Wild Frontier

beck

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第一章

講義

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 村の防衛準備は着々と進んでいた。

 ただ、物が揃っていてもその運用方法を事前に考えておかなければその効果を最大限に発揮する事は難しい。
 その日は巡回が終わった後、間借りしている部屋で複数のウィスプを出しながら、武器や人員の配置や迎撃時の戦術について考えをまとめていた。

 まずはメイン武器となるクロスボウ。

 ホブゴブリンの厚い皮を打ち抜くために作られた大型クロスボウだったが、やはり小型化は難しかったため設置型にし、移動には十分耐えられる構造にした。

 手持ちタイプの小型クロスボウも作っているので便宜べんぎ上、大型クロスボウを『バリスタ』、携帯可能なものを『クロスボウ』と分けて呼ぶことにしている。
 職人達の働きによって既に十台以上のバリスタが完成していた。

 特にボルタの担当部分については工数が多いのだが、比較的簡単な部分などは弟子のジェイミーに一任しているらしい。
 彼が一人で作ったクロスボウを少し使わせて貰った事があるのだが、その出来栄えはボルタ製のものと全く遜色そんしょくが無かった。
 俺から見ても良い腕をしていると思う。

 しかもボルタはジェイミーがこの村に残るというなら、彼に後を継がせるつもりだと言っていた。
 ショーンには色々と頑張ってほしい所だ。

 例えば人付き合いとか。

 またバリスタを使った戦術が上手く回るように、設置地点の選定と防護柵の設置にも力を入れた。
 魔物の侵入ルートだが、北からの侵入を心配する必要はなかった。
 村の北側はなだらかに続く丘のような地形になっているのだが、しばらく進むと地面が途切れ、下へと続く崖になっている。
 つまり向こう側から村の方向には登れない。

 また南側方面についてもほぼ問題が無い。
南方面に続く道をそのまま進んでいくと、国境を越えた後にダンケルドという町に続いている。
 別の国ではあるが、アラーニが属するフェンブル公国とダンケルドが所属するトーラシア連邦はとても友好的で、国境付近の町や村同士の通商にはほとんど制限がかかっていないとの事だった。

 ダンケルドはこの辺りでは一番大きな町で、町の周辺も所属冒険者によって定期的に魔物の掃討がされている地域らしい。
 実際に見回りをしていても、南側で魔物に遭遇した事は一度も無かった。

 そうなると魔物は西か東から攻めてくる可能性が最も高い。
 俺がホブゴブリンと戦ったのもベァナと出会ったのも北西方面だった。

 ただし村周辺の巡回を行っていて魔物に遭ったのはイアンが西方面で一度、俺が東西それぞれで一度ずつだ。
 それらは数から考えても集団と別行動を取っているはぐれゴブリンであったため、『巣分け』との関連性は低い。
 どちらにせよ奴らがどの方角から襲って来るのかを特定するのは難しいのだ。

 そしてここで一番の問題になるのが村自体の形である。

 アラーニ村は東西に細長い形をしているのだ。
 これはもうこの土地本来の地形の問題なので仕方がない。
 平地があれば人は当然平地に家を建てる。
 そうして住人たちが増え、出来た集落がアラーニ村なのだ。

 村の東端から西端まではメインの道があるので移動自体はたやすいのだが、歩くと三十分程度かかる。

 バリスタは一人で持って走れるような重さではない。
 設置するために運搬する事は出来るとしても、戦闘が始まった後に移動しながら運用するのは無理だろう。
 バリスタを気軽に動かせない以上、不本意ではあるが、西と東に分散配置しておくしかなかった。

 また一か所で迎撃しきれない事も十分考えられる。
 迎撃位置を多層化して迎え撃つ必要がありそうだ。
 戦闘状況によってはバリスタを放棄し、戦線を後退させるという選択も有り得る。

 あとは東西同時に襲ってくる可能性も完全には排除できない。
 人員配置を考えると、東西別々で指揮を取ったほうが良いだろう。

「ジェイコブさんの工房が西にあるからイアンが西で、東はどうするか……」

 そんな事を考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「ヒースさん、まだ起きてらっしゃいますか?」

