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しおりを挟む結局、制服の礼としてデルヴォークには薄い緑のシルクのハンカチに金糸で紋章を刺したものにした。
もちろん、魔術を使わずアリアンナの手製だ。
ハンカチ一枚普通に刺しても造作もないが、サーシャに先手を打たれてしまったから初めて刺す模様に魔術を施したい気持ちがなお刺す手を速めた作だ。
そして今日は朝からデルヴォークの為にお茶会の用意をしている。
……外に。
デルヴォークから希望の場所は西の四阿に、とのことだったのでアリアンナ自ら魔術を使い家具を入れ居心地良くする予定だ。
「やはり、面白い」
「?!」
突然の声に後ろを振り返れば、声の主はおらず、辺りを伺えば今度は真後ろに声が降って来る。
「ぎゃっ!」
「はは、悪いな。驚かせたか?」
またしても淑女にあるまじき声を出し、運ぶために浮かせていた卓と椅子を地面に落としてしまった。
目の前に上から現れたのはこの国、タルギス王国第一王子デルヴォーク殿下その人だ。
そもそもこの茶会が外になったのは家具を浮遊うかせて運んでいるのを殿下に目撃されて「次の茶会は外で」と約束をさせられることになったからだが……
砦といい、欠席といい、今回の外と、本来であれば一番の手本となるべき見合いを重ねていく組み合わせのはずが大きくズレている。
ここまで意図したわけではないアリアンナですら、王室とキャセラックのことを考えると青くなる。
デルヴォークから落第点をもらうために、意見を述べたり、乗馬に剣と令嬢らしからぬ姿を見せても未だ返品の知らせがないのも、父から何の音沙汰がないのも怖い。
ただアリアンナが家族にしか見せていない一面はほぼ出してしまったから、デルヴォークとはあまり取り繕うことなく会えるようになったのは確かだ。
それはデルヴォークの対応が、キャセラックのアリアンナでも魔術師を目指すアリアンナでも変わらずにいてくれるから。
そしてデルヴォークもまた王子だけの面でなく接してきている。
だから、今も殿下の登場にあるまじき木の上から飛び降りてくるという現れ方をされたわけだ。
デルヴォークを振り返り見上げれば、普段笑みを浮かべぬ顔に笑みがある。
無造作に切りそろえられた黒髪に翡翠の金掛かった瞳、高く伸びた鼻梁と整った端正な顔立ち、鍛え上げられた長身の体躯は、一度ひとたび戦場に出れば容赦なく敵を亡き者にしていく雄姿から尊敬と畏怖を込めて「黒獅子」と二つ名が付き、国内の妙齢の婦女子からは平民から貴族に至るまでファンは星の数ほどであろう。
(この滅多に見せぬ笑みをどれ程の女性が焦がれているか、ですわね)
「……ごきげんよう殿下……出来れば普通に登場して頂けると……」
「用意が出来たのでって呼ばれてからか?それでは貴方の魔術が見れぬではないか」
(魔術見学も含めたお茶会!……サーシャに知れたらまた長いお小言が出来そうね……)
「いかがした?」
黙ってしまった私に心配をするのか、様子を伺う声を掛けられる。
「いいえ、何でもございません」
気を取り直して茶会の準備をするべく魔術を家具にかける。すると地面に落ちていた家具たちが小さな音を立てて、宙に浮く。
歩く自分の後ろをふわふわと家具が付いてくる様子は、楽団の指揮をするような私に、カルガモの子どものように浮いて付いてくる卓と椅子たちであろう。その後ろをデルヴォークがのんびり続く。
(分かっております!誰に言われるまでもなく、褒められた姿ではないですわよね)
デルヴォークには先に行ってくれと頼んだが、断られたのだ。
仕方がないとはいえ、実家で細々ほそぼそと独学でやってきた魔術をこんな形で王城で使うようになるとは夢にも思っていないことで、ましてデルヴォークを家具の隊列に加えるような事態に今までの淑女としての自分に謝りたい気になる。
「姉上、どうされました?」
私の到着が遅いので見に来てくれたのか弟のジィルトが向かいから小走りにやって来て、家具の一つとなって隊列に付いてきたデルヴォークに気付いて驚きの声を上げる。
「何だ。ジィルトも同席か?」
「同席と言いますか……殿下は何を?というか姉上に駆り出」
「ジィルト、あちらの準備は整って?」
無作法でもジィルトの言葉を切って入る。
「向こうも何か魔術の準備をしているのか?」
姉弟の静かな攻防には気付かないのに、ジィルトが準備をしたのならと魔術の使用を予想して質問をしているデルヴォークに救われる。
「はい。あちらに寒くないよう魔術を仕様致しました」
「ほう?」
デルヴォークはその魔術を見たくなったのか、アリアンナを追い抜くが、数歩行くと振り返り手を差し出す。
「?」
目の前に差し出された手を見つめるアリアンナにデルヴォークから声が掛かる。
「魔術の邪魔にならぬならエスコート致したいが」
魔術を使うために手の平を動かしていた為の気遣いのある台詞だ。
アリアンナがそろりと指先を重ねれば、温かく確かな感触に頬が熱くなる。そして、指先を柔らかく握られてデルヴォークの隣で東屋までのあと僅かな距離を並んで歩くことになった。
殿下に控えるよう付いてくるジィルトは後続する家具の隊列を横目に見ながら、そっと顔を背ける配慮を見せるのであった。
❁ ❁ ❁
「今までこんなことが出来るなど聞いてなかったぞ」
四阿に着くとデルヴォークから感嘆の声が漏れる。
「恐れながら殿下。出来るようにしたくて出来るようになったわけではございませんので」
「何?」
「さぁ、殿下はこちらのお席に」
ジィルトがまた殿下へ余計な話を始めないように、またも割って入るアリアンナはデルヴォークを着席するよう誘う。
デルヴォークが感心しているのは、ジィルトが張った水の膜にで、しゃぼん玉の様に薄く張った魔術の壁の中は東屋をまるまる包み、外気の冷たさを感じさせぬ部屋の様な空間を作り上げていたからだ。
普通はそのようには魔術は使わないし、使えない。
それをジィルトが使えるようになったのはアリアンナとの魔術の鍛錬の成果だ。膜のような壁だけならアリアンナも風を使って出来ることだが、この温かかな空間となると水を熱湯に変える間の技術の応用で、膜を温水のようなものに変えているのであろう。そして、ジィルトがいれば常に熱めのお茶を淹れ放題になるので、この茶会に呼んでおいたのだ。
しかし、今日はデルヴォークに秘密の仕掛けを考えているので、水差し自体を温かく保っていられるように魔術を掛けさせなくてはならない。
「……ずっとって……どのくらいですか?」
「とりあえずこのお茶会の間は温かいままにしておいてほしいわ」
また無茶なことを言い始めたなとしか思えないジィルトの心理である。
アリアンナは、水差しの水を熱湯に変えたらそのまま保温しておけというものだ。まして、今日は牛乳も温めておけとか。
本来、魔術はもっと壮大で高尚なものだ。そうであると信じている。なのに、姉ときたら……所帯じみたことをちまちま、ひたすら練習させられ、出来るようになってもなお要求をしてくるし、またその練習が魔術量の調整をひたすらしているのと変わりない為に、本来の仕事の方の魔術に役立ってしまっているのが最大の頭痛の種のように思う。
「……どのくらい保てるかは分かりませんが、とにかくやってみます」
「それでこそ我が弟だわ」
自分の頼みは棚に上げたアリアンナが声を掛ければ、もうここ最近の通常反応になりつつある盛大な溜息を返される。
姉に対する態度が全く以てなっていないと思うが、所詮弟なんてこんなものだと思い出し諦める。
ただこのままジィルトが上手く魔術を掛けてくれたら、四阿でのお茶は素晴らしくより一層楽しむことが出来るだろう。
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