Wild Frontier

beck

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第一章

開拓村にて

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 村はアラーニ村という名前で、十世帯程度のごく小さな集落だった。
 山と山の間に広がるちょっとした平地を切り拓いて造られた村だ。

 主な産業としては林業と農業、狩猟、炭焼きや焼き物など。
 あとは薬草や山菜、茸などを収穫し、余った食材をふもとの町まで売りに行くなどして生計を立てているそうだ。

 開拓して出来た村と聞き、この村に対する親近感は一気に高まった。
 俺は開拓する前のここの景色を想像し、またこの土地を切り拓いた先人たちの苦労に思いをせる。

 しばらくするとベァナは村長の家、つまりベァナの実家に案内してくれた。
 ベァナは村長の孫だったのだ。

「村長とは言ぅても、お偉いさんの話を聞くだけなんじゃがねぇ」

 この村の長としての仕事は領主の使いが来た時などに村の代表として話を聞くぐらいなもので、他の村民よりも偉いというわけでは無いとのことだ。

 村長の家が村の会議室を兼ねているらしく、そこには村長とベァナ以外にも数人の村人が集まっていた。

 ベァナは村に戻ってから急いで着替えたのか、タータンチェックのキルトを履いていた。見た目としては同じ物だが、スコットランドとは風習が逆らしい。
 こうして見るとまるで女子高生のようだ。

「それよりもこの度は孫を助けていただき、心より感謝いたしまする。ヒース殿」

 またここでも丁重な扱いを受けている。
 俺はたまらず質問をした。

「あの大変失礼なのですが、なぜ私がうやまわれるような扱いを?」
「そうですのぅ、お召し物が明らかに庶民のものでは無いですし、腰の鞘も立派な作りじゃて、高名な商家の方かご貴族様とお見受けいたした次第ですじゃ」

 村長であるノエルは、特に卑屈になる様子も無くその理由を教えてくれた。
 そしてその話を聞いていた村人の一人が、村長の感想を更に補足する。

「服のデザインはこのあたりの大きな町で作られているものと同じだと思うが、その造りや素材は明らかに高級品ですぞ」

 彼の名はボルタと言って、この村で様々な生活物資を作っている職人らしい。
 今日ここに集まってくる人については、事前にベァナから教えてもらっていた。
 ベァナの印象としては多少ぶっきらぼうな所はあるが、とてもいい人だそうだ。

 俺の印象としては見た目がいかつく、ちょっと怖い。

「ただなぁお主さん、あんたここら辺の出身じゃぁないと思いますぞ?」
「そうなんですか!?」

 見た目で俺の出身がわかるのか?

 ベァナは俺の事情をみんなに説明してくれていたので、ここに集まった村人たちは村の恩人に対して何か手助け出来る事はないか、と集まって来てくれたのだ。
 確かにいい人達だ。

「まずお主さんの持っているその剣の鞘なのだが……そりゃ多分北方のものだな」

 腰に吊るした鞘を改めて見てみる。
 言われてみれば所々に装飾が施されており、簡単なクラフトしかして来なかった俺であっても、これを作るには相当な技術が必要なのだろう事はわかった。

「まぁ多分その精巧さから言うとフェンブルではなく……北のメルドラン王国で作られたものだろうな。メルドランの武器は高級品でなかなか手に入らぬ代物での。ただ武器だけならば、金さえ積めば買えるっちゃ買える」

 そういってボルタは自分の顎髭あごひげをそっと撫でた。

 「だがの。お主さんのその顔立ちはここらへんの出身ではなさそうなのだ」

 顔立ちについては最初から気になってはいた。
 俺はこの剣で自分の顔を見た際に、紘也とほぼ同じだった事を確認している。
 対してこの村の人達は、どちらかというと欧米人に近い顔立ちをしていた。
 ヨーロッパでも東欧の人々に近い。

 日本での俺はよく彫りが深い顔と言われていたが、それでも欧州人と間違われる事まではまず無かった。
 そんな事を考えていると、今度はノエル村長が話を続けた。

わしの知る限りなのじゃが……ヒース殿のような見た目の人々は、別の大陸に多く住んでいると昔聞いた事がございますじゃ」
「別の大陸ですか!?」
「うむ。じゃが別大陸から移住するなどして、それなりの数の人が住んでいる国もございますのじゃ」

