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しおりを挟む「……やはり剣も使うか」
「…はい」
アリアンナの背後に剣を見たデルヴォークが言う。
先日の砦に行くときにもサーシャとミシェルから持っていくのを嫌という程止められたので今更ということもないが、こうして改めて聞かれると令嬢らしからぬ事を知られるわけだが、それもまた今更というような気がしてくる。
「ふ」
(……また笑ってらっしゃるわ)
「…いけませんか?……女が魔術や剣を使えるのは」
淑女なら質問をすることはやってはいけないことだが……
デルヴォークにはもう隠すことがないのである。
家族のようにというと不敬に当たるが、取り繕うことをしなくてもいい感は否めない。
なぜならデルヴォークにしてもこんな夜中に自ら出向いて来るのもいかがなものかと思うからだ。
「いや、気分を害したならすまない。だが……実に貴女あなたは面白い」
「……誉め言葉と受け取りますが?」
「無論だ。貴女のようなご令嬢に会ったことがない」
「……」
でしょうね。とはさすがに言えなかった。
アリアンナが勧めた椅子にデルヴォークが座るのを待って向かいに座る。
本気でデルヴォークが花を届けに来ただけとは思わないが、口を開く気配がないので思い切って気になっていることを聞いてみる。
「……なぜいつも窓から現れるのですか?」
「む?……あぁ。先に貴女の魔術を見てしまったからな。俺も本当の姿を見せておあいこだと思ったんだ」
「本当の姿ですか?」
「……王子っていうのは外面で…王子って歳でもないが。普段はこうしてくだけた姿でいる。……怒られるがな」
アリアンナは暫し目を見張った。
普通に考えれば臣下の娘の失態など放っておけばよいものを、彼の中の正義感で対等にしてくれるなどおよそ王族とは思えない。
改まった口調が崩れデルヴォークという人に更に親しみやすさを感じてしまう。
アリアンナの目の前で、足を組んで深く腰を掛け、ゆったりと手を組んで寛ぎ自分に向ける困ったような笑顔にも、目が離せなくなる。
こうしてデルヴォークに見つめられている自分も、見つめ返している自分も急にもの凄く恥ずかしくなってきて俯いてしまう。
耳が熱くなっているのは気付かれていないだろうか。
「その後体調は大丈夫だったか?」
「はい」
砦からの帰路は用意して貰った馬車で帰って来たアリアンナだったが、その道中眠ってしまいほとんど覚えていなかった。
アリアンナからすればなまってしまった体力に反省をするところだが、それを知らぬデルヴォークにすれば無理をさせたと心配をしているのだろう。
確かに自分の父が提案をしたとはいえ、何ともまぁ無茶な接見だった。
それでもアリアンナが魔術を見せたことにより素の飾らない自分でいてもいい相手にデルヴォークがなったのは否めない。
「……貴女が俺の妃になるつもりがないのは分かる。……俺の方から断りを入れようか?王立魔術学院への入学は取り消さずに」
「!」
ふいにデルヴォークの声の質が低くなった。
それまで流れるような外面会話ではない、お互い気負いのない会話はたわいもないことを何ともなしに話していただけに、デルヴォークに視線を戻せば真剣な表情だ。
確かに、こんな聞いてもいなかった花嫁候補になるつもりはないのだから「はい」と答えればいい。
いいのは分かっているが、声にならない。ならない自分から出た言葉は意に反することだった。
「……私は……今のままでも……大丈夫です」
けれど今の自分が出来る素直な返事だ。
何でこんなことを言ってしまったのか、むしろ自分の希望とは真逆の返事だが、こうして話している時間に嫌な気持ちはない。
いや、自分が次々と見せた令嬢らしからぬ姿も笑い飛ばし、こうして時間を作って会いに来てくれたデルヴォークの心遣いは好感が持てる。
であれば、王立魔術学院に行くという希望もあるが、父からの約束でもあるこの型破りな王子殿下の妃候補を続けてもいいと理由を探す。
絞り出すように小さな声になってしまったが、デルヴォークに聞こえただろうか。
「…そうか」
「何か?」
「いや。…次は必ず時間を守ろう。約束の品も急がせるとしよう」
アリアンナの返事にデルヴォークが溜息を吐いたのを気付くはずもなく、ただ見つめる先に微笑むデルヴォークから目を離せない。
あれほど欲しかった王立魔術学院の制服も今夜は上の空で聞いてしまう。
「起こしてしまった上に居座ってしまって申し訳なかった。今更だが早く休まれよ」
立ち上がるデルヴォークに合わせてアリアンナも立ち上がる。
窓に向かって歩き始める背中についていく。
「剣に魔術に…馬。貴女さえ良ければ遠乗りも今度してみないか?」
「…はい」
ははっと今度は声に出してデルヴォークが笑い、窓に手を掛けたままアリアンナを振り返る。
「……貴女は本当にいいな…」
デルヴォークの前に立つアリアンナは瞳が潤み、何も着飾ってなどいないが月明かりを浴びて輝き、流れる金の髪は絹の如き艶を放ち自分の鈍い緑ではない瞳は若葉に落ちた雫の宝石のように煌めいていて、すべてが儚く佇む姿がとても美しい。
そんな美姿に反して、自分のやりたいことをはっきりと言う姿にも好感が持てた。
他の裏を読まねばならない宮廷会話ではなく本心を語れる人だと、この細やかな会話から思えることが出来る。
その気持ちがデルヴォークの手を意識なくアリアンナへ近付ける。
触ふれられる。
そう思ったが、デルヴォークの指先はアリアンナの頬に触ることはせず、そのまま握った拳を収め、無言で背を向けるとバルコニーから飛び降りる。
アリアンナは急いで手摺りに駆け寄るが、こちらを振り返らず行ってしまったデルヴォークは闇に溶けて見つけることは出来なかった。
ただ闇となってしまったところを見つめながら、徐々に触れられそうになった右頬が熱くなってくる。
一気に心の距離を縮められたような気がして羞恥心も湧いてくる。
だんだんと顔にも熱がともり両手で頬を抑える。
耳に鼓動が響き心臓が耳になったようだ。
こんなのは想定外もいいところで、自分で自分が分からなくなる。
さすが国民の婦女子の皆様の憧れの的、恐るべし!
次に会った時にどんな顔をすればいいのか!
会う度自分だけ失態を晒しているような気がしてならない。
取り繕うことがない相手とは取り繕えない相手なのだろうか。
無駄に耳に響く鼓動を感じながら、アリアンナに今確実に分かっていることは今夜はもう眠れないだろうだけだった。
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