Wild Frontier

beck

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第一章

継承

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 メルドラン王城近くに建つ貴族の豪邸。
 その一室の執務机に、一人の王子が座っていた。

 彼は銀製のカップに入った液体を左手でくるくると回しながら、その神経質そうな顔を目の前の部下に向けた。

「で、第二王子の行方はまだわからないと?」
「申し訳ございません。アルフレッド様の交友関係があまりにも広いため、なかなか足取りを特定できず……」

 部下は捜索が進まない事について、そしりを受けるのは免れないだろうという覚悟はしていた。
 しかし驚いたのは、あるじの怒りの原因だった。

「様? 様だとっ!? あいつは魔族との闘いの中、一人だけ逃げ出すような腑抜けぞ? それを未だに様付けで呼ぶとは……まさかあいつにまだ継承権があるとでも思っているのか!!」

 いくら主と敵対していても、一国の王子に敬称を付けるのは国民として当然だ。
 まさかそんな些細ささいな所で逆鱗に触れるとは……
 部下は咄嗟とっさに、その場を乗り切るための言葉を発した。

「いえっ、滅相めっそうもございませぬ! 王位を継承するに相応しい御方は、この国難の中でも王都に残り執務を続けていらっしゃるアイザック様以外にございませぬ」
「そうだな。バカ兄貴アルフレッドは国民の前に引きずり出して審判を仰ぐべきなのさ! 敵前逃亡をするような王子に継承権等ありはしない、とな!」

 部下の言葉に気を良くしたのか、彼の表情はじきに元に戻った。

「王位を継ぐに相応しい人間など、もうこの王都には誰も残っていない。アーサーもこんな時期に病死とか、神罰でも下ったんじゃないのか!?」

 そう言いながら彼……第四王子で知られるアイザックは椅子を左右に揺らしながら笑みを浮かべていた。
 暫くそうしながら王座に就いた後の妄想にふけっていた王子であったが、何か思い出したのか、再び機嫌が悪くなった。

「そう言えば……あれはどうなったのだ? 王城の老害共が噂している、継承権を返上したというコノルだかコナーだか言う廃王子の話は?」
「第二王妃様が協力者に指示をして独自に追っているようでして……王妃様からはそちらには手を出すなと、厳命を受けております」
「母上が?……そうか。それならば母上の指示通りにせよ。母上の指示に従っておけば間違い無いからな!」
かしこまりました」
「うむ。下がって良いぞ」

 配下は一礼をし速やかに退室すると、ほっとした表情で執務室を後にした。


 
「まぁ、継承権を放棄した人間が王を継ぐことはなかろうし……となると、やはりアルフレッドの継承権さえ剥奪はくだつ出来れば……」

 
 彼自身は第四王子という事もあり、今まで王位継承について考える事が無かった。
 より正確には、考える必要が無かった、というのが実のところだろう。
 圧倒的カリスマのレオナルド、外交に長けたアルフレッド、気さくで国民に人気のアーサーなど、優秀な兄達の存在。
 一方第四王子のアイザックは、まだ若いという事もあって出陣回数も少なく、目立った功績を挙げられていない。

 しかしそれはそれで良かったのだ。
 王位を継ごうなどとは、はなから思っていなかったのだから。

 それに仮に兄達と同程度の功績を残せたとしても、継承順位が変わる事はない。
 そして同時にこうも思っていた。


 そもそも兄達を超えられるような才能は自分には無い、と。


 兄達に対するコンプレックスや親の影響も相俟あいまって、彼の性格は成長するにつれて歪んでいった。
 それでも部下に当たり散らしたり、気に入った下女にちょっかいを出すなどの行為で、今までなんとか自尊心のバランスは取れていたのだ。



 だが以前であれば考えもしなかった『王座』が……

 気付くと目前もくぜんにあった。

 そして彼は単純に『王座それ』を、欲しいと思ってしまった。



 しかしながら、王には国や国民を守る責務があるという事を『その言葉を知っている』というレベルでしか、彼は理解出来ていなかった。
 それも仕方がない事であろう。
 国家の存続を左右するような重大な決断は、全部父や兄達が彼の代わりに行ってくれていたのだ。
 何もする必要が無かった可哀そうな彼に、まつりごとの真髄など理解出来るはずもない。


 何も考えず幸せな日々を過ごしてきた彼にとっての『王座それ』は……



 自己顕示欲を満たす為の道具でしかなかった。



 認められて来なかった自分を、認めさせるためのもの。
 そこに座りさえすれば、皆が無条件にその身をかしぐ便利な道具。
 彼は下品な笑みを浮かべこうつぶやくのだった。



「早く国内を制圧して……姉上の嫁ぎ先を懲らしめないとな!」



 そうして彼は王座に就いた後の妄想に、いつまでもふけるのであった。





……二章へ続くto be continued




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