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第一章
娯楽
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それからは巡回と訓練を繰り返す日々が続いた。
そんな日々の中、以前ニックと約束していた遊び道具について考えてみた。
本当はトランプを作りたかったのだが、紙が貴重という事もあり一旦保留に。
絵や数字を描かなければいけないので、俺一人で作るのも難しい。
和紙の作成方法は覚えているので、その時にまたチャレンジすればいいだろう。
チェスや将棋のようなコマを動かす遊びもいいかと思ったのだが、普段戦争ごっこをして遊んでいる子供達の事だ。
もっと単純で、かつ競い合えるような遊びのほうが良いのではないか?
「というわけで、俺が用意したのがこれだ」
今日はベァナに村の用事があったため訓練は休みにし、村長宅の食堂兼居間で新しい遊びの発表会を行っていた。
参加者は俺とニックの二名。
そしてそのニックが手にしているのが『独楽』。
その名の通り一人でも遊べるが、遊び方によっては何人かで遊ぶ事も出来る。
初めは自力で作っていたのだがバランスが悪かったせいか回りが悪く、結局金属製の軸をジェイコブ、本体と最後の仕上げをボルタに頼んでしまった。
村に危機が迫っている状況なので怒られるかと思いきや、2人とも興味を示して結局自分達の分も作って遊んでいた。
「どうやって遊ぶの?」
「こういう感じで手で回すことも出来るけど……勢いが足りないのですぐ止まってしまうよね。だからすごい勢いで回したいんだったら……これを使う」
ポケットから取り出したのはボルタに分けてもらった麻紐だ。
「この麻紐を軸の中心から広げていくように軸にぐるぐる巻き付け、そしてこんな感じで掌に載せるように持ち、床に向かって思いっきり……投げ付ける!」
麻紐から放たれた独楽は、手で回した時の数倍のスピードで回った。
「ほんとだ! 全然倒れないや!」
ニックにも麻紐を渡し、一緒に紐を巻いていく。
単純なようだが結構コツがあって、緩く巻き過ぎると回らずに紐だけが解けてしまうし、あまりきつく巻こうとすると、紐が途中で崩れてしまう。
しかし興味を持った子供の集中力・吸収力は凄まじいもので、特に教えなくても何度も試行錯誤しているうちに勝手にマスターしてしまった。
「ねぇねぇ、すごい時間回ってるよ!」
楽しんでもらえたようで安心した。
「ヒース兄ありがとう! すっごい面白いけど……でもこれみんなで遊べるようなものじゃないよね?」
「そう思うだろう? 一応このままでも『せーのっ!』でみんなが一斉に回して、最後まで回ってた奴が勝ちっていう、名付けてサバイバル独楽回しっなんていう遊びも出来るぞ」
「それ面白そうだね!」
「まぁ名前は俺が今適当に考えた。しかしニックくん。実はもっと熱い戦い方があるのだよ!」
「ほんと!?」
「あぁ。しかしそのためには独楽専用闘技場の建設が必要だ。そして俺はその準備をしては来たのだが、完成まであと一歩の所で建設が中断されてしまったのだ」
因みに準備したものというのは洗面器くらいの大きさのたらいだ。
それもボルタから譲ってもらったのだが、邪魔になるので今は外に置いてある。
ニックはなにやら面白そうな遊びの予感を感じてか、普段よりも幾分前のめりで話を聞いていた。
「どうすればその闘技場が完成するの!?」
「ニックくん、私に手を貸してくれるかね?」
「もちろんです!」
俺はニックに小さなテーブルが全部覆えるくらいの布の入手、という極秘任務を与えようとした。
しかし……
彼がその指令を完遂する事は無かった。
「ヒ・ィ・ス・さ・ん?」
体がビクっと反応した。
後ろでベァナが全部聞いていたのだ。
子供なら誰しもが喜ぶ秘密指令を与えようとしただけだったのだが……
まさかこんな形で情報漏洩してしまうとは!?
「普通に私に言ってくれれば用意しますのに……というか物を勝手に移動されたりすると片付けるの大変なんで、ちゃんと言ってくださいね!」
「いや……申し訳ない……」
ベァナは半ば呆れたような顔でそう言っていたが、少し落ち込んだ様子の俺を見ると吹き出して笑っていた。
「ねぇお姉ちゃん! 大きめの布どこかに無い!?」
「使わなくなった古い麻袋があったと思うから、それ持ってくるわね」
かくして独楽専用闘技場が落成した。
布はジェイコブから貰ってきた真鍮製の鋲で留め、しわにならないようピンと張る。
なんの事はない、たらいの上に布を張って、その上で複数の独楽を回して戦わせる、いわゆる喧嘩独楽だ。
早速外に出て二人で対戦をしたのだが、何故か俺の独楽ばかり外にはじき出されていた。まぁニックが今まで見た事が無いくらいにはしゃいでいたので、これはこれで良しとしよう。
その後、独楽が子供たちの間でブームになって行ったのは言うまでも無い。
その殆どは俺の想定内で物事が進んでいったのだが、二つだけ想定外の誤算があった。
一つ目はボルタの工房に子供達が殺到したこと。
俺がボルタに頼んで作ってもらったのだから、普通に考えればそうなる事は予測出来たはずである。
迂闊だった。
二つ目は……
ボルタと会う度、苦情を聞く羽目に陥った事だ。
◆ ◇ ◇
<トランプ>
トランプの起源については色々な説が唱えられ、長い間議論が続いている。タロットカードから派生したという説が実しやかに伝えられているが、この説は現在では否定的な意見が多い。
最も有力なのは、中国で生まれて広まっていったという説である。一説によると古代中国で使われていた占い棒が、紀元前150年頃に発明された紙の影響を受けて棒から細長い紙へ置き換わったのが始まりだとされている。
現在知られている直接的な起源としては、9世紀頃の中国で皇女とその親戚が『札遊び』をしたという言い伝えである。現在その記録は失われてしまっているが、中国ではその後も札遊びが続けられていたようで、11世紀には木版印刷による札が登場する。
とは言ってもヨーロッパで使われていたトランプと中国の札との間にはいくつもの大きな相違があり、長い間この二つの関係性について語られる事は無かった。
この二つが繋がるきっかけは西暦1938年にイスラム世界の研究で有名なL.A.メイヤー教授によってもたらされた。彼はイスタンブールにあるトプカプ宮殿博物館の収集品の調査をする中で、1組52枚のカードに出会った。このカードは西暦1400年頃のマムルーク朝で使われていたもので、枚数や意匠などがイタリアで使用されていた初期のトランプに酷似していた。
そのカードには『剣』『スティック』『聖杯』『貨幣』の4つのスートが示されており、これらはそれぞれスペード・クラブ・ハート・ダイヤに相当する。また偶像崇拝を禁止するイスラムの掟に従い絵こそ描かれてはいないが、マリク(王)、ナーイブ・マリク(総督)、ナーイブ・サーニー(副総督)を表すアラビア語の銘文が記された絵札に相当するカードも存在していた。10枚の数字カードと絵札を合わせて1スート13枚という事からも、西洋のトランプへ強い影響を与えた事が推測される。
数々の類似点はあるものの、一点だけ西洋のトランプとは決定的に異なる部分があった。
それはトランプの形状である。
アラブの国で発見されたトランプは、非常に薄く、縦に長い形状をしていた。
そしてこれはヨーロッパのトランプよりも、むしろ中国で使われていた札とほぼ同じ形状だったのである。
そんな日々の中、以前ニックと約束していた遊び道具について考えてみた。
本当はトランプを作りたかったのだが、紙が貴重という事もあり一旦保留に。
絵や数字を描かなければいけないので、俺一人で作るのも難しい。
和紙の作成方法は覚えているので、その時にまたチャレンジすればいいだろう。
チェスや将棋のようなコマを動かす遊びもいいかと思ったのだが、普段戦争ごっこをして遊んでいる子供達の事だ。
もっと単純で、かつ競い合えるような遊びのほうが良いのではないか?
「というわけで、俺が用意したのがこれだ」
今日はベァナに村の用事があったため訓練は休みにし、村長宅の食堂兼居間で新しい遊びの発表会を行っていた。
参加者は俺とニックの二名。
そしてそのニックが手にしているのが『独楽』。
その名の通り一人でも遊べるが、遊び方によっては何人かで遊ぶ事も出来る。
初めは自力で作っていたのだがバランスが悪かったせいか回りが悪く、結局金属製の軸をジェイコブ、本体と最後の仕上げをボルタに頼んでしまった。
村に危機が迫っている状況なので怒られるかと思いきや、2人とも興味を示して結局自分達の分も作って遊んでいた。
「どうやって遊ぶの?」
「こういう感じで手で回すことも出来るけど……勢いが足りないのですぐ止まってしまうよね。だからすごい勢いで回したいんだったら……これを使う」
ポケットから取り出したのはボルタに分けてもらった麻紐だ。
「この麻紐を軸の中心から広げていくように軸にぐるぐる巻き付け、そしてこんな感じで掌に載せるように持ち、床に向かって思いっきり……投げ付ける!」
麻紐から放たれた独楽は、手で回した時の数倍のスピードで回った。
「ほんとだ! 全然倒れないや!」
ニックにも麻紐を渡し、一緒に紐を巻いていく。
単純なようだが結構コツがあって、緩く巻き過ぎると回らずに紐だけが解けてしまうし、あまりきつく巻こうとすると、紐が途中で崩れてしまう。
しかし興味を持った子供の集中力・吸収力は凄まじいもので、特に教えなくても何度も試行錯誤しているうちに勝手にマスターしてしまった。
「ねぇねぇ、すごい時間回ってるよ!」
楽しんでもらえたようで安心した。
「ヒース兄ありがとう! すっごい面白いけど……でもこれみんなで遊べるようなものじゃないよね?」
「そう思うだろう? 一応このままでも『せーのっ!』でみんなが一斉に回して、最後まで回ってた奴が勝ちっていう、名付けてサバイバル独楽回しっなんていう遊びも出来るぞ」
「それ面白そうだね!」
「まぁ名前は俺が今適当に考えた。しかしニックくん。実はもっと熱い戦い方があるのだよ!」
「ほんと!?」
「あぁ。しかしそのためには独楽専用闘技場の建設が必要だ。そして俺はその準備をしては来たのだが、完成まであと一歩の所で建設が中断されてしまったのだ」
因みに準備したものというのは洗面器くらいの大きさのたらいだ。
それもボルタから譲ってもらったのだが、邪魔になるので今は外に置いてある。
ニックはなにやら面白そうな遊びの予感を感じてか、普段よりも幾分前のめりで話を聞いていた。
「どうすればその闘技場が完成するの!?」
「ニックくん、私に手を貸してくれるかね?」
「もちろんです!」
俺はニックに小さなテーブルが全部覆えるくらいの布の入手、という極秘任務を与えようとした。
しかし……
彼がその指令を完遂する事は無かった。
「ヒ・ィ・ス・さ・ん?」
体がビクっと反応した。
後ろでベァナが全部聞いていたのだ。
子供なら誰しもが喜ぶ秘密指令を与えようとしただけだったのだが……
まさかこんな形で情報漏洩してしまうとは!?
「普通に私に言ってくれれば用意しますのに……というか物を勝手に移動されたりすると片付けるの大変なんで、ちゃんと言ってくださいね!」
「いや……申し訳ない……」
ベァナは半ば呆れたような顔でそう言っていたが、少し落ち込んだ様子の俺を見ると吹き出して笑っていた。
「ねぇお姉ちゃん! 大きめの布どこかに無い!?」
「使わなくなった古い麻袋があったと思うから、それ持ってくるわね」
かくして独楽専用闘技場が落成した。
布はジェイコブから貰ってきた真鍮製の鋲で留め、しわにならないようピンと張る。
なんの事はない、たらいの上に布を張って、その上で複数の独楽を回して戦わせる、いわゆる喧嘩独楽だ。
早速外に出て二人で対戦をしたのだが、何故か俺の独楽ばかり外にはじき出されていた。まぁニックが今まで見た事が無いくらいにはしゃいでいたので、これはこれで良しとしよう。
その後、独楽が子供たちの間でブームになって行ったのは言うまでも無い。
その殆どは俺の想定内で物事が進んでいったのだが、二つだけ想定外の誤算があった。
一つ目はボルタの工房に子供達が殺到したこと。
俺がボルタに頼んで作ってもらったのだから、普通に考えればそうなる事は予測出来たはずである。
迂闊だった。
二つ目は……
ボルタと会う度、苦情を聞く羽目に陥った事だ。
◆ ◇ ◇
<トランプ>
トランプの起源については色々な説が唱えられ、長い間議論が続いている。タロットカードから派生したという説が実しやかに伝えられているが、この説は現在では否定的な意見が多い。
最も有力なのは、中国で生まれて広まっていったという説である。一説によると古代中国で使われていた占い棒が、紀元前150年頃に発明された紙の影響を受けて棒から細長い紙へ置き換わったのが始まりだとされている。
現在知られている直接的な起源としては、9世紀頃の中国で皇女とその親戚が『札遊び』をしたという言い伝えである。現在その記録は失われてしまっているが、中国ではその後も札遊びが続けられていたようで、11世紀には木版印刷による札が登場する。
とは言ってもヨーロッパで使われていたトランプと中国の札との間にはいくつもの大きな相違があり、長い間この二つの関係性について語られる事は無かった。
この二つが繋がるきっかけは西暦1938年にイスラム世界の研究で有名なL.A.メイヤー教授によってもたらされた。彼はイスタンブールにあるトプカプ宮殿博物館の収集品の調査をする中で、1組52枚のカードに出会った。このカードは西暦1400年頃のマムルーク朝で使われていたもので、枚数や意匠などがイタリアで使用されていた初期のトランプに酷似していた。
そのカードには『剣』『スティック』『聖杯』『貨幣』の4つのスートが示されており、これらはそれぞれスペード・クラブ・ハート・ダイヤに相当する。また偶像崇拝を禁止するイスラムの掟に従い絵こそ描かれてはいないが、マリク(王)、ナーイブ・マリク(総督)、ナーイブ・サーニー(副総督)を表すアラビア語の銘文が記された絵札に相当するカードも存在していた。10枚の数字カードと絵札を合わせて1スート13枚という事からも、西洋のトランプへ強い影響を与えた事が推測される。
数々の類似点はあるものの、一点だけ西洋のトランプとは決定的に異なる部分があった。
それはトランプの形状である。
アラブの国で発見されたトランプは、非常に薄く、縦に長い形状をしていた。
そしてこれはヨーロッパのトランプよりも、むしろ中国で使われていた札とほぼ同じ形状だったのである。
応援ありがとうございます!
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