1 / 5
1.
しおりを挟む「……うるっさい!!」
木目調に所々赤と金を上品に使い落ち着いた広い室内は、壁面は本棚に囲まれ、家具は執務机と応接の揃えが置いてあるだけの洗練されたものだ。
そこに荒々しい声と共に重厚な樫の執務机がなった音が響く。
声の主は机の上にはところ狭しと重ねられた書類の山に、今決裁したばかりの書類を乱暴に放る。
そしてじろりと隣に立つ宰相を睨んだ。
今宵も釣書きの束を眼下に置かれたので、つい机をこぶしで叩き不満を宰相にぶつけたのだ。
釣書きが置かれる行為はここ二年以上も続いていて、いい加減辟易していた。
「煩いのは陛下では」
声の主の母親時代から宰相を務めているブライデン・スタインは事も無げに返答する。
この言い争いも常には水面下で行われ、今夜のような声を荒げるものは一定期間毎の恒例にはなっている。
現にスタイン卿は今己が怒鳴られたことより机の心配をしているようだ。
それもそのはず、この執務机は王家初代より大事に受け継がれている由緒ある品だからだ。
そんな態度もまた癇に触る。
「毎日毎日よく飽きもせず同じ話が出来るな!」
「陛下が毎日毎日お断りになりますので」
「一日くらい『今日は何も言わずにいよう』とは思わないのか?!」
「今のところございません」
「……~~~~っ!!今日も返事は同じだ!断る!」
「畏まりました」
交わされる会話に感情の起伏はあれど、毎夜繰り返される問答だ。
しれっとスタインに返答され大いに不満が残る。
今更書類に目を通す気もなくなり今夜は終わりにしようと思う。
結局自分が折れるしかない。
幾分声の調子を落とし、彼へ声を掛ける。
「酒肴を持て」
「毎晩ですと体に悪いですよ」
「誰のせいだ?」
「ご自分かと」
「……下がれ」
「明日朝議に遅れませぬよう」
最後の言葉には手を振るだけで答え、彼を下がらせる。
これで明日朝までは自由の身だ。
自分はこの国の紛れもない女王で宰相より偉いはずだ。
しかし建国以来初めての十六歳という若さで立位し、在位五年目となった今でも宰相には小さな頃から色々と面倒を見て来て貰っている為にどうも頭が上がらない。
彼が部屋を出て行ったのを見て深い溜息を落とす。
いや頭が上がらないのは別にいい。
今の自分が母や歴代の王達のように働けているかと問われれば否としか答えられないし、母親の代から引き続き宰相をしてくれているだけでも有難い話なのだ。
優秀な人材が失われず、自分の元に残ってくれていることには感謝してる。
────……母上…
一人執務室というには広い部屋で昔に思いを馳せる。
フィオリアが女王を務めるこのナジェリーク国は女王により建国され女王の即位を継続している。
本来であればフィオリアの母親が継位しているはずだったが、数年前のこの大地を国境を越えて襲った病が女王だったフィオリアの母にも降りかかり、病の前では国王という権威など無に等しく父親と多くの国民と共にその人生を閉じた。
それは命だけでなく、その人の未来も、周りの人々の未来も全て変えてしまった。
勿論フィオリアのも。
残された一人娘のフィオリアは一年余の女王としての勉強時間を貰った。
それまで女王になる勉強を全くしていなかったわけではないが、突然の両親の訃報から始まった一年は余りに短くけれど、国内の情勢を鑑みれば一年貰えただけでも良しとする話だ。
そうして不安に押し潰されそうになりながらフィオリアは気丈に即位した。
王としての責務に当たる大変さは両親の死を悼む暇などない程で、むしろ悲しみを考えなくてもいい彼女の逃げの口実にもなった。
だがそれだけでなく、建国からの女王を至上と掲げているこの国の人々は下々から上位貴族に至るまで急ごしらえでもフィオリアが女王として即位してくれることを心から待ち望んでいてくれた。
だから今フィオリアは、その民意に答えるべく女王として一つ一つゆっくり自分を待ってくれていた国民一人一人に返すよう女王になろうと努力している。
そしてナジェリークの国民たちは一つのある大きなことをこの病から学んだ。
それは次世代の女王がいないと国の継続が成り立たなくなることを。
それ故そ・れ・が始まったのは二年程前から、フィオリアが即位して少しずつ要領を得てきてどうにか自分一人でも采配出来るようになってきた頃だった。
母の時代から宰相を務めてくれている宰相のスタインから唐突に結婚相手の釣書の束を渡された。
初めて置かれた日は多少の驚きと「来たか」という覚悟があり、話を聞いて事情も実情も分かった。
分かったが今のフィオリアに必要なものは "夫" ではなく女王として力で、学ぶ時間だった。
だから即断ったのだ。
理解をしたのであって、納得したわけではなかったから。
それは女王の意思と正式に認められたが、その意思は無視されたかのように毎夜同じように全く悪びれた様子もなく釣書きは用意され毎晩目を通すよう言われ続けられている。
今夜は日頃の鬱屈が溜まってフィオリアが声を上げたところだった。
フィオリアは目頭を揉みながら少々荒く息を吐く。
(……夫を持つ暇があったら決裁済の書類を増やしたい……)
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~
白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。
国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。
幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。
いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。
これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

男と女の初夜
緑谷めい
恋愛
キクナー王国との戦にあっさり敗れたコヅクーエ王国。
終戦条約の約款により、コヅクーエ王国の王女クリスティーヌは、"高圧的で粗暴"という評判のキクナー王国の国王フェリクスに嫁ぐこととなった。
しかし、クリスティーヌもまた”傲慢で我が儘”と噂される王女であった――

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる