黒獅子公爵の悩める令嬢

碧天

文字の大きさ
上 下
46 / 59

45.

しおりを挟む

 ノックの音にミシェルが対応に出ると、そこには侍女を連れたエマ・ウィラットが立っていた。



 何事かと思えば、先日アリアンナが寝込んだ具合を心配してお見舞いに来たと言うのだ。

 寝込んだ日から結構経ってはいて、今更感は否めないが折角来てくれたのだし、もてなしもせず返すことは出来ないのでお茶でもと招き入れる。



 くだけて話してみればエマは話相手として最高だった。

 先の茶会より会話は弾み、主にお互いの領地での話にもなる。

 その上、お互いの領地が近い地域なせいかアリアンナの地元の収穫祭の話をすれば、もしかしたらすれ違っていたのかもとお互いの侍女たちも巻き込んで盛り上がった。

 そしてエマから「実はアリアンナ様に一度どうしてもお会いしたかった!」と詰め寄られて、アリアンナへの熱い情熱を語るのを聞くことになった。



 (前に来られた時に熱心に見られていたのは偶然じゃなかったのね)



 エマからの話は、何でも小さい頃から親から見習うべき淑女の代表として名が挙がっていたそうで、常に意識して生きてきたというのだ。

 ただ、近いのにも関わらず領地でアリアンナを見たことがなく、夜会に出ても見掛けることはなかったので、是非とも今回会ってみたかったと。

 だから今回の登城は花嫁になりに来たのではなく、憧れのアリアンナを見るために受けたという徹底ぶりだ。



 ……憧れを追い求めるというより珍しいもの見たさにも思えるわね



 可愛らしい見掛けによらないエマの鼻息に、若干笑顔が引きつるのを隠さないアリアンナ。



 「でもお妃候補に選出されてしまったら如何するおつもりだったの?」

 「そこは大丈夫です!アリアンナ様がいらっしゃるなら爵位の上位の方が選ばれることになるでしょうし、もし選ばれてもお断りしますから」

 「?!」



 なんと?

 今エマから言われた言葉に驚く。

 アリアンナですら断れない令状だったからこそ今この場に居て、妃候補の本命になって断るとか先程から地をみせているのか初対面の時の印象はどこへやら、人形のように可愛らしい姿であるのに、はきはきとした物言いに度胸もある。

 そういうアリアンナも王立魔術学院がお目当てなのだし、お妃候補などなるつもりはないが、もしも万が一にも選ばれようなら謹んで受けるものだと思っていた。

 いや、思い込んでいただけでこうして断ると胸を張って言うエマを見ると、なるほど選ばれない努力も必要だが、断ってもいいのかと思える。

 エマの断る理由も気になる。



 「お断りになるって……どんな理由をつけるおつもり?」

 「そうですね~…『私には身に余る立場ですので辞退申し上げます』です」



 なるほど、身分を上手く使った躱し方だ。

 多分だが、エマの辞退の理由はお妃候補戦線離脱を成功に導くだろう。

 では自分にはどんな理由がいいか……と考え込むが、ふと自分とジェネスの一騎打ちの様にも思えてきて、何となくどっと疲れが沸く。

 そして、デルヴォークが今回は誰も選ばないということもあるのではという考えが浮かび、ちくりと胸が痛む。



 「でも、ウィラット伯爵はそうは考えていないかもしれないでしょう?」

 「その辺も大丈夫です。私に妃なんて務まるわけがないって一番分かっているのはお父様たちですから。この参加も私が希望したってこともありますが、滞在費など全て王家持ちなので、心苦しくとも有難く都の生活を満喫しようと、期間限定の旅行と家族で思っています」



 慎ましく笑ってはいるが、内容は過激そのものだ。エマだけでなく両親もとは……

 王陛下への謁見の折に見掛けたエマの父親をアリアンナは思い出す。

 確か、挨拶の時にいた父親も娘同様、ふんわりとした雰囲気だったような気がするが……



 (本当に見掛けに騙されることなかれ、ですわ)



 しかし自信満々で話しているエマは本当にアリアンナに会いにしか来てないのだと思える。

 エマを見れば、一通りアリアンナとの会話を終えた解放感からか、口の中へ少々多めにお菓子を含んで、侍女から注意を受けている。

 その姿は最初に感じた人形に様に見える姿より生き生きとしていて(多少の自分への難はあるが)これからあと三か月ほどある王城生活は仲良くやっていけそうだと思う。



 そんな風に楽しい時を過ごしていると、またノックをする音がした。

 立っていたのは届係ではなく侍従でやはり届け物があるという。それも一人ではない。

 ミシェルが部屋のなかへ促すと、侍従たちは同じ包装をされた大きな箱を一人一つ持って入って来る。

 ミシェルに言われた机に三人は包みを置く。

 その内一人が前に出て来てアリアンナへ宛名のカードを渡す。

 カードを開くと 【 アリアンナ・キャセラック 様 】 となっているので、この部屋への配達物に違いないが、アリアンナにしろサーシャにしろ覚えがない。

 疑問は多いに湧くがとりあえず、侍従たちに受け取りの礼を告げ労う。

 三人が部屋を後にし、アリアンナ、サーシャ、ミシェルの三人で顔を見合わせるが、やはり心当たりがない。

 するとエマが「開けてみたら如何ですか?」というので、それもそうだとエマに断り、箱の開封をする。

 白くて大きな箱にはサテンの濃いグリーンに金縁のリボンが掛かっている。



 「……これって!」



 アリアンナは箱の蓋を開けて息を飲んだ。

 サーシャも目を見張っている。

 箱から出て来たのは登城前にベルタンの店で注文しておいたアリアンナの王立魔術学院の制服であった。

 制服の上にはまたも濃いグリーンに金色が縁取られたカードが添えられている。





 ─── 貴女の入学に幸あらんことを





                 デル・ヒースリッジ







 アリアンナは名前を見ても記憶にない。

 サーシャに聞いてみても首を傾げている。

 仕方がないのでその場にいた全員で考え込んだ。



 ただ、アリアンナはデルヴォークに頼んだ自覚があった。

 もしかしたら、誰か別の人に頼むか偽名か?と考えていると、皆それぞれ記憶を辿るように話している中で、ただ一人エマだけは小さな声でヒースリッジ、ヒースリッジと呪文のように唱えている。



 「……!ヒースリッジ伯爵様ですわ!」



 急に大きな声でエマが送り主の名を叫ぶが、だからそれは誰だ?という顔で全員がエマを見る。



 「デルヴォーク殿下の伯爵名ですわ!」



 エマが一番に思い出したことを誇らしく言い切る。

 急にそう告げられてもデルヴォークとヒースリッジの名が同等にならないが、だからこそデルヴォークを指す名として知られていないこの名をつかったのだろうが、前回同様、アリアンナお妃計画班二人に雷が落ちる。

 エマ達には当然見えていないだろう。

 だがアリアンナには見えた。

 サーシャは感動で打ち震えているし、ミシェルの周りにはピンクのハートが散っているのだから。

 勿論アリアンナもデルヴォークの名の衝撃に耐え、持っていたグリーンのカードを真っ二つに破っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...