Wild Frontier

beck

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第一章

若人

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 ジェイコブの鋳物工房は村のはずれのほうにあった。

 村一番の大通り──
 わだちが2つ付いているので、たまに馬車が通るのであろうその道を歩いていると、少し離れた草地に二人の女の子が座って話込んでいた。
 ベァナとその友人のエレノアだろうか。
 こちらに背を向けて話しているので、俺には気付いていないようだ。

 ベァナの話だと住人が少ないのもあって、同年代の友達があまり居ないらしい。
 その中でも最も年齢が近いのがエレノアで、現在15才だそうだ。

 それを聞いてずいぶん年齢の離れた友達だなぁ等と感じていたのだが、その時初めてベァナが16才だという事を知ってかなりの衝撃を受けた。

 確かに彼女の行動にはかなり子供っぽい所があるなと感じてはいたが……典型的な日本人と比べると早熟なんだろうか。
 正直大学生くらいにしか見えなかった。

 俺はてっきり二十歳はたち前後だとばかり思っていたのだが──
 それを口にする前に年齢を聞く事が出来たのは本当に救いだ。

 ちなみにベァナからすると、俺の年齢は20代中盤くらいに見えるそうだ。俺の見立てでは明らかに三十路みそじを過ぎた働き盛りの青年(?)だったのだが、これは実年齢よりも年上に見えるというこの世界のおきてなのだと、勝手に自己完結していた。

「ジェイコブさんこんにちは」
「おおヒースさん、いらっしゃい。どうぞそこらへんに掛けてくれ」

 離れにある工房を覗くと、丁度ジェイコブが作業をしていた。
 ジェイコブの家には村の案内としてベァナと一緒に来たことがあったが、工房の中を見るのはこれが初めてだ。
 村人が鋳物いもの屋って呼んでいたため、鋳掛いかけに使う道具くらいしか無いものだと思っていたが……

「ジェイコブさん、この設備は……完全に鍛冶かじ場じゃないですか!?」
「ははは。やっぱりヒースさんは道具とか見ただけで何やってるか全部わかっちゃうんだね。そうなんだよ。俺は元々鍛冶屋を開くつもりで修業してたんだ」

 彼は少し昔の事を思い出すようにそう語った。

「女房の実家がこの村の鋳物いもの屋だったんだ。俺と女房は以前、結構大きな町に住んでたんだけど、実家の親が高齢でもう仕事を続けられないって話を聞かされてね。女房も鋳掛いかけくらいは出来るんだが……子供が出来たばかりで別居っていうのは考えられなかったので移住してきたのさ」
「お子さん──イアンさんですか」
「そうそう、そうなんだよ。それでこの村に引っ越しする時に、元々鍛冶屋を開くつもりで貯めていた資金で設備を揃えたんだ。田舎だから資材の調達とか道具の運搬費用だけで、すっからかんになっちゃったんだけどね!」

 笑い話のように言っているが、町で鍛治屋を構える、という夢をあきらめるのは断腸だんちょうの思いだったに違いない。
 そしてこの村は今でこそ強力な魔物の脅威きょういに脅かされているが、普段はそれほど物騒な土地ではない。狩りに使える弓の需要はあっても、武器を鍛造たんぞうするような需要は少ないだろう。

 もちろん包丁やナイフの需要はあるだろうが、それも各家庭に砥石といしさえあれば、普段はそれで事足りてしまう。だから村人達にとってはあくまで奥さんの実家が続けてきた鋳物いもの屋という認識のままなのだ。

 そんな事を考えていると、ジェイコブから俺の要件について振ってくれた。

「いやーあのコイルばねっていうグルグル巻きのバネさ、どうにか作りたいなとは思ったんだけどねぇ。どうにも時間がかかりそうなので、とりあえず違う方法でトリガーだけ作ってみたんだよ」

 彼はそう言って手頃な木材にくっ付けたクロスボウのトリガーを渡してきた。

「実はこの事について相談しようと思っていたのですが……ジェイコブさんコイルばねの代わりに板ばねを使って実現させたんですね!」

 コイルばねの方が軽量で耐久性があるのだが、この板バネでも十分トリガーの役割は果たすし、何より生産しやすい。
 やはり普段から職人やっている人は、実用的な物を造り出す頭を持っている。

「正直言うとちょっと悔しいんだけどね。コイルばねのほうが少ない材料でも板バネと同等以上の効果が出せるし、他にも色々な使い道があるだろう?」
「いやそこまで分かったうえで、実戦で使えるものをすぐに準備出来てしまうって所が流石さすがです。しかもこの板バネだって、普段鋳物で使ってる鋳塊インゴットでは無理でしょうし」
「こういうのって普段やってない人にはその苦労が全く伝わらないんだよねぇ。ヒースさんにそう言ってもらえるだけで、やる甲斐が出るってもんですよ」

 そう言って苦笑いしながら、彼は試作品のトリガーを俺に渡してきた。

「ボルタの工房にも顔を出すんですよね? 多分奴は『さっさと部品持って来んか!』とか思ってるはずなので、ついでに渡してやってはくれませんか」
「わかりました。ジェイコブさんも無理はしないようにしてくださいね。うちの村には他に金属加工出来る職人がおりませんので!」

 村には他にも何人かの職人が居たが、それは陶芸士や炭焼き職人などだ。
 武器を作れそうな職人はボルタとジェイコブ、そしてボルタの弟子のジェイミーくらいしか居ない。
 貴重な人材だ。

「あいよ。ちゃんと休憩を取って、コイルばねはその時間にチャレンジするよ!」
「全然休み取れてないじゃないですか!」

 お互いに笑いつつ、俺はその場を後にした。
 やはり彼はボルタとコンビを組んだほうが良いと思う。



 工房を後にして暫く歩いていると、村の入り口のほうからも二人の若い兵士が歩いて来る。
 ジェイコブの息子のイアンとボルタの息子のショーンだ。
 村の入り口付近の巡回らしい。
 二人は結構弾んだ様子で話をしていたが、俺の存在に気付くと話を止めてこちらを見た。

「お二人さん、こんにちは」
「ヒースさんこんちわーっす」

 ちょっと軽い様子で挨拶してきたのはイアンだ。
 彼は兵士として国軍に何年か勤めていて、今年騎士見習いになったそうだ。

 アラーニ村が所属するこのフェンブル公国では、男子は16才以上になると徴兵され、最低二年は見習い兵士訓練を積むらしい。
 しかしその後については自由で、軍に残って騎士を目指しても、家業を継いでも全く問題無い。

 現代日本であれば徴兵制自体が大問題であろうが、魔物による侵略が日常茶飯事であるこの世界にとってはかなり良心的な徴兵制だと言える。
 二年間国からしっかり給料を貰いながら兵士としての訓練を受けられる上に、村に帰る選択をしたとしても既に魔物と戦う術が身に付いた状態での帰郷となるわけだ。

 しかも軍に残ったとしても、イアンのように故郷を守る仕事を選ぶことも出来る。
 多くの兵士はどうせ働くのなら自分の故郷がいいだろうし、自分の家を守るのだからサボる事はまず無いだろう。
 兵士達に進んで国を守らせることが可能なわけだ。

 イアンは兵士だという割にはあまり緊張感が無く、いつも調子の良さそうな口調で話をする。
 それでも挨拶はきちんとするし、父親のジェイコブもかなり気さくな職人なので、元々そういう性格なのかもしれない。
 なかなかいいキャラをしている。

 問題なのはボルタの息子、ショーンだ。

 彼は一度も俺に挨拶をしたことが無い。

 今時の若者は挨拶も出来ないのか!? などという説教をしたいわけではない。
 挨拶しないだけならまだしも、俺の顔を見るなりいつも不機嫌そうにしてそっぽを向かれてしまうので、こちらとしても対応に困るのだ。

 最初はそういうお年頃なんだろうと思っていたのだが、いつもあまりにも露骨なので、今日は思い切って理由を訊ねることにした。

「ショーンくん、なぜいつも機嫌が悪そうなんだい?」

「……」

 余計に機嫌が悪くなった。

 横でイアンを見てみると、何か言いたそうにしていたのだが、しばらくするとショーンが俺に向かって一言言い放った。

「お前が来てから村のみんなどころか、うちの親父までヒース殿ヒース殿ってうっせぇんだよ! ホブゴブリンを倒した証拠も無いのにさ!」

 ああ……
 理由はわからないが、いつの間に嫌われてたって事か。

 そして確かにあの巨大な魔物を倒した証拠なんか持ってない。

「そうだね。歯か骨でも持ってくれば良かったんだけど、その後大勢のゴブリンに追われてしまってね」
「ゴブリンくらいイアン兄ちゃんだって倒せるし、全然すごくなんか無いんだからな!」

 そう言うと彼は俺たちから離れるようにして走り出した。

「おい、ショーン!」

 イアンはそう言って彼を引き留めようとしたが、ショーンはそのまま走り去ってしまった。追わないのかと思ったのだが、イアンの実家は俺がさっきまでお邪魔していたジェイコブ工房だ。

「ヒースさんすんません。あいつ悪い奴じゃないし、いつもは俺が村を守る! なんて言っているくらいの熱血漢で、すげー真っ直ぐな奴なんすよ」

 イアンは申し訳なさそうに話を続けた。

「ボルタさんがあんな感じじゃないですか。それでショーンはいつも親父さんにどやされてるんす。職人の修業も中途半端で全然真面目にやらなかったし、兵士としても全然話にならん、ヒース殿を見習えって」

 17歳の若者にそれを期待するのは確かに結構辛いところがある。
 村を守りたいって思うだけで十分正しく育っているとは思うのだが。
 息子に期待を掛ける気持ちはわかるが、あまり多くを望むとプレッシャーになる。

 というか俺が今から行こうとしているのは当のショーンの家ではないか。
 ボルタさんに少し話をしておくか。

 そういえばイアンは家業を継がないのだろうか?

「親父さんで思い出したんですが、さっきまでジェイコブさんの工房にお邪魔してたんですよ。イアンさんは家業は継がないのですか?」
「うーん。なんつうか……ピンと来ないんすよね。職人っつっても鋳掛いかけ屋じゃないすか。家業を継いだら、俺この先ずっと鍋の修理だけして生きていくのかなとか考えちゃって」

 進路に悩む時期は誰にでもある。
 ジェイコブは鍛造だって出来るほどの冶金やきん技術や設備を持っているのだから、昭和まで続いた鋳掛いかけ屋と同種の職人なわけではない。

 とは言っても平時はどうしても鍋の修理といった需要しかないので、傍目《はため》から見るといつも同じ作業をしているようにしか見えないのも致し方ない所であろう。

「さっき工房にうかがったんです。それで預かったこの部品なのですが」

 俺はそう言ってトリガーをイアンに見せた。

「この部品、いつもやってらっしゃる鋳造ちゅうぞうでは作れないものなんです。かなりいい技術を持ってらっしゃいますよ、ジェイコブさんは」
「そうなんすか……まぁ自分が興味を持たずに成長したから気付かなかったのかも知れないっすね。確かにうちの親父は真剣に仕事に取り組んでいました」

 少しお調子者感のあるイアンだったが、それでも思う所があるようだった。

「しかし……ヒースさんはすごいっすよね。ホブゴブリンを倒せる程の凄腕剣士かと思えば、うちの親父とかボルタのおっちゃんとも対等以上に話が出来て」
「イアンさんは俺の魔物討伐を疑わないんですか?」
「ホブゴブリンの話っすか? 嫌だなぁ、自分これでも軍に六年も居るんすよ? 剣士の良し悪しくらいはある程度分かります。あと親父伝手つてで聞いたホブゴブリンの特徴が、うちの隊長が話していたのと全く同じだったんすわ」

 軍の隊長を務めるような人であれば、魔物との戦闘経験も豊富なのだろう。

「自分が戦った魔物が何だったのかあまり自信が無かったんですが、やっぱりホブゴブリンで正解だったんですね。これはやはり念入りに警戒に出ないと」
「あの、もし宜しければなんっすけどね、ホブゴブリンとの戦いについて教えておいていただけないっすかね? 村にはヒースさん並みに戦える人は他に居ないですし、そうなると軍に所属している俺くらいしか他にまともに戦える人居ないんで」

 見た目や口調から軽薄な印象を受けていたのだが、実のところイアンは真面目な性格のようだ。
 同じ軍属と言っても兵士見習いのショーンには荷が重いだろうし、自分がしっかりしなければと思っているのだろう。

 俺はイアンにゴブリンとホブゴブリンの違いや特徴、そして弱点についていくつか身振り手振りをしながらレクチャーした。

「……なるほど。ホブゴブリンの弱点は喉元ってわけっすね。ちょっと狙うの大変そうですね」

 イアンの研究熱心な所はもしかしたらジェイコブ譲りなのかもしれない。

「それにしてもヒースさんやっぱすごいっす。俺とたいして年変わらなそうになのに、うちの隊長よりも話が具体的でわかり易いですし、対魔物戦の経験も多そうです……そりゃショーンがいくら気張っても気なんか引けないっすわ……」

 え? ショーンが気を引くって、誰の気を引こうとしているんだ?
 あんな態度を見せておいて気を引く相手が俺って事は無いよな……
 俺にそんな趣味は一切ないぞ!?

 俺が慌てた様子で考え込んでいたので、イアンは「ヒースさんではなく、女の子ですよ」と笑いながら答えをくれた。

 俺のちょっとした懸念けねん払拭ふっしょくされたので、彼とはまた時間がある時に対魔物戦のレクチャーをしようと約束をし、その場で別れた。


 しかしその後イアンとの話を思い出して、ふと疑問に思った事があった。

 ショーンが気を引こうとしている女の子に、なぜ俺が関係しているのだろう?

 暫く考えながら歩いていたのだが、ボルタの工房に到着してジェイコブ作のトリガーを渡した頃には、すっかり頭の中から抜けていた。



 結局その後一度も思い出さないまま、いつしかその事自体を忘れてしまった。


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