わなくてもいいからね」
「いえ。結局それ完成させたんですけど、実際に作ったのは俺なんです」
「え? イアン鋳造とか出来るんだっけ!?」

 俺の知る限りではイアンは家業の修業を積む前に徴兵で軍に入り、そのまま六年以上軍勤務のはずだ。
 そして秋の収穫時期が終わり次第、また元々の勤務地である、北方の砦に戻ると聞いていたが……

「後ろで親父が指示しながらなんですけどね。前にヒースさんから鋳造より鍛造のほうが難しいんだって聞いてたんですけど……鋳造も結構難しいんですね」
「ジェイコブさんも鋳造出来るくらいまでは回復したって聞いてたんだけど、なんでまたイアンが?」

「実は俺……軍を辞める事にしました」

「……そうだったのか……」

 どう声を掛けていいかわからなかった。
 彼が騎士になる為に非常に大変な思いをしているというのは、今まで本人から聞いた内容からも良く伝わって来た。
 それでも六年間耐えてきてこのタイミングで辞めるという決断を下したのは……

「あの魔物との闘いの最中、ずっと考えていたんです。もし親父が命を落としてしまったとしたら、俺はどうするべきだったのだろうかって」

 ジェイコブはトラップを稼働させるため、ホブゴブリンにわざと攻撃をさせて罠を稼働させるという荒業をやってのけた。
 しかしそのせいで大怪我を負ったのだ。

「親父を探している時、俺の心の中は後悔で一杯だったのです」

 彼はジョッキを見つめ、握った手に力を込める。

「親父は母と俺のために鍛冶屋を開く夢を諦め、この村にやってきたのです。それなのに文句一つ言わず、やりたくも無い鍋の修理や包丁ぎなんかを続けて……」
「イアン、それは違うと思うよ」

 イアンは顔を上げ、こちらを見た。

「確かにジェイコブさんは今でも鍛冶へのこだわりは捨てていないけれど、かと言って掛けや刃物の研磨を嫌々やっているわけじゃない」

 ジェイコブも俺と同様、知り合いなんて誰もいない状態でこの村にやって来た。

「この村が好きだから、役に立ちたいって気持ちで仕事をやってるんだよ。だから手を抜くこともしないし、どんな仕事でも最高の結果を出そうと一生懸命なんだ」

 イアンは父が仕事に打ち込む姿を見て育ってきた。
 仕事内容をかっこいいものだと思う事はなかったが、真剣に取り組んでいる事だけは伝わっていたようだ。

「そういう意味ではね、誇りを持っていたと思うんだ。自分の仕事が村の役に立っているという事に」
「そうなんでしょうか……」
「間違い無いと思うよ。だって俺がそうだったから。右も左もわからない俺を、こんなに暖かく迎えてくれた村なんだ。恩を返せて嬉しく無いわけがない」

 こちらの世界で意識を持った後、最も心配だったのが人との交流だった。
 今思えば誰とも会わなくても、結果的にはどうとでも生きて行けただろう。

 しかしこの村は単に生き延びるだけではなく、この世界に生きる人々が俺が思っていたよりもずっと優しかったという事実を教えてくれたのだ。

 俺の……ヒースの故郷がどこなのかはまだ分からない。

 ただ今の俺にとって故郷と呼べる土地は間違いなく、ここアラーニだけだ。


「そうですね……そうだといいな」


 イアンに笑顔が戻った。

「時間はかかるかも知れませんが、立派な職人を目指しますよ」

 そして自信を持ってこう言った。




「騎士になるよりは現実的ですからね!」


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