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02.
しおりを挟む扉を控えめに叩く音が鳴るとフィオリアの返事を待たずに入室してきた音が聞こえた。
それで誰が来たか分かったフィオリアは目を瞑ったまま入室者に声を掛ける。
「近衛騎士長も暇なんだな」
「いいえ。ただ宰相殿を困らせる女王陛下に酒肴をお持ちしただけです」
「……皮肉か?」
「そう聞こえたなら」
どうしてどいつもこいつも女王にこの態度なのか。
いつまでも自分を子ども扱いしている気がしてならない。
ゆっくり瞼を開き、酒の用意をしている男の背中に問う。
「今夜はもう終わりか?」
「陛下がご就寝されるのでしたら」
男は用意したグラスなどを乗せた盆を持ってフィオリアの隣に腰を掛ける。
随分気安いがそれもそのはずで、男の名はリード・ロス・グレイセン。
フィオリアの幼馴染で現女王付き近衛騎士団長だ。
「一杯付き合え」
「陛下のお望みでしたら」
態度に壁はないが、口調に棘を感じて酒の共に誘ってみたが今夜はあまり効果はなかった。
一杯目をぐいと空けると二杯目を迫る。
「お前まで結婚を勧めるのか?」
「……そんな飲み方をするものじゃない」
リードはフィオリアが持つ空のグラスを取り上げる。
「黙って注げ」
「……あまり宰相を困らせるな」
「じゃあどれにしようかなで決めてやる。どれでもいいならそれも良かろう」
「……お前が良いなら」
「!」
「我らが女王陛下に従うまでだ」
溜息交じりのリードの言葉が終わるのと同時にフィオリアに襟元を掴まれた。
普段は薄い水色の彼女の瞳が赤みを帯びている。
リードが幼い頃から大切に側で見守って来た自分しか知らない愛おしい瞳だ。
その瞳は今もの凄い怒りを持って自分を睨んでいる。
「……いいことを思いついた」
フィオリアはリードを見つめる顔に悪い笑顔を浮かべた。
「どれでもいいならお前でもいいんだな?」
リードは返事をせず黙ってフィオリアを見つめ二人の間に殊更長い沈黙が流れる。
それは今までの二人の過ごした時間を凝縮しているようであり、これから大きく変わろうとしている関係の嵐の前の静けさといった感もあった。
「リード・ロス・グレイセン。お前を我が王配に任命する」
「……我が女王陛下に万栄を」
挑むようにフィオリアから紡がれた言葉にリードは静かに服従の意を返した。
フィオリアの手はリードの胸倉を掴んだまま、爪の先程の甘さの欠片もなく二人の婚約の儀はこうして約束された。
ただ静かに見つめ合う二人の瞳は固く逸らさず交わり、これからより深く絡む絆を滲ませた。
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