 ブリジットさんの声だ。

「はい。起きてますよー」
夜分やぶんにすみません。ベァナの訓練がどんな感じなのかちょっと気になっていまして……」
「報告らしい報告もしておらず申し訳ありませんでした。立ち話もなんですので、どうぞ中へ」

 自分がベッドに腰かけていたので、ブリジットさんは空いていた書斎用の椅子に座っていただく事にした。

「まぁ、ヒースさんウィスプを三つも出せるのですね!」
「ベァナに教わりまして。自分では初めて魔法を使ったつもりだったのですが、ベァナが言うにはどうやら私は記憶を失う前、既に魔法を使った経験があったようだと」
「間違いありませんね。しかも訓練か実戦でかはわかりませんが、結構頻繁ひんぱんにお使いになられていたようです」
「そうなのですか?」
「ええ。ベァナも言っていたと思いますが、魔法は全般的に使えば使うほど、より難易度の高い魔法が使えるようになっています。ベァナはウィスプを二つまで出せるはずですが……もしかしてヒースさん、ベァナの前で三つお出しになりました?」

 ブリジットさんは少し不安そうな様子でそうたずねてきた。

「いえ、その時は練習だったので、彼女の言う通りに二つ目を出した所で訓練を終わりました。三つ出せると知ったのは、最近始めた寝る前の自主練習の時です」
「そうですか。うーんどうしましょうかね……」

 明らかに困っているか悩んでいる表情だった。

「もしかして、ベァナは自分の魔法に対してコンプレックスか何かを?」
「そうなんです。私が以前、魔法を使う職業にいていたとお話したと思うのですが、実はフェンブル公国の魔法大隊に所属していたのです」
「魔法大隊……」

 地球には存在しないような団体名で予想もつかなかったが、きっと魔法を扱える人々によって結成された騎士団のようなものなのだろう。
 しかも騎士と違って攻撃系の魔法を使える才能を持っていなければ入れない。

 間違いなく超エリート集団だ。

「攻撃系の魔法を使える人は珍しいという話も既に聞いていると思いますが、私の娘という事で、小さい頃は結構周りからも期待をされていましてね」

 この手の話はどこの世界でも一緒なのだなと思ってしまった。

 俺だって親父のようなトップレベルの大学に入れる学力は無かった。
 もちろん多少の劣等感は感じていたが、高度に発達した情報社会だったいう事もあって似たような境遇の人が沢山いる事も知っていたし、むしろ親と比べるという行為自体が忌避きひされるべきものという認識が定着し始めていた社会だった。

 だがこの世界は違う。

 自分のような人間が、ごくありふれた存在である事を知るすべがない。
 しかも村には自分と同じような境遇きょうぐうを持った住民は他にいないだろう。

「私も主人も娘が元気に育ってくれる事だけを願っていたので、ギスギスした大都会ではなく私の実家で育てる事にしたのですが……」

 都会というのは自身の才能で成り上がろうとする人が自然と集まる場所だ。
 魔法専門の部隊があるという事は、中には親の才能をしっかり受け継いだ子供達もいただろう。
 恵まれた子供との交流により、更に劣等感を抱えてしまう事も十分あり得る。

「村の人々の言葉に他意が無いのはわかっているのです。そしてもし王都などに住んでいたら、もっと辛い思いをしていただろうとも思っています。そういった家庭をいくつも見てきましたから」

 エリートゆえの苦悩といった所か。
 人間社会ってのはどの世界でもいつの時代でも変わらないと改めて感じた。

「なるほど。それで私がもしすごい魔法の使い手だったら、彼女が更に落ち込んでしまうんじゃないのかと?」
「いえいえ、そこまでとは思っていません。あの子も家族内でその話題が出ると辛いんだと思うのですが、他の人の才能をねたむようには育っていないと思いますので」
「ええ。私がウィスプを出した時、まるで自分の事のように喜んでくれました。」
「そうですか……それなら良かった。少し安心できました」

 彼女はいつの間にかいつもの柔和にゅうわな表情に戻っていた。

「その話と少し関係があるのですが、訓練していた時に『攻撃魔法が使えないと決まったわけじゃない』とベァナが言っていました。これはどういう事なんですか?」
「やっぱり諦めてはいないんですね……あの子らしいわ」

 ブリジットさんは笑みをこぼしながら話を続けた。

「魔法の発現には色々な条件があるという事がわかっています。ですが、実はその条件自体はまだはっきりとはわかっていないのです」
「そういえば秘薬が必要とか必要でないとか言ってましたね」
「ええ。それも条件の一つですね。共通コモンと呼ばれている魔法群は、詠唱えいしょうが要らない代わりに秘薬を必要とします。ただこの条件に関してはかなり明確なので、現在分かっている魔法に関しては、ほぼ網羅もうらされていると思います」

 やはり魔法と言えども人が操る技術という事か。
 学問のように謎を解き明かしたりしているのだろう。

「しかし詠唱の必要な魔法は発動条件が更に厳しくなります。思い浮かべるイメージが違っていても駄目ですし、当然ですが呪文が間違っていると発動しません」

 俺はウィスプを出す際、炎のイメージを思い浮かべたせいで発動しなかった。

「あとは魔法に必要なマナが足りていないと発動しません。このマナについても諸説あるのですが、基本的には体内にあるマナを使います。他の人と共有したり分け与えたりも出来ますし、光の精霊から分けていただける事もあるようです」

 マナ。これも小説か何かで読んだ事がある。
 存在しているというなら実際どんなものなのだろうか。
 存在するという事は何らかの仕組みが絶対にあるはずだ。

 そう言えばウィスプを生成した時に、小さな光が集まって来ていたが……
 あれがマナなのだろうか?

「そうそう、マナの使い過ぎには本当に注意してくださいね。死んでしまうようなことは無いのですが、場合によっては魔法が恒久こうきゅう的に使えなくなってしまう事もあるようです。私はそういった事はありませんでしたが」
「それは怖いですね。以後気を付けます」

 俺はブリジットさんが来るまでの間、ウィスプの点灯消灯を何度も繰り返していた。もし使えなくなっていたらどうしよう……

 というか自分のマナの量ってどうやって知ればいいんだ?

「マナを使いすぎると酷く疲れて体に力が入らないような状態になります。もしそうなった時はその後すぐに使用を控えればまず大丈夫です。でもだからこそ、魔法は切り札として取っておいたほうがいいですよね」

 やはり実戦で使っていただけあって、役に立つ多くのノウハウを持っている。

「私は座学はあまり真面目にやっていなかったので教えられる事は少ないのですが……魔法学については私の妹弟子に詳しい魔導士がいるので、彼女であれば色々と知っていると思うのですよね」
「それは是非お話をうかがいたい所ですね。それでその方は今どちらに?」
「ここから南に行ったダンケルドという町で魔法学を教える先生をしていますね。」
「魔法の先生……近所の町の……」
「はい、ベァナの先生です。ティネっていうんですけど、多分東方諸国の中では一、二を争うくらいの天才魔道士です」

 それほど遠くない場所であれば、行って話を聞いてみたい所だ。

「あとブリジットさん。出来ればお願いがあるのですが……」
「はい、なんでしょう?」
「村の危機を考えると……もし使えるのであればですが、私が攻撃魔法を使えるのかどうかも調べておきたくて」
「そっか……そうですね。そしたらヒースさんが明日巡回に出る時に、私も一緒に巡回に出ます。町の中で攻撃魔法を使うのは問題ありますし」
「ありがとうございます!」

 ブリジットさんは「ベァナに知られると色々と面倒なので内緒ね」と言いながら楽しそうにして帰って行った。

 確かに自分が巡回に行く為の練習を必死にしているのに、それを止めようとしている母親が自ら外に出るのは納得行かないだろう。



 沈黙は金なり、だ。


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