37 / 59
36.
しおりを挟む淑女の礼儀作法として、名乗られたなら華麗に名乗り返すのが常套句である。
「ごきげんよう、ジャネス様。本日は急な招待を受けて頂いて嬉しく思います」
(やや気後れするのは仕方がないわよね…)
常套なのは手土産の受け渡しもそうだ。
先程のウィラット嬢からも手土産を貰っているので、あとでサンディーノ嬢の分と合わせて卓へ並べるようにサーシャ達に指示をする。
それにしても……
(サーシャが登城する前に心配していたのはこういう事だったのね…)
おそらく二人とも家から連れてきた侍女は五人と、制限人数一杯であろう。
しかし、事前にキャセラック家の侍女が一人という情報は回っているだろうから、ウィラット嬢が今日の供とした侍女を一人にしたのはアリアンナへの配慮だとわかる。
けれど、サンディーノ嬢は五人全員連れてきていて、敵陣への武装を緩めるつもりはないと暗に語っている。
ジャネス・サンディーノはまず見掛けからアリアンナやエマと全然違っていて、彼女は美しい栗毛の甘茶の髪に、最先端の豪華なドレスもとてもよく似合っている。
身なりも身振りもピカピカに輝いていて、ジャネスが流行の最先端ならアリアンナは最奥端であろう。
新興の辺境侯とはいえ裕福なのも確かだ。
確かに…存在が賑やかというか…
まぁ、私が身に着けている装飾の数々だって、何百年も前のご先祖様方が持ち堪えて来たからこそ今の落ち着いたものになっているのだから仕方のないことなんでしょうけど……
本来であれば、主催者を超えた振る舞いなどは厳禁な場でも、会話もいまいち聞き役に徹してしまうアリアンナにしたら、この圧の掛かる話術は有難いと思った方が得策なのかも……思い始めていると
「ところで皆様」
急に殊更ゆっくりと話題を変えたジャネスから茶会の場を揺るがす質問が出た。
「先週の殿下とのご対面、いかがでした?」
アリアンナは優雅に扇子を仰いでいた手を思わず止めてしまった。
アリアンナからすれば何だ?としか思えない話題であるが、サーシャ、ミシェルからすれば満場一致で各々の胸中で叫ぶしかない。ニュアンスはそれぞれに全く違うが。
(ほ…ほほ…目配せを飛ばすミシェルよりも目が座ったサーシャの方が怖くてよ……)
「…いかが?とは……ジャネス様は何かありましたの?」
「聞いてくださいまし!」
(あ。聞いて間違い)
食い気味に返事をされ、話題をそのまま広げてしまったことへの反省を大いにする。
「私のところでの殿下のお寛ぎになった姿が、絵にも描けぬ美しさというか!お話をしていても博識で、落ち着てらっしゃって、無駄のない所作もさすが元王太子殿下ですわ。今度ダンスをご一緒して頂くお約束を致しましたの。殿下の腕のなかで踊れるならと、決してダンスの腕は下手ではございませんが、今から練習しておりますのよ」
一気にまくし立てて話をしているジャネスから不思議な単語が……
殿下の博識なお話?……ダンス??
「で?皆様は?」
無駄に扇子を仰ぐ回数が増えてしまっているのはバレてはいないかしら?
そろりとエマの方を見ればきょとんとした瞳でジャネスを見ている。
よし、仲間はいますわと思ったのも束の間。
「……お話をしたのも沢山というわけではございませんが……今度、お城の中を案内して下さると……」
(えっ?!そうなの?!エマ様まで?!……あ、あ~!私は落ちる面接をしたのだから仕方のないことなのね)
大人しそうなエマからも殿下との話を聞いてしまうと自分の接見が零点であると自覚が出来る。
「まぁ!お城の中をですか?では私も今度頼んでみようかしら。で、アリアンナ様は?」
「私は……窓」
「まど?」
「いえ、おほほ。…窓からの景色を眺めてのお話でしたわ」
「何かお約束とかは?」
「視さ…いえ…外…いえ、お茶をまた飲もう?だったかしら?」
「まぁ。……アリアンナ様とは何もお約束なさらなかったのですか?」
「…え?えぇ~」
アリアンナとの二回目の謁見が視察だったとはさすがに出回ってはいないらしい。
それが良いか悪いかは別としても、とてもこの場では言えた話ではない。
約束はしたのよ。確かに、致しましたわ。
ただ……
王立魔術学院への入学とか?制服とか?約束を致しましたわ。
……何なら、魔術を使っているところを見られて謝罪会見のような接見になったとか……
砦でのデルヴォークとの事を侍女二人にも詳しくは語っていないので、ここで更に面倒なジャネスに話すことはない。
(サーシャでなくても溜息しか出ないわね)
ジャネスはアリアンナよりも多少の優位を確認したからか、ご機嫌なままその後も聞いてもいないデルヴォークとの話をしている。
アリアンナは微笑みを絶やさず相槌を打ち、大人しいと思っていたエマからも別の話が出てくればそれにも合わせる。
二回目が視察になった経緯はデルヴォークから聞いており、自分やデルヴォークが決めたわけではないがこんな時に話すことがないのも困る。
デルヴォークに気に入られるわけにはいかないが、こうも二人の話を聞いていると自分の淑女姿を見せる前に素を晒し過ぎたと理解し気が滅入ってくる。
穴があればとここ最近思うことだが、もう誰でもいいから埋めて貰ってもいいのかもしれない。いや、砦でのことがサーシャに知れたら漏れなく彼女が埋めるような気はする。
「そろそろ、下がらせて頂きたく……」
ジャネスが退出の申し出をした。
それに合わせて、エマも「では私も」と続く。
引き留めるわけにはいかないので快く退席を許す。
これ以上ジャネスを留めておいても暗雲は厚くなるばかりだ。帰りたいなら好都合であろう。当たり障りのない話でつなぎ、扉まで二人を見送る。
ミシェルが扉を閉めると室内にはいつもの三人になる。
やっと終わったとアリアンナが肩で息をつくと、気を利かせた侍女たちは温かいお茶を入れ替えるのと、やや肌寒い室内に暖を入れるため部屋から出ていく。
気が付けば外は薄暗くなっていた。
今日のお茶会に点数を付けるなら、デルヴォークの話題以外は概ね最高点だろう。それだって自分では焦って話したように思えても、彼女達には気付かれるような毛皮ではない。
ありがたいことに使用初回で母までの域にはならずとも、完璧な侯爵令嬢を纏えたと思う。
しかし……
自分の求めるものと令嬢の生活はなんと茨の道なのか……
やはり王宮で令嬢生活をするより魔術師としての方が気が楽である。
初めてとはいえ、本格的な茶会の主催者をしてみてしみじみ自分が合わないことが分かる。
ジャネスやエマに気付かれる程の失態はしていないが、話題が色恋やデルヴォークとなると本当にお手上げというか専門外だ。
魔術師への思いを新たにするところだが……そう思いつつも、ダンスや王城デートの約束などと聞けばデルヴォークを思い出し胸の奥がざわつく気がする。
人にも、男性にも免疫のない自分だものデルヴォークに不慣れなのも仕方がない話だ。
でも自分だけに見せてくれた笑顔だったのではないと寂しくなるような気がしてくるのを感じるアリアンナだった。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる