49 / 59
48.
しおりを挟む昨日の野外茶会はジィルトの協力によるものも多いが無事、上々で終えることが出来た。
ちゃんと自分で縫い取った刺繍のハンカチも殿下に渡すことも出来た。
そして現在、アリアンナは昨日の内にサーシャとミシェルと話し合っておいたことを実行するべく、午前中にエマの部屋を訪れベルタンの店へ誘った。
エマに王立魔術学院の制服を贈るならベルタンの店で採寸をしなくてはならないからだ。
ベルタンの店に行くのに馬車を頼むのだが、キャセラック家から呼ぶのも時間が掛かるし、ウィラット家のは誘った側なので、論外だ。
だとすると、王城の馬車を頼むしかない。
但し、王城の紋章が入った馬車だと仰々し過ぎて、店に申し訳ないので敢えて紋章がない馬車を用意させるように従者に頼んだ。
勿論これが普通の店なら王室ご用達との宣伝も含めて、王城の紋章入りの馬車で行っただろうが、ベルタンの店はそういった賑やかしがなくとも社交界の名家の顧客を抱えるので、却って悪目立ちになってしまうと店に迷惑が掛からないようにとの配慮だ。
アリアンナ側が三人、エマ側が二人と、総勢五人で馬車乗り場まで下りて行くと当然頼んでおいた通りの馬車が用意されていたが、馬車に乗ろうとステップに足を掛けると、ふと風が騒いだように感じた。
周りを見回してみたが、特に何か変わったことはない。
(……何かしら?)
「如何いかが致しました?」
後ろにいるサーシャに声を掛けられる。
一番最初に乗車するアリアンナが止まっていては皆乗れないからだ。
後ろを振り向きつつ、返事をすると帽子を目深に被った馭者ぎょしゃが目に入った。
帽子を被っていることも、頭を下げていることも普通のことなのだが顔を伺い知ることが出来ない。
今日に限っては、顔が見えないことに違和感を感じつつも、後続を待たせてしまっていては皆に悪いと思いそのまま乗り込んだ。
「お嬢様、先程の何だったのですか?」
馬車が走り始めて暫くしてサーシャから問われる。「何でもない」と答えれば
「もしかして王城の方々まで覚えようとなさってます?」
「そういうわけでもないのよ、規模も違うし」
その会話を聞いたエマからも同じく問われる。
「アリアンナ様は仕事をしている者たちを覚えているんですか?」
それにはアリアンナが答えるより先にサーシャが答えた。
「そうなんですよ。うちのお嬢様は、ご実家では館の皆という皆、全員顔を覚えてらして。会話も普通になさるんですよ」
それを聞いたエマの侍女は驚いた顔をし、目を瞠る。
普段の会話を主あるじ家族とはあまりどころか、しないのが普通だからだ。
「では!私もそう致します!」
エマがまたも憧れのアリアンナを真似るべく困った目標を立てた。
エマの隣で侍女が驚いたのを顔に出していたが、アリアンナ側は見て見ぬふりをした。
そんな馬車内で会話は、実家でのお嬢様について各々の侍女達が話し、時折サーシャが質問を挟み、エマとアリアンナが答えるものとなり大いに盛り上がった。
──────────────────
エマを伴い店に入ると、予め連絡をしておいたからか、ベルタン含め店全員で出迎えを受けた。
アリアンナには二度目でも、初めて訪れたエマ達は興奮を隠しきれないらしい。「わ~」と言ってはすべてが珍しそうに店内を眺めている。
「お嬢様からです。お受け取り下さい」
「ありがとうございます。ご配慮感謝致します」
アリアンナの後ろからミシェルが前へ出、手土産を店の者に渡す。
「それでは早速取り掛かりましょうか。アリアンナ様、ウィラット様、本日はお越し頂きありがとうございます。お嬢様方のお力になれますよう精一杯務めさせて頂きます」
手土産を受け取った娘が奥へ下がるのを見届けて、ベルタンが挨拶をする。
「こちらこそ、いつも急で申し訳ないわ。今日も楽しい時間を共に出来たら…よろしくね」
「私わたくしもよ、よろしくお願いいたします」
アリアンナの後をエマも緊張気味に挨拶を返す。
ベルタン達に続き二階へと上がり、各々用意していくものを確認される。
そんなドレスの採寸など普通のことがとても楽しく気分が良い。
綺麗で可愛いものたちに囲まれ、気の置ける女性ばかりの場にいやがおうにも会話も華やいでいく。
淑女としては少々騒がしいかもしれないが、ベルタン達も楽しそうだからなお気分が良い。
エマの採寸が終わりかけたその時、お店の娘の一人がベルタンの側へ手紙のようなものを届けた。
失礼します、とアリアンナ達に断りを入れ後あとの者に指示し、ベルタンが中座をする。
やはり手紙だったようだ。
読み終えたベルタンが目を輝かせ、その割に顔は真剣そのものと明らかに手紙による何らかの効果を得てアリアンナ達のところへ戻って来た。
「お嬢様方は先程の手紙の中身はご存じ……というかアリアンナ様から言われたエマ様の制服は勿論早急に仕立てに入らせて頂きます。それとは別の今回の夜会用のドレスのお仕立ても致しますね」
一瞬ベルタンが何を言ったのか理解が遅れた。
(……夜会用のドレス?)
アリアンナの頭の上に大きな疑問符が浮くが、ベルタンはやることが増えたせいか、大きく二度手を叩きその場を早々に仕切り始める。
「それでは、アリアンナ様は採寸をしてくださいな。それから奥でドレス生地とデザインを決めましょう。エマ様はアリアンナ様の採寸が終えられるまで先にドレスのお話を致しましょう」
そうベルタンが言い終えると、店の者達にあれよあれよと二手に分けられる。
その前に!とアリアンナがベルタンに真相を聞こうとその場に留まった。
「いきなりドレスまで新調するなんて、先程の手紙は何だったのです?」
聞かれたベルタンの方が今度は少し目を見張り疑問の表情になる。
「アリアンナ様はご存じない?」
頷くことで返事を返すアリアンナにベルタンがなおも言う。
「オルガ女王様主催の舞踏会です」
「……まさか手紙はお母様からですか?」
勿論だとでもいうようにベルタンが満足そうに肯定する。
「はい。各界のお嬢様方を中心に開かれるそうです。腕がなりますわ!」
ベルタンの返事を受けるアリアンナからすればやられたとしか言いようがない。
今は王城に住んでいるアリアンナの方が王城の情報を聞くのが早いはずだが、やはりお母様の伝手つての強さが物を言うというか、お父様からの可能性も大いにあり得るがまだどこからも出ていない情報なのは確かだ。
アリアンナが知れば欠席をするだろうと見越した母の先手だ。
どうせこのベルタンの店に行くことも筒抜けなのだろう。
そこへエマだ。
自分一人だけならドレスを新調などせず、当日は着るものがないとか何とかからごねればいいだけだったのに、エマがいてはドレスを自分だけ作らないなどは出来ない。
多分、アリアンナに遠慮してエマも辞退するだろうから。
そしてそれこそ母の真の目的は……アリアンナの舞踏会への出席だろう。
少し離れたところにいるエマを見ればドレスを新調し王家主催の舞踏会にエマの期待は溢れんばかりだ。
そのエマを一人で出席させるのは忍びなく、アリアンナが欠席であればエマもまた欠席だろう……とアリアンナの良心に訴える作戦だ。
母の策の前に完敗だ。
「アリアンナ様の採寸をと思いましたが、アリアンナ様から頂いたお菓子でお茶にしてからにしましょうか。忙しくなりますわね!」
ベルタンの満面の笑みをよそに、アリアンナの胸中は「当日、部屋から出られない病とかになれないかしら?」と全力で脱力するのだった。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる