Wild Frontier

beck

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第一章

災禍

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 村に戻った。

 ……が、どうも様子がおかしい。

 普段なら村の中心に向かっている途中、結構な人と行き会うのだが……
 今日は随分と人気ひとけが少なかった。

「何かあったんでしょうか……」

 ベァナが無意識に俺のそばに寄る。
 不安そうだ。

 途中、農家のメイヴおばさんがいたので話を聞いてみると、どうやら村の東側で行商人の荷馬車が魔物に襲われたらしい。

「本当ですか!? それはまずいな……」
「メイヴさんの話だと、商人さんは無事との事ですが?」
「いや心配なのは商人ではなく、村のほうだ。申し訳無いが、ベァナは先に家に戻っていてくれないか?」
「はい、わかりました。」

 俺はベァナに荷物をいくつか渡し、村の東側へ急いだ。



 そこには損傷した馬車があった。
 車輪が外れかかっている。
 すぐ近くには馬車の持ち主であろう行商人、そしてイアンとショーンが並んで立っており、少し離れた場所から取り巻くように村の連中が集まっていた。

「お……俺のせいだ……」

 ショーンは泣きながらそうつぶやいていた。

「どうした。何があった?」

俺がそう聞くと、その質問にはイアンが答えた。

「行商の定期便が村に来る途中、ゴブリンに襲われたらしいんですが……振り切れずに村の入り口まで連れて来てしまったんす。それにショーンが気付いてすぐに戦いに出て、後から村人の何人かもバリスタで迎え撃ったらしいんすが……」
「まさかこの近くでゴブリンの『巣分け』が起きていたなんて……魔物が増えているという話は私の耳にも入っていましたが……本当に申し訳ございません!」

 村長はかなり早い時点で『巣分け』の兆候ちょうこうがあるという報告を騎士団宛に上げていたはずだが……
 商人の耳にまでは届いて居なかったか。
 騎士団の再編を行っているという話だし、よっぽど人手が足りないのだろう。

 つまり事の次第としては、野良ゴブリンの集団に襲われたと思った行商人の馬車が村まで逃げ込んできたため、村に残っていたショーン達が魔物を殲滅せんめつする為に戦いに出たという事だった。

 全く問題などないし、実に勇敢な行為だ。

 しかしその上でショーンが自分を責めているという事は……

「全部倒しきれず、逃がしてしまったようなんです。自分は先に自宅へ戻っていたので、まさかそんな事態になっているとは知らず……」

 イアンが悔いる必要はない。状況的には俺も全く同じなのだ。

「ショーン、襲ってきたゴブリンの数は何体だった?」
「……十体くらい」

 はぐれゴブリンにしては多すぎる。

「イアン。打ち合わせ通り、俺と村長は村の中心で状況確認を行う。イアンは親父さんと西側を担当してくれ。そして誰か村長に『迎撃態勢:二』の伝令を」
「了解」

 イアンはすぐに移動を開始した。さすがは正規軍人だ。

 一方ショーンは……

 まだ何事か思い悩んでいた。

「ショーン、村が無くなったらもっとくやむ事になるぞ。そうだろう?」
「……」
「当初の打ち合わせ通り、イアンと一緒に西側を守ってくれ。やれるな?」

 ショーンは小さくうなずくと、そのままイアンの後を追っていった。

 彼も見習いとは言え公国兵士。
 やるべきことはわかっているはずだ。

 俺は一瞬息を大きく吸い、普段滅多に出さないような大声で叫んだ。


『村のみんなっ! 『迎撃態勢:二』だ! 打ち合わせ通り、まず村人全員に伝達を!』


 もし逃げたゴブリンが元の巣まで戻ったとするならば、襲撃までは数日の猶予ゆうよがあるだろう。村の近辺にゴブリンの巣は無い。

 しかしゴブリンの数からして、本体は近くにいる可能性が高い……
 そうなるとすぐに攻撃を仕掛けてくるだろう。

 しかし俺たちは作戦開始時にすぐ体制が整うよう、連絡順序や方法などについても事前に共有している。

 また女性にも戦力になってもらうため、ある程度力に自信のある者はバリスタを、そうでない者にはクロスボウを持たせ、数の多いゴブリンへ攻撃をする手筈てはずになっている。


 可能な準備は出来る限り行ってきた。


 後は村の総力を挙げて、襲撃者を撃退するだけだ。





    ◆  ◇  ◇





 さすが事前に何度も訓練しているだけあって、体制は三十分程度で整った。

 村の入り口を突破されたら最後なので、村人が東西の入り口付近で待機できるよう、近くに住んでいる村民に協力してもらっている。
 足りない設備などは追加で設置し、待機場所として使えるようにしてあった。

 ただ一番の心配は襲撃時間だ。

 幸いな事に早めに村に戻れたため、今は地球で言うところの午後三時過ぎくらいだろう。夏という事もあって日はまだ高い。
 日没は六時頃なので、山間部にしては日は長いほうだ。
 正直それまでに襲撃が来るなら比較的有利に戦える。
 念のため戦いが日没後まで続く事を想定してウィスプ要員や篝火かがりびなどの準備もしてはいるが、不利な戦いをいられるのは必至だ。

 人員配置についてだが、二番目の迎撃態勢を敷いた。東側に重点を置く態勢で、東と西で三対二という人員分配をしている。

 本来は西側から襲撃される可能性のほうが高いだろうという予測をしていたが、この状況だと東側のほうが危険だろう。
 ただ同時に責められる可能性は否定できないため、どうしても最初は両側に人員配置する必要があった。

 指示系統についてだが、ボルタとブリジットさんで東側の指示に回ってもらい、イアンとジェイコブは西側担当という事にした。
 ベァナも戦闘及び救護要員として西側に回ってもらった。

 俺は戦況の確認と、状況に応じて東西どちらにでも加勢出来るよう、村長と共に町の中心に陣取っている。
 この村の中で最も剣の腕が立つのは多分俺なのだが、今回採用した戦法では剣はほぼ役に立たない。
 というのも一人でも多くの村民が戦力になるように、クロスボウとバリスタ主体の迎撃態勢を組んでいるからだ。

 東西の入り口には襲撃を知らせるやぐらを組み、来襲を告げる銅鑼どらを設置した。
 銅鑼を鳴らす間隔や回数などで合図を数種類に分けたが、大人を一人でも多く戦力に回すため、この連絡係には比較的普段から冷静そうな子供達を抜擢ばってきしている。
 ベァナの弟のニックも東側の連絡担当だ。

 ゴブリン軍団の戦術についても事前に村長とボルタに確認した。
 奴らは複雑な戦法などは使わない。
 攻撃を始めると一気に押し寄せて来るという話だ。
 そういう事であればまずは各所で迎撃してもらい、態勢が不利そうになった時点で合図をもらえば、反対側の入り口から加勢を寄越す事が出来る。

 その際、どれくらいの人員を派遣出来るのかは現場でないとわからない。
 つまり加勢の可否や人数については、ボルタやジェイコブ達に一任している。

 そして村のどちら側から攻めてきたとしても、ホブゴブリン二十体程度なら楽に殲滅せんめつ出来るだけの設備を準備してあった。
 今必要なのは銅鑼どらが鳴った時、すぐに行動出来るようにしておく事だ。





    ◇  ◆  ◇





「魔物が襲ってきた時の連絡係を、ニックに頼みたいんだ」

 ヒースにいは真面目な顔で僕にそう言った。
 お姉ちゃんからすごく強い剣士様だよって聞いていたから最初は怖かったけど、話をしてみるととても面白いし、いろいろな冗談を言ったり一緒に遊んでくれる兄ちゃんみたいな人だった。

 だから最初はまた何かの遊びかなと思って聞いていたら『大事な役目だから、人を選ばせて貰っている』と真剣な表情をしていたので、きっと魔物が村を襲って来た時のことなんだと気づいた。

 僕はその役目を引き受ける事にした。
 ぜったいに失敗できない。

「村の入り口あたりにやぐらを作っているんだけど、その櫓に見張りと連絡係を一名ずつ配置する予定だ。何人かで交代でやる予定だが、ニックには一番最初の担当をお願いしたいと思っている」
「ぼくに出来る事なら、村のためにぜひやりたい」
「そうだな。おそらくニックが一番適任だ」

 ヒース兄は一緒に遊んでくれるだけでは無くて、村の人たちが知らないような面白い知識を色々と教えてくれた。

 草木が太陽の光を浴びて栄養を作っているという信じられないような話や、その草木が太陽の光をいっぱい浴びるために、葉っぱを交互に生やしている事(後で雑草を観察してみたら本当にそうなっていた!)とか。

 あと空気の話は本当に面白かった。
 僕たちがいつも吸っている空気にも重さがあって、僕らは常に空気の下敷きになっているんだよ、という話を聞いた時にはさすがに嘘だって思った。
 けれどその後

「じゃあ今からすっごい実験をするから良く見ておけよ!!」

と言って、入り口のせまいガラス瓶の中に火を付けたわらを入れて、殻をむいてぬらしておいた卵を乗せたら、卵が勝手に瓶の中に『すぽんっ』って入って行ったんだ!

 あれは本当に上にのせただけだった!

 その後お姉ちゃんに「この卵どうやって食べるのよ!」って怒られてたけど、お姉ちゃんは多分怒ってるんじゃなくて、ヒース兄と話をしたいだけなんだと思う。

 とにかくヒース兄は剣の腕がすごいだけじゃなくて、色々な事を知っている学者さんみたいな人だ。

 僕はそんなに運動が得意じゃないから、もし魔法を使えなかったらどんな職業になればいいのか全然わからなかったけど、ヒース兄くらい物知りだったら学者にもなれるかもしれない。

 もっと色々と教わりたい。

 でも魔物をやっつける準備をしていたせいで、教えてもらう時間が全然無かった。
 だから町を守るためにも、この任務はぜったいに失敗したくない……

 そんな事を考えていたら……

 一緒に見張りをしているトビーが遠くを見つめながら震えた声で言った。

「ニック……あれ絶対人間じゃないよな……?」

 僕も同じ方向を見た。
 遠くて良くわからないけど、黒っぽい影が動いていて、人のようにも見える。

 でも良く見てみると、何かおかしい。

 子供のような影が沢山ある中に、その三倍くらいの高さの影が混じっている。
 良く見ると体全体が盛り上がっていて、手に木の幹のようなものを持っていた。

「あれ多分……ホブゴブリンだ」

 ヒース兄に聞いた魔物の姿と全く同じだった。
 そう思った瞬間から僕の心臓はばくばく言い始めた。

 怖い。

 トビーも「どうしよう」と言いながらやぐらの上をうろうろしている。
 僕がしっかりしないと!

「えっと敵が襲って来た時の合図は……銅鑼どらをゆっくり目に三回連続で鳴らし、五秒数えて、また三回連続で鳴らす。それを十回くらい繰り返すんだったな」

 かくごを決めて大きく息を吸った。

 そして間違えないよう、僕は注意しながら銅鑼どらを叩いた。





 やがてその銅鑼の音は村を越え、取り囲まれた山々の間で鳴り響いた。





    ◇  ◇  ◆





<車輪>
 車輪は古代の発明の中でも最重要とされているテクノロジーである。車輪はこの世界に突然出現したものではなく、土器を形成する際に使われる轆轤ろくろが元となって生まれたようだ。
 軸と回転部が分離した形状の轆轤ろくろは古代メソポタミアのウバイド文化期(紀元前6500年頃~前3500年頃)が起源であるという説が有力で、紀元前3500年頃のシュメール遺跡からはその証拠となる絵文字が発見されている。構造的には車輪と同じ原理である事からも、その後の発展をうかがいい知ることが出来る。
 この頃には他の地域でも車輪が使われていたようで、カフカス(コーカサス)地方北部にある紀元前3700頃の遺跡の洞窟内からは、荷車が使用されていた痕跡こんせきが見つかっている。またポーランド南部の村(Bronocice)から出土した紀元前3500年頃~前3350年頃のものと思われる土器には二軸四輪の乗り物が描かれており、既にこの頃には車輪を利用した車が作られていた事が推測される。この頃の車輪は丸い板の真ん中に穴を開けただけの簡素なものだったが、木の幹を輪切りにしただけの車輪では木材の性質上、荷の重みに耐えられずにすぐ壊れてしまう。そのため当時は木材を縦に切り、その後丸く成型して車輪を作っていた。
 そしてカスピ海・アラル海を中心に広がったアンドロノヴォ文化下のシンタシュタという村では、紀元前2000年頃のものと思われる世界最古のスポーク式の車輪を持つ一軸二輪の戦車チャリオットが発見された。
 このスポーク付き車輪の発明により軽量で高速な戦車が作られるようになり、戦争の様相が一変、その技術は世界に広がっていった。
 紀元前500年頃にはケルト人が車軸の中心であるハブ、車輪の外周を支える鉄製のリムを開発し、車輪の強度が大幅に向上した。木製スポークを備えたその車輪は以降、蒸気機関が現れるまで2000年もの間、その形を変えず世界各地で使われ続けた。
 車輪はその構造上、荷車の一部品としてだけではなく、水車・歯車・モーター・プロペラ・タービンなど、ありとあらゆる仕組みの基本構造として発展し、現在も使われ続けている。
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仕事しながらなので大体土日に更新してます。
そしていつも眠いので誤字脱字大量にあるかも。ごめんなさぃぃ

現在プロットの大枠はほぼ終了し、各章ごとの詳細プロットを作成中です。
読んでいただいて本当にありがとうございます。

※ 11/20追記
年末に向けて本業が忙しく、ちょっと更新が滞るかも知れません。なるべく毎週一回は追加していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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