黒獅子公爵の悩める令嬢

碧天

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 走り続けるアリアンナの前に外と隔たる最後の壁が現れる。

 屋敷といってもごく普通の屋敷なので、廊下が多少長くとも二階も上がればその壁に辿り着く。

 アリアンナが鋭く二度息を吐くと、前方の壁に人が通れる程の光る正方形が刻まれ、そのままゆっくりと四角い壁が外に落ちて外へ出られる穴が開く。

 吹き込む外気を感じながらそこでやっと走るのを止め、出来たばかりの出口の縁に足を掛ければ、凍るような夜風が頬を撫でる。昼間は日差しで温かさも感じるが、夜も深くなれば寒さは厳しく、さっきの小屋と違い温かな屋敷から出るせいか寒さを余計に身に感じる。



 (次までには必ず温風の遮断壁の習得を致しましょう!)



 珍妙な魔術の会得を決意するアリアンナである。

 いつもの様に物申してくれる誰かがいるわけではないので、夏には涼風も加えなければと気付き、やはり通年快適な遮断壁を練習するべきか等と会得思案を続行していると、廊下の端に追っ手の姿を捉える。

 向かって来る敵に手首を返すように手を振れば、三人の内一人だけ後方に吹き飛ばす。



 (……やはり ”火” の方々ですか……)



 途中五人だった気配が分かれたので目視でその答え合わせをした。

 追ってきた属性の気配も当たりだ。

 魔術の使い手にそれぞれの属性がある。

 その中で、対敵として遇った時に戦う上で得意な属性もあれば苦手な属性もあり、風であるアリアンナにとっては火の魔術が不得手となる。

 同時にアリアンナが"風"と知っての犯行であり、計画的にアリアンナを狙ったことになる。

 これが水のジィルトなら火は得意となる。

 ぼんやりと弟を思い出すが、アリアンナの風を熱風を孕んだ炎に変えられ返されたので、悠長に思い出しているわけにもいかず屋根へ加速したまま躍り出る。



 屋敷の屋根は反り返しがついておらず、緩やかな傾斜のところに出たため天辺まで駆け上り、さてどうしたものかと止まる。

 剣で相手をしようにも魔術師しか残っていないし、情報を得る為に生け捕りに出来たら上出来だ。



 (魔術量も四人対一人ではどの程度耐えられますか……)



 分かれて下から追ってきた残りの二人も庭に出て来ている。

アリアンナが開けた正方形の出口から出てきた敵に炎の玉を撃ち込まれ、アリアンナが発する突風でことごとく撃ち落とし消火する。

 この消火が魔力の消耗を加速させる。

 撃ち逸らすだけなら炎の玉など怖くもないが、ただ弾き返すだけとは違い、弾いた瞬間に炎の周りを真空にするまでの魔術を出さなければならない。

 なぜならこの屋敷の周りが木々に囲まれ、隣の屋敷へ続く道も両側並木となり少なくはない量の木々だ。

 火事を起こせば、三の郭の端とはいえ王城内で大変な事になるから炎の始末をするのだ。



 アリアンナは足元に魔術を纏まとわせ氷上の人よろしく屋根の上を滑らかに移動し、落ちることなく敵と合い対しているが、撃ち込まれる魔術に対応するのに精一杯で防御壁に魔術が回らず、フードが脱げ金の髪が夜風に舞う。

 その連続の炎玉の後のち、一際ひときわ大きな炎玉が来たかと思うと、炎の中から剣の切っ先が見え、とっさに身を捩る。

 髪に意識をやるよりも先に第二弾の剣先が打ち込まれ、アリアンナも剣で受け止めながら、耐えきれずに屋根を転がり落ちる。



 (対魔術師の作戦としては有効……もっと魔術を使った剣の練習もしておくべきでしたわね)



 いくらアリアンナが剣を使えても、いくら魔術の腕を磨いていても、両方でしかも複数の実戦形式な訓練はさすがにやっていない。

 まして、ここ数か月の王城暮らしでまともに剣を握っていないことも敵に後れを取る要因になっている。

着地に問題はないが、体力と魔術の消費が激しい。

 だが、地上戦での戦略は他に思いつくことがあるので、足元や、移動への魔術の使い方を変えればいいと敵の二人を各々遮断壁に閉じ込め中に竜巻を起こす。

 勿論相手も炎で出てこようとはしたようだが、魔術にならないまま気分が悪くなったのであろううめき声をあげ、そのまま静かに回り続けるのみである。

 どのくらいすれば気絶するのかなど知らないので、とにかく念入りに回しておこうと思う。



 「!」



 男達を飲み込んだままの竜巻が別の魔術で弾き飛ばされた。

 分かれていた残りの二人が追い付き、アリアンナを遠巻きにする。

 魔術を見る限り"土"属性だ。

 ということはアリアンナが何を使うか暫定で編成されたことになる。

 王城内でそれこそデルヴォークには見られる失態を繰り返したが、アリアンナの術を知らないなら実家も王城も近いものには間者はいないと分かる。

 弾かれた二人はアリアンナの魔術か邪魔をした魔術によるものか、森の方まで飛ばされていて戻る気配はない。

 アリアンナは新しく現れた二人と対峙する。

 土ならば利はアリアンナにあるが、この二人も一人は魔術師、もう一人は剣士という組み合わせだ。



 (都合よく援軍は来ませんし、魔力もいつまで持つか……)



 冷静に自分の状況を鑑みて、残りの魔力で出来る作戦を練る。



 (さっきの竜巻の応用といってみようかしら)



 先程飛ばした二人に掛けた竜巻を対峙している二人にも掛けようと考える。

 たださっきのように剣で邪魔をされてはアリアンナに分はないので、竜巻の理論を応用する。

 結局、竜巻の中は真空状態になるため窒息して気絶しているはずだから、この自分から目の前の敵までの範囲で真空の空間を作ってしまえばいいはずだ。



 (はず、はずと想像ばかり!不甲斐無くて情けない!)



 多少術式は大きくなるが、これ以上長引かせるわけにはいかないとアリアンナ自身がよく分かっている。

 こうして考えている間も敵からの攻撃は続いており、防戦一方になっているから。

 魔力も技術も足りないことは悔しいので後で特別に特訓をしようと心に決める。

 アリアンナの足元を土で出来た大きな手が現れ飲み込もうとする。それを躱し舞い上がった空中から敵の足元へ術式を完成させると一瞬にして風が止んだ。

 自分の周りは息が出来るようして、アリアンナもその術式内へと降りる。

 苦しそうにしている敵を見て、初めてにしては上出来な術式だと小さく息を吐く。



 (……さて……どのくらいもつかしら)

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