 民族の移動があるのはどの世界でも一緒だったようだ。
 もしそうだとすると、俺の出身地はその土地である可能性が高い。

「その土地がどの辺か分かりますか?」

 俺は知りたい気持ちをなるべく抑えながら訊ねた。
 村長は飲んでいたお茶をテーブルに置くのを待って、その問いに答えた。


「北のメルドラン王国ですじゃ」


 ヒースの出身地がメルドラン王国である可能性が高まった。
 俺はこの貴重な情報を元に、今後の立ち回りを決めなければならない。


 村人達が、俺の記憶の心配をしてくれているのは間違いなかった。
 だからこそ、俺の置かれた状況に対して親身になって答えてくれているわけだ。

 少し気になったのはメルドラン王国の話になると、村人達の表情に少し陰りが見えたような気がしたことだ。
 明らかな嫌悪を向けられていたわけではないので、なんらかの理由で不安を感じているのかも知れない。
 やはり国の事情なども、改めてベァナに確認しておく必要がある。

 しかしそんな俺の境遇よりももっと大変な問題が、この村に起こりつつあった。
 俺は自分の個人的な話から、村の問題へと話題を切り替える事にした。


「それでベァナと俺が遭遇したゴブリンなのですが……」
「おお、そうじゃったそうじゃったヒース殿。ベァナや、村のみんなにもう一度説明してくれんかのぅ」
「はい、おじいさま」

 ベァナは、彼女がゴブリンと遭遇して俺がゴブリンを退治するまでのいきさつを話し始めた。
 しかし話に俺が登場してきたあたりから、流れはおかしな方向に向かって行った。

 俺の立ち回りなどに、かなりの脚色が入っていたのだ。

 そもそも俺、ゴブリンに向かって『魔物よ! 覚悟するがよい!』なんてこっぱずかしいセリフ叫ばなかったよな……

 ベァナさん、ほんと勘弁してください。

 そんな三文小説のような物語を、何やら村人たちは熱心に聞いていた。
 中でも鋳物いもの屋をしているジェイコブは「それでそれで!?」と続きを促しながら食い入るように聞きこんでいる。

 また講談が佳境かきょうに入るたび、奥の台所とおぼしき部屋からこちらをチラッ、チラッと覗いてくる、すこし年上の美しい女性の姿があった。
 彼女は時にうなずきながら、時にエプロンを握り絞めながら、かなり感情移入した様子でその演劇を鑑賞していた。

 ベァナのお母さんだった。

 ああ、この子にしてこの親ありなのだな、と思うと同時に、俺はこの村の人々に対してご近所さんのような親近感を持ち始めていた。

 なんて平和な村なんだろう。

 ベァナは一舞台を演じ遂げた達成感に浸りながら、軽く肩で息をしていた。
 最初に出会った時の印象や、彼女の立ち姿からは全く想像が出来ない一面だ。
 人間なんて見た目じゃ全然わからないものだな、と改めて思うのだった。


 話が終わり、皆の視線がこちらに注がれている事に気づいた俺は、ベァナに出会う前の話をする事にした。

 ベァナの話では村の近辺にゴブリンが出るのはそれほど多く無いという話だったのだが、俺が遭遇したゴブリンはそんなものではない。
 逃げる時に確認した数からすると、数十匹単位で群れを成していた。
 村の常識からすれば、明らかに異常事態である。

「……というわけで、どんなに少なく見積もっても確実に二十~三十匹程度の群れだったかと」
「にさんじゅっぴきだと!?」
「そんなに大変な事なのですか?」
「そりゃそうだぞ、まずゴブリンは夜行性で昼間はめったに外に出ないんだ。そしてここら辺のゴブリンは一度、大公様の命によって掃討されている」

 俺は事情をよく知らない。
 もっと話の続きを聞く必要があった。

「つまりこの村の近辺にはゴブリンの巣などは一切無い。実際にここ数年はゴブリンなんてほとんど見かけなかったからな」

 ベァナが普通は山二つ向こうあたりにしか出ないと言ったのには、こういう事情があったのか。
 ボルタは更に続けた。

「ベァナが出会ったゴブリン二匹くらいなら、遠くの巣から追い出された野良ゴブリンという事で、まぁこれはまれにある話だ」

 一瞬の静寂せいじゃくが訪れる。

「ただしそれだけの数が確認されたとなると……可能性としては二つだな。どこかの巣が騎士団に退治されたり、他の魔物に襲われたりして、巣に住んでいたゴブリンが集団で逃走する場合がある」

 この辺の事情になると他の村人達もあまり詳しく無いのか、神妙しんみょうに話を聞いていた。

「その場合だったらまだ救いはある。奴ら一匹一匹は大して強くも無いから、村を襲ってきても村の連中を全員駆り出せばなんとか撃退出来るだろう。それに今はヒース殿もおるしな!」

 その職人はニヤッと笑いながらこちらを見た。
 頼られるのは決して嫌ではない。
 だが彼はすぐ真顔に戻り、もう一つの可能性について言及した。

「問題は、奴らが『巣分け』を行っていた場合だ。もし奴らが『巣分け』を行っていたとしたならば……最悪、この村を捨てないといけないだろう」
「村を捨てるですと!?」

 何代にも渡って汗水垂らして開拓してきたこの村を!?
 あり得ない!

 ……いや、この世界で何年も暮らして来た彼が言っているのだ。とんだ酔狂で言っているわけで無いのは明白だ。
 『巣分け』がそれほど深刻な事態という事なのだろう。

「なぜ……『巣分け』が起こると、村を捨てなければならないのでしょうか?」
「ゴブリンというのは基本的に洞窟を巣にして生活しておるのじゃが、数が増えてくると自分たちで穴を掘ったりして巣を広げるのじゃ。そしてあまりにも巨大になってくると、同時期に女王が二匹生まれるという話があってじゃな」

 その生態はまるで蜂や蟻ではないか!

「するとゴブリン達は餌の取り合いや無用な争いを避けるために、片方の女王が巣を出ていく準備を始めるのじゃ。まぁ蟻の社会に似ているのじゃが、それも含めて昔、王都にいた頃に学者さんから聞いた話なんじゃよ。ほほっ」

 村長は極めておだやかな様子で語っていたが、その表情は険しい。


「そして次の巣を安全に見つけるために、兵隊を産み始めるのじゃよ」


 兵隊蟻。
 実際のアリの生態は種や個体によってさまざまだ。
 兵隊蟻も普段は大きな荷物を運んだり硬い物をかみ砕いたりする仕事をしている方が多いという研究報告もある。

 どちらにせよ体格は違えども働き蟻とは根本的に同種だ。
 要は体が大きくなった蟻である。


 ん?
 大きくなった蟻?


 まさか……



「その兵隊ゴブリンの事を、ちまたではホブゴブリンと呼んでいるのじゃ」




 その言葉は、この村が最悪な状況に置かれている事を示していた。





    ◆  ◇  ◇





<演劇>
 一般的に良く知られた古代の演劇としては紀元前6世紀頃に生まれたとされる「ギリシア悲劇」が有名であるが、備え付けの観客席から何らかのショーを見る、というアイデア自体はミノタウロスの伝説で有名なクレタ島のミノア文明まで遡る事が出来る。クノッソス宮殿の内部に描かれた紀元前1400年頃のフレスコ画には特別観覧席に座った婦人の姿が描かれており、ボクシングや踊りなどの演舞を鑑賞していたのだろうと推測されている。
 とは言え演劇の直接の祖先としてはやはりギリシアとされていて、紀元前534年頃のアテナイ(アテネ)のデュオニソス祭で賞を得た脚本家・俳優であるテスピスがその祖であるという説が有力である。
 デュオニソス祭は『コロス』と呼ばれる50人程で編成された合唱隊がデュオニソス神への賛歌ディテュランボスを踊りながらを歌う、というものだった。しかしテスピスはコロスとは別に演者を用意し、自分を含めた演者達に仮面を付け、個別のセリフを言わせるという手法を始めて採用した人物だったと言われている。テスピスの名は「劇の、悲劇の」や「俳優」という意味のthespianテスピアンという言葉によって後々まで受け継がれていった。
 因みにギリシャ演劇を行う舞台をorchestraオルケーストラ、演劇舞台の背面の壁をskeneスケーネまたはsceneシーン、観客席側の斜面の事をtheatronテアトロンとそれぞれ呼んでいたが、その後これらをすべてまとめた劇場全体の事をtheatreと呼ぶようになった。
 劇場を意味するシアターの語源である。

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仕事しながらなので大体土日に更新してます。
そしていつも眠いので誤字脱字大量にあるかも。ごめんなさぃぃ

現在プロットの大枠はほぼ終了し、各章ごとの詳細プロットを作成中です。
読んでいただいて本当にありがとうございます。

※ 11/20追記
年末に向けて本業が忙しく、ちょっと更新が滞るかも知れません。なるべく毎週一回は追加していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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