Wild Frontier

beck

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第一章

丘を越え、遠くへ。

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「それは絶対にゆるさんぞぃ!!!」

 家中に響く村長の声で目覚めた。
 何事だろうか?

「魔法の勉強をしに行く時はOKしてくれたじゃない!」
「あれはブリジットの知り合いの家に住み込みという話だったから許可したのじゃ。ダンケルドなら馬車で四日もあれば行ける」
「だからそのダンケルドに行くって言ってるの!」
「ダンケルドはあくまで経由地で、目的地ではないじゃろが!」

 その話は……まさに俺の今後の行動予定ではないか。
 このパターンは、もしかして……

「おはようございます……」

 昨晩はジェイコブ宅でボルタと共に、夜遅くまで職人談義という名の酒盛りをしていた。そのため、俺だけ一家の食事が終わったタイミングでの起床になった。
 要は寝坊だ。

 食堂には定位置に座る村長とベァナ、そして家事がひと段落したブリジットさんがいた。食後の休憩中にこのやり取りが始まったようだ。
 ニックは多分、この状況から逃げるために遊びに出ていったのだろう。

「ああヒース殿。ヒース殿からもおっしゃっていただけませんか?ベァナが村を出ていくと言っているのじゃ」
「私は村を出ていくのではありません。ヒースさんに同行するのです!」


 この光景には不思議と既視感デジャヴがあった。


……と思ったのだが、すぐに村の周りを巡回する時のやり取りだったと気付く。

 既視感デジャヴ等ではなく、これはていた事実だ。

 しかしまさかこんな展開になるとは。
 巡回どころの話ではない。

「ヒースさんは記憶が無く、文字まで読めなくなってしまっているのです。そんな状態の恩人を、お爺様は村の外に一人放り出せとおっしゃるのですか!?」

 ベァナの頭の回転の速さにはいつも驚かされる。
 確かに彼女の言う通りだ。
 俺ですらその事実に気付いていなかった。

 というか文章の読み書き出来ないのにどうするんだよ、俺……

「いや放り出すわけではなく、ヒース殿のご意志で村を出ていくと……」

 先程から村長の視線が度々俺に突き刺さる。
 俺の言葉で彼女が思い留まるかは正直疑問だ……
 しかし村長の気持ちも良く分かる。

「ベァナ、村長は君の身を心配して……」
「ヒースさんは私の願いは断れない、とおっしゃってくれました」
「うむ……」

 ああ。確かに言った。

 もはや俺に彼女を止めるすべは……一つも無い。

「ヒース殿、なんて事を……ベァナの望みを全部聞いてなどいたら、とんでもない事に……」
「お爺ちゃん、その言い方ひどくない!?」
「わしはお前のお願いをかなえる為に、庭の菜園を全部ハーブに変えたのじゃぞ!」
「ああ……あれは本当に助かったわ、お爺ちゃん!」

 いつも村長が手入れしているハーブは、ベァナからのお願いだったか。
 しかし実際のところ、村長は楽しそうに庭いじりをしていたのでお互い様のような気もする。

「まぁそれはそうとして、ヒース殿が断れない事に付け込んで同行するのもけしからんし……そもそも路銀ろぎんはどうやって工面くめんするのじゃ……ぶつぶつぶつ」

 村長は若いころ都会で生活していた事もあり、色々と心配なのだろう。
 ベァナは母であるブリジットさんの美貌びぼうを受け継いでいる。
 間違いなくちょっかいを出してくる奴等がいるだろう。
 もし俺に同行するというならば、不埒ふらちやからは全力で排除するが……

 俺は想定される危険についていくつか具体例を挙げ、ベァナに同行を諦めさせる、という方向性で説得する事にした。
 家族が納得していない状況は、俺としても本意ではない。

 すると思いつく限りの心配事をつぶやいていた村長に、ブリジットさんが声を掛けた。

「おとうさま、あのですね……」

 彼女は村長のそばに寄り、耳元で何か伝えていた。
 内容まではわからない。

 ……が、それを聞いた村長の顔がみるみる笑顔に変わっていく。

「ほうほう……それはそうじゃ……うむ……それじゃな!!」

 ブリジットさん、何を吹き込んでいるんですか!?
 すると村長はベァナではなく、俺に向かってこうおっしゃった。


「今後ともベァナを末永く宜しゅう頼みますじゃ」


「はいぃ??」
「お爺ちゃんありがとう~~!!」



 どうしてこうなった!?



 その後ブリジットさんに何を言ったのか確認したが……

『うふふ。内緒』

 と言うだけで何も教えてくれなかった。




 あ・・れ……?




 これも既視感デジャヴ!?





    ◆  ◇  ◇





「牙はもう馬車に積んであるので、換金して旅費の足しにしてくれ」
「何から何までありがとうございます」

 魔物の牙は、それを倒した証明としての冒険者ギルドで換金出来る。
 今回の戦いでは村の人たちがそれらを集め、餞別せんべつとして俺たちに全て譲ってくれた。

 今回の魔族襲撃については、確かにベンが魔物に追われて村に飛び込んで来た事が直接の原因ではある。
 しかし決して故意ではないし、むしろ彼も犠牲者の一人だ。
 そこで今後の襲撃に備え行商人のベンから護衛を頼まれていたが、その代わりに馬車の運賃を無料にしてくれるというので、その場で快諾かいだくした。

「こんな事なら荷馬車を急いで直さなくても良かったな! そもそもあんたのせいで村が酷い目に遭ったわけだしな!!」
「そこはもう、骨を積み荷全部と交換したって事で、それで赦してくださいボルタさん……」

 ボルタが難癖付けている相手は行商人のベンだ。
 彼の馬車は襲撃でまともに走れる状態では無かったので、ボルタが修理した。

 そして彼の言うゴブリンの骨。
 骨はそれほど高くは売れないのだが、一応粉砕したものが各種製造業で使われたり、農地の地力改善などに使われたりするようだ。
 骨の利用法が元の世界と同じという事は、その主成分も脊椎《せきつい》動物と同様でリン酸カルシウムなのだろう。

「ボルタさん、勘弁してあげてくださいよ。折角運賃をタダにしてくれたのに、機嫌損ねて有料になったら俺が困るんで!」
「そんな事言い出したら馬車の板材丸々がして、全部羽子板はごいたにしてやるわ!」
「ボルタさんならやりかねないかも」

 ベァナも普通に恐ろしい事を言う。しかも笑顔でだ。

「ひぃぃいい、勘弁してください!!」

 既に出発の準備は整っている。

 別れの前の、ちょっとした冗談の一つだ。





「ベァナ、そろそろ出発だけど、挨拶とか大丈夫かい?」
「はい。お友達にも一通り挨拶してきたので、いつでも大丈夫です」

 俺も既に何日もかけて村中に挨拶をして回っていた。
 そのせいもあって見送りは多くなかったが、村長一家は全員見送りに来てくれた。
 ニックが駆け寄って来る。

「お姉ちゃん。また戻って来るんだよね!?」
「当たり前じゃないの。だってここは私の村よ?」

 そう言ってベァナはニックの頭を優しく撫でた。

「そっか……そうだよね。ヒース兄も戻って来るんだよね!?」
「そうだな……色々とひと段落したら必ず戻って来るよ」
「約束だよ!?」

 俺の素性が分かり、そして何も問題無いなら、いつでも戻って来るつもりだ。
 彼は握った小さな拳を俺に向けて来た。

「ああ。約束だ」

 そして握った拳を互いに軽く合わせる。
 この地域にはこういった際に使えるジェスチャーが無かったので、以前、試しにニックに教えていた。
 彼はこれを気に入ったようだ。

「ヒースさん、ティネによろしくね。あと彼女にはくれぐれも気を付けてね」
「ティネさんって研究熱心な方で、野蛮な事は嫌いだって聞いていますが?」
「まぁその時になったらわかるので覚えておいて! そしてベァナちゃんも」

 ブリジットさんはそういって娘をハグし、頬に軽くキスをした。

「はいお母さま。必ずやヒースさんを連れてここに戻ってきます!」

 なんか俺が護衛するのか護衛されるのかが良く分からないセリフだ。
 よく見るとニック以外の一家全員が笑顔だった。


 もちろん俺もこの村には絶対に戻りたいと思っている。
 それがいつになったとしても。




    ◇  ◆  ◇




「それじゃ出発します! ハイッ!」

 ベンが馬に発車をうながした。
 俺とベァナはみんなに向かって手を振る。
 ニックはこういった別れの経験が今まであまり無かったのだろう。
 手を振りながら泣いていた。
 実の姉が家を出るのだから当然とは思うが、もし俺との別れをも悲しんでくれているのならと思うと、申し訳無さと同時に嬉しさも感じた。

 村を出て行くと決まった後、俺達は魔物からの戦利品以外にも、村人達からいろいろな餞別せんべついただいていた。

 中でも一番気合が入っていたのが、ジェイコブとボルタで共作したクロスボウだ。
 他に戦うすべを持たないベァナの為に作ってくれたそうだが、各所に様々な工夫がされており、今までのものよりも軽くて使いやすくなっていた。

「ヒースさんは何か戴いたんですか?」
「そうだねぇ……戴いたというか、ちょっとした食器類を頼んで作ってもらったんだ。今度使う時に見せるよ」

 この世界の移動手段は徒歩か馬だ。長い旅になるかも知れない。
 俺は野営に必要になりそうなものをいくつか作ってもらった。

 折角腕のいい職人と知り合ったのだ。
 作って貰えるのであれば、自分が使い慣れた道具のほうが良い。



 そろそろ村の出口に差し掛かろうとしていた時だった。

 少し離れた草原に立つ、若い男女。
 ショーンとエレノアだ。

 距離が離れていているので何を話しているかわからなかったのだが、エレノアが一生懸命ショーンに話しかけているように見えた。
 そんな姿を見たベァナが、小さな声で一言呟く。



「エレノア、頑張って」



 ベァナがショーンを断った理由。
 そして祭りで俺を指名した理由。
 それらの理由の一端を、そこに垣間かいま見た。
 彼女は大切な友達を、全力で応援したかったのだろう。



 馬車はすぐに村を抜け、丘の間を縫うあぜ道をゆったりと進んでいく。



 この丘の向こうに何が待ち構えているのかを、俺は知らない。
 しかし……



 全てがわかってしまう未来などに興味はない。



 分からないからこそ、それらを追い求め、
 俺はこの荒野を越えてくのだ。





 この、野生の未開地Wild Frontierを。




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仕事しながらなので大体土日に更新してます。
そしていつも眠いので誤字脱字大量にあるかも。ごめんなさぃぃ

現在プロットの大枠はほぼ終了し、各章ごとの詳細プロットを作成中です。
読んでいただいて本当にありがとうございます。

※ 11/20追記
年末に向けて本業が忙しく、ちょっと更新が滞るかも知れません。なるべく毎週一回は追加していